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賢い医者のかかり方①─診療明細書 [医療情報公開]

賢い医者のかかり方① ─ 「一物一価」でない理由知ろう

 医療機関で払う医療費に「あれっ?」と思ったことはありませんか。支払いの根拠などは、患者にはわかりにくいものです。立ち止まって、整理して考えてみることが、賢い患者への一歩になるかもしれません。
 
金太郎(かねたろう)
 隣のおじさんが高血圧で倒れて病院に運ばれたんだけど、いい薬のおかげで退院できたって。いまの通院も、入院していた病院じゃなくて、近所の診療所でよくなったんだ。
得子(とくこ)
 よかったわね。

 それがいいことばかりじゃないらしいんだ。

 どうして?

 入院した病院に通院していた頃は、1回の診察で払うのは500円でおつりが来た。なのに、近所の診療所だと、2480円も請求されるんだって。診療内容は同じなのに。

 いいところに気づいたわね。医療費って「一物一価」と思われているけど、医療機関の規模などで異なる場合が多いの。
 高血圧のような生活習慣病は、食事や運動といった生活全般を見直す必要があるでしょ。指導にかかる費用を、月1回の診療で「生活習慣病管理料」として検査や其の処方とまとめて定額請求する方式があるの。お隣さんはこれね。診療所だけが使えて、大病院にはこうした上乗せはないの。

 そうなんだ。

 多くの診療所は「高額だと患者が離れる」と、慢性疾患に適用される「特定疾患療養管理料」の上乗せにとどめていると聞くわ。この上乗せはベッド数200床未満の中小病院も使える。検査などは別料金だけれど、こっちの「管理料」なら安いからよ。

 結局、大病院を受診した方が得ってこと?

 そう言うつもりはないわ。「医療の機能分化」ってわかる? 大病院は救急や重症者に専念し、比較的安定した患者は、診療所などが受け持つという考え方。同じ診療行為でも値段に差がつけられているのは、それを促すためよ。
 紹介状なしで大学病院などの特定機能病院や500床以上の地域医療支援病院を受診すると、初診料のほかに最低5千円払うようになったのも同じ理由から。

 聞いた覚えがある。

 私はこう割り切ることにしているの。近所に普段から相談できる、ちゃんとしたかかりつけ医を持てば、いざというとき、必要に応じた大病院につないでもらえる。割高に見える医療費は、そのための「保険」のようなものだと。

 なるほどね。

 取材協力・山口育子さん(ささえあい医療人権センターCOML理事長)
 (構成・鈴木淑子)=全5回
 【2017年2月4日付朝日新聞・知っ得なっ得】

私の感想
 (大半の病院で)診療明細書の無料発行が義務付けられたのは2010年4月です。
 私はこの制度にも猛反発しましたね。
 なぜだか分かりますか?
 明細書には「病名」が書いてあるんですよ。
 しかし、認知症の告知は進んでなかった! なので、「告知されていない本人が読んだらビックリするからもっとじっくり議論して!」って反対してたんです。
 2010年3月10日に中日新聞(http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20100310142018071)が取りあげてくれました際に私は以下のような私見を述べています。
 診療明細書20100310.jpg
 「笠間さんは『明細書発行の義務化を、開かれた医療に結び付けたい』と話している。」
 「診療明細書は受診した際、領収書よりも細かく医療費の内訳が記される。患者が請求ミスを知る端緒にもなりうるが、専門的で一般の患者が判読するのは難しい」から、それを読み解くための解説書を作成して外来窓口に置いたんですね。
 診療明細書解説パンフレットp1.jpg
 診療明細書解説パンフレットp2.jpg  

P.S.
 私が榊原白鳳病院に就職したのは2010.1.16日です(7年が過ぎましたね)。赴任して最初に取り組んだ課題は認知症ではなく、私のもう一つの生涯テーマである「医療情報公開」絡みだったんですよー。

VR認知症―『おはよう日本(NHK総合)』(2017.2.1放送), NHK WORLD NewsRoomTOKYO(February 14, 2017) [認知症]

『おはよう日本(NHK総合)』(2017.2.1)にて、VR認知症が報道!!

 AM7時からの『おはよう日本(NHK総合)』の放送です。
 https://youtu.be/DmlmTPPOK2o 

 VR体験会nagoya.JPG 
 今回の報道がレビー小体型認知症(レビー小体病)への理解が深まる啓発のきっかけになれば良いなと強く願っております!!

 おはよう日本で放送した特集「バーチャルリアリティーで認知症の症状を体験」は、News UpというWeb特集にも掲載されております。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170202/k10010861871000.html

 今回の全国放送は、2017.1.18に放送されました『NHK-東海 NEWS・ほっとイブニング』(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/706552282847787/?type=2&theater)に後日取材した映像を加えて再構成されたものです。
 『NHK-東海 NEWS・ほっとイブニング』のYuutube公開も2月1日より開始しました。
 https://youtu.be/DxU9-uAcQ8Q

 東海初の『VR認知症講演会』(in 名古屋「グループホーム正木のいえ」, 2017.1.9)の際に私が撮影した映像もどうぞご覧下さい。
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/706559129513769/?type=2&theater
 FB「友達限定公開」としておりましたが、2017.2.1に全国放送として報道されましたので、「公開」設定に変更しました。
 Yuutubeにても公開致しました。
 https://youtu.be/GCHz5nuHu9E

 「VR認知症」レビー小体病 幻視版 のための配布資料
 https://note.mu/hiiguchinaomi/n/n4461c1a1d047
 【藤本健一:DLBのパーキンソン症状に対する治療とケア. CLINICIAN No.648 513-518 2016】.JPG
出典:
 【藤本健一:DLBのパーキンソン症状に対する治療とケア. CLINICIAN No.648 513-518 2016】
 DLBとDLBD.jpg
 樋口直美さんが「VR認知症・レビー小体病 幻視版 のための配布資料」について解説され、ご自身の「幻視」についても語りました。
 直美さんが解説.JPG 

 来月公開の映画「話す犬を、放す」の熊谷まどか監督もスピーチされています。
 熊谷まどかさん.JPG
 映画の予告編はこちら↓
 http://hanasuinu.com/

 熊谷まどか監督と樋口直美さんの対談記事はこちら↓
 https://info.ninchisho.net/archives/15695

ウェブ版・VR認知症(NHK-東海 NEWS WEB・2017.1.18放送)─認知症をVRで体験
 認知症について理解を深めてもらおうと、いま、VR=バーチャルリアリティの技術を使って、認知症の人の世界を疑似体験する取り組みが始まっています。
 名古屋放送局の松岡康子記者が取材しました。
 ウェブサイトは↓
 http://www.nhk.or.jp/nagoya/websp/20170118_virtualreality/

 私は、『NHK-東海 NEWS・ほっとイブニング(2017.1.18)』(https://youtu.be/DxU9-uAcQ8Q)におきまして、「認知症のタイプによっては『幻視』の症状が出ることを知らない人が多いことから、バーチャルリアリティによる体験は、症状への理解や正しい診断につながると期待しています。」とコメントしておりますが、その詳細は以下をご参照下さい。
1)幻視関係のデータを整理しました。
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/710356272467388
2)レビー小体型認知症の最大の問題は、医師による誤診が多いということです。【医学博士・横浜市立大学医学部名誉教授 小阪憲司氏】
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/710432309126451

※NHK WORLD NewsRoomTOKYO
 「VR認知症」がNHK WORLD NewsRoomTOKYO(Mon.-Fri. 20:00-20:45 JST)の国際映像として報道されました(February 14, 2017)。
 http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/newsroomtokyo/aired/20170214.html
 http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/newsroomtokyo/
You Tube
 https://youtu.be/K4RdEa3NR9M

P.S.
 当日の懇親会の様子なども再度アップ致します。
 懇親会.JPG
 丸山社長、えっちゃん、いろいろご苦労様でした。
 丸山社長.JPG
 懇親会-丹野さんと恵津子さん.JPG  
 ケータリングのお料理美味しかったです。
 一升瓶サイズの赤ワイン、初めて見ました。私一人で半分以上飲んでしまいました。
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701730946663254
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/706844582818557
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701731386663210
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701715129998169
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701717183331297
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701700576666291
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/701736876662661
 最後はオレンジで締めます!
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/705537732949242

P.S. 私がインタビューの中で伝えたかったこと
 バーチャルリアリティ(VR)のレビー小体型認知症版を通して、認知症に対する世間の誤解や偏見を解ければという思いがあって下河原さんはこの作品を樋口直美さんらとともに作成されたと聞いております。
 ついつい話題性が先行しがちではありますが、認知症専門医の立場からしますと、もう少し違った面で期待を寄せております。
 それが何かと言いますと、DLB(レビー小体型認知症)においては、レム睡眠行動異常症(RBD)、うつ状態、幻覚妄想状態は、記憶障害よりしばしば先行して出現します。初老期に幻覚妄想状態を初発したおよそ1/4~1/3(=40歳以上で幻覚妄想状態を初発した例の検討ではその26.1%が、65歳以上での初発例では36.4%がレビー小体病を有していた)が後にレビー小体病と診断されます(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/698895886946760)。
 「幻覚・妄想」という言葉を聞きますと、統合失調症を思い浮かべる方が多く、患者さんは偏見を受けることをおそれて幻視が見えることを隠す傾向にあります。
 実際に医療機関を受診しても、レビー小体型認知症に精通していない医師ですと、「統合失調症」とか「うつ病」となどと誤診されてしまい、向精神薬が投与されることになります。
 しかしですね、実はあまり知られていないのですが、DLBの約半数(53.3%:8/15)においてAP(Antipsychotics:抗精神病薬)に対する薬剤過敏があり、薬の副作用で病状が悪化してしまうケースが多々あるのです
 こうした弊害が起こり得ることを、バーチャルリアリティ(VR)のレビー小体型認知症版を通して啓発するきっかけになってくれればと願っております。

◎関連サイト
DLBのパーキンソン症状に対する治療とケア
 http://www.eisai.jp/medical/clinician/vol63/no648/pdf/sp10_648.pdf
 DLBは幅が広い。ADに近いcommon formではパーキンソニズムを認めず、ドネペジルを10㎎ まで増量しても問題はない。その一方pure form やPDDに近い症例では、用量を増やすと振戦や動作緩慢が出現する例がある。ドネペジルの2件の二重盲検比較試験と2件の非盲検延長試験の解析で、錐体外路症状の悪化は認められなかった。この報告では解析対象281例中PD治療薬併用は57例(20.3%)で、common form が多かった。pure form やPDDでは別の結果となる可能性がある。表③に2件の二重盲検比較試験のまとめを示す。PD治療薬併用群では非併用群と比べてパーキンソン症状の有害事象発現が多く、開始時のHoehn &Yahr 重症度がⅢ度の症例は0~Ⅱ度の症例と比べて、5㎎ と10㎎ でパーキンソン症状の有害事象発現が多かった。DLBは幅が広いこと、薬の効果も副作用も出やすいことを考慮して、症例毎に適切な用量を選択する必要がある。
 (自治医大ステーション・ブレインクリニック)
 【藤本健一:DLBのパーキンソン症状に対する治療とケア. CLINICIAN No.648 513-518 2016】


 下河原さん、後片付けを終えてから懇親会に合流されました。
 準備、講演、取材、後片付けとお疲れ様でした。
 懇親会-下河原さん.JPG

臨床医にとって認知症治療で大切なことは何か(3)―抗認知症薬を処方する際の3つの悩み [認知症]

第85回 臨床医にとって認知症治療で大切なことは何か(3)―抗認知症薬を処方する際の3つの悩み【八千代病院神経内科・川畑信也部長】
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/kawabata/201701/549654.html

 認知症の治療を行う際、ガイドラインは必ずしも実臨床では役に立たないこと、臨床試験と現場の治療では異なることが多いことを述べてきました。今回は、実臨床では抗認知症薬の薬効評価が難しいこと、個々の事例によって抗認知症薬の効果は異なること、薬剤の効能・効果に記載された用量に必ずしもこだわる必要はないかもしれないことの3点について考えてみたいと思います。

【1】抗認知症薬の薬効を実臨床で評価できるのか
 いずれの抗認知症薬も認知症症状の進行抑制効果を期待して使用されているのだと思いますが、先生方が実際に処方されて「この患者さんは認知症が改善したな」と感じる事例はどれほどあるでしょうか。
 多くの場合、抗認知症薬を処方しても臨床像が良い方向に変化した事例を経験することは少ないのではありませんか。逆に多くの事例では抗認知症薬を服薬していても認知症症状は進行・悪化していく場合が多いと思います。だからこそ、「抗認知症薬は副作用ばかりで役に立たない」「害ばかりで処方する価値はない」と極論を述べる医師が出てくるのだろうと思います。
 抗認知症薬を評価する方法は、服薬前後での臨床像を観察するか、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)に代表される神経心理検査を施行し得点の推移をみるかの2つです。アルツハイマー型認知症は、診断が正しければ必ず進行・悪化していく性質を持つ疾患であるという視点で見ると、抗認知症薬を服薬していてもある程度の期間を経ると認知症症状は進行・悪化していきます。ですから抗認知症薬の薬効を評価することは、実際には困難な場合が多いのです。
 一方、神経心理検査を使用した場合はどうでしょうか。図1は、ドネペジルを服薬しているアルツハイマー型認知症146人でのADAS-J cog.下位項目について1年後の変化を示したものです。ドネペジル服薬開始前に比して有意に改善していた下位項目は、呼称と構成、単語再認の3つです。しかし、最も改善している単語再認でも変化幅は0.5点にも届きません。実臨床で個々の患者さんにADAS-J cog.を施行した場合、評価は1、2点などであり、小数点以下の点数は出てきません。したがって実臨床では0.5点の改善効果を実感できないことになります。抗認知症薬の肩を持つ立場で述べると、現在の抗認知症薬はいずれも根治的な薬剤ではないことから、これくらいの効力しか発揮できないともいえます。さらに認知機能というある意味であやふやな領域を客観的に評価するためには、数字で結果を出せる神経心理検査あるいは生活機能や介護者負担を評価するしか方法がないのです。
 図1.JPG

 私は、常に述べていますがコリンエステラーゼ阻害薬は患者さんの行動や感情、言動を活発化させる働き、メマンチンはそれらを安定化させるあるいはやや抑制する働きをもつ薬剤と位置づけています。現象面では記憶や見当識に目立った改善を期待できないかもしれませんが、アルツハイマー型認知症に特徴的な自発性の低下や意欲の減退から日常生活で何もしなくなった患者さんがコリンエステラーゼ阻害薬の服薬で元気が出てきた、外出することが増えてきたなど、行動や感情などの変化がみられるだけでも抗認知症薬の役割はあると考えています。

【2】個々の患者さんで抗認知症薬の効果は異なる
 実臨床で目立った薬効を実感しにくい抗認知症薬ですが、患者さんによっては認知症症状が何年経てもあまり進行・悪化していないなと感じる場合があります。一方、規則正しく服薬していても1年前後で認知症症状がかなり進行・悪化してくる患者さんも見られます。認知症診療に長年携わっていますと、個々の患者さんで抗認知症薬の薬効は大きく異なるのではないかとの印象が浮かんできます。
 図2は、ドネペジル5mgあるいは10mgを服薬している患者さん191人について、1年後にMMSEがどのように変化していたかを調べた結果です。1年後に10点以上改善していた患者さんが1人います。逆に10点以上悪化していた患者さん1人います。2点悪化していた患者さんの数が最も多いのですが、20点の変化幅に幅広く患者さんの変化が分布していることがわかります。
 図2.JPG

 図3は、2年から5年後まで処方を継続できた患者さんの得点の変化を見たものです。年数を経るに従って青で示す改善を示す患者さんは減少し、代わって赤で示す悪化を示す患者さんの割合が増えていくことが観察されます。5年後を見ると、多くの患者さんは悪化の領域に分布していますが、29人中6人は開始時と比して不変あるいは1点、2点の改善を維持しています。患者さんによっては、神経心理検査を尺度にするとドネペジル服薬5年後でも改善を示す患者さんもいるのです。抗認知症薬の薬効は、患者さんによって大きく異なる可能性が高いように私は感じています(神経心理検査からの視点ですが)。
 図3.JPG

【3】必ずしも決められた維持量にこだわることはない
 抗認知症薬では、添付文書では維持量がそれぞれ設定されています。ドネペジルは、3mgから開始し5mgが維持量であり、高度に進展した場合には10mgに増量するという選択肢があります。リバスチグミンは18mg、ガランタミンは16mgあるいは24mgとなっています。私は、この維持量に必ずしもこだわる必要はないと考えています。
 図4は、リバスチグミン18mg維持群と13.5mg維持群での臨床効果を検討した結果を示したものです。貼付開始前に比してその後の時点でMMSEが1点以上増加していた場合を改善群、1点以上低下していたときには悪化群、変化が見られないときには不変群と分類し、3年後までの薬効を比較したものです。貼付開始1年後に限ると、18mg維持群と13.5 mg維持群で改善あるいは不変群の割合に大きな違いはないようです。2年後には13.5mg維持群でやや効果が減弱し、3年後には明らかに18mgに比して改善群は減少してきています。
 しかしながら、13.5mg維持群でも十分臨床効果は期待できるとも言えると思います。13.5mgよりも18mgに増量するほうが皮膚症状の発現する危険性が高いことを考えますと、13.5mgの維持でも十分臨床的な意義はあるように感じています。
 図4.JPG

 ドネペジルでも5mgに増量すると易怒性や不穏などの困った状態が出現あるいは増悪する事例を経験します。ドネペジルの副作用と考えるよりもコリンエステラーゼ阻害活性が過剰に発現しているリスポンダーと想定し、3mgへの減量を図ることで適度の活発化を期待できるのではないかと思います。
 実臨床では患者さんの病状に合わせて、決められた維持量にこだわることなく、適量をその患者さんの維持量としていくべきではないかと私は考えています。
 最後に誤解のないように述べておきますが、昨今の抗認知症薬は少量の方がよい、少量にすべきであると提唱している一部の医師とは全く意見が異なることを強調したいと思います。彼らの背景には抗認知症薬は害であるとの前提があるように思われます。したがって、なるべく抗認知症薬は使用しないほうがよいし、仮に処方する場合にはごく少量でよいとの意図があるようです。私は、抗認知症薬は可能ならばいわゆる維持量まで増加したほうがよいと考えていますが、患者さんの個々の状況で減量という選択肢もあるとの立場で診療を行っています。

 次回からしばらくは、今年の3月12日から施行される高齢者運転免許更新に関する改正道路交通法と臨床の現場あるいは臨床医の関わりについて再度考えていきたいと思います。
 川畑先生.JPG
 【日経メディカル・連載『プライマリケア医のための認知症診療講座』 2017/1/6】

一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia;TEA) [一過性てんかん性健忘(Transient epi]

一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia;TEA)
ひょっとして認知症.JPG

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第398回『さまざまな「急速に起きる健忘」─きのうのことは全く覚えていない』(2014年2月7日公開)
 「急速に起きる健忘」の代表疾患が、一過性全健忘(transient global amnesia;TGA)という病気です。比較的よく遭遇する疾患なのですが、意外と知られていない病気です。

 代表的な一例をご紹介しましょう。58歳女性。高血圧症にて通院加療中でした。2008年夏のある暑い日、いつものように外来を定期受診されました。診察を受けて帰られましたが、20分もしないうちに「診察に来ました」と言って戻ってこられました。四肢の麻痺などは無く、普通に会話もできました。念のため、脳出血・脳梗塞も考えて脳の断層撮影(CT)を施行しましたが、やはり何ら異常所見は確認されませんでした。「一過性全健忘だろうと思われますのであまり心配ないと思います」と説明してその日は帰って自宅で様子をみて頂きました。その日は家に帰ってからも、何度も同じ質問を家族に繰り返していたそうです。しかし翌日には、この症状は消失していました。しかしながら昨日のことを尋ねると、本人は「全く覚えていない」と話されました。
 以上は私の自験例の紹介であり、前述のような経過が一過性全健忘の典型的な経過です。

 一過性全健忘(Transient global amnesia;TGA)は、1958年にFisherとAdamsが命名した疾患であり、発生頻度は1年間に人口10万人あたり5人程度です。
 症状は、ある日突然生じる記憶の障害です。2~3分おきに同じことを聞きますし、同じ人に何度も同じ用件で電話を掛けたりします。発作中は新たな記憶の形成ができなくなります。これは前向健忘(メモ1参照)というタイプの記憶障害です。
 また発作前の数日~数週の記憶が消失します。これを逆向健忘(メモ2参照)と呼びます。場合によっては、数年間にさかのぼる逆向健忘を起こします。
 しばしば時間と場所の見当識が障害されます。しかし、人物の識別に関しては通常は障害されず、自分が誰であるかとか、身近な人の名前、自分との関係などは分かっていますので、決して「私は誰?」とは聞きません。
 記憶障害の時間は一般的には数時間以内であり、通常24時間以内に治ってしまいます。健忘は認められるものの、意識障害・運動麻痺などは認められませんので、発作中も車の運転などかなり複雑な行為が可能です。
 逆向健忘は発作後にかなり回復しますが、発作中の記憶はほぼ全部が欠落したままとなり、ほとんど回復しません。
 なお本症の診断に際しては、最近の頭部外傷や活動性てんかんのある患者さんは、診断から除外することになっています。

メモ1:前向(性)健忘:
 記憶障害の原因となった脳損傷が起きた時点以降の記憶が障害されるものです。例えば、記憶障害になった後で行った家族旅行をすっかり忘れてしまっているといった症状です。
 前向性健忘の評価に関しましては、シリーズ第18回『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の症状』のコメント欄においてご紹介しましたように、ミニメンタルステート検査(MMSE)と改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)のなかの遅延再生課題が有用です。

メモ2:逆向(性)健忘(逆行性健忘):
 記憶障害の原因となった脳損傷が起きた時点から、それ以前にさかのぼる記憶が障害されるものです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第399回『さまざまな「急速に起きる健忘」─なぜ起きる「一過全性健忘」』(2014年2月8日公開)
 海馬の虚血などが一過性全健忘(Transient global amnesia;TGA)の原因説として指摘されていますが、明確な原因は未だに不明です。脳血流検査の一つSPECT(スペクト)検査において、発作中には、海馬・帯状回など記憶に関連する部位での血流低下が認められたという報告もあります。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の數井裕光講師は、TGAが起きる誘因に関して以下のように言及しております(數井裕光:瞬間人. こころの科学 通巻138号 22-28 2008)。
 「発作の数日~数週間前から精神的あるいは身体的に疲労した状態にあった人に、何らかの刺激が加わった直後に生じることが多い。刺激としては、ランニング、体操などの身体的な活動、性交、重要な会議、突然の配偶者の死への直面などの情動的な刺激、冷水との接触や水泳、急性の疼痛(腹痛、抜歯)などの感覚的な刺激などが報告されている。」
 上述の論文の中で數井裕光講師は、逆向健忘が古い出来事から徐々に回復していく様子を刻銘に報告しています。また、手続き記憶に関しても言及しており、「手続き記憶に関連する脳部位としては、基底核や小脳が重要であると考えられている。TGA、アルツハイマー病ではこの領域の障害は認めにくいので、両疾患では手続き記憶は保たれる。すなわち、TGAの発作中でも、発作前に習熟した車の運転、自転車の組み立て、ダンス、オルガンの演奏を行え、新たな手続き記憶も獲得できる。」と述べています。
 TGAは再発することはほとんどなく(再発率は4%弱)、また再発はすぐには起こらず、最初の発作から数年経ってから起こることが多いとされています。TGAと診断されましたら、基本的には継続的な治療の必要はありません。
 なお余談にはなりますが、今でこそ側頭葉の内側部(メモ3参照)が記憶障害と深い関係にあることは周知の事実となっております。しかしながら、1957年に発表されたH.M.(メモ4参照)の報告(Scoville WB, Milner B:Loss of recent memory after bilateral hippocampal lesions. J Neurol Neurosurg Psychiatry Vol.20 11-21 1957)以前は、記憶は脳に局在を持つとは考えられていなかったのです。

メモ3:側頭葉内側部
 内側側頭葉は、大きく分けて海馬(hippocampus)と海馬傍回の2つの領域があります。さらに海馬傍回は内嗅皮質(嗅内野皮質)や周嗅皮質を含む前方の海馬傍回と、後方の海馬傍回である海馬傍皮質とに分けられます。

メモ4:H.M.
 H.M.については、「ひょっとして認知症? Part1─記憶のメカニズム(第26回)」などにおいて詳しくお話しましたね。
 論文においてもH.M.に関する詳細が報告されておりますので、以下に抜粋してご紹介しましょう。
 「H.M.は10歳の時に小発作を初発した。16歳の誕生日、町へドライブに出かける途中で大発作を生じ、以後発作がたびたび起こるようになり、高校で中退し、入りなおした高校も卒業が遅れた。仕事も軽作業を転々とし、27歳のとき組立工をしていたが、中毒域の抗てんかん薬の内服でも大発作が頻繁となり、辞めざるをえなかった。何か治療法がないかとHartford病院のScovilleに紹介された。Scovilleは、精神疾患に施行していた側頭葉内側部の切除がてんかんにも有効かもしれないと、同僚の反対を押し切って、両側側頭極から8cmの範囲を吸引し取り除いた。そしてH.M.の重篤な前向性健忘が明らかとなった。」(海野聡子:症例H.M. 神経内科 Vol.78 433-440 2013)
 なお、前向性健忘だけではなく、部分的な逆向性健忘も呈しました。そして、Scovilleの報告では側頭極から8cmとなっているものの、MRIを用いて切除範囲を検討したところ、側頭極から5.1~5.4cmであり、側頭極、扁桃体、嗅内皮質のほとんどと、海馬の前方が切除されていたそうです。
 H.M.は、記憶以外の認知機能、知能や言語にはほとんど問題がなく、特筆すべきは、運動技術学習(motor skill learning)が保持されていたことでした。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第400回『さまざまな「急速に起きる健忘」─てんかん発作で起きる一過性の健忘』(2014年2月9日公開)
 一過性全健忘(Transient global amnesia;TGA)と非常によく似た症状を示すものに、一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia;TEA)があります。TEAは発作性の健忘を主症状とするてんかん発作です。
 国際医療福祉大学病院神経内科・難病部長の橋本律夫医師は、TEAの特徴として以下の8項目を指摘しています(橋本律夫:健忘症候群を呈するてんかん. 神経内科 Vol.72 245-251 2010)
1 中年から高齢者に発症し、男女比は約2:1で男性に多い
2 健忘発作は前向(性)健忘と逆向(性)健忘が併存していることが特徴で、患者はときに同じ質問を繰り返す
3 前向(性)健忘はしばしば不完全で、患者自ら「憶えることができなかったことを憶えている」と訴える
4 発作は一般に日中の覚醒時に起こる
5 幻臭、自動症、短時間無反応の状態が健忘発作に伴って、あるいは単独でみられることがある
6 健忘発作の持続時間は1時間以内のことが多いが、ときにそれよりも長い
7 比較的少量の抗てんかん薬によく反応する
8 発作間歇期にも多くの患者では健忘を訴える

 なお橋本律夫医師はTEAとTGAの鑑別に関しても言及しており、「TGAは発作を繰り返すことはほとんどなく、1回の発作時間がTEAに比べて長いという特徴がある。しかし、TGAの発症年齢はTEAのそれとほぼ同じであり、TEA初回発作でその発作時間が長く脳表脳波で異常が検出されなかった場合、鑑別はときに困難である」と述べています。

 てんかんに関する記載は相当古くからみられており、古代ギリシャの医師であるヒポクラテスは「神聖病」として記述しているそうです。
 てんかん発作による記憶障害は、①一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia;TEA)、②長期的な前向性健忘、③限局性焦点性逆向性健忘に分類されています。一過性てんかん性健忘は、短時間から数日にわたる健忘が主症状で、明らかな意識障害は伴わずに記憶が抜け落ちます(杉本あずさ、河村 満 他:てんかんと認知症. BRAIN and NERVE Vol.64 1399-1404 2012)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第401回『さまざまな「急速に起きる健忘」─隠れ脳梗塞について』(2014年2月10日公開)
 一過性てんかん性健忘は非常に特殊な疾患であると私自身は考えておりました。しかし2012年1月18日のNHK「ためしてガッテン」において、「まさかっ!! もの忘れに効く薬があったなんて 認知症診断の落とし穴 発想の転換で劇的回復」という過激なタイトルで放送されましたのでついつい食い入って観てしまいました。
 番組で放送された内容(http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20120118.html)を少しご紹介しましょう。
 番組においては、高齢発症のてんかんの要因の一つとして「無症候性脳梗塞」(俗称:隠れ脳梗塞)が挙げられることが指摘されました。
 無症候性脳梗塞について説明しておきましょう。
 脳深部の直径1.5cm以下の小さな脳梗塞は「ラクナ梗塞」と呼ばれます。ラクナ梗塞は一般的には症状は出にくいのですが、詰まった場所が悪ければ症状が出ますので「無症候」ではなくなります。
 ラクナ梗塞に関しては、「ひょっとして認知症? Part1─■100歳の美しい脳(その4) 脳の深い場所にある病変は実は多い(第523回)」において、「『アルツハイマーの脳』と診断されたシスターのうち、シスター・アグネスのように白質や視床などに最低ひとつのラクナ梗塞がある人は、93%の割合でdementia(痴呆)になっていた。『アルツハイマー脳』でありながら、梗塞のまったくなかった人は、57%しかdementiaになっていない。」という極めて興味深いデータをご紹介しましたので記憶に残っておられる方もおられるのではないでしょうか。国立循環器病研究センター脳神経内科の猪原匡史医師はこの研究結果を、「大脳基底核・視床・深部白質のラクナ梗塞があると、アルツハイマー病の顕性化率が20倍になるという報告(修道女を対象としたNun研究)がある(Snowdon DA, Greiner LH, Mortimer JA et al:Brain infarction and the clinical expression of Alzheimer disease. The Nun Study. JAMA Vol.277 813-817 1997)」(猪原匡史:認知症の診断と治療を目指した小血管病の管理. BRAIN and NERVE Vol.65 801-809 2013)と紹介しております。
 脳の「サイレントエリア」に起きた脳梗塞であれば、脳梗塞を発症しても症状が出ませんので、「無症候性脳梗塞」(俗称:隠れ脳梗塞)と呼ばれます。
 ラクナ梗塞と無症候性脳梗塞の関係はちょっと複雑です。古典的には無症候性ラクナ梗塞はラクナ梗塞に含まれません。このことはウィキペディアにおいても解説されております(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%97%E5%A1%9E)ので、詳しく知りたい方はウィキペディアの「ラクナ梗塞」についての記載をお読み下さい。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第402回『さまざまな「急速に起きる健忘」─ 一過性てんかん性健忘にも種類』(2014年2月11日公開)
 脳ドックなどを受けますと、無症候性脳梗塞が見つかるケースは多々あります。
 無症候性脳梗塞は、欧米では潜在性脳梗塞(silent cerebral infarction;SCI)と呼ばれており、韓国での報告では、40代2.4%、50代6.6%、60代14.7%、70代25%にSCIが認められたことが報告されております。なお、脳ドックを受診した健常成人(平均60歳)における無症候性脳梗塞の頻度は、60歳代から急激に増加し、70歳代以降では35%にも達するものの全体の頻度は約14%で、久山町の剖検による頻度12.9%とほぼ一致していることも報告されております(斎藤 勇:無症候性脳血管障害. 日本医師会雑誌・生涯教育シリーズ56─脳血管障害の臨床 S203-213 2001)。
 したがって70歳以上の方がCT・MRI検査を受けますと、およそ3人に1人の割合で「あなたは脳梗塞があります」と医師より告げられることになるわけですね。
 「無症候性脳梗塞」に関してもう少し詳しい情報を知りたい方は、大阪医療センターのウェブサイト(http://www.onh.go.jp/seisaku/circulation/kakusyu115.html)などご参照下さい。
 しかしながらここで注意しておくべきことがあります。隠れ脳梗塞による一過性てんかん性健忘かも…と思っていたら、そうではない場合もあるということです。2012年4月21日に開催されたアルツハイマー病研究会第13回学術シンポジウムにおいて、東京都健康長寿医療センター放射線診断科の徳丸阿耶部長は、「治りにくいてんかん性健忘として、海馬硬化症(メモ5参照)の存在を忘れてはならない」ことを指摘しました。

メモ5:海馬硬化性認知症(hippocampal sclerosis dementia;HSD)
 海馬硬化症は、てんかん・認知症などとの関連が示唆されている疾患です。高齢初発のてんかん患者さんを診察したときには、海馬硬化症も念頭におく必要があります。
 病変が海馬に限局しているときには、症状は記憶障害だけです。しかし病変が拡がってくると、その症状はアルツハイマー病と類似した症状を呈してきます。
 軽度認知障害、認知症疑いでMRIを施行した3,500例のうち、2%程度で「海馬硬化症」が確認されるそうです。海馬硬化症においては、MRI上は海馬の萎縮所見が目立つため、安易にアルツハイマー病と誤診される可能性があり注意が喚起されております(村山繁雄:認知症におけるMRI診断の可能性. 医学のあゆみ Vol.235 No.6 619-626 2010)。
 海馬は、低酸素や虚血に対して特に脆弱な部位です。心不全・呼吸不全などの内科疾患が重篤化した場合や、麻酔・手術などの際に脳が低酸素状態にさらされた場合に、海馬の神経細胞が脱落し海馬硬化症が生じうるのではないかと考えられています。
 海馬硬化症の画像診断の特徴として、両側ないしは片側の海馬の萎縮と、MRIでのT2強調画像やFLAIR画像でのシグナル上昇が指摘されています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第403回『さまざまな「急速に起きる健忘」─高齢者のてんかんを見逃してはいけない』(2014年2月12日公開)
 日本神経治療学会では、65歳以上で発症するてんかん(高齢発症てんかん)の有病率を1~2%と推定しております。
 産業医大神経内科の赤松直樹准教授らの調査によると、高齢発症てんかんの病因としては、「病因・病変なし」が半数の50.0%であり、病因が明らかなものでは、脳血管障害が16.3%と最も多かったそうです。認知症は8.8%を占めていたそうです。
 高齢発症てんかんの発作型は、痙攣を生じる二次性全般化発作が45.0%と最も多く、次いで、痙攣を生じない複雑部分発作が43.8%を占めた そうです。
 複雑部分発作の典型的な症状は、1~2分間、目を開けたままぼ─っとしているといった症状であり、本人はこの発作中のことを覚えていないものの、意識が完全に消失しないため倒れることはありません。複雑部分発作では、口をもぐもぐさせたり、手をもぞもぞ動かす自動症が認められることもあります。
 東京医科歯科大生命機能情報解析学の松浦雅人教授は、高齢発症てんかんは薬物療法が効きやすく、カルバマゼピンを少量(例えば、入眠前に成人用量の3分の1に当たる200mg)投与すれば、約9割の患者で発作がコントロールできると指摘しております(第542号2013年1月号日経メディカル・トレンドビュー 高齢者てんかんを見逃すな 22-23)。
 関東労災病院神経内科部長の玉川聡医師は、「著者は、アルツハイマー型認知症として治療されていたが、入浴中の溺水を契機に意識減損発作が疑われ、側頭葉てんかんの診断に至った症例を経験している。妻から詳細な情報を聞くと、以前より口をクチャクチャいわせたり、枕をずっと回し続けたりといった症状を発作性に生じていたことが確認できた。」と報告しております(玉川 聡:認知症に潜むてんかん. Modern Physician Vol.33 110 2013)。

 2012年1月18日のNHK「ためしてガッテン」の放送日、私が夕方診療をした急患(50歳代・男性)は、偶然にも「ラクナ梗塞」の患者さんでした。
 お話をお伺いすると、以下のような経過でした。
 「一昨日の夜深酒をした。昨日の朝起きたら、呂律が回らなかった。その日の訪れた友達に『お前、呂律回ってないよ』と言われたが、そのうち治るだろうと思って様子を見ていた。今日になっても呂律が回らないので来院しました。」
 握力を測定してみると、右が36kg、左が35kgでした。ご本人に利き手を確認すると、左利きであり元々の左握力は50kgを超えていたことが確認され、また歩行に際しては、左足がもつれる様子が観察されました。構音障害と左半身の片麻痺が認められましたので、早速、脳の断層撮影(Magnetic Resonance Imaging;MRI)を実施しました。
 結果は、右橋部のラクナ梗塞でした。橋梗塞といえば脳幹梗塞の一つでありかなり重篤な病状となるケースもしばしばです。そこで、点滴治療のため緊急入院して頂きました。歩行障害は比較的短期間で軽快し退院することができました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第404回『さまざまな「急速に起きる健忘」─若い人の脳梗塞の場合に』(2014年2月13日公開)
 比較的若年の方が、脳梗塞を発症した場合には、特殊な原因も念頭に置く必要があります。例えば、CADASIL (cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)などです。
 CADASILは、遺伝性の脳小血管病です。長岡赤十字病院神経内科の今野卓哉医師が論文(今野卓哉、小野寺 理:遺伝性脳小血管病. 医学のあゆみ Vol.235 745-748 2010)において、その特徴を以下のように解説しております。
 「20歳前後から前兆を伴う片頭痛発作が出現し、無症候性に白質病変が出現・拡大し、40歳前後で脳梗塞発作を起こす。白質病変の進行と脳梗塞を繰り返すことで運動機能の低下と認知症をきたし、60~70歳前後で死の転帰をとる。認知機能は、注意障害や遂行機能、語の流暢性が障害されやすい。MRIではT2強調画像で、両側大脳白質に斑状で融合傾向のある高信号病変を認める。」
 60歳までに7割が注意障害や遂行機能障害、記銘力障害を主体とする認知機能障害を呈する(他田正義、今野卓哉 他:遺伝性脳小血管病とHDLS. 神経内科 Vol.78 388-395 2013)そうです。片頭痛を既往歴に持つ患者さんのMRI検査において、白質病変が顕著に目立つ場合には、CADASILも念頭に置く必要があるということになりますね。
 また、亀田メディカルセンター神経内科の福武敏夫部長は、「CADASILのもっとも早期の症状は前兆を伴う片頭痛である。一般人口の4倍くらい多いが、家系や人種で異なり、有症状患者の20~30%にみられるに過ぎない。片頭痛の平均発症年齢は28~30歳であり、脳梗塞発症後に消失する。」(福武敏夫:遺伝性細小動脈症性脳症(CADASILとCARASIL)の身体症状と認知症状. Modern Physician Vol.33 82-85 2013)と指摘しております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第405回『さまざまな「急速に起きる健忘」─てんかんは早い段階で診断を』(2014年2月14日公開)
 2012年1月18日放送のNHK「ためしてガッテン」(http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20120118.html)においては、脳梗塞によって脳の血流が滞り次第に「てんかん」が引き起こされやすくなる機序(燃え上がり現象)に関しても放送の中で説明がありました。
 むさしの国分寺クリニックの大沼悌一院長は、「早い段階できちんとてんかんの診断を受け然るべき治療を受けないと、発作症状がだんだん悪くなって取り返しがつかないというふうになる可能性がある。そういう恐れがあります。」と指摘しました。クリニックのホームページ(http://www.mkclinic.sakura.ne.jp/)には、「中高年の物忘れとてんかん」(http://www.mkclinic.sakura.ne.jp/monowasure.html)というコーナーもありますのでご参照下さい。
 そして「だんだん悪くなる」根拠として番組では、ラットの実験が紹介されました。「1日1回、ラットの脳に微弱な電流を流す程度では、けいれんは起きません。しかしこれを2週間続けたところ、けいれんが起きるようになった。」というもので、この現象は「燃え上がり現象」と呼ばれており、小さな発作がより大きな発作を引き起こすてんかん特有の現象であると番組内で紹介されました。
 そして番組では、「一過性てんかん性健忘」の事例が紹介されました。70歳代の男性患者さんです。奥様とともに実名で番組に出演されておりました。
 発症したのは5年前です。意識や記憶の障害が起こるようになりました。本人は発作中の出来事ですので、記憶が抜けていることに対する自覚がありません。
 実施された脳波検査では、「異常なし」と診断されます。しかしその後、奥様がつけていた詳細な症状の記録が契機となり、ようやく正しい診断が下されることになりました。
 いくつかの病院を経て辿り着いたのは、国立精神・神経医療研究センター病院精神科の渡辺雅子医長の外来でした。奥様の記録から、てんかん発作が夜に多いのではないかと気づいた渡辺雅子医師は、入院による「長時間ビデオ脳波検査」(メモ6参照)を実施しました。
 この検査により診断が確定し、抗てんかん薬による本格的な治療が始まりました。それから2カ月後、てんかん発作は消失しました。
 渡辺雅子医師は、「今後、高齢発症のてんかんは増加していくと思われる」と指摘します。また、「てんかんは、薬で約8割は発作をほぼコントロールできる」ため、てんかん症状の見分け方を正しく理解することが大切であると言及しました。
 渡辺雅子医師が指摘した「てんかん症状の見分け方」を以下に列記しましょう。
1 時間単位で、良い時と悪い時(何となくぼんやりしている)が出現する
2 記憶がまだら状に抜ける
3 短時間(3~5分程度)意識がとぎれる(返事をしなくなる)
4 身振り自動症(意識がなくなっている間に、自分の衣服をまさぐるなどの動作を無意識に行う)
 この他にも、一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia;TEA)の特徴として、中年・高齢者に多い(平均62歳)、起床時に起こりやすい(74%)、通常の記銘力検査は正常でも過去3週間にわたる記憶は有意に低下しているといった傾向がみられることも報告されております。なお脳波検査においては、てんかん性放電は37%において認められるものの、31%は正常であったことも指摘されており、頭蓋骨によって電位が1/7~1/10に減衰することもその一因となっております(編集/朝田 隆 著/池田昭夫、木下真幸子:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, pp112-113)。
 すなわち、通常の脳波検査だけでは診断が確定しないケースも随分と多いわけですね。

メモ6:ビデオ脳波同時記録
 脳波にてんかん性異常波が検出されても、それが臨床発作症状を説明し得るものでなければならない。発作および症候群が不明の場合、ビデオ脳波同時記録が参考になる(てんかん診断ガイドライン. てんかん研究 Vol.26 110-113 2008)。
 「てんかんの診断ガイドライン」はウェブサイト上(http://square.umin.ac.jp/jes/pdf/guideline0704.pdf)においても閲覧可能です。


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ドキドキ感のない2月14日
 今日は特別な2月14日になりそうです。
 そう、遂に私にも「チョコ0」の日がやってきます。
 何故かって? 
ヒント
 義理だけじゃ…って時代になってきたのかな。
 かつて20代の絶頂期には70を超えるチョコをもらったこともあるのに…。
 認知症の人が抱える「喪失感」と共通の寂しさがそこにはあるような…。
正解
 実は、今年から職場が「義理禁止!」となったのです。
 一人くらい「本命」があっても良かったのに…。
 家に帰ってからの「義理」に期待します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第406回『さまざまな「急速に起きる健忘」─79歳が起こした交通死亡事故が「不起訴」の理由』(2014年2月15日公開)
 「一過性てんかん性健忘」の発作中は、患者さんは一見すると正常な行動をしているように見えます。しかし、後になってある一定期間の記憶が抜け落ちていることに気づきます。脳波では側頭部に異常波を認めることがあります(伊藤ますみ:誤診されやすい高齢発症てんかん. 2012年3月10日発行日本医事新報No.4585 48-49)。
 物忘れが目立ってこられた方で、もしも上記に該当するような症状がありましたら、認知症ではなく「ひょっとして一過性てんかん性健忘かも?」と疑って脳波検査の可能な医療機関を受診することが正確な診断に結びつくわけです。
 東京都立神経病院脳神経外科の森野道晴部長は、「高齢者てんかんの原因は若年者と異なり、脳血管障害(30~40%)、次いで頭部外傷、アルツハイマー病、脳腫瘍などが挙げられるが、全体の1/3は原因が不明である。高齢者のてんかんでは非けいれん発作が多いため、診断が困難である。」と指摘しています(2012年2月18日発行日本医事新報No.4582 55-56)。
 2012年2月27日付中日新聞においては、この「一過性てんかん性健忘」に関わるニュースが1面トップ記事として報道されました。
 79歳男性の起こした交通死亡事故の原因が、捜査の過程で初めて「てんかん」と診断されたため、持病としての自覚がなく、発作の予見は困難で刑事責任は問えないと判断し、名古屋地検一宮支部は「不起訴」としました。
 記事のサブタイトルは、「高齢者、物忘れと勘違い」となっています。すなわち、「高齢者のてんかんの場合、数秒だけ意識を失って動作が止まる症状が目立ち、発作を記憶していない場合も多く、居眠りや物忘れと勘違いし、家族も気付きにくい。」と記事では解説されておりました。
 静岡てんかん・神経医療センターの井上有史院長(臨床てんかん学)も、「高齢者の症状は注意深く観察しないと発見が難しい」と指摘しております。
 なお、日本てんかん協会には、「相談専用ダイヤル」(TEL:03-3232-3811)もあり、病気のことや経済的な悩み、生活上の問題など、また福祉制度に関する手続きを含めて、てんかんに理解のある相談員が電話相談に応じております。平日の月曜・水曜・金曜の13:15~17:00が受付時間です(http://www.jea-net.jp/jea/jigyou_soudan.html)。

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 2014年1月号の「神経内科」雑誌は「症候性dementia」を特集しています。
 HIV脳症に関する論文の中で、とある感染症拠点病院における「感染経路」の%が報告されておりますので、抜粋して以下にご紹介しましょう(改変しております)。
 「約17年間のHIV感染者は1,263名で、そのうちAIDSは392名(31%)であった。男性1,140名、女性123名で、感染経路は男性同性間接触826名、異性間性的接触288名、輸血・凝固因子製剤30名、母子感染1名、不明118名である。」【○○ ○郎:HIV脳症(AIDS dementia complex)のdementia. 神経内科 Vol.80 77-84 2014】

 異性間性的接触も288名(288/1263=22.8%)と決して少なくないことが分かりますね。この数字を見て私は、「異性間性的接触」の内訳を示してほしいと感じました。すなわち、男性→女性の頻度(○○/288)、女性→男性の頻度(○/288)という内訳ですね。
 何故かと言いますと、「異性間性的接触でのHIV感染では男性が女性から感染する確率は、女性が男性から感染する確率の約10分の1」(http://homepage2.nifty.com/iwamuro/hivtoukei.html)であることが知られているにも関わらず、現実には平成17年4月25日のエイズ動向委員会委員長コメント(http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/303/kj3033.html)でも指摘されておりますように「異性間性的接触によるものが49件(うち男性32件、女性17件)」という理屈に合わない結果となっているからです。
 その理由については上記報告の中でも「一人の女性から複数の男性が感染しているのか?」と考察されておりますが果たしてそれだけの理由なのでしょうか? 私は専門外でよく分かりませんが…。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第407回『さまざまな「急速に起きる健忘」─アルツハイマー病とけいれん発作』(2014年2月16日公開)
 アルツハイマー病においては、病状の進行につれてけいれん発作が出現しやすくなります。
 「アルツハイマー病:神経症状の合併は3%/年ずつ増加し、発語や表情障害(4%/年)、固縮(2.5%/年)、姿勢歩行障害(3.9%/年)、無動(3.8%/年)も毎年増加したが、振戦の増加はまれ(4~7%/2年)で、経過が進むとミオクローヌス(メモ7参照)や約10%にけいれんがみられる。」(東海林幹夫:アルツハイマー病の身体症状と認知症状─症候と検査所見のポイント. Modern Physician Vol.33 78-81 2013)
 大規模研究(Scarneas N, Honig LS, Choi H et al:Seizures in Alzheimer disease: Who, when, and how common? Arch Neurol Vol.66 992-997 2009)においては、アルツハイマー病の平均3.7年の経過中発作が生じたのは1.5%のみであった(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/伊藤ますみ:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp309-312)ことも指摘されております。
 しかしながら、アルツハイマー病におけるけいれん発作は進行期だけではなく病初期においても認められるとする報告もあります。
 国立病院機構宇多野病院神経内科(関西てんかんセンター)の木下真幸子医師は、「アルツハイマー病において、ミオクローヌスやけいれん発作が出現するのは進行期になってからであるとされてきたが、病初期~中期においてもー般人口と比較しててんかん発作の合併率は高いとの報告(Irizarry MC et al:Incidence of new-onset seizures in mild to moderate Alzheimer disease. Arch Neurol Vol.69 368-372 2012)がある。」(木下真幸子:てんかんと認知症はどう鑑別すればよいでしょうか? 治療 Vol.94 1745-1747 2012)と指摘しております。

メモ7:ミオクローヌス
 筋肉が、急に激しくぴくつくもので、音や光などで誘発されることもあります。健常な人でも眠りかけた時などには、「ビクッ」とするミオクローヌスは時折あります。
 弧発性クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt Jakob disease;CJD)では、発症後数か月以内にほとんどのケースでミオクローヌスが認められます。ただし、アルツハイマー病やレビー小体型認知症においてもミオクローヌスが認められることがあります。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第408回『さまざまな「急速に起きる健忘」─特殊だけど「全生活史健忘」がある』(2014年2月17日公開)
 非常に特殊な健忘症に、「全生活史健忘」という病態があります。社会的な出来事に関する記憶が保たれているのに自己の生活史の記憶を失っている状態です。精神科疾患としての全生活史健忘は、非適応的性格や心理的葛藤、抑うつ状態を背景に出現し、全生活史健忘が防衛機制として機能するようです。一方、全生活史健忘が器質的脳疾患によっても出現することが稀にあり、軽微な頭部外傷後に発症するケースがあるようです(吉村菜穂子、大槻美佳:頭部外傷後の全生活史健忘. 脳神経 Vol.51 55-57 1999)。
 いずみの杜診療所(http://www.izuminomori.jp/area/izumi/izumi_cl.html)の山崎英樹医師は著書において、「さっきのことは思いだせても、昔のことが一定期間をさかのぼって思いだせないという純粋逆向健忘が、2~3年から10年以上にわたることがあり、全生活史をおおうときは全生活史健忘といいます。数年の純粋逆向健忘は単純ヘルペス脳炎や外傷後の内側側頭葉病変から生じることがあり、全生活史健忘には心因性と思われるものもあります。」と述べています(山崎英樹:認知症ケアの知好楽 雲母書房, 東京, 2011, p88)。
 全生活史健忘は、一定の期間を経てある程度は自然に回復する傾向が認められます。
 京都大学大学院人間・環境学研究科の大東祥孝教授は、全生活史健忘の発症・回復の過程に関して、実例(25歳・男性)も提示して詳しく報告しております(大東祥孝:記憶と意識─全生活史健忘. こころの科学 通巻138号 64-70 2008)。
 「全生活史健忘の典型例では、発症は、倒れて意識を失い、まもなく意識を回復した時点で、はたと自分が誰であるかわからない、ということに気づくことで始まる。時にこうした状態が長期に続く場合もあるが、多くは、数カ月以内にもとに戻る。…(中略)…回復時の過程は、短時間(数時間以内)のうちに急激に戻る場合もあれば、眠って覚醒するごとに徐々に回復してゆくこともある。急激に回復する場合でも、何か想い出しそうな予感が続いて、深く眠ったあとに、大きな変化に気づくことが多く、また、夢のなかで、いわば先取りして『想起できない過去』のシーンが現れることもある。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第409回『さまざまな「急速に起きる健忘」─ピアノマンは「全生活史健忘」だったのか?』(2014年2月18日公開)
 全生活史健忘においては、自己アイデンティティの喪失(メモ8参照)を来します。自伝的記憶(自身の体験に関するエピソード記憶)の取り出しには、右半球側頭葉前部から前頭葉眼窩部におよぶ領域が深く関わっていることが示唆されています。
 皆さん、「ピアノマン」の報道は記憶に新しいのではないでしょうか。2005年4月にイギリスの海岸で、びしょ濡れの黒いスーツとネクタイ姿の若い男性が彷徨っており保護されましたね。ひと言も話さないため、病院職員が紙と鉛筆を渡すと、グランドピアノの絵を描き、ピアノの前に連れて行くと「白鳥の湖」などを巧みに演奏したという報道です。診断名は明らかにされていませんが、「ピアノマン」は全生活史健忘だったのではなかろうかと私は推測しております。

メモ8:自己アイデンティティの喪失
 「心理的要因の大きな健忘は解離性健忘(dissociative amnesia)である。解離性障害とは、記憶、意識、人格の連続性に障害が生じ、記憶や意識の欠損、人格の交代などの症状を呈する疾患である。健忘が主症状の場合には解離性健忘と診断される。解離性健忘は、全般型解離性健忘と局在型解離性健忘に大きく分けることができる。
 全般型では、過去の記憶を広範囲にわたって想起できなくなる。健忘が人生のすべての記憶に及んだ場合は、全生活史健忘と呼ばれる。全生活史健忘では、自分がだれであるか、出身地、家族構成、学歴や職歴など、履歴書に記入するような情報を想起できない。この症状を自己アイデンティティの喪失という。全生活史健忘で場所の移動を伴う場合には、とん走(fugue)を伴うと診断される。とん走を伴う患者は、何の関係もない遠方の土地をぼんやりと徘徊して挙動不審のために、ときには、自殺企図や自殺未遂のために、警察に保護されることがある。名前が言えないために、医療機関に搬送され、脳器質的疾患を否定された上で精神科診察室に登場する。自己アイデンティティの喪失を伴う解離性健忘患者が、別の土地で別の名前で、自分がだれであるのかわからないまま、別の人生を歩んでいたという症例報告もなされている。
 全生活史健忘では、器質性の健忘症候群のように、記憶の欠損を作話で補うことはせず、『わからない』を連発する。前向性健忘の検査では、成績低下を認めたとしても軽度である。」(吉益晴夫:記憶. 精神科 Vol.23 147-151 2013)

家族が疲れ果てる夜間頻尿 & 尿と便の困りごと [夜間頻尿 昼夜逆転 弄便 過活動膀胱]

1)家族が疲れ果てる夜間頻尿 2)尿と便の困りごと

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1)家族が疲れ果てる夜間頻尿

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第507回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その1)―意外な対策があるものだ』(2012年8月24日公開)
 認知症患者さんを介護していくうえで、非常に困る症状の一つとして「夜間頻尿」があげられます。シリーズ第95回『シリーズ・家族が困惑する認知症患者さんの不眠・頻尿(1)』でも述べましたように、昼間の頻尿でしたらまだしも、夜間にフラフラしながらトイレに行くような状況ですと、転倒しないかと心配になり家族も起きてしまい、介護者も睡眠不足になってしまいます。
 このようなケースへの対応は非常に困難であるのが現状です。埼玉セントラル病院の鈴木智子認知症看護認定看護師がこのようなケースに対する興味深い対策を看護専門誌において報告しています。
 「Lさん(90歳代前半・男性)は、昼夜逆転で夜間不眠を呈しています。評価を進めると、Lさんの場合には、夜間の排泄が睡眠中断の原因であることが推測されました。夜間の排尿回数が増える原因も検討されました。日中は車椅子に長時間座っていることで血液循環が悪くなっています。しかし、夜間ベッドに臥床すると血液循環がよくなり、尿を生成しやすくなり排尿回数が増えているのではないかと考えました。そこで、午前と午後に1時間ずつ就床する時間をつくり血液循環を改善できるようにしたり、生活リズムを整えるため日中に光を浴びたり活動を促したりするうちに生活リズムが整っていき、Lさんは夜間にまとまった睡眠が取れるようになりました。」(月刊ナーシング Vol.31 No.13 56-59 2011)
 この「午前と午後に1時間ずつ就床する時間」という発想は私にはとっても意外なものでした。昼夜逆転への対応としては、昼間寝かさないことが基本原則とされてきました。試行錯誤の連続からこのような対策が功を奏したのでしょうか。パーソンセンタードケア実現のためには、介護スタッフの豊かな「想像力と創造性」が求められます。常識にとらわれない対策も時には必要ということですね。

 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で排尿全般に関するアドバイスを以下のように述べています(朝田 隆・編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp166-167)。
 「排泄介助において、手を出すべきタイミングをとらえるのは難しい。日時によってもタイミングは異なる。特に本人にさっき失敗した経験が残っていると容易に混乱してしまう。相手の好みと能力を知ることが対応の基本である。
 なお、失禁対策にはトイレ誘導という方法がある。これは介護者が率先してトイレへ導くことである。しかし一定時間ごとにトイレ誘導しても、空振りが多くて駄目らしい。抗利尿ホルモンの分泌パターンを考慮して、尿の生成が少ない午前中は数少なくても、多くなる午後に頻回に誘導するのが望ましい。なお、ウォシュレットなどのボタン系は操作が難しいので、誤操作(流すつもりがお尻に放水など)で本人がびっくりしてしまう。一緒にトイレに入って、『後は行為だけ』のところまで一緒にいてケアしてあげればよい。
 認知症が進行して施錠・開錠が怪しくなれば、鍵は外したりドアを開けたままにしたりしておけばよい。このようなステージでは、列車や飛行機であっても一緒にトイレに入るのが望ましい。」

入所も一つの選択肢
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/08/24 11:24
 先週の金曜日に、30分毎の夜間頻尿および不穏にて、かかりつけ医から相談を受けた事例(80代後半・女性)をご紹介しましょう。
 ご家族は、家で看たい!という想いと介護疲れが交錯している状況でした。ご家族も30分置きに起きている状況であり、私は「在宅介護の限界」と感じ、すぐに入所可能なサービス付き高齢者専用賃貸住宅(高専賃)への入居をお勧めしました。
 投薬は、SSRIを1錠だけ投薬しました(強迫性の頻尿に対して)。
 セロトニンは情動と行動を制御する重要な神経伝達物質であり、セロトニンの異常はうつ・強迫性障害・攻撃性などに関連します。脳のセロトニンを増加させる薬物療法(SSRI型の抗うつ薬)がこれらの状態の治療に用いられることがあるのです。
 さて、この患者さんは2~3日程前に入所され、本日再診されました。
 当直をされた高専賃の施設長の方のお話では、8月22日は夜間3回の排尿があったようです。しかし、23日には安定剤投与の効果もあったのか夜間一度も起きずに朝までぐっすり眠られたそうです。
 入居し、昼間しっかり覚醒していたことが良かったのか、SSRIが効果を発揮したのか、安定剤が効いたのか判定は難しいところですが、いずれにしても家族が困惑した頻回の夜間頻尿が短期間で、ものの見事に解消した事例です。
 高専賃の施設長の方も認知症ケアに理解のある方でしたのでホッとひと安心です。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第508回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その2)―昼夜逆転には積極的に取り組む』(2012年8月25日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は、心理教育アプローチも加味した家族支援を行ったところ、認知症の人の昼夜逆転が改善する傾向が確認された(松本一生:認知症と家族臨床. 家族療法研究 Vol.28 303-306 2011)と報告しております。
 松本一生先生が「昼夜逆転」に対して熱心に取り組む理由は、介護破綻に繋がりかねない危機的な状況となりうるからであることが共著において語られています(朝田 隆・編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp128-129)。以下にその部分をご紹介します。
 「幻覚・妄想だけにとどまらず、昼夜逆転や興奮などの行動障害が加わるとき、介護者の負担は頂点に達する。筆者のこれまでの経験から得たイメージでは、介護者が認知症の人の昼夜逆転と向き合うことでケアが破綻してしまうのにかかる時間は1週間ほどである。場合よっては2~3日で在宅ケアが破綻してしまうこともある。介護者が寝られないなかでケアをしなければならない状況は、それほどまでに介護者を追い詰める。介護者支援が最も緊急性を帯びてくるのはこの時期である。」
 そして松本一生先生は、心理教育アプローチも加味した家族支援の効果に関して次のように報告しております(一部改変)。
 「心理教育プログラムによる情報提供、共感のなかでの支え合いを行った群では、介護期間が長くなるにしたがって、たとえ認知症者が『認知症に伴う行動障害と精神症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)』を呈したとしても介護者の狼狽や混乱がなくなっているためか、『慌てずに』対応する介護者が増えてくる。その結果、介護者から無意識に出ていた否定的な表情や困惑といった『否定的な非言語的メッセージ』が軽減され、結果的には認知症の人自身の『BPSD(昼夜逆転など)』が改善する傾向にある。」(朝田 隆・編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp143-144)


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第509回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その3)―何回トイレに行くと夜間頻尿』(2012年8月26日公開)
 さて夜間頻尿っていったい夜間に何回トイレに行ったら該当するのでしょうか。
 福井大学医学部医学科器官制御医学講座泌尿器科学の青木芳隆助教が論文において(青木芳隆,横山 修:“夜間頻尿は短命”の理由. medicina Vol.48 1980-1981 2011)、夜間頻尿について簡潔に説明し興味深いデータも紹介しております(一部改変)。
 「そもそも夜間頻尿とは、夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという訴えであり、それにより困っている状態をいいます。実際に治療の対象となっているのは、夜間排尿が2回以上の人が多いのです。最近の日本からの報告によると、5年間の経過観察において、夜トイレに2回以上起きる人は1回以下の人に比べて約2倍の死亡率だったと報告されております。」
 死亡率が高くなる要因としては、夜間頻尿に関連する基礎疾患、夜間頻尿に伴う転倒とそれによる骨折(大腿骨頸部骨折など)の影響が考えられています。関連する基礎疾患としては、加齢以外にも、高血圧・糖尿病・脳血管障害・腎泌尿器疾患・睡眠障害などが指摘されています。
 この指摘のように、内科的な疾患が夜間頻尿の原因となる場合もあるわけですね。
 高血圧においては、カテコラミン高値により腎血管抵抗が高いために腎血流が低下し、日中に尿産生量が低下します。この状態で夜間就寝中のカテコラミン血中濃度が日内変動によって若年健常者レベルに下がると、腎血管拡張による腎血流増加に伴い、夜間多尿となるのです(菅谷公男:排尿障害の新しい概念とその薬物治療─生活習慣病と排尿障害. 臨床薬理 Vol.40 207-211 2009)。
 さてこの夜間頻尿の頻度はいったいどの程度なのでしょうか。報告者対象者により異なりますが、「夜間頻尿診療ガイドライン」(ブラックウェルパブリッシング, 東京, 2009)によると、若年者で10~30%に対し、高齢者は40~80%であり、男女とも加齢とともに増加することが報告されています。
 また、「夜間頻尿診療ガイドライン」には以下のような記載もあります。
 「まず、問診が非常に重要である。症状を把握し、基礎疾患の有無、循環器疾患の有無、下肢浮腫の有無、水分・アルコール・カフェインなどの摂取状況を明らかにする。また、夜間多尿を来す薬(利尿薬、クロルプロマジン、カルシウム拮抗薬など)服用の有無を確認する必要がある。
 夜間頻尿以外の下部尿路症状(尿勢低下、尿線途絶、排尿遷延、腹圧排尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁、残尿感など)があれば、前立腺肥大症や過活動膀胱による膀胱蓄尿障害に対する対応を考え、泌尿器科専門医への紹介を検討する。」
 夜間多尿とは、夜間尿量÷1日尿量の割合が高齢者においては0.33以上(若年者では、0.20以上)の場合を指すそうです(内田陽子:尿失禁・認知症ケア マンガでリアルに対処法 日総研出版, 名古屋, 2011, p20)。
 なお昼間に関しては、成人の場合には、8回以上の排尿がある場合に頻尿と言います。


夜間頻尿といっても
投稿者:モンチャン 投稿日時:12/08/26 16:08
 私の場合は2回ですが、11時に寝て3時頃に第1回。そして其れからが眠れなくなって、うつらうつらで「エイもう一度小便するか」という感じの2回です。
 困るのは頻尿ではなく、一度目をさましたら、再度眠りにつけないという事です。
 昼寝をすると夜寝付きが悪いと同じ症状です。其の結果昼間には会議中でも居眠りしてしまうという睡眠不足の症状が出ます。
 夜中に排尿で目を覚ましたら、すぐに睡眠薬を飲んでまた眠りにつけるという事が理想です(ちなみに前立腺肥大です。前立腺がんの治療も行いました)。


Re:夜間頻尿といっても
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/08/26 16:40
モンチャンへ

 確かに中途覚醒しても、すぐに寝付ければ問題ないですよね。私も中途覚醒しますが(アルコール類を眠る寸前まで飲んでいるため、就寝4時間後くらい経つと膀胱がパンパンになってくるため)、トイレしてお茶を飲んでまたすぐに眠れます。

 参考になればと思いますので、シリーズ第96回『家族が困惑する認知症患者さんの不眠・頻尿(2) 治療手段が確立されていれば…頻尿と不眠』においてご紹介した話を以下に再掲しますね。

 川田誠一先生は、ご講演の中で、自分自身で薬を管理できる方であれば、「中途覚醒した際に、非ベンゾジアゼピン系で超短時間作用型のゾルピデム酒石酸塩(商品名:マイスリー)の半錠(高齢者では5mg錠の半分)を服用させるのがよい」と説明されました。


8月最後の日曜日
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/08/26 17:01
 今日は、いつものように5時過ぎに起きて、午前中は読書。
 午前中に読んだのは、岡田尊司さん(精神科医)が書かれた『愛着障害』(光文社発行, 2011)です。すぐ恋愛モードになりやすい人は「不安型愛着スタイル」かも・・などと興味深い記述が沢山ありました。巻末には、「愛着スタイル診断テスト」も付いています。

 お昼過ぎに買い物に行き、24時間TVの募金活動を子どもたちがしていたので、少しだけ募金してきました。

 昼からは、津のハーバーに行き、泳いできました。波が高かったです。
 ハーバーでは、カイトサーフィンの大会が行われていました。凄いスピードで海の上を走っており格好いい!
 大会終了後に、大会参加者は皆で、海岸のゴミ拾いをされていました。掃除しながら、お父さんが小学生の息子さんにこんな声を掛けていました。。
 「夏休みの思い出日記の宿題に、ビーチクリーンしましたって書いておきなよ!」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第510回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その4)―頻尿と尿失禁』(2012年8月27日公開)
 ちょうど良い機会ですので、頻尿と尿失禁の関連についてもお話しておきましょう。
 尿失禁は症状のパターンに基づいて、切迫性尿失禁、腹圧性尿失禁、溢流(いつりゅう)性尿失禁、機能性尿失禁、混合型尿失禁という5つの基本的な型に分類されます。腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁の混在するタイプを混合型尿失禁と言います。
 切迫性尿失禁とは、抑えられない強い尿意が急に起こり、コントロールできずに尿が漏れてしまう状態です。突然強い尿意を覚えることはあっても普通はこれを抑えることができるものです。しかし、切迫性尿失禁の人はトイレまで我慢できず、尿が漏れてしまいます。
 切迫性尿失禁は、高齢者で起こる尿失禁の中で最も一般的なタイプです。切迫性尿失禁は、膀胱が勝手に収縮したり、膀胱が慢性的に過剰に活動する(過活動膀胱)ために起きるとされています。このタイプの尿失禁が持続する場合には、排尿を抑制する脳の前頭葉に生じた疾患が関連していることもあります。過活動膀胱は高齢者でよくみられ、突然の強い尿意が起こるだけでなく、昼夜を問わず頻尿になります。脳卒中など体の動きを制限する疾患があると、すぐにトイレへ行くのがさらに困難となり、頻尿と切迫性尿失禁が重なることになります。
 シリーズ第98回『介護の本にも頻尿の説明は多くない』においてもご紹介しましたように、過活動膀胱(Overactive Bladder;OAB)とは、急におしっこがしたくなりもれそうになる感じ(尿意切迫感)を必須症状とする排尿障害であり、頻尿や夜間頻尿を伴い、尿意切迫感が強いと我慢できずにおしっこをもらしてしまう(切迫性尿失禁)こともあります。
 腹圧性尿失禁は、せきやくしゃみをした瞬間や、力んだり重いものを持ち上げるなど、腹圧が急に高まるような動作をしたときに少量の尿が漏れてしまうものです。腹圧性尿失禁は、若い女性や中年の女性の尿失禁で最も一般的なタイプです。女性では、出産や加齢などの要因によって骨盤の筋肉が緩んでしまい腹圧性尿失禁を起こしやすくなるのです。
 溢流性尿失禁は、尿の流れが妨げられたり膀胱の筋肉が収縮できなくなったりするため膀胱が拡張し、そのため膀胱内の圧力が高まり、少量の尿が漏れ出てしまう状態です。代表例は、前立腺(メモ参照)の肥大によるものです。前立腺肥大の男性では、膀胱から尿道口に通じる部分が狭くなり尿の流れが妨げられます。男女ともに、便秘で直腸に便がたまると膀胱頸部や尿道が圧迫されて溢流性尿失禁を起こすこともあります。また、糖尿病など膀胱を麻痺させる神経障害(神経因性膀胱)も溢流性尿失禁の原因になります。
 メルクマニュアル医学百科家庭版の「尿失禁」の項(http://www.merckmanuals.jp/home/%E8%85%8E%E8%87%93%E3%81%A8%E5%B0%BF%E8%B7%AF%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E5%B0%BF%E5%A4%B1%E7%A6%81/%E5%B0%BF%E5%A4%B1%E7%A6%81.html?qt=%E5%B0%BF%E5%A4%B1%E7%A6%81%E3%80%80%E5%89%AF%E4%BD%9C%E7%94%A8&alt=sh)に記載されておりますように、種々の薬剤が尿失禁の発症や悪化の原因となります。抗コリン薬やオピオイドなど、脳や脊髄に影響を及ぼしたり神経伝達を妨げたりするさまざまな薬物は、膀胱の収縮を妨げ、溢流性尿失禁を引き起こします。

メモ:前立腺
 医療関係者にとっては常識的な医学用語である「前立腺」について、改めて分かりやすく説明するのは決して容易なことではありません。
 そんなことを思っていた折り、ちょうど「1分で知る豆医学」(2012年7月24日付朝日新聞・医療)において、前立腺について説明する文面がありましたので以下にご紹介しましょう。
 「前立腺は男性だけにある生殖器の一つ。膀胱の下で浮輪のように尿道を包み込んでいる。ホルモンバランスが崩れて大きくなると、尿道が圧迫されて(尿の)出が悪くなる。尿が膀胱に残って細菌が繁殖しやすくなり、感染症の原因にもなる。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第511回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その5)―尿失禁の対策』(2012年8月28日公開)
 機能性尿失禁とは、トイレまで行くことができない、ときには行きたがらないために尿が漏れてしまう状態のことをいいます。機能性尿失禁の代表的な原因としては、脳卒中など体を動かせない状態になった場合や、アルツハイマー病により精神機能が低下した状態などが挙げられます。
 治療方法は原因によって異なります。ですから、泌尿器科を受診して原因を確認することが重要です。
 女性に多い腹圧性尿失禁の場合は、骨盤の筋肉を鍛える体操が対策として有効です。骨盤底筋訓練の施行方法を動画とナレーションにより分かりやすく説明しているサイトもありますので参考にして下さい。骨盤底筋トレーニングは、Kegelらが提唱したものであり、日本ではケーゲル体操として 知られています。
 切迫性尿失禁の場合には、尿意が起こる前に規則的な間隔で排尿することで予防できます。また、膀胱の筋肉の過剰な活動(収縮)をコントロールする薬も有効性が期待できます。この種の治療薬でよく用いられているものは、オキシブチニン(商品名:ポラキス)とトルテロジン(商品名:デトルシトール)などです。
 溢流性尿失禁のうち、前立腺肥大などが原因となっている場合には、手術などの検討も必要となります。
 機能性尿失禁への対策としては、誰かが手助けして定期的に排尿させることが必要になります。たとえば、3~4時間おきなど間隔を決めて排尿するように促し、失禁する前に膀胱が空っぽになるように留意するのです。
 群馬大学大学院保健学研究科の内田陽子准教授は、認知症による機能的尿失禁への対応として以下のような対策を挙げています(内田陽子:尿失禁・認知症ケア マンガでリアルに対処法 日総研出版, 名古屋, 2011, p26,30)。
1. 排尿日誌をつけて、1回の排尿量と時間間隔、どんな時に尿漏れがあるかをアセスメントする。
2. トイレ環境の整備(段差解消、手すりをつける)。
3. 日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)能力に応じて、起き上がり・衣服の着脱などを介助する。排尿間隔に合わせて時間を見計らってトイレ誘導する。
4. トイレで排泄できたら賞賛の言葉をかける。
5. 失禁の量を目安にして、適した尿漏れ専用のパンツを使用する(250mlまで吸収できるパンツもある)。
6. 薄型で吸収力が高く、肌触りの良い尿パッドを使用する。

 残尿とは、排尿したにもかかわらず、膀胱内に残っている尿のことを言い、正常であれば10ml以下です。残尿が50mlを超えると感染症が起こりやすくなります(内田陽子:尿失禁・認知症ケア マンガでリアルに対処法 日総研出版, 名古屋, 2011, p19)。この残尿は、ブラッダースキャン(http://products.sysmex.co.jp/pr2/products/physiology/bvi6100.html)という装置を下腹部に当てるだけで2~3秒で測定可能です。
 また、継続的に膀胱内の尿量を超音波で測定し数値で表示する定時測定機能と残尿測定機能(膀胱内の蓄尿量を数値で表す)という2つの機能を持った「ゆりりん(長時間尿動態データレコーダ,タケシバ電機)」という機器もあるそうです(月刊ナーシング Vol.31 No.13 109 2011)。排泄ケアが困難な事例に対して、新しい対応策を講じるきっかけとなるかも知れませんね。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第512回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その6)―過活動膀胱と抗コリン剤』(2012年8月29日公開)
 なお、福井大学医学部医学科器官制御医学講座泌尿器科学の青木芳隆助教は、「脳卒中慢性期には、3~5割に過活動膀胱が認められる。…(中略)…過活動膀胱による蓄尿障害には抗コリン薬を用い、前立腺肥大症などの下部尿路閉塞症状のために残尿量が増加した機能的膀胱容量低下に対しては、α1遮断薬を投与する。興味深いことに、α1遮断薬による夜間尿量減少、昼夜の尿量バランス改善、睡眠の質改善作用も最近報告されている。」(青木芳隆、横山 修:高齢者における夜間頻尿の病態と対処. Geriat Med Vol.50 581-584 2012)と述べています。
 抗コリン薬に関しては、シリーズ第130回『こんなにある治療可能な認知症』において記載しましたように、「薬剤誘発性認知症」(投薬された薬によって、認知障害が誘発される)を引き起こすことがありますので、投薬後には注意して経過を観察する必要があります。
 抗コリン薬を使用すると、マイネルト基底核から大脳皮質に投射するアセチルコリン系を抑制することによって認知障害が出現(杉山博通、數井裕光、武田雅俊:Treatable dementia─正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、薬剤性認知症の診断と治療. 綜合臨牀 Vol.60 1869-1874 2011)することがあります。抗コリン作用を有する代表的な薬剤には、抗パーキンソン病薬、消化器病薬、過活動膀胱治療薬などがあります。
 具体例を挙げましょう。シリーズ第99回『頻尿に抗うつ薬が効く場合も』において指摘しましたように、過活動膀胱の治療に用いられる抗コリン薬である塩酸オキシブチニン(商品名:ポラキス)は血液脳関門を通過し、認知障害を起こす可能性が指摘されていましたね。他にも多く該当薬剤があります。
 シリーズ第131回『認知症だと思っても・・・』にて述べましたように、『認知症疾患治療ガイドライン2010』には、「Anticholinergic Risk Scale」という表があり、抗コリン作用の有害事象のリスクが3点・2点・1点の3段階で一覧表示されています(医学書院発行, 日本神経学会監修, 東京 , 2010, pp38-43)。
 オキシブチニンは、3点に該当する21薬剤のうちの1つとして記載されております。消化器病薬としては、シメチジン(商品名:タガメットなど)が2点、ラニチジン(商品名:ザンタックなど)・メトクロプラミド(商品名:プリンペランなど)が1点として記載されています。2点該当薬は全14薬剤、1点該当薬剤も全14薬剤が一覧に記載されております。
 なお、過活動膀胱の治療に際しての抗コリン薬の選択に関しては、シリーズ第98回『介護の本にも頻尿の説明は多くない』のコメント欄「過活動膀胱診療ガイドライン」を参考にして下さいね。ソリフェナシン(商品名:ベシケア)は「Anticholinergic Risk Scale」一覧表には記載されておりません。しかし、トルテロジン(商品名:デトルシトール)は2点該当薬剤として記載されています。
 難解な説明が続き申し訳なく思いますが、絶好の機会ですので、「マイネルト基底核」「アセチルコリン系」について解説を加えておきます。
 「マイネルト基底核の大型の神経細胞によってアセチルコリンが産生され、神経細胞体から伸びた神経線維を通って大脳全体に送られる。マイネルト基底核の神経末端からアセチルコリンがシナプス間隙を通って受け手側の神経細胞上にあるアセチルコリン受容体に結合することで、情報が伝達される仕組みになっている。このようにアセチルコリンを神経伝達物質として用いる情報伝達系をアセチルコリン神経伝達系とよぶ」(水上勝義:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか医学書院, 東京, 2011, pp25-26)。
 ここで、シリーズ第85回『シリーズ・ほとんど進行しないアルツハイマー病?(1)』を少し復習しましょうね。
 アルツハイマー病の脳においてはアセチルコリンの減少により脳活動に障害が出てくるとする「コリン仮説」が1983年に唱えられ、それがアセチルコリンエステラーゼ阻害薬の開発に繋がりました。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第513回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その7)―薬で治るケースもある夜間頻尿』(2012年8月30日公開)
 なかなか対応の困難な「夜間頻尿」ですが薬剤投与によって解消するケースもあります。
 その実例をご紹介する前に、現在使用されているアルツハイマー型認知症の治療薬について復習しておきましょう。
 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)は、アセチルコリンエステラーゼの働きを阻害するため、結果として、脳内のアセチルコリンが分解されにくくなります。それにより脳における神経伝達が改善します。
 ドネペジル(商品名:アリセプト及びその後発品)、ガランタミン(商品名:レミニール)、リバスチグミン(商品名:リバスタッチパッチ、イクセロンパッチ)という3つの薬剤にはそれぞれ特徴があります。しかしながら結論的に言えば、「一部の臨床試験で、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の種類の違いによる治療効果の差異が報告されているものの、ドネペジル、ガランタミンおよびリバスチグミンの治療効果には明確な差はないとされている。」(認知症疾患治療ガイドライン2010 医学書院発行, 日本神経学会監修, 東京, 2010, pp238-241)ということになります。
 ドネペジルはアセチルコリンエステラーゼ阻害薬のなかで唯一、アルツハイマー病(AD)の軽度から高度に至るまでフルステージで使用可能な薬剤です。ドネペジル3mg錠と5mg錠は軽度および中等度アルツハイマー病に使用され、10mg錠は高度アルツハイマー病に対して使用されます。
 香川大学医学部精神神経医学講座の中村祐教授は、「10mgまでの用量であれば、『増量するほど臨床効果が高まる』と言い換えることが可能である。現在、わが国においては高度ADに対してドネペジル塩酸塩(アリセプト)の最大1日投与量は10mgまでであるが、アメリカでは軽度から10mgが処方可能であり、中等度~高度ADに対して23mgの投与が認められている。わが国および欧米におけるドネペジルの臨床試験の結果から考えると、わが国における高度ADに対する至適用量は10mg/日以上と推測され、なるべく早い時期での10mg/日への増量がドネペジルの臨床効果を引き出すためには必要であると考えられる。」(中村 祐:薬理学的視点に関する至適用量についての考察. 老年精神医学雑誌 第23巻増刊号-Ⅰ 71-75 2012)と述べています。
 2012年7月21日に順天堂大学医学部附属・順天堂東京江東高齢者医療センターの一宮洋介メンタルクリニック教授が第8回中勢認知症集談会の講演に来津され、「アルツハイマー型認知症の積極的治療戦略」という演題でお話されました。
 ちょうど良い機会でしたので、私が日頃から感じていた臨床的疑問点についてご質問させて頂きました。以下にその際の質疑応答についてご紹介します。
 笠間(質問):「2010年5月27日のアリセプトTVシンポジウムにおいて、アリセプトを5mgから10mgに増量するタイミングに関して私が質問しましたところ、一宮教授は、『悪化が目立ってきてから、あるいは5mgで長く維持した後に、10mgに増量しても期待した効果が得られないことが多い。5mgで効果が得られており(改善・進行を抑えられた)、HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)が20点を切っていれば、治療開始後1年が経過する前に10mgに増量した方がよい。』と回答されております。そんななか米国においては、アリセプトの23mg錠が中等度・高度アルツハイマー病(AD)に対して2010年7月に承認(8月から販売)されている状況です。そういった状況も踏まえ、一宮教授が実践されている増量のタイミングにも何か変化はありますでしょうか?」
 一宮教授(回答):「現在も基本的に2010年5月時点の回答と変化はありません。ただ、非常に早期に診断できたケースの場合には、治療開始後1年を経てもなおHDS-Rが20点以上を保っているケースもあり、このような場合にどうすることが最良であるのかに関してはまだ手探りの状況であり、発表できる段階にはありません。いずれにしても、用量を上げるほど効果があがることも事実であり、そういった意味においてはドネペジルに限らずガランタミン(商品名:レミニール)においても16mg/日、24mg/日どちらがbetterかという議論がありますが、16mg/dayで効果が不十分、または症状の進行が認められた場合には速やかに24mg/日に増量すべきと思います。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第514回『■家族が疲れ果てる夜間頻尿(その8)―間頻尿とメマンチン』(2012年8月31日公開)
 現在使用されているアルツハイマー型認知症の治療薬には、もう一種類ありましたね。
 それは、グルタミン酸(脳内で働いている興奮性アミノ酸として主要な物質)の受容体の一つであるN-メチル-D-アスパラギン酸(エヌエムディーエー;NMDA)受容体に拮抗しグルタミン酸の働きを阻害し神経細胞を保護(神経細胞死を抑制)するというコンセプトで開発されたメマンチン(商品名:メマリー)という薬剤です。メマンチンに関しては、シリーズ第88回『ほとんど進行しないアルツハイマー病?(4)』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/rBv6PnTAp9)において詳しくご紹介しております。メマンチンの効能・効果は、「中等度及び高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」です。
 シリーズ第178回『物盗られ妄想の治療例』でお話しましたように、メマンチンは、興奮・攻撃性を認める患者さんに対して有効性が期待されています。メマンチンの代表的な副作用は、めまい、便秘、頭痛、傾眠、血圧上昇の5つです。日中に傾眠傾向が認められる場合には、服薬時間を「夕食後」に変更すると、日中の傾眠という問題が解消する場合もあります。メマンチンのTmax(服薬後最大血中濃度に達する時間)は5~6時間ですので、副作用が出現するのも主に5~6時間後ということを応用した服薬方法になるわけです。
 メマンチンの発売後、私は2012年4月までに23例に対してメマンチンを投薬してきました。その中には、今まで服薬していた睡眠薬が不要となる方もおられました。23例中2例においては、夜間頻尿が消失するという期待していなかった効果も確認されております。

 夜間頻尿が目立つ認知症患者さんにおいては、介護者も睡眠不足になってしまい介護困難に陥りがちです。ケアの方法、薬剤の調節など種々の試行錯誤によって症状が軽快するケースもありますので、主治医の先生としっかりご相談下さいね。


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2)尿と便の困りごと

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第510回『尿と便の困りごと―何とかしようとするのは意欲現れ』(2014年6月5日公開)
 ほんの数年前までは希少価値の高かった認知症ケアに関する書物ですが、この2~3年で随分多くの本が出版されました。ただ今回のシリーズにおいて取り上げます弄便・放尿・整容拒否などに関しては、多くの介護者が困っている症状にも関わらず、対処方法に関する記述はとても少ないのが現状です。
 認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)のなかでも、弄便(ろうべん)は最も介護者を悩ませる行動障害です。
 弄便とは、不潔行為の一つであり、排便後処理がわからない場合や便尿失禁後の不快感から、素手で便を処理しようとする行為です。そして場合によっては、体や衣類・ベッド柵・壁などにこすりつけたりします。
 頻度的には少ないように思われる弄便ですが実際にはかなり多く認められるという報告もあります。
 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学の寺田整司准教授は、「弄便とは、便を弄ぶ行為であり、認知症の進んだ人にみられやすい。施設入所者246名を対象とした報告では、月数回以上の頻度で弄便がみられる人が23名(9.3%)を占めている。またBPSDを有する在宅認知症患者134名を対象とした調査では、5名(3.7%)で認められている。」(服部英幸編集:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp58-59)と報告しています。
 精神科医の小澤勲さん(故人)は、弄便に至ってしまう認知症の人の心理状況について、自身の介護経験も回顧しながら次のように言及しております。
 「弄便はかなり認知症が進んだ人にみられるのだが、在宅介護では困り果てることの一つである。こんな成り立ちであろうか。
 『お尻のあたりに何かが挟まっているみたいで気持ち悪い。触ってみよう。何かグニョグニョしたものがある。何だろう。でも、これを取り除けばいいんだ。手に何か付いたなあ。布団にこすりつけたら、まあ、何とかなった。お尻のあたりも少しマシになったようだ。あれっ? すごい顔して嫁さんが飛んできた。怒ってる。何を怒ってるんだろう? ひどくまずいことを私はしたらしい。何をしたのだろう…』
 自分に起こった不具合を何とかしようとする人ほど周辺症状、なかでも妄想や徘徊などの陽性症状を招き寄せることが多い。何とかしようという意欲まで失ってしまうと、陽性症状はあまり見られなくなる。その意味では、陽性症状は認知症を生きる人のエネルギーの発露でもある。
 だから、弄便があっても受容せよ、などと無理なことを言っているのではない。ある行動の裏に広がる世界を知って対応することが必要であり、叱責してもまったく意味がないと言いたいだけである。
 ただ、ご家族はそんなことは百も承知で、それでもつい叱ってしまい、自責の念にかられるのである。私もかつて認知症をかかえる父親を自宅で介護していたことがある。ある日、帰宅すると、すさまじい臭いのなかで妻が泣きながら塗りたくられた便の始末をし、畳を拭いていた。つい厳しい叱責の言葉を、私は父に向けていた。妻に対する『すまない』という思いが、このような言動をとらせたに違いない。父はきょとんとした顔をし、それでも嫁のために自分が息子から叱られているらしいと感じたのだろう。妻をにらみつけ、しばらくはギクシャクした関係が続いた。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp159-160)

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弄便:「排便に対する不潔行為のことです。介護者の心理的負担を増し、在宅介護を断念する理由として最も高く、アルツハイマー型認知症では約49%、血管性認知症では約32%で認められるとの報告もあります。一方で、施設入居者でも50%以上と、高頻度に認められています。」(羽田野政治:“根拠”に基づく 新しい認知症ケア─「キョウメーションケア」でBPSDが緩和する! 中央法規, 東京, 2013, p72)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第511回『尿と便の困りごと―あわてず手早く始末する』(2014年6月6日公開)
 さて、弄便への対応はどうすればよいのでしょうか。基本は、排便のコントロールにあります。食事と水分摂取をしっかり行い、便秘をコントロールして、本人が便を手にしないように予防することが大切です。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の數井裕光講師は、「弄便をみつけたら、叱っても効果はありません。びっくりされるでしょうが、あわてず手早く始末しましょう。」(數井裕光、杉山博通、板東潮子:認知症 知って安心! 症状別対応ガイド メディカルレビュー社, 大阪, 2012, pp176-177)とアドバイスしています。
 須貝佑一先生らが書かれた『本人と家族のための認知症介護百科・改訂第2版』(永井書店発行, 大阪, 2010)のpp159-160には興味深いケースが紹介されています。
 「あるアルツハイマー型認知症の女性は、着衣失行の症状(衣類をちゃんと着られなくなる)に対して娘さんが着替えの訓練をするようになってから弄便が生じました。娘さんは手を貸す(援助)と、ますますダメになると思ってそばで注意するだけにとどめていたのですが1時間かかっても終わらなくなり、衣類を順番に手渡す(援助)ことにしたら5分で終わり、弄便もみられなくなりました。『認知症を進めない』という娘さんの取り組みが母親を追い詰めて異常行動に走らせた例です。」
 種々の工夫を凝らしても対応困難である場合には、物理的に大便に触れることができないようにする対応をせざるを得ない場合もあります。おむつを外せないように手袋をはめたり、「つなぎ」と呼ばれる特殊な衣類(拘束衣)を着せて本人が衣類を着脱できないようにするのです。
 認知症ケアに精力的に取り組まれた元岩手医科大学神経内科・老年科准教授の高橋智先生(故人)は、便であることがよくわからずにおむつの中に手を入れて便を手にしてしまう場合が多いので、「弄便行為のある人が排便したときは、介護する人ができるだけ早く便を処理しましょう」(別冊NHKきょうの健康─認知症 よりよい治療と介護のために 2011年3月25日NHK出版発行 pp85-97)と述べています。

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陽気な介護が大切!:
 2013年11月23日に放送されましたNHKスペシャル「母と息子 3000日の介護記録」(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20131123)にゲスト出演されました新田國夫医師(在宅医の全国組織会長─20年以上在宅医療を実践し、認知症の人など千人近くを自宅で看取っている)は、番組内で流されました元NHKディレクター相田洋さんによるお母様の介護(1998年2月に認知症を発症、2011年に緊急入院するまで自宅で介護した)の様子(ホームビデオ)を見て、「『認知症の介護って普通は陰湿、だから家族はバテちゃってどこかに行かないと(入所)ならなくなっちゃう。』 でも相田さんの様子をみていると陽気です。この『陽気な介護が大切!』」と感想を述べておりましたね。
 番組では、弄便への対応で苦慮する相田洋さんの生々しい映像も流れました。こうした映像が流れることを許可した相田洋さんの信念(=認知症介護の状況をきちんと伝えたいという強い信念)には感服致しました。
 そして、番組のコメンテーターの方々も、「弄便に対しては、あわてず手早く始末する」ことが大切であると述べておられました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第512回『尿と便の困りごと―プライドへの配慮、忘れるな!』(2014年6月7日公開)
 また高橋智先生は、「おむつ外し」に関して、「おむつを替えるときに、『今日はいっぱい出ましたね』など、排泄に関することを言われると、屈辱感が増します。排泄については触れず、おむつ替えなど特別なことではないという態度で、手早く淡々と行いましょう。恥ずかしさ以外にも、おむつに違和感を感じたり、排泄物が不快なために、おむつを外す場合もあります。」と指摘されています。
 日本大学文理学部心理学科の長嶋紀一教授の著書『認知症介護の基本』の第四章「認知症の人とのコミュニケーション」(中央法規, 東京, 2008, pp95-115)において、認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、施設などでよく耳にする言葉の中にも、高齢者の尊厳を傷つける言葉があると指摘しています。
 スタッフが大きなおむつ交換車を引いてきて、部屋の入り口で「皆さん、おむつを替えさせていただきます」と挨拶しました。介護現場ではありがちな光景ですね。しかし、五島シズさんは、これは、「あなたは、おもらししているのよ」ということを周囲の人に知らせているようなものであり、スタッフは気づいていないが高齢者の尊厳を傷つける言葉であると指摘しているのです。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の數井裕光講師も、プライドに配慮することが大切であると指摘しています。
 「『パンツが濡れているから着替えましょう』と声をかけたのでは、ご本人のプライドは傷ついてしまいます。
 『お父さん、汗がすごいですよ。着替えの準備できていますよ』とか『今ちょうど洗濯するところですから、着替えてくれると助かるわ』などと頼むと、あっさり聞き届けてくれるかもしれません。
 『汚い』『臭い』『汚れている』など、嫌な気持ちになる言葉はできるだけ避けて、『きれい』『気持ちいい』『さっぱり』など、聞いて快い言葉で声をかけましょう。」(數井裕光、杉山博通、板東潮子:認知症 知って安心! 症状別対応ガイド メディカルレビュー社, 大阪, 2012, p170)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第513回『尿と便の困りごと―さっと片付けで、患者が変わった!』(2014年6月8日公開)
 弄便に対しては、數井裕光講師、高橋智先生(故人)が指摘されておりますように、「弄便をみつけたら、叱っても効果はありません。びっくりされるでしょうが、介護する人ができるだけ手早く始末しましょう。」という対応に尽きるようです。そんなことをつくづく感じる事例をごく最近経験致しました。
 患者さんは、80歳代前半の男性患者さんです。2012年に入り意欲低下が目立ってきました。また、風呂での排便、弄便(カーテンなどにこすりつける)、便のついたティッシュをタンスに隠すなどの行動が目立ってくるとともに、怒りっぽくなってきたことに家族が苦慮し、榊原白鳳病院もの忘れ外来に受診されました。
 改訂長谷川式認知症スクリーニングテストは17/30点と低下しておりました。諸検査の結果、アルツハイマー型認知症と血管性認知症の混合型認知症と診断し、リバスチグミン(商品名:リバスタッチ[レジスタードトレードマーク]パッチ、イクセロン[レジスタードトレードマーク]パッチ)を開始しました。また認知症介護における基本的なアドバイス(否定しない、怒らない、患者さんの言葉や行動を受けとめる)を指導致しました。
 診察を終えた後、私は弄便・風呂での排便に関する情報を再収集し、次回の受診時にご家族にお渡しできるよう準備しておきました。例えばこのような資料(http://www.kaigo110.co.jp/dictionary/qa3.php?qano=24435)です。ただ、決め手となるような特別なケアの方法は確立されていない領域の問題でしたので、正直言いますと私も少々重たい気持ちで再診日を迎えました。
 しかしながら1か月後に再診されたときに、ご家族にその後の様子をお伺いしてみると、驚くほどの改善を示されておりました。
 以下は、初回再診日に娘さんが私に話してくれたことです。  「実は知人に相談し施設入所なども検討しましたが、父が可哀想だったのでやめました。そして母と相談し、覚悟を決めて、弄便があっても怒らずにさっさと片付けるようにしました。また風呂上がりに認知症の貼付剤を貼るときには十分なスキンシップにも心掛け、夜寝るときには子どもをあやすようにして頭をよしよし撫でるようにしました。そうしたら、本人の易怒性が数日で消失しました。お風呂での排泄行為はまだ時々あるものの、弄便行為は無くなりました。最近では本人が、『すまんな、すまんな』と言ってくれるようになりました。」
 これらの改善効果はわずか数日で出現しておりますので、認知症貼付剤の効果だけとは考えがたいです。貼付剤を貼るときなどに行われたスキンシップ、および認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)に対するご家族の対処法の変化によって、易怒性と弄便が短期間で著しく改善した事例と言えそうですね。すなわち、風呂での排泄行為に対してご家族から叱られたため、叱られないように便を隠そうとして弄便行為に結びつき、その行為に対してまた叱られたため本人の易怒性が誘発されていた状況であったものと推察されます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第514回『尿と便の困りごと―タッチケアで「落ち着き効果」』(2014年6月9日公開)
 スキンシップが功を奏した事例をご紹介しましたので、それに関連して「タクティールケア」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB)についてもお話をしておきましょう。
 タクティールケアは、ラテン語の「タクティリス(taktilis)」に由来する言葉で「触れる」という意味です。スウェーデン発祥のソフトマッサージの一種であり、手や背中を優しく触れたり撫でたりします。近年では認知症ケアなどにも活用されており、認知症の人の不安が軽減し、良好な睡眠が取れるようになったり、行動が落ち着くなどの効果もあるようです(http://fukushi-sweden.net/welfare/kaigonosikata/2007/taktil07.01..html)。
 浜松医科大学地域看護学講座の鈴木みずえ教授らの研究によれば、重度認知症高齢者に対する6週間(1回約20分・週5回で合計30回)のタクティールケアの介入により、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)における攻撃性が有意に改善したと報告されております(Suzuki M et al:Physical and psychological effects of 6-week tactile massage on elderly patients with severe dementia. Am J Alzheimers Dis Other Demen Vol.25 680-686 2010)。この論文の要旨はウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21131675)において閲覧可能です。因みにタクティールケアにおいて撫でるように触れる際のスピードは、リラックス効果が期待される1秒5cm程度のスピードが好ましいようです(鈴木みずえ:タッチケア(タクティールケア)の現状と課題. 認知症の最新医療 Vol.2 185-190 2012)。

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 竹内孝仁先生(国際医療福祉大学大学院教授)は、認知症のタイプを3タイプ(葛藤型、回帰型、遊離型)に分類しております。
 葛藤型、回帰型、遊離型の3タイプについて紹介し、遊離型への対応方法について三好春樹さんが著書の中で解説しておりますので、以下に一部改変してご紹介しましょう(三好春樹:認知症介護─現場からの見方と関わり方 雲母書房, 東京, 2014, pp164,178-183)。
 「葛藤型:老いた自分を受け入れることができず、かつての若い自分に戻ろうとがんばるが、現実の老いた自分を見せつけられ、葛藤が起きる。
 回帰型:老いた自分を受け入れることができず、かつての自分らしかったころに帰ることで、自分を取り戻そうとする。
 遊離型:老いた自分を受け入れることができず、現実から遊離して自分の世界に閉じこもることで、自分を保とうとする。

 遊離型は、老化や障害を持って生きていくことをもはやあきらめ、現実との関係を遮断して、自分の世界に閉じこもることで自分を保とうとするタイプをいう。
 遊離型の問題行動の1つ目は、『無為、自閉』である。つまり、何もしなくなり、人と交わることなく自ら孤立していくことだ。だれかを困らせたりするわけではないから、『おとなしい老人』と思われて、問題行動だとは思われていないかもしれない。
 問題行動の2つ目は、『独語』、つまり独り言である。声をかけても反応せず、一人でブツブツ言って、一人で笑っているようすは、見ていて気持ちのいいものではない。また、遊離が深まると、出された食事にも興味を示さず、口に入れても噛もうとしなくなる。そうなると、生命にかかわることにもなる。
 私たちが老人の自閉に対して行うのは、無理やりの引き出しとは全く違う。むしろ、老人が引きこもったところにまで世界を拡張してしまうことなのだ。つまり、引きこもりを肯定した上で、そこから出発して、老人の回りに世界を形成するのだ。逃げなくていい世界をつくるのである。生きているという実感、生きていてよかったと感じられるような生活を再建するのだ。
 きっかけとなるのは刺激だ。
 …(中略)…
 スキンシップは遊離型の認知症老人に対する最後のアプローチ法だ、といってもよい。介護の上手い人は、上手にスキンシップを使っている。私が提案する『老人ケアのスキンシップ3段階』は次のとおりだ。
 まず握手だ。『また来週来ますから、それまでお元気で』とか、『明日また会いましょう』と言いながら、別れるときに握手をしてみてほしい。
 次が、肩に手を回す。これは、例えば久し振りに会ったときだ。『お元気でしたか?』とか、『どうしてたんですか、しばらく見なかったけど』と言いながら、肩に手をかけてほしい。握手に比べるともっと身体は近づき、心も近づくはずだ。
 そして最後が、頬をすり寄せる。これは急にやるものではないし、やっても気持ち悪がられるだろう。つまり、思わずそうしたくなるような、うれしい場面をつくってほしいのだ。何年も家から出なかった人が、初めてデイサービスにやってきて、幼なじみと出会って涙したときなど、思わず頬をすり寄せたくなるではないか。いくら仕事でもそこまではできない、という人は、もちろんやらなくてもいい。」

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 「ストレス反応の一部として、脳下垂体から分泌されるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)は副腎を活性化し、副腎からアドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンを分泌させる(図9・1)。これらのホルモンは全身に作用し、身体は刺激に反応するための準備を整えるのである。アドレナリンは心拍数や血圧を上昇させ、身体は新たな刺激に対して反応するために備える。またコルチゾールは、ストレス因子への対応に必要なエネルギー源を供給するために血糖値(グルコース)を上昇させるが、その方法は、グルコース合成を促進したり、また、さらなるグルコース生成のために、脂質やタンパク質、炭水化物の代謝を促進するというものである。」(監訳/船田正彦 著/M・クーハー:溺れる脳─人はなぜ依存症になるのか 東京化学同人, 東京, 2014, p136)

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 2014年7月20日に放送されましたNHKスペシャル・認知症をくい止めろ(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20140720)におきまして非常に興味深い研究結果が紹介されました。

 ワシントン大学のエライン ペスキンド教授は、BPSD発生のメカニズムについて研究しており、「私たちの研究で攻撃的な行動や介護の拒否、徘徊といった深刻なふるまいの多くは、ストレスホルモンが原因だと分かった」と述べておりました。
 ストレスホルモンのブレーキ役の一つが海馬なのであるが、アルツハイマー病においては海馬が萎縮しブレーキ役の機能が弱まり、ストレスホルモンが多くなりやすく、そのためBPSDが起きやすくなるとメカニズムが解説されておりました。

 アズサ パシフィック大学のリン ウッズ准教授は、ストレスホルモンが介護の力で抑えられないか研究に取り組んでおり、触れるケアの後、唾液に含まれるストレスホルモンの量を計測(アルツハイマー病患者54名)した結果、触れるケアでストレスホルモンが減っていることが分かったと述べておりました。
 浜松医科大学地域看護学講座の鈴木みずえ教授は、「週5回・6週間、優しく触れるケア」を実践したところ、攻撃性の低下(徘徊がおさまってきた人を含む)が71%で認められたと報告しておりました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第515回『尿と便の困りごと―タクティールケアの根拠』(2014年6月10日公開)
 タクティールケアの有効性を裏づける科学的根拠として、体内におけるオキシトシンの関与などが指摘されております。日本スウェーデン福祉研究所(http://www.jsci.jp)の木本明恵看護師は、「タクティールケアを通して肌に触れることにより、皮膚にある触覚の受容体が刺激され、知覚神経を介して脳に伝達され、脳の視床下部から血液中にオキシトシンが分泌される。血流によってオキシトシンが体内に広がることにより、不安感のもととなるコルチゾールのレベルが低下し、安心感がもたらされる。」と作用機序について言及しております(木本明恵:認知症高齢者に寄り添うタクティールケア. 老年精神医学雑誌 Vol.22 62-69 2011)。
 またオキシトシンの吸入によって、マカクザルが他者への報酬を考慮して意思決定を行う(=他者顧慮的選択)頻度が増加することも報告(Chang SW et al, 2012)されております(磯田昌岐:マカクザルを用いた社会脳研究の最近の進歩. BRAIN and NERVE Vol.65 679-686 2013)。
 医療法人社団二山会宗近病院の八木喜代子ゆうなぎ病棟師長は、夕暮れ症候群を呈し帰宅願望の目立っていた患者さんに対して、タータン人形を抱いてもらい、手のタクティールケアを毎日行ったところ、安心感が得られ不眠が解消した事例があったと報告しております(八木喜代子:認知症患者へのダイバージョナルセラピー・園芸療法・タクティールケア. 精神科看護 Vol.39 No.11 24-30 2012)。
 認知症を患った高齢女性にタータン人形などのドールセラピーを行うと、子育てという役割の賦与により認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が顕著に改善することは確かによく経験されます。
 ちょっと高額ではありますが、近年では、ドールセラピーにおいてアザラシ型介護ロボット「パロ」(http://www.daiwahouse.co.jp/release/20101021153530.html)を活用している施設もあるようです。

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コミュニケーション障害治療―愛情ホルモン点鼻(名大など臨床試験)
 愛情ホルモンともいわれる「オキシトシン」を、対人コミュニケーション障害の治療に用いる臨床試験が始まる。山末英典東京大医学部准教授と岡田俊名古屋大医学部准教授、それに金沢大、福井大のグループが三十日発表した。
 対象は、かつてアスペルガ一障害といわれた病気が主体。現在は自閉スペクトラム症と総称される。他人の気持ちを表情などから読み取ることができず、コミュニケーションが苦手。多くが男性で、百人に一人以上いるが、有効な治療法はない。オキシトシンは脳から分泌されるホルモンで、出産時に陣痛誘発のために使われている。最近、授乳の促進や他者との信頼関係の強化、さらに親子のきずなを強める働きがあることが分かってきた。
 金沢大の棟居俊夫特任教授と福井大の小坂浩隆特命准教授らは、これまで自閉スペクトラム症の人にオキシトシンを投与し、症状の改善を確認した。東大の小規模な試験でも効果があると分かった。男性に対しては目立った副作用は報告されていない。
 今回は四つの大学で計百二十人の成人男性患者を募集する。七週間にわたってオキシトシンを鼻から吸収させ、偽薬を与えた場合と比較する。効果は、他者の感情を読み取る力などを総合的に判定する。
 研究グループでは「薬として認められるための第一段階。将来は女性や子どもにも使えるようにしたい」と話している。
【2014年10月31日付中日新聞・総合3面】

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第516回『尿と便の困りごと―帰宅願望が消えたケース』(2014年6月11日公開)
 ちょうど良い機会ですので、激しい帰宅願望が解消した自験例をご紹介しておきましょう。患者さんは、90歳代の男性患者さんです。
 2~3年前より物忘れが目立つようになりました。最近になって、デイサービスを利用していても帰宅願望が激しく、杖を振り回す、椅子を持ち上げて暴れるなどの「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が目立ってきたため、近くの精神科病院の外来を受診しました。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)を処方されましたが一向に症状が改善しなかったため、2013年の初春に榊原白鳳病院を初めて受診されました。
 ご家族より詳しく症状をお聞きしますと、便失禁があって便をサランラップで包んでいたり、尿失禁、食べたことを忘れてまた食べるなどの行動も確認されました。改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)は13/30点と低下しておりました。CT検査にて脳萎縮を認め、アルツハイマー型認知症と診断しました。
 私は、処方されておりましたアセチルコリンエステラーゼ阻害薬を中止し、メマンチンによる治療を開始しました。ただし、メマンチンだけではBPSDを完全にコントロールすることが困難でしたので、抗不安薬も追加しました。具体的には、ロラゼパム(商品名:ワイパックス[レジスタードトレードマーク])0.5mgを1日1回朝、メマンチンとともに服薬して頂きました。ロラゼパムは、抗不安作用が強く、血中半減期が短く排泄も速やかで、高齢者には比較的使いやすい薬剤です。
 主たる介護者である娘さんは仕事をされており、在宅介護は限界を迎えている状況でしたので、グループホームの体験入所をすることになりました。薬剤の効果もあったのか無事に体験入所を済まされ、本格的に入所が決まりました。入所したグループホームでの対応が良かったのか、入所後はBPSDも目立たず穏やかに過ごされました。
 しかし、初秋を迎えた頃、「家に帰って年賀状を書きたい」と話されたそうです。デイサービス利用中の激しい帰宅願望が脳裏をよぎり、娘さんは迷って私にも相談されました。「家に連れて帰ったら、『帰らない』と言い張り大騒ぎになるのではないかと心配ですので躊躇します」と話されておりました。
 しかし結局、本人の気持ちにも配慮し、おそるおそる家に連れて帰ったそうです。そこで本人が発した言葉は意外なものでした。
 ほんの少しだけ家を改築したせいもあったのか、食事を済ませると、「ここは俺の家と違う! 帰る」と言ったそうです。そして本人が帰ると言った先は、何とグループホームだったのです。そしてその患者さんは、娘さんが帰った後で施設の職員に向かって、「一生、ここにおらせてくれ」と話したそうです。なお、家に帰ったときに、年賀状の話は一切しなかったそうです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第517回『尿と便の困りごと―施設の居心地による解消』(2014年6月12日公開)
 施設の居心地が良いと、いとも簡単に帰宅願望が解消されてしまうケースはあるようですね。もしかするとそうした施設の共通点は、「丸ごと受け入れる空気」なのかも知れませんね。認知症患者さんを丸ごと受け入れる雰囲気がごく自然に空気のように備わっている「桃源の郷」(広島県三原市)を土本亜理子さんが訪れて取材しまとめた著書があります。そこには非常に重要な視点が述べられておりますので以下にご紹介したいと思います。  「実際、激しい徘徊も、もの集めも、重ね着も、入所して数日、長くても1か月もすれば、回数が激減し、症状が安定してくる。  ただ、事実、症状は安定してくるのだが、その理由がスタッフにも計りかねる場合がある。かくかくしかじかのケアによって良くなったと総括、分析できるケースがある一方で、スタッフ自身にも『よく分からない』ケースも少なくないのだ。  いつ頃からか、スタッフたちは、『ここには痴呆のお年寄りを丸ごと受け入れる空気が息づいているからではないか』と考えるようになった。」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, p249)
 念のために申し上げておきますが、「痴呆」に替わる用語の検討がなされ(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0621-5b.html)、2004年12月24日に「痴呆」は「認知症」に改められております。しかし、『物語としての痴呆ケア』が出版(2004年9月20日第1版第1刷発行)された当時は「痴呆」が正式名称でありました。

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 理学療法士の三好春樹さんが『認知症介護─現場からの見方と関わり方(雲母書房)』という本を2014年5月15日に出版されました。この本は2003年に『痴呆論』として世に出され、その後、「認知症」という呼称が広がりつつあった2009年にあえて『痴呆論』のままで<増補版>として刊行されたものを、新たな題と本文中の「痴呆」の「認知症」への書き換え、および巻頭への新たな章の書きおろしを加えて、改訂新刊として刊行されたものです。
 私は、『痴呆論』は読んだことがありませんが『認知症介護─現場からの見方と関わり方』を読み進めております。その中に非常に印象深い一節がありましたので以下にご紹介したいと思います。

介護者は「最後の母」
 「認知症がもっとも深くなったとき、求めるのは親子関係だが、その極致は、自分が小さい子どもになって母を求めるに至る。
 Kさん(81歳、女性)は、嫁いびりがすさまじいことで近所で有名だった。特養ホームの職員の説得でやっとショートステイに行くことを承諾したのだが、介助して付き添ってきた嫁は、施設の相談員に1時間以上も泣きながら話を聞いてもらったくらいだ。
 しかし、次第に老いと認知症が深まり、気の強かったKさんもすっかり気弱になってしまった。『もうすぐご飯だから待ってなさい』と嫁に言われて、『ハイ』なんて言うようになったのだ。こうして、ショートステイにやってきた嫁は、相談員に悩みを聞いてもらう必要もなくなったらしく、ニコニコ笑いながら帰って行った。
 そのお嫁さんが、以前のような深刻な表情で相談員を訪ねてきた。第一声は『気持ちが悪いんですよ』だった。『何かあったんですか』と相談員が聞いている。『私のことを〝母ちゃん〟と言い出したんです』とお嫁さん。
 『最初は、子どもが私を呼ぶのを真似してるのかと思ったんですけど、そうじゃないんです。ほんとうの母親だと思ってるんですよ。女手ひとつで育ててきた一人息子を奪った憎っくき嫁だった私が、なんで〝母ちゃん〟なんでしょうね?』
 なぜだろうか。認知症は悲惨な世界だと思われている。なにしろ、自分がだれかも、ここがどこかもわからないのだから。しかし、それは赤ちゃんのときと同じである。赤ちゃんは自分がだれかわからないし、ここがどこかも知らない。果たして私たちは、赤ん坊のころは悲惨だっただろうか。
 よくは憶えていないけれど、泣いて訴えれば応えてくれる世界=母がいれば、あれはいい世界だったのではないか。あの時代に、世界との基本的な信頼関係をつくり上げてきたとさえ言われているではないか。ならば、自分がだれか、ここがどこか、がわからない認知症老人が、母を求めるのは当然だろう。  介護者の仕事は、老人の『最後の母』になることなのだ。もちろん男性でもかまわない。なにしろ介護の世界は『やり手の女と、お人好しの男』が支えていると言われているくらいだから、男性のほうが母性的だったりするのである。」(三好春樹:認知症介護─現場からの見方と関わり方 雲母書房, 東京, 2014, pp158-160)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第518回『尿と便の困りごと―物質と心の間の興味深い現象』(2014年6月13日公開)
 オキシトシンの話が出てきましたので、余談にはなりますがオキシトシンに関わる非常に興味深い研究成果をご紹介しましょう(開 一夫:赤ちゃんの不思議 岩波新書, 東京, 2011, pp162-165)。
 「オキシトシンは、脳の視床下部という場所で作られ、母乳を出やすくしたり分娩時に陣痛を促進したりするホルモンとして働きます。つまり出産と育児に大切な役割を演じています。しかし、オキシトシンは女性に特有の物質という訳ではありません。男性にもしっかり存在しており、『共感』や『信頼』との関連性を示唆するデータもあります。
 さらに、最近の研究では、『社会的な文脈』における学習能力にも関係していることが明らかにされつつあります。ドイツの研究者らは、健康な男性48人を対象として、学習課題におけるオキシトシンの効果について実験しています。被験者の男性半数には事前に鼻からオキシトシンを含む液体が噴霧され(オキシトシン群)、残りの半数には何も入っていない液体が噴霧されます(プラセボ群)。その後、各被験者は、3桁のランダムな数字がA、Bどちらに分類されるかを学習します。ただし、AとBどちらに属するのかはまったく規則がありません。従って最初のうちはでたらめに答えるしかなく、正答率は半分ぐらいです。しかしこれを数回繰り返すと、だんだんと数字がAとBどちらに属するかを正しく言い当てることができるようになってきます。
 実験のポイントは、被験者が答えたあとに出すフィードバックにあります。フィードバック刺激として、顔表情(正解ならにっこりとした顔、不正解なら怒った顔)を提示する場合と、色刺激(正解なら緑色、不正解なら赤色)を提示する場合を設定しました。つまり、『社会的な文脈』とそうでない状況を設定したわけです。
 実験の結果は非常に興味深いものでした。オキシトシン群とプラセボ群を比較すると、顔表情が正解不正解のフィードバック刺激として使われた場合のみオキシトシン群の学習成績がプラセボ群を上回っていたのです。この結果は、出産・育児で働く物質が、(男性の)社会的学習にも効果があったことを示唆します。まだまだ慎重に研究を進めていく必要がありますが、『物質』と『心』との間には多くの興味深い現象が存在します。」(一部改変)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第519回『尿と便の困りごと―男でも座ってオシッコの習慣を』(2014年6月14日公開)
 お風呂での排泄行為は、比較的多く観察されます。東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師がその対処方法について言及しておりますので以下にご紹介しましょう。
 「認知症が重度となると、入浴時などリラックスして副交感神経が優位になることで反射的に排便してしまう場合もあります。この場合は、排便を促す座薬を使用した後、朝食をとり、朝食後30分後に便座に座ります。朝食後に起こる腸の大蠕動と座薬の作用で、自然な排便が促されます。このような方法で直腸を空にしておくと、便失禁が起こりにくくなります。」(安西順子編著:基礎から学ぶ介護シリーズ・気づいていますか─認知症ケアの落とし穴 中央法規, 東京, 2012, pp150-151)
 認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)が2013年1月10日に来津され、第10回中勢認知症集談会において、「身近な人に認知症が始まったら」というタイトルでご講演されました。講演の際に私は、「洋式トイレに馴染めない高齢男性認知症患者さんにおいて、お風呂での排便行為が常習化した場合には、どのような対応が望ましいですか?」と質問致しました。
 五島シズさんの回答は、初めはまともなお話でしたが、とんでもない「オチ」が最後に待っておりました。その際の回答内容を私なりにまとめて以下にご紹介しますね。
 「お風呂での排便行為に対しては、便秘をコントロールし排便後に入浴させるというのが基本的な対応になります。
 その排便ですが、ソワソワし出すとか、おならが出るなど、排便前の個々のの兆候をつかみトイレに誘導する必要がありますね。
 夕方お風呂に入れるのであれば、夕方排便するために、朝のうちに下剤を飲ませるとうまく調節できるかも知れませんね。
 洋式トイレに馴染めるよう、男性においても若い頃から、座っておしっこする習慣を身につけてもらうのがよいと私は思っており、息子たちにもそう言っております。
 なお、五島シズさんは「認知症介護相談室」(http://www.sizusoudanroom.net/)というサイトを運営されており、「何なりと認知症介護相談をお寄せ下さい」と講演の際に話されておりました

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 排泄のサインについて興味深い記述をしている本がありますので以下にご紹介しましょう。著者は理学療法士の三好春樹さんです。
 「長い生活時間をともに過ごしている介護者、介護職には、何となく老人の気持ちがわかるのである。
 介護アドバイザーの下山名月さんがケアしていたアルツハイマー病のTさんは、いつも鼻歌をうたいながらウロウロしている。その歌が、長調から短調に変わるとおしっこだったという。ちょっと目の焦点が遠くなるとトイレを探していることがわかるGさん、歩いているコースが微妙に変わると尿意らしいNさんなど、いろいろである。
 …(中略)…
 果たして、老人はオムツ交換が屈辱なのだろうか。違う。オムツが屈辱的なのだ。70年も80年もの長い間やってきた、トイレで排泄するという当たり前の生活を、いまから断念させられることが屈辱なのだ。その上、そのオムツもなかなか替えてくれないのでは、もっと屈辱的ではないか。
 『排泄ケアに時間をとられるよりは、コミュニケーションを大事にしたい』などと書くに至っては、あきれてしまう。介護職はウンコ・シッコに関わってこそナンボだ、と私は思う。そもそも排泄ケアよりコミュニケーションのほうが価値があるという近代的人間観こそが、老人問題をつくり出し、認知症を意味のないものと見なすことになっているのである。
 食べたり、出したりといった欲求が低次元なものであり、コミュニケーションや自己実現のほうが高次の人間的欲求であるという、A・H・マズローの『欲求の階層論』に見られる人間観を、私は『関係障害論』(雲母書房)のなかで批判してきた。
 …(中略)…
 『コミュニケーション』という表現が好きなら、私たち排泄に関わる介護職こそが、それを大事にしているのだ。ことばではなくて非言語的な、意識よりは無意識の、そして老人が自分自身と行うコミュニケーションをこそ大切にしている。それは尿意、便意という、自分の身体の中からの声に耳を傾け、判断し、応えることである。」(三好春樹:認知症介護─現場からの見方と関わり方 雲母書房, 東京, 2014, pp124-127)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第520回『尿と便の困りごと―取り繕いや不快感をなくす努力の結果が……』(2014年6月15日公開)
 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学の寺田整司准教授は、「弄便の背景となる因子としては、認知障害が高度であること以外に、怒りっぽいとか介護に抵抗するなどの陰性感情や陰性行動が目立つ場合に多いこと、不眠や徘徊(continuous wandering)と合併しやすく、夜間にみられやすいことが示されている。排便との関係では、便失禁が直接的な原因であり、排便行為とその後始末がうまく行えないことで発生するとされる。便秘が主要な原因であるとする報告もあれば、むしろ下痢気味のときに起こりやすいとの指摘もある。
 背景にある認知症疾患は様々であり、特定の疾患には限定されない。機序としては、便を認識できないとか、トイレの場所がわからないなど失認による場合もあるが、何とか処理しようとしてうまくできずに汚れを広げてしまったり隠してしまう場合や、不快感を取り除こうとして触ってしまう場合が多い。」(服部英幸編集:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp58-59)と述べております。
 そして、直ちにできる弄便に対するケアとして、寺田整司准教授は以下の実践を推奨しております。
・自分で処理しようとしていたと考えられる場合、その気持ちを評価する。
・本人が精神的に不安定な場合、混乱を助長しないよう冷静に対応する。
・便通異常がある場合、食事内容の再検討や運動の実施を考慮する。
・トイレの場所をわかりやすくする。
・トイレに行く時間を決めたり、トイレ誘導の回数を増やす。
・トイレの徴候を見逃さず、誘導などの対応を行い、見守る。
・頻回にある場合や食べてしまうなど重度の場合には、簡単には触れない工夫をする。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第521回『尿と便の困りごと―放尿の隠された意味を考える』(2014年6月16日公開)
 認知症に伴う不潔行為としては、弄便の他には放尿も比較的頻度が高いと思われます。放尿に対してはどのように対応すればよいのでしょうか
 放尿も弄便と同様に、介護破綻に繋がりかねない重大な問題です。しかしながら効果的な解決策が乏しいのも現状であり、私も放尿に対して功を奏したアドバイスができた経験はほとんどありません。
 長野県看護大学の阿保順子学長が放尿への対応に関して言及しておりますので以下にご紹介しましょう。
 「さまざまな場所への放尿は、在宅から施設への転居による見当識の混乱によるものだろう。見当識障害への対策を講じても放尿が見られる場合には、見当識の問題ではなく別の問題であることを考えなくてはならないだろう。これも自分の生きてきた痕跡を残そうとする行為ではないのかという考えも浮かんでくる。放尿する場所が決まっていれば、そこにポータブル便器を置くとか、おしっこシートのようなものを置いておくことが功を奏するかもしれない。」(編著/阿保順子、編著/池田光穂、西川 勝、西村ユミ:認知症ケアの創造─その人らしさの看護へ 雲母書房, 東京, 2010, pp191-192)
 また、北海道医療大学看護福祉学部の山田律子教授は、「認知症の人は、環境の貧しさが、そのまま行動に直結しやすい。例えば、トイレから出た後、同じような部屋がたくさんあると、自分のよりどころを見つけられず、どこへ行ってよいのかわからなくなり、さまよい歩き続けたり、廊下の暗い片隅で排尿する行為は、認知症の人の持つ空間感覚で環境に反応した結果と考えることができる。」(編/中島紀惠子、太田喜久子、奥野茂代、水谷信子 著/山田律子:新版 認知症の人々の看護 医歯薬出版, 東京, 2013, pp110-132)と指摘しております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第522回『尿と便の困りごと―「お地蔵さん」の役割』(2014年6月17日公開)
 浜松医科大学医学部看護学科の鈴木みずえ教授は、物体失認(ゴミ箱と尿器の区別がつかなくなってしまう)が原因にある場合には、「便所」「ゴミ箱」と書くことで理解できる場合もある(編集/鈴木みずえ 著/鈴木みずえ:パーソン・センタードな視点から進める急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア─入院時から退院後の地域連携まで 日本看護協会出版社, 東京, 2013, pp12-26)と指摘しております。なお、重度の認知症高齢者の場合は、言語的な表現はその人の本当のニーズを表していないこともあり注意が必要であると述べております。すなわち、「もぞもぞ」してズボンを触りだしたら排泄のサインなので、そのような動作がみられたら、すぐにトイレに誘導するといったケアは一般的によく行われています。こうしたことを繰り返すうちに、「おしっこ」と言うとスタッフがすぐに来てくれるので、不安になると「おしっこ」と叫ぶような事例もあったようです。言葉の裏に秘められた本人の気持ちを察することがスタッフには求められるわけですね。
 投薬により放尿が若干軽減することもあります。私が最近経験した事例は、70歳代の女性患者さんです。改訂長谷川式認知症スクリーニングテストは15/30点と低下しており、中等度アルツハイマー型認知症の状況にありました。この方は、施設入所をきっかけとして放尿が目立つようになりました。主に隣の入所者のベッド周りに放尿してしまいます。施設入所により易刺激性が亢進している様子でしたのでメマンチン(商品名:メマリー[レジスタードトレードマーク])を投薬してみたところ、やや放尿行為が軽減しました。
 群馬大学大学院保健学研究科の内田陽子准教授は、ピック病における放尿行為がある工夫によって改善した事例があったことを著書において報告しております(内田陽子:尿失禁・認知症ケア マンガでリアルに対処法 日総研出版, 名古屋, 2011, pp52-53)。
 さていったいどんな対処方法を試みられたのでしょうか。
 内田陽子准教授は、先ずは、ピック病であるKさん(65歳・男性)の常同行動を利用して行動パターンを把握し、放尿場所を同定したそうです。そのうえで、放尿場所にお地蔵様を置いてみたそうです。すると、Kさんはお地蔵様には放尿しなかったそうです。

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 トイレの場所、ポータブルトイレの「色」が放尿という問題を解決したことも報告されております。以下にご紹介致します。
 「特養ホームに入所してきたトヨノさん(83歳、女性)は、なかなかトイレの場所が覚えられない。部屋を出てきて廊下をウロウロしているのを、スタッフが気づいてトイレへ案内すればいいのだが、気がつかないと、廊下の隅でしゃがんで用を足してしまう。昼間はちゃんと行くことも多いのだが、夜になるとわからなくなるらしい。
 スタッフの話し合いの席で、入所前、彼女の自宅を訪問したスタッフが、あることを思い出した。家ではベッドから起きて部屋を出ると、枕元の方向にトイレがあったというのだ。しかし、現在の部屋のベッドの位置では、トイレは足元の方向になっている。
 『そういえば、(枕元にあたる)談話室のほうでウロウロしていることが多いわね』というスタッフの声もあり、同室の頭のしっかりしたTさんと、ベッドの位置を代わってもらうことにした。それなら、枕元の方向にトイレがあることになる。それ以来、トヨノさんの廊下の隅への放尿はほとんどなくなった。」(三好春樹:認知症介護─現場からの見方と関わり方 雲母書房, 東京, 2014, p102)
 「ヤスオさん(90歳、男性)が、初めてのショートステイでやってきた。認知症は深かったが、訪問看護の対象にもなっていたし、施設の行事に参加してもらったこともあった。本人も、顔見知りのスタツフがいるせいか、夜も落ちついて熟睡してくれた。
 ところが、朝になって、早出の職員が“異変”に気がついた。ヤスオさんのベッドサイドのポータブルトイレは全く使われておらず、代りに、ベッドサイドのゴミ箱に尿が溜まっていたのだ。
 スタッフは困惑した。というのも、先に挙げたトヨノさんのトイレの位置をめぐる経験があったため、入所前訪問の情報は全員が共有することになっていた。
 会議で報告された排泄についての情報は、次のとおりだった。尿意も便意もあり、トイレには歩いて行けるものの、夜はベッドサイドのポータブルトイレを使用している。ポータブルトイレの位置はベッドの右側に降りて右側、つまり頭の側である。
 施設に入所したら、介護力もあることだから夜もトイレまで同行したらどうか、という意見もあった。しかし、身体機能的には可能でも、急に生活習慣を変えないほうがいいだろうということで、しばらくは家と同じ位置にポータブルトイレを置くことにしたのだ。名前は覚えていないものの、顔見知りの訪問看護師が朝夕の2回は顔を出すことにしたし、受け入れ態勢に抜かりないはずだった。
 家族に電話をして、これまでにそんなことがあったか尋ねてみたが、『間に合わなくて漏らすことはいつものことですけど、ゴミ箱で用を足すなんてことは一度もありませんねえ。いったいどうしたんでしょうかねえ』と不思議そうだったという。
 その日の夜は、ポータブルトイレの位置を変えてみることにした。足元の、夕べ放尿したゴミ箱があったところにポータブルトイレを置き、ポータブルトイレのあった頭側にゴミ箱を置いてみたのだ。するとどうだろう、またしてもゴミ箱に放尿していたのだ。
 『これは、ポータブルトイレの位置の問題じゃないね』ということになった。この問題でも、やはり入所前の家庭訪問が役に立った。『ひょっとして』と、訪問したスタッフの一人が言った。『色のせいじゃないかしら』。
 彼女によると、家で使っていたポータブルトイレの色は青だった。施設のものは白で、ヤスオさんが放尿しているゴミ箱が青色だったのだ。
 すぐに青色のポータブルトイレ探しが始まったが、施設内にはなく、ヤスオさんの家まで行って借りてくることになった。青色のゴミ箱は木目調のものに替えられ、再びベッドサイドの頭側に青いポータブルトイレが置かれた。そして3日目の夜にしてやっと、ヤスオさんはポータブルトイレに放尿できたのだった。」(三好春樹:認知症介護─現場からの見方と関わり方 雲母書房, 東京, 2014, pp102-105)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第523回『尿と便の困りごと―夜間頻尿と切迫性尿失禁』(2014年6月18日公開)
 夜間頻尿と切迫性尿失禁(メモ1参照)が重なったような状況から、夜間に放尿が起きてしまうケースもあります。夜間頻尿や放尿の頻度が多いと介護者は十分な睡眠が取れなくなり、介護破綻に繋がりかねない危機的な状況となります。

メモ1:切迫性尿失禁
 切迫性尿失禁は、高齢者で起こる尿失禁の中で最も一般的なタイプです。切迫性尿失禁は、膀胱が勝手に収縮したり、膀胱が慢性的に過剰に活動する(過活動膀胱)ために起きるとされています。
 このタイプの尿失禁が持続する場合には、排尿を抑制する脳の前頭葉に生じた疾患が関連していることもあります。
 過活動膀胱(overactive bladder;OAB)は高齢者でよくみられ、突然の強い尿意が起こるだけでなく、通常これに頻尿および夜間頻尿を伴います。脳卒中など体の動きを制限する疾患があると、すぐにトイレへ行くのがさらに困難となり、尿意切迫感が強いと我慢できずにおしっこをもらしてしまう(切迫性尿失禁)こともあります。
 国際禁制学会の用語基準では、過活動膀胱は「尿意切迫感(urgency)を必須症状として、通常、頻尿と夜間頻尿を伴う症状症候群であり、切迫性尿失禁(urgency urinary incontinence)はあってもなくてもよい」と定義(吉田正貴:過活動膀胱と切迫性尿失禁の定義と使い分け. 日本医事新報No.4641 83-84 2013)されております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第524回『尿と便の困りごと―トイレ誘導のノウハウ』(2014年6月19日公開)
 頻尿・尿失禁に関しては、『ひょっとして認知症? Part1』の第507~514回において詳しくご紹介しましたね。
 群馬大学大学院保健学研究科の内田陽子准教授らは、看護師の視点からみた排尿ケアに困難を要している認知症患者の問題点、成功したケア内容を明らかにし、アウトカムを高めるための排尿ケアについて検討するため、A協会が主催する講習会に参加し調査の同意を得た看護師93人のうち、認知症患者の排尿ケアの困難事例を記載した80人を対象として調査を行いました。そしてその結果について以下のように報告しております。
 「排尿ケア困難事例の記載があったのは80人であったのに対し、排尿ケア成功事例の記載は27人と少ないことから、多くの看護師は認知症患者の排尿ケアについて困難な場面に直面していると考えられる。成功した排尿ケアでは『トイレ誘導』がもっとも多く、認知症患者の排尿ケアに対して、多くはトイレ誘導で対応しているのが現状であるといえる。」(長竹沙耶子、内田陽子:看護師からみた認知症患者の排尿における問題点とアウトカムを高めるケア. 日本認知症ケア学会誌 Vol.11 788-795 2013)
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で排泄行為の失敗に関して以下のように報告しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp165-166)。
 「排泄行為は多くのプロセスからなる。尿意、着脱、排泄行為、後始末、施錠と開錠とある。概して患者は、個々の行為はなんとなく覚えていても全体の流れが次第にわからなくなるようである。
 まず次第に、ベルトのついたズボンは下げられなくなるので、ゴムベルトが望ましい。便器の蓋が開けられず、『トイレはどこだ?』とか、蓋への放尿・放便も珍しくない。大便では便座も上げて、便器に直接座ってしまうこともあれば、便器と自分の位置関係がわからなくなることもしばしばある。このように便器に対して自分のとるべき位置がわからなくなるので便器の外への排泄となり汚してしまう。
 このような状態に至った人への指示では、『前後』とか『左右』とかは言ってはならない。むしろ『こっち向いて』などと言って優しく、軽く体を回せばスムーズにいく。排尿に際して下着を下ろさせ、座らせれば周囲を汚さずにすむ。」(一部改変)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第525回『尿と便の困りごと―色の配慮も大切だ』(2014年6月20日公開)
 シリーズ第9回『認知症の中核症状に関する理解を深めましょう─視空間機能障害』において説明しましたように、視空間機能障害が出現してきますと、「お風呂の入り口に床の色と違うバスマットが敷いてあると、バスマットの部分が谷底のように見えてしまい、患者さんは『落ちてしまう』と感じ、渡れない(足が踏み出せない)と訴える」といった症状が出現してきます。
 東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師は、このような状況に対するケアとして、認知症の人の色調への配慮も必要だと述べております。
 「認知症が進行すると、色の変化についても感知できなくなり、ちょっとした段差がわからず、転倒の原因になることもよくあります。壁と床の境目をくっきりさせる工夫や階段の縁に赤色のテープを貼ることによって、視覚の障害を助け、転倒の防止になります。AD(アルツハイマー病)では、赤色を感知する網膜の細胞は残りやすいといわれており、色調にも工夫が必要です。」(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p28)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第526回『尿と便の困りごと―「まさか一晩に3回もの放尿」』(2014年6月21日公開)
 夜間頻尿・放尿により介護者が苦悩する様子を「認知症の人と家族の会」の岩手県支部世話人である立花美江さんが伝えておりますので以下にご紹介しましょう。
 立花美江さんは、若年性アルツハイマー病の診断を受けた夫の在宅介護を、家族・地域の協力を得ながら、約10年間続けました。その在宅介護の日々の様子を綴った著書の中に、「何もかも投げ出したい」と見出しされた日記があります。63歳の時に、アルツハイマー病と診断されてから8年の歳月が経過した2006年12月に書かれたものです(立花美江:手をつなぐ認知症介護 かもがわ出版, 京都, 2010, pp118-121)。
 「タ食後にりんごを食べさせたのに、すぐまた洗面所で隠れて食べていた。食べさせていないみたいなので『やめてください』と注意した。そのことがとても気になったのか、『ごめんなさい。今度から二度とやりませんから』と謝ってきた。
 そんなに強い言葉で言った訳ではなかったのに。コタツに入ってブツブツと言い訳がましいことをしゃべりはじめた。寝る時間が来ているので、ここでしゃべらせると気分がハイになって寝付かなくなると思い、『いいがら、いいがらその話は』と言ってやめさせた。
 まもなく床に入ったが、1時間ほどで起きてきた。それからは調子が狂ったのか、たびたび起きてくる。眠っていないのがわかる。洗面所に置いてあったペットボトルが入っているダンボール箱にじゃあじゃあとオシッコをかけたらしい。もう飲めないのでペットボトルを捨てる。
 夜10時、1回目の睡眠薬を飲ませる。効き目がなく、すぐ起き出して来る。夜中の1時になっても眠らない。2回目を飲ませたら、ますます眠らない。30分おきにガバッとベッドから起き上がる。全然眠っていない。私がウトウトしていたら、1人でトイレに行ったらしい。トイレが何処かわからない。探しているうちに、茶の間、台所、玄関、トイレと放尿して歩いたらしい。同じことが2回続いた。
 まさか3回もー晩に放尿されるとは思っていなかった。気が付くと、室中ダラダラ、玄関のタタキまでジャブジャブになっていた。これまでこんなにひどいことはなかった。それを拭きながら、『情けなくなってきた。泣きたい。こんな思いするなら、死んでしまいたい。何もかも放り投げ出したい。どこかに逃げて行きたい。なんで私だけ、こんな思いしなければいけないの?』  頭の中がゴチャゴチャ。私もまた、疲労でパニックと恐怖の中にいた。もうショートステイを使って楽になりたいと思った。」(一部改変)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第527回『尿と便の困りごと―施設入所で夜間頻尿改善のケース(上)』(2014年6月22日公開)
具体的な対応策を見つけることがなかなか困難であるのが夜間頻尿ではないでしょうか。しかしながら、ひどい夜間頻尿が施設入所をきっかけにして一気に改善したケースも私は経験しております。『ひょっとして認知症? Part1』の第507回『家族が疲れ果てる夜間頻尿(その1)─意外な対策があるものだ』のコメント欄においてご紹介したケースです。
 2012年8月下旬にかかりつけ医から紹介を受け、私の外来を受診された80歳代後半の女性患者さんは、おむつの中では排尿ができず2カ月程前より夜間は30分毎にトイレに行き(昼間は1時間毎)、また同時期より幻覚・妄想、焦燥が目立つようになってきたとの経過でした。既に要介護4の介護認定を受けておられました。
 幻視、誤認、パーキンソン症状などから、レビー小体型認知症(DLB)と診断しました。東邦大学医療センター佐倉病院神経内科の榊原隆次准教授らの報告によると、DLBにおいては86.7%(26/30例)において夜間頻尿が認められたそうです(2012年2月2日号Medical Tribune Vol.45 No.5 11)。日中頻尿の頻度は33.3%ですから顕著に夜間の頻尿が目立つようです。榊原隆次准教授らは、「排尿筋過活動(DO)・最大尿意量(MDV)減少の責任病巣としては大脳基底核が考えられ、前頭葉皮質の可能性も考えられる」と考察しております。
 さて、このご家族は、「家で看たい!」という想いと介護疲れが交錯している状況でした。介護者が30分置きに夜間起こされてしまう状況では在宅介護は長続きしません。さりげなく私が今後のケアに関するご意向をご家族に尋ねてみますと、同居している娘さんは、「レスパイト(休息)目的の入院も検討し始めたところです」と意向を話されました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第528回『尿と便の困りごと―施設入所で夜間頻尿改善のケース(下)』(2014年6月23日公開)
 私は「在宅介護の限界」と感じ、医療ソーシャルワーカー(Medical Social Worker;MSW)に連絡を取り、入所可能なサービス付き高齢者専用賃貸住宅(高専賃)をご紹介致しました。
 投薬に関しては、「強迫性の頻尿」に対してSSRI型の抗うつ薬をごく少量(具体的には、パキシル[レジスタードトレードマーク]10mg)だけ投薬しました。また、眠らない時に用いる薬として抗不安薬を頓服で処方しておきました。
 これまでに何度かご紹介しましたように、セロトニンは情動と行動を制御する重要な神経伝達物質であり、セロトニンの異常はうつ・強迫性障害・攻撃性などに関連します。脳のセロトニンを増加させる薬物療法(SSRI型の抗うつ薬)がこれらの状態の治療に用いられることがあるのです。
 さて、この患者さんは5日後に高専賃に入居することができ、その翌々日(初診から1週間後)私の外来を再診されました。
 2日連続の当直勤務をされました高専賃の施設長さんのお話によりますと、入居当日は抗不安薬を服薬しても夜間3回の排尿があったようです。しかし、入居2日目には抗不安薬の効果なのか夜間一度も起きずに朝までぐっすり眠られたそうです。
 入居することにより、昼間しっかりと覚醒していたことが功を奏したのか、SSRIが効果を発揮したのか、抗不安薬が効いたのか評価は難しいところです。しかし、いずれにしても家族が困惑した頻回の夜間頻尿が短期間で、ものの見事に解消した事例です。
 高専賃の施設長さんは幸いにも認知症ケアにたいへんご理解のある方でしたので、私も安心して委ねることができました。
 通常、物忘れ外来においては抗うつ薬と抗不安薬を同時に処方開始するケースは稀です。一種類ずつ順次試してみて、どちらの薬剤がより効果を発揮するのか見極めることが基本となります。しかしこの事例においては、既に介護破綻を起こしている状況であり、早急な症状の改善が最優先課題でしたので、効果の期待できそうな薬剤を同時に開始した次第です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第529回『尿と便の困りごと―写経ではなく、お茶会だったケース』(2014年6月24日公開)
 「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の中でも、睡眠障害(特に、夜間の不眠)は最も大きな問題です。また、頻回の尿意もBPSDの誘発要因となります。
 頻尿ケアおよび日中の覚醒レベルの向上という面において、過去の趣味・職業に基づいたアクティビティケアが功を奏した事例も報告されています(堤 雅恵、留畑寿美江、野垣 宏 他:超高齢の認知症事例の背景を生かしたアクティビティケアの効果. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.5 238-246 2012)。
 報告によりますと、90歳代の認知症女性において、長年の日課であった写経をケアに採り入れたものの、頻回の尿意や睡眠・覚醒パターン障害の改善は認められなかったそうです。しかしながら、家族から聴取された過去に茶道を教えていたという情報を元に、従来の写経に加えて「お茶会」を催したところ、排尿および睡眠・覚醒パターンの改善が認められたそうです。
 話が脇道にそれますが、アクティビティケアについて説明しておきましょう。アクティビティケアとは、レクリエーションなどのアクティビティを用いて、脳の機能や感覚運動など身体的な機能の維持・向上を図る援助活動です。
 ちょうどよい機会ですので、アクティビティケアを実践していくうえでの留意点についてもご紹介しておきましょう。
 「認知症ライフパートナーとは、認知症の人に対して、これまでの人生や生き方、価値観を尊重し、日常の生活をその人らしく暮らしていけるように、本人や家族に寄り添い、サポートできる人です。また、その人の『できること』を活かすために、アクティビティを用いたプログラムを活用しながら支援することのできる人です。
 アクティビティ・プログラムの実施にあたっては、その人が今どのような状態にあるのか、その人の状態やニーズを探るための事前調査(アセスメント)を行います。アセスメントに必要な情報は、在宅においては、ケアマネジャー(介護支援専門員)やかかりつけ医、家族などから確認できます。施設の場合には、入所時にケアマネジャーなど介護職によってアセスメントが行われています。
 アクティビティに関するアセスメントシートについて、現状においては統一された基準はなく、入所時のアセスメントを参考に施設等の判断で行われているのが現状です。また、在宅においてはアクティビティ・プログラムは、十分に活用されているとはいえないのが現状です。
 アクティビティ・プログラム本来の効果を引き出すためには、生活歴、家族関係、職業歴、習慣、趣味・嗜好、価値観、人生観など、その人の全人的な視点に立った計画が必要です。また、その人の身体状態、判断力、理解力、好きなこと、興味をもつことなどに合わせて、五感の刺激、創造性、継続性、非日常の楽しさなどの視点から個人やグループに合ったプログラムを選択する必要があります。」(日本認知症コミュニケーション協議会発行:認知症ライフパートナー検定試験[レジスタードトレードマーク] 基礎検定公式テキスト・第2版 中央法規, 東京, 2013, pp8-10)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第530回『尿と便の困りごと―母と義母で夜は寝かせてくれず』(2014年6月25日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は、「昼夜逆転」は介護破綻に繋がりかねない危機的な状況となりうると指摘しています。
 「幻覚・妄想だけにとどまらず、昼夜逆転や興奮などの行動障害が加わるとき、介護者の負担は頂点に達する。筆者のこれまでの経験から得たイメージでは、介護者が認知症の人の昼夜逆転と向き合うことでケアが破綻してしまうのにかかる時間は1週間ほどである。場合によっては2~3日で在宅ケアが破綻してしまうこともある。介護者が寝られないなかでケアをしなければならない状況は、それほどまでに介護者を追い詰める。介護者支援が最も緊急性を帯びてくるのはこの時期である。」(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp128-129)
 ですから、昼夜逆転、夜間頻尿という訴えが家族から聞かれた場合には、家族の心情に配慮したきめ細やかな介護者ケアが必要な時期であることを肝に銘じて、認知症の診療に取り組む必要があります。
 朝日新聞社の連載「認知症とわたしたち」第1部「気づきのとき・3─母も義母も同時に介護」(2013年1月5日)においても、睡眠不足になりながらもケアする介護者(真佐子さん・63歳)の現状が報道されましたね。一部改変して以下にご紹介します。
 「2人の母は夜、寝かせてくれなかった。
 喜代子さん(義母)は、家の中を歩き回った。喜代子さんの部屋のドアノブに鈴をつけた。暗闇にチリンチリンと鳴るたびに起きて連れ戻した。増江さん(実母)は一晩に二十数回トイレに立った。
 真佐子さんの姉や、近くに住む長女(39)、長男(38)が通院の付き添いや買い物などを協力してくれた。それでも、2人の介護の負担は生半可ではなかった。漏らした尿や便の始末。ベッドから起こすときの肩や腰の痛み。『なんでこんなふうになっちゃったの』
 同居から1年後、まずは喜代子さんが入れる施設を探し始めた。増江さんのほうは、脳梗塞で入院したあと、特養を探した。」
 皆さんは、以上のような状況で在宅介護を続けていく自信はありますか? ほとんどの方は、「困難」と感じるのではないでしょうか。その最大の要因は、介護者の睡眠不足に起因する身体的・精神的な負担の大きさではないでしょうか。
 余談にはなりますが、私自身も「眠れない」ことの辛さは身に染みております。30歳代までは脳神経外科医として急性期医療に従事しましたので夜間の緊急手術も多く、徹夜で手術した翌日も通常の業務をするということが日常茶飯事でした。
 眠れない辛さを長年に渡って味わってきたトラウマのためか今では、入眠しやすいよう毎晩お酒をしっかりと飲んで眠りについている状況です。しかしこの飲酒習慣は、「当直」をする際には大きな問題となります。当直ではお酒が飲めないことに加えて枕の違いも加わり、私はなかなか寝付くことができません。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第531回『尿と便の困りごと― 一番強い欲求とは何か?』(2014年6月26日公開)
 さて、「不眠と介護破綻」という話からは少々外れますが、「欲求」について興味深い話をご紹介しましょう。
 要求は、生命維持のための個体保存欲求(食欲、口渇、睡眠、排泄、呼吸、活動など)や種族保存欲求(性欲、母性本能など)などを含めた一次的要求(primary need)と呼ばれるものと、自我的欲求(安全、愛情、自己承認など)、社会的欲求(自己顕示、集団帰属、独立など)を含む社会生活に関わる二次的要求(secondary need)に分類されます。
 ところで皆さん、「探求」「母性」「性欲」「飢餓」「渇」という5つの欲求のうちどの欲求が一番強いと思われますか? 私はこのことを大学1年生の時に心理学の授業で習いました。心理学の教授からこの設問を問いかけられた際に、私はおそらく、「渇」か「母性」ではないかと直感的に思いました。もう30年以上も前の授業ですから、心理学講義のノートは残っておりません。この原稿を書いている時にふと心理学の授業のことを思い出しましたので、関連資料がないか調べてみました。
 ネットで検索してみますと、「福田典雍:学習心理学の名著、及びその周辺(大正大學研究紀要 第九十四輯)」という資料を見つけることができました。その資料に、私の知りたかった正解が記載されておりました。
 では正解をご紹介しましょう。結果は、「母性、渇、飢餓、性、探求」という順番だったそうです。特に初産の雌では、母性の強度が際だって強かったそうです。
 残念ながら「睡眠」はこの実験には含まれておりませんが、介護破綻に繋がりかねない重大な問題であることを考えますと、少なくとも性欲よりは上位にランクされるような気がしますね。もしそのような研究報告が既に存在しておりましたら、Facebookコメント欄においてご紹介頂けますと幸いです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第532回『尿と便の困りごと―認知症カフェへの期待』(2014年6月27日公開)
 繰り返しとなりますが、昼夜逆転、夜間頻尿などといった相談が家族から寄せられた際には、きめ細やかな介護者ケアが必要な時期であることを念頭に置いてアドバイスする必要があります。
 介護者ケアという視点からしますと、認知症カフェにもその期待が寄せられております。認知症カフェにつきましては、シリーズ第69回「幼老統合ケア 家族や友人、近隣住民、ボランティアのサポートが必要」においてもご紹介したことがありますね。
 2013年12月7日付朝日新聞・生活「認知症とわたしたち」は、2013年12月1日に開催されました「フォーラム 認知症カフェを考える2013」の様子を伝えております。認知症カフェは、認知症の人やその家族の居場所作りや支援が目的であり、全国に数十カ所あります(2013年時点)。フォーラムにおきましては3カ所の認知症カフェの様子が紹介されたそうです。そのうちの一つが京都大学医学部附属病院老年内科診療科長の武地一講師が中心となって週1回開催している「オレンジカフェ今出川」でした。「オレンジカフェ今出川」の特徴は、常駐のケアマネジャーなど介護の専門職が家族の悩みを聞くことであり、武地一医師は「認知症になっても社会と関わり、介護家族の葛藤を和らげる環境が必要だ」と指摘しております。

Facebookコメント
 「認知症の人と家族の会(以下、家族の会)では2012年度に、老人保健健康増進等事業として認知症カフェおよびそれに類する場について調査した。すでに実践している事例が各地にあったが、全国的に調査を行うのはこの報告が国内で初めてである。この調査では、家族の会からの情報によって選定したカフェ28か所に調査票を配布し、うち11か所は調査員が実際に認知症カフェに出向いて聞き取りを行った。筆者もその委員に加わっていたので、ここではその結果に基づく報告書の内容と、筆者自身のフィールドワークによる知見を総合して、認知症カフェを概観したものを示す。
 とくにこの報告書でカフェの類型化を試みて明らかになったことは、現在のカフェのあり方の多くが、1979年から家族の会が行ってきた『つどい』と呼ばれる取組みに影響を受けている点である。『つどい』そのものは、家族の会の都道府県支部ごとに、さまざまな形式に発展している。たとえば現在京都においては、①だれでも参加できる一般のつどい、②男性介護者のつどい、③若年期に発症した介護家族のつどい、④本人同士のつどい(比較的軽度で言葉でコミュニケーションのとれる人中心、言葉でやりとりできない人と支援者)へと分化している。このような場を模範としながら各地域で根づき、その一部が認知症カフェとして自治体のモデル事業や市町のオレンジプランの後押しを得て、さらに多様な変化を見せ始めている。報告書では要素と特徴としてまとめられたものを、認知症カフェがもつ機能として外すことのできない条件と、条件を満たしたうえでカフェの特色を決める特徴として整理した(表3)。
 また、認知症の人、家族、市民・ボランティア、専門職からみた認知症カフェの効果について調査票の自由記載や聞き取り結果をおおまかにとらえたものを表4に示す。」(中村春基、苅山和生:作業療法士の立場―認知症カフェと生活行為向上マネジメントの研究を通して―. 老年精神医学雑誌 Vol.25 280-287 2014)

P.S.
 表3・4の元となった資料はウェブサイト(http://www.alzheimer.or.jp/webfile/cafe-web_0001.pdf)において閲覧可能です。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第533回『尿と便の困りごと―「問題行動」は、患者の「適応行動」』(2014年6月28日公開)
 1995年に46歳で若年性認知症と診断されたクリスティーンさんは、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)が発生してしまう要因について以下のように語っています(一部改変)。  「講演の後、『朝になっても本人がパジャマを脱ぎたがらない時は、どうしたらよいでしょう?』と聞かれたことが何度かある。私はたいてい、こう答える。  『あなたは日曜日の朝はどうされますか? いつもちゃんと服を着ますか? また寝たいなと思う時はありませんか? あるいはパジャマ姿で家のまわりをうろうろすることはありませんか? いつまでもパジャマ姿でいることがそんなに問題でしょうか?』  世界は私たちのテンポよりもずっと速く、目の回るようなスピードで動いているというのに、私たちは、やれこれをしろ、早く答えろ、ゲームをしろ、グループ活動に参加しろと言われている。あまりにもスピードが速すぎるので、本当は、向こうへ行ってほしい、もっとゆっくりやってほしい、私にかまわないでほしい、とにかくあっちへ行ってほしい、と言いたいのだ。私たちが扱いにくくて協力的でなくなるのは、たぶんそういう時かもしれない。  これは『問題行動』と呼ばれている。だが私に言わせれば、これは自分の介護環境に適応しようとしている『適応行動』である。あなたを押しのけるのは、無理やりシャワーを浴びさせようとするからだし、食べ物を吐き出すのはそれが嫌いだからだ。間違ったところで用を足そうとするのはトイレの場所を忘れてしまったからだし、別の人の部屋へ入っていくのは自分の部屋がどこか忘れてしまったからだ。どうか私たちがいつもそうしている時間にシャワーを浴びさせ、お風呂に入れてほしい。どんな食べ物が好きか知っていてほしい。トイレの場所がはっきり見えるようにしておいてほしい。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p171)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第534回『尿と便の困りごと―入浴拒否に対するアプローチ』(2014年6月29日公開)
 こうした「整容拒否」と呼ばれる問題についてもう少し考えてみましょう。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、整容拒否に関して次のように報告しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp169-170)。
 「男性の髭剃りも問題が多い。剃りやすいところだけ一点集中となりがちなので、左右どちらか、しかも特定の部位に偏ってしまう。顎の下は特に難しいようで、やろうとしない人も多い。指示や鏡を渡されても駄目で、前と同様にできるところだけやるのが常である。それだけに対応では、介護者が剃るべき顔の部分に髭剃り器をあてて指示することになる。」
 「入浴には多くのプロセスがある。脱衣だけで大変である。また浴槽に脚を入れるという動作、またぐという動作がわからない。特にシャワーを浴びる、洗体する動作に際して保続が出やすいのではないかという介護者もいる。
 多くの患者は、シャンプーを一番嫌がる。これに対して家族介護者は、『シャンプーキャップを使えば楽々です。水やシャンプーが目や耳に入らなくなるので、本人の抵抗がずっと減ります』と答える。あるいは『メロディをつけて流れ作業でやっています。“はい今度は手を挙げて、手が終わったら足あげて、足が終われば、シャンプーだ”という感じ』。乗りやすいリズムで、にぎやかに楽しそうにやること、そして協力してもらえたら褒めてあげるのがコツだそうだ。」(一部改変)
 認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)が2013年1月10日に来津され、第10回中勢認知症集談会において、「身近な人に認知症が始まったら」というタイトルでご講演されました。フロアーからの「入浴拒否に対するアプローチについて教えて下さい」という質問に対して、五島シズさんは、「私の場合は、足から攻めていく」と回答されました。浴室で足を洗い、気分がよくなった頃を見計らって連続性を持って入浴に移行していくとうまく行くことが多いので、浴室で足を洗うことがポイントだと指摘されておりました。そして、「どうしても服を脱いでくれませんでしたので、野球拳しながら服を脱がせた方もいらっしゃいましたよ。色仕掛けは効きますよ」と過去に実践されたケアを回顧されておりました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第535回『尿と便の困りごと―社長より偉いのは会長さん』(2014年6月30日公開)
 五島シズさんは入浴拒否に対するアプローチとして、著書において、「会長は社長よりも偉い」という一節を紹介しております。
 「食事も、入浴も拒否するCさんは、勤めていた会社で社長だった方です。そのことに目をつけた介護者は、Cさんに、『この方は○○さんという会長さんなんですよ』と紹介しました。会長は社長より偉い地位にありますから、Cさんは立ち上がって挨拶をされました。会長といっても、町内会の会長なのですが、会長には違いありません。その会長さんは、何回か入所され、介護者ともなじみの間柄で、協力的です。食事を拒否するCさんに『おい、飯なしでどうするんだ、体が資本だろ』と会長さんが言うと、『はあ』と言って全部平らげてしまいました。お風呂の場合も、『入らなきゃだめだ、一緒に入ろう』と勧めてくださって、それからは会長さんの後をついて歩き、拒否もなくなったのです。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, p189)
 社会の上下関係が身に染みついた日本男性の場合には、権力のある人からのひと言には簡単に従ってしまいやすいという特性を利用した実践的ケアと言えるのでしょうね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第536回『尿と便の困りごと―患者の心のペースを読み取る』(2014年7月1日公開)
 国立病院機構菊池病院の木村武実臨床研究部長は、入浴介助においては患者さんのペースやレベルに合わせることが大切であると指摘しており、それによって入浴拒否も軽減できると述べています。
 「介護施設では、入浴を拒否する患者さんで困っているところが多いようです。患者さんの入浴を決められた時間に済ませようとすると、患者さんをわからないまま浴室に連れ出し、全介助で行ってしまうことになります。患者さんには拒絶、興奮がみられ、もの盗られ妄想やいじめられ妄想が起こり、一方で患者さんの衣服の着脱、身体洗いの能力まで低下してしまいます。そこで、入浴時間を1日中にして、患者さんの気が向いた時に入り、着脱衣や洗いもできるだけ本人にやってもらったところ、拒絶、興奮、妄想などはなくなり、入浴を楽しまれるようになりました。この入浴状況の改善を通して言えることは、前の入浴のさせ方が介護者のペース、つまり自分たちの業務ペースを優先していたということです。しかし、その後の入浴のさせ方は、患者さんが納得し安心して、少しでも自分でやり、入浴しているということで、患者さんの心のペースに合わせているわけです。」(木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, p75)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第537回『尿と便の困りごと―その人らしさを尊重するケア(上)』(2014年7月2日公開)
 イギリスの臨床心理学者である故トム・キットウッド教授は、従来より行われてきた医学的な対応を中心としたケアから脱却し、パーソンフッド(personhood=その人らしさ)を大切にするケアという新しい概念すなわちパーソンセンタードケア(person-centered care)を提唱しました。
 パーソンセンタードケアは直訳すれば、「人中心のケア」ということになります。すなわち、認知症高齢者としっかり向き合い、認知症となっても「その人らしさ」を尊重するケアなのです。
 国立病院機構菊池病院の木村武実臨床研究部長は、パーソンセンタードケアについて説明し、「その人らしさ」を尊重するケアの実践により入浴拒否を解消できた事例を紹介しています(一部改変)。
 「Tom Kitwoodは、D=P×B×H×NI×SP(D:認知症症状、P:性格、B:生活史、H:身体状態、NI:神経学的障害、SP:社会心理的要因)の公式を提唱し、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の発症および増悪の要因に関して、すべて神経病理学的過程によって起こるとは考えられず、心理社会的要因も関与していることを強調しています。
 Gさんは79歳の女性です。被害妄想、昼間ボーっとしていること、誤嚥性肺炎の反復などがあるため受診されました。幻視、パーキンソン症状、認知機能の動揺などが認められ、レビー小体型認知症と診断されました。投与されていた抗精神病薬を漸減・中止して、少量のセディール(比較的副作用の少ない抗不安薬)を投与することにより、昼間の眠気と肺炎は消失して施設に入所されました。初日は入浴に応じられましたが、その後は頑なに入浴を拒否されました。施設のスタッフが困惑して相談に来られました。患者さんには『服をはぎ盗られる』『頭からお湯をかけられる』などという被害妄想があるとスタッフは言いました。そこで、Gさんの生育歴を、ご本人の語りとご家族の話から明らかにしました。Gさんは、裕福な家庭で養育され、女学校を卒業し花嫁修業をして、21歳の時に30歳の実業家と結婚しました。結婚後も、家政婦が2人いるような自宅に居住し、華道と日本舞踊が趣味で、当時は珍しい外車に乗って通っていました。成人後は、入浴中に洗髪したことはなく、いつも美容室で洗髪してもらっていました。施設では、男性介護士が入浴介助に加わり、服を脱がせたことが分かりました。そこで、①男性は入浴介助につかない、②女性介護士が脱衣を促し安心感を与える、③入浴時には洗髪せずに、自ら身体を洗うよう促すなどの改善策を講じたところ、Gさんは少しずつ入浴されるようになりました。
 入浴時は洗髪すると考えるのが一般的ですが、そうではない方もいらっしゃるのです。したがって、患者さんの性格、教育歴、生活史、最近の生活状況(Kitwoodの公式のP:性格、B:生活史、SP:社会心理的要因)などを聴取して、患者さんの個々の生き方を十分に理解する必要があります。この理解が、BPSDを解決するヒントを治療者側に提供し、患者さんがBPSDを介して何を訴えているのかが自ずとわかってきます。」(木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, pp79,84)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第538回『尿と便の困りごと―その人らしさを尊重するケア(下)』(2014年7月3日公開)
 「この患者さんは、家事・雑用は家政婦に任せ、いつも美容室で洗髪し、華道や日本舞踊を趣味として、外車を乗り回すなど、非常に裕福な生活になじんでいる、プライドが高い奥様だったわけです。それを施設のスタッフは理解せずに、施設に入所していきなり衣服を男性介護士に脱がされ、浴室に連れて行かれ、洗髪のためにお湯を頭からかけてしまいました。患者さんが『服をはぎ盗られる』『頭からお湯をかけられる』などと言って入浴を拒否されるのは至極当然なことなのです。やはり、患者さんの語りに耳を傾け、患者さんがこれまでどのように生きてこられたかを物語のようにとらえて、患者さんの心理社会的背景を十分理解して、個々に合ったテーラーメイドの対応が必要なのです。これが、認知症におけるナラティブケア(narrative care)なのです。」(木村武実:BPSD─症例から学ぶ治療戦略 フジメディカル出版, 大阪, 2012, pp79,84)

メモ2:ナラティブ・ベイスド・メディスン
 ナラティブ・ベイスド・メディスンとは、「物語に基づく医療」という意味であり、患者特有の苦しみや生活体験を把握するための考え方です(日総研グループ編集:認知症ケア専門士 認定1次試験対策─完全攻略予想問題集 日総研出版, 名古屋, 2012, p6)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第539回『尿と便の困りごと―プライドの尊重は大切』(2014年7月4日公開)
 東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学講座の目黒謙一教授が排泄物にまみれて過ごしていた女性に対して、パーソンセンタードケアに配慮した作業療法を訓練に取り入れたところ、顕著に症状が改善した事例があったことを報告しておりますのでご紹介しましょう。
 「元理容師さんの独居女性は、アルツハイマー病発病後、身だしなみにも気を使わなくなり、排泄物にまみれて家にいたため、介護老人保健施設(老健)に入所となった。入所後、他の入所者ともあまり話をせずにひとりで過ごすことが多く、グループワークにも乗りにくかったため、個人的介入に切り替えた。生活歴を詳細に調べた結果、結婚の翌年に夫が戦死し、その後ずっと独身で理容店を経営していた彼女にとって、理容師はまさに『プライド』そのものであると考えられた。それで、老健の作業療法士と相談してヘアマネキンを準備し、カットの練習をしてもらった。すると見違える様に『本人らしさ』を取り戻し、作業療法場面の記憶(セラピストの顔や、訓練場所等)も向上し、他の入所者の身だしなみにも気を配る様になった。この様なアプローチはPerson-centered careとも称されるが、患者本人の生活歴、特に『プライド』を尊重することの重要性が窺われた症例であった。」(目黒謙一:認知症医療学 自治体における認知症対策のために─田尻プロジェクトからの提言 新興医学出版社, 東京, 2011, p33)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第540回『尿と便の困りごと―女性には“同性介護”』(2014年7月5日公開)
 女性患者の入浴介助に男性ヘルパーが携わることに関しては、『ひょっとして認知症? Part1』の第214回『医療機関の対応能力向上も必要』のコメント欄において、夕日さんより解消すべき問題点の一つとしてご指摘を受けました。
 その際に私は、「多くの医療機関に男性ヘルパーさんはいます。そして、女性ヘルパーさんだけが対応に当たった方がよいと思われるケースがあることも事実です。ただ、入院当初から、すべての女性患者さんの入浴介助に女性ヘルパーさんだけが対応することを周知徹底している医療機関は少ないように思います。何らかの問題が生じてから、対応に乗り出すのが現状ではないでしょうか。」という旨の返信をしております。
 2012年10月28日発行の週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号では、情報公開に積極的な1721ホームから回答を得て、「有料老人ホーム ベストランキング」を特集しており、8つの指標から評価し、31都道府県にある介護付き有料老人ホームを合計得点(100点満点)の高い順に紹介しております。たいへん有益な資料だと思います。
 その特集において、大牟田スヌーグル(セーヌ大牟田)が合計得点92点で福岡県の介護型有料老人ホーム第1位(全国ランキング6位)として取り上げられています。以下に一部改変してご紹介しましょう。
 「新会社の社名である“スヌーグル”はフランス語で“寄り添う”という意味だ。入居者に寄り添い、入居者が望むサービスを実現していく決意が込められている。入居者に寄り添うサービスとはどのようなものか、その一例を大牟田スヌーグル代表取締役社長の川崎春次氏は語る。『私たちは、女性には“同性介護”を厳守しています。女性にとっては、ケアしてくれる職員が同性であることは大きな安心感につながります。“究極のサービス業”だというポリシーから、私たちはそうしています』
 また、月に一度、離れて暮らす家族の元に『介護記録』を送付(郵送・メール)するのも寄り添うサービスのひとつだ。」(2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号 pp66-67)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第541回『尿と便の困りごと―有料老人ホームのお値段』(2014年7月6日公開)
 余談にはなりますが、私は「有料老人ホーム ベストランキング」において三重県内第4位(合計得点57点)に入居されている認知症の方を外来診療していたことがあり、ご家族からこの施設における認知症ケアの実践状況についてお聞きしたことがあります。やはり入居者に寄り添うサービスという視点はとっても大切にされておりました。
 ただそれなりに費用は高額なものとなります。資料によれば、三重県内第4位(合計得点57点)の施設の5年間の総費用は1,395万円です(2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号 p109)。
 合計得点92点で福岡県の介護型有料老人ホーム第1位(全国ランキング6位)のセーヌ大牟田の5年間の総費用は1,760万円です(2012年10月28日発行週刊ダイヤモンド臨時増刊・通巻4454号 p118)。
 グループホーム(認知症対応型共同生活介護)においても月額利用料が20万円程度の施設はざらにありますから、そうすると5年間の総費用は1,200万円(20×12×5)となります。そのような観点から考えれば、上述の素晴らしい2施設の利用料金は、概ね妥当な利用料金と言えるのかも知れませんね。いずれにしても相当な額の蓄えがないと、民間型の施設で長年に渡って過ごすことは困難と言えます。
 なお首都圏で全国ランキングトップ10に入っている有料老人ホームには、5年間の総費用が4,000万円を超える施設が多くあります。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第542回『尿と便の困りごと―重ね着対策のノウハウ』(2014年7月7日公開)
 話が脇道にそれてしまいましたが、最後に「重ね着」への対応についてお話しましょう。
 アルツハイマー病患者さんにおいて下着を重ね着していることはちょくちょく見かけします。着衣失行が影響しているのでしょうか…。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で「重ね着」に関して以下のように言及しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, p168)。
 「夏に大汗をかいているのに、重ね着、セーターの上にシャツをまとうなど、『TPOがわかっていない』着衣もきわめてありふれた現象である。多くの場合、脱がせてもいつの間にかまた着てしまう。なぜ認知症の人は重ね着をするのか? 誰にも納得のいく説明は難しいだろうが、以下のようなことが言われる。『沢山着込むと安心できる』『防衛になる』と思っているのか、あるいは着るという行為に固執して、一種の仕事になっているようなケースもある。
 対応としては、衣類はできるだけ本人の目につかないところに置いて隠す、家族が言っても駄目だが、デイケアのスタッフに忠告してもらうと素直に受け入れるという人もいる。認知症がかなり進んでも、他人の目は結構気になるものである。人前では繕いたいという心理はかなり残る。このような『社会性』が残存している場合には、ここに注目した対応が結構有効である。重ね着ばかりでなく、ほかの場面でも応用できるだろう。
 あるいは着たいものに好みがあるような人もいる。そこで本人の好きな衣類は隠して、嫌いなものだけを残しておいたら、重ね着の程度は軽くなったという経験談もある。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第543回『尿と便の困りごと―「きょうも暑いですねえ」の声掛けが効く』(2014年7月8日公開)
 認知症ケアに精力的に取り組まれた元岩手医科大学神経内科・老年科准教授の高橋智先生(故人)が着替えに関する事例報告をしておりますので以下にご紹介します(別冊NHKきょうの健康『認知症 よりよい治療と介護のために』 2011年3月25日NHK出版発行 p95)。
 ケーススタディ:夏に下着を4~5枚着て、厚着をするKさん(80歳代後半、女性)
 「Kさんは、4年前にアルツハイマー病と診断されました。7月だというのに、下着を4~5枚も重ね着をし、その上に毎日同じ上着を着ます。汗をかいているKさんを見て、息子の妻が『それでは暑いでしょう』と言っても、『これでも寒いくらいよ』と言います。
 そこで息子の妻は、季節に合った着やすい衣類を準備し、Kさんが起きる前に枕もとに着る順番に並べて『お気に入りの肌着を用意しましたよ』と声をかけるようにしました。また、『きょうも暑いですねえ』などと、季節に関する話題も増やすと、『きょうはシャツ1枚でいいかな』と、少しずつ薄着をするようになりました。」
 このように着る順番に並べたり、介護者が一枚ずつ手渡すことで、きちんと自分で着ることができるようになるケースも多いのです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第544回『尿と便の困りごと―認知症患者は代名詞が苦手』(2014年7月9日公開)
 認知症介護の現場においては、「対応方法の正解は1つではない!」とよく指摘されます。生活環境や本人の性格によっても対応方法を工夫する必要があります。
 介護の基本はしっかりと理解したうえで、想像力を働かせて臨機応変に対応することが求められるのです。
 アルツハイマー病においては、「健忘失語」というタイプの失語が多いです。「めがね」とか「時計」などの単語が出ず(喚語困難)、「あれ」とか「それ」と言います。
 なお余談ですが、認知症の人と話をする際には、代名詞を減らす配慮が必要であると九州保健福祉大学保健科学部言語聴覚療法学科(現職:志學館大学人間関係学部心理臨床学科)の飯干紀代子教授は指摘しております。
 「1990年、アルモー先生が『代名詞を使ってすっきりさせた文章』と『代名詞を使わずに、いちいち言葉を繰り返した文章』を、健常な高齢者と認知症の人に読ませる実験を行いました。
 健常な高齢者は『代名詞を使ってすっきりさせた文章』のほうが理解は早かったですが、認知症の人は『代名詞』を使われると文章の意味が理解しにくく、『代名詞』を使わずに言葉を繰り返した文章のほうがよく理解できたのです。
 認知症の人はワーキングメモリー(メモ3参照)が低下していることが多く、話の流れについていけないため、言葉を繰り返して伝える必要があります。」(飯干紀代子:基礎から学ぶ介護シリーズ・今日から実践 認知症の人とのコミュニケーション─感情と行動を理解するためのアプローチ 中央法規, 東京, 2011, pp60-61)
 私は、認知症の人と話す機会が多いためか、介護者の方から、「先生、この人の言いたいことがよく分かりますね」と時々言われます。ちょっとだけ「想像力」が豊かなのかも知れませんね。多分これが言いたいのかな…と感じ取れたら、ヒントを出してみると、出てこなかった単語が導き出されることはしばしば経験されます。
 認知症のケアを学ぶ講習会が普及してきております。しかし、“基礎”を身につけた後には、想像力・洞察力といった研修では決して身につかないスキルが求められます。「感性」を高めることは困難な課題です。人生において苦労することが、感性を高める一番の近道ではないかと私は思っています。

メモ3:ワーキングメモリー(ワーキングメモリ)
 ワーキングメモリ(作業記憶・作動記憶)とは、短期記憶の概念を拡大し、課題を遂行するための処理機能の役割を含む概念がワーキングメモリ(ワーキングメモリー)です。作業中の何かを一時的に覚えておく記憶であり(例:電話をかけるために、電話帳を見て番号を覚える)、主として前頭葉の前頭前野(概ね前頭葉の前半部分)が司っています。

人形が現れて一緒に勉強をしたり遊んだりする [自閉症スペクトラム障害]

問題
 https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/662259137277102

■解説
 http://medical.nikkeibp.co.jp/mem/doctors/mediquiz/answer.jsp

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 「人形が現れて一緒に勉強をしたり遊んだりする」という訴えからは、幻聴や幻視の可能性が考えられる。
 思春期の小児が幻聴を訴えた場合に最初に鑑別に挙げるべき疾患は、統合失調症である。統合失調症の症状は、急性期に起こる妄想や幻覚といった陽性症状と、消耗期に生じる活動低下、会話の鈍化、社会的引きこもり、自傷行為といった陰性症状の大きく2つに分けられる。妄想や幻聴は「悪口を言われている」「死ねという声が聞こえた」のように自分が攻撃されている内容が多い。
 心的外傷後ストレス傷害(PTSD)は命が脅かされるような出来事、戦争、天災、事故、犯罪、虐待などの経験の後に幻覚や幻視(フラッシュバック)を来す。フラッシュバックでは外傷を来したときの体験や目撃した内容を追体験することがある。
 後頭葉てんかんでは、光が見えるといった視覚発作が見られる。また薬物中毒でも幻覚、幻聴が認められる。
 本患者は幼児期から強いこだわりがあり、小学校入学後も1人になることが多く、医師の話を遮って自分の好きな恐竜について一方的に話すなど、発達の偏りがある点から、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー障害)が強く疑われた。アスペルガー障害を生じた患児は、社会にうまく適応できないときなどに二次的に幻覚・妄想様の症状を訴えることがある。だが、その多くは現実の厳しさから逃避し、願望を充足するような内容である。
 本症例も、友達が少ないことに加え、小学校5年生時に学習面の壁に突き当たり、成績が低下したころから症状が表れていた。加えて、幻覚・妄想の内容が「一緒に勉強をしてくれる」「遊んでくれる」など、患児自身の願望を満たすものであることからアスペルガー障害による幻覚・妄想様状態と考えられた。
 アスペルガー障害に伴う二次的な幻覚・妄想様状態であれば、まず児が何に不適応を起こしているのか、何をストレスに感じているのかを探ることが先決である。その上で、児や家族がその症状に困っていなければ、投薬なしで経過を観察することが可能である。症状を苦痛に感じている場合は、少量の抗うつ薬や抗精神病薬の投与を行うことで改善が見込まれるケースが多い。
 非定型抗精神病薬のリスペリドンとアリピプラゾールは2016年、「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性」への適応が承認された。ただし、これらの薬剤の対象年齢は原則として、リスパダールは「5歳以上18歳未満」、エビリファイは「6歳以上18歳未満」。また、リスパダールは「15kg以上20kg未満の患者」と「20kg以上の患者」で投与量が異なることに注意が必要となる。本症例でもまずはこれらの薬剤を投与した。
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、二次的なうつ気分や社会不安障害を来している場合、そして強迫的症状がある例で使用する。幻覚・妄想様状態にはリスペリドンやオランザピンといった非定型抗精神病薬の少量投与が有効である。ベンゾジアゼピン(BZ)系薬は不安症状に用い、カルバマゼピンとバルプロ酸は気分の高揚や落ち込みといった気分障害に用いる。
 なお、これまでアスペルガー障害、自閉性障害、レット障害、小児期崩壊性障害、特定不能の広汎性発達障害は、広汎性発達障害のサブカテゴリーとして分類されていたが、米国精神医学会による最新の診断基準(DSM-5)では、レット障害を除く全ての障害名を自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)とし、知的障害を伴い、言葉のない児から対人間のニュアンスの取りづらい従来のアスペルガー障害までを含む広い概念として提唱している。
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向精神薬―専門医レベルの知識がないと優良誤認してしまう [向精神薬]

向精神薬に関する製薬企業パンフレットの読み方

ポイント
●新薬の有効性と安全性だけを強調する,実態と合わない精神薬理用語による分類がある.
うつ病自然寛解率や不眠症治療薬のプラセボ効果を知らないと,薬効を過大評価してしまう.
●治験の心理検査で出た瑣末な結果を,さも重大なことのように見せかけるパンフレットがある.
●専門医レベルの知識がないと優良誤認してしまうため,多くの内科医にとって,向精神薬に関する製薬企業パンフレットは有害無益である.

 …(中略)…

自然経過を示さずに治療前後を比較
 うつ病の,治療なしでの寛解率は2年で80~90%である.主な治療は休息であり,場合によっては抗うつ薬を使う.このように,うつ病はあまりにも自然回復しやすいので,臨床試験において実薬群とプラセボ群の間に有意差が出にくい疾患である.ゆえに製薬会社が医師向けパンフレットを作る際には,自然経過のデータをできるだけ隠すのが定石になる.うつ病の自然寛解率を知らない医師なら,薬物使用後に生じた改善をもっぱら薬によるものと誤認してくれるからである.典型的手口は,抗うつ薬による治療前と治療後をそのまま直接比較する図である.参考までに2011年に発売されたSSRIであるエスシタロプラムの国内治験データを表1に示す.プラセボ群,実薬群ともうつ病の重症度が同じように改善しているのがわかる.
 また,不眠症治療においてプラセボ効果が存在することは広く知られている.ゆえにここでもプラセボ群のデータをできるだけ隠すのが定石になる.例えばメラトニン受容体作動薬であるラメルテオンの国内第Ⅲ相試験において,プラセボ群,実薬群ともに自覚的睡眠潜時の改善がみられ,プラセボ群と実薬群の間に生じた差は2.36分だった.言い換えるとラメルテオンに期待できる効能は寝つきが142秒良くなることである.実薬群だけの成績を示したパンフレットでは,この数字が見えない.

瑣末な結果を重大なことのように表示
 抗認知症薬の国内治験における主要評価項目は,多くの場合ADAS(Alzheimer Disease Assessment Scale)とCIBIC(Clinician's Interview Based Impression of Change)の2つである.前者は認知機能を,後者は全般臨床症状を評価する.治験はこのADASとCIBICの両方でプラセボへの優越性がみられた場合のみ,薬の有効性が証明できるというデザインになっているため,この2つに有意差がなければ,ほかの評価項目で有意差がみられても,それは瑣末な結果に過ぎない.しかし,p値が0.05を下回っている項目があると,それが何であっても重大な結果であるかのように表示するのがパンフレットの典型的手口である.
 例えば,日常生活動作を評価するDAD(Disability Assessment for Dementia)はCIBICの下位尺度の1つである.プラセボ群と実薬群の間でCIBICに差はなかったが,DADでのみp<0.05が出た臨床試験を題材に,DADの成績だけを図表化しCIBICについては一切出さなかったパンフレットがある.何が主要評価項目で何が下位尺度に過ぎないのかは,パンフレットだけでは区別がつかない.

おわりに
 以上で明らかなように,向精神薬に関する製薬企業パンフレットは優良誤認させる表現にあふれている.読者に専門医レベルの精神科の知識がない限り,優良誤認させられるのは必至なので,多くの内科医にとって向精神薬に関する製薬企業パンフレットは有害無益であり,受け取らずにそのまま製薬企業に返すのが唯一の正解である.必要最低限の情報は添付文書に書いてある.不眠症,うつ,認知症の領域では実薬の効果はプラセボと大差なく,無理に薬を使う根拠はどこにもない.
 【小田陽彦:向精神薬に関する製薬企業パンフレットの読み方. medicina Vol.53 1996-1998 2016】
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私の感想
 何とも凄い論文ですね。
 私も認知症は専門領域ですし、うつ病は自分が患った病気ですので薬効などに関してはかなり詳しい方です。ただ、統計学的な専門知識に欠けているところがあるので、正確に認識していない部分もあるように思います。
 ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])のプラセボ効果に関しては、アピタルにおいて何度も紹介しましたね。
 そのうちの一つを以下にご紹介します。
 
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第608回『役割と生きがいの賦与―ドネペジルの効果の特徴』(2014年9月11日公開)
 メマンチンは認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSDにおいては、興奮/攻撃性、妄想、怒りっぽさ(易刺激性)/情緒不安定といった項目(症状)において特に有効性が高く、また、試験開始時には上記の症状を認めなかった患者群においてもメマンチン療法により、後の症状発現率が有意に低下したことが注目されております。一方、ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])においては、アパシー、不安、抑うつといったBPSDに対して効果が高い(Gauthier S, Feldman H, Hecker J et al:Efficacy of donepezil on behavioral symptoms in patients with moderate to severe Alzheimer's disease. Int Psychogeriatr Vol.14 389-404 2002)という違いがあります。
 ちょうどよい機会ですので、ドネペジルの中核症状に対する効果についても言及しておきましょう。
 シリーズ第98回『アルツハイマー病の治療薬 医療を支えるわずかな望み――ドネペジル(その3)』におきまして、ドネペジルの有効率は、「最終全般臨床症状評価において5mg群はプラセボ群と比較して有意に優れていた。『改善』以上の割合は5mg群17%、プラセボ群13%、『軽度悪化』以下の割合は5mg群17%、プラセボ群43%であった。」という添付文書のデータをご紹介しました。
 MMSE(Mini-Mental State Examination)が12~24点の軽度および中等度アルツハイマー病を対象として(連続112例の検討)、ドネペジルの効果を評価した報告があります(Shimizu S, Hanyu H, Sakurai H et al:Cognitive profiles and response to donepezil treatment in Alzheimer's disease patients. Geriatr Gerontol Int Vol.6 20-24 2006)。MMSEで4点以上改善した場合をresponder(レスポンダー)、それ以外をnon-responder(ノンレスポンダー)と判定した場合、ドネペジル療法のresponderは34例(30%)、non-responderは78例(70%)であったそうです。なお、MMSEのサブスケール別にみると、「場所見当識」、「注意力・計算力」、「言語機能」の3領域が有意な改善したことがわかったそうです。
 なお、「全般的認知機能検査Mini-Mental State Examination(MMSE)では、通常、MMSEが3点以上増加した場合、『有効』と判定する。」(目黒謙一:心理社会的介入と薬物療法によるアプローチ─問題提起─. 老年精神医学雑誌 第24巻増刊号-Ⅰ 98-102 2013)という意見もあり、MMSEが何点以上の改善をもってして有効と判断するのかは明確には統一されておりません。

DLB:アリセプトの投与が錐体外路症状の出現率を高めるか? [レビー小体型認知症]

【森 悦朗, Ikeda M, Nakagawa M, Miyagishi H, Yamaguchi H, Kosaka K: Effects of ドネペジル on Extrapyramidal Symptoms in Patients with Dementia with Lewy Bodies - A Secondary Pooled Analysis of Two Randomized-Controlled and Two Open-Label Long-Term Extension Studies. Dement Geriatr Cogn Disord, 40 (3-4), 186-198 (2015)】

Abstract
 Background/Aims: The aim of this study was to clarify the effects of donepezil on extrapyramidal symptoms in patients with dementia with Lewy bodies (DLB). Methods: Using pooled datasets from phase 2 and 3, 12-week randomized, placebo-controlled trials (RCT, n = 281) and 52-week open-label long-term extension trials (OLE, n = 241) of donepezil in DLB, the effects of donepezil on the incidence of extrapyramidal adverse events (AEs) and on the Unified Parkinson's Disease Rating Scale (UPDRS) part III were assessed, and potential baseline factors affecting the AEs were explored. Results: The RCT analysis did not show significant differences between the placebo and active (3, 5, and 10 mg donepezil) groups in extrapyramidal AE incidence (3.8 and 6.5%, p = 0.569) and change in the UPDRS (mean ± SD: -0.2 ± 4.3 and -0.6 ± 6.5, p = 0.562). In the OLE analysis (5 and 10 mg donepezil), the incidence did not increase chronologically; all AEs leading to a dose reduction or discontinuation except one were relieved. The UPDRS was unchanged for 52 weeks. An exploratory multivariate logistic regression analysis of the RCTs revealed that donepezil treatment was not a significant factor affecting the AEs. Baseline severity of parkinsonism was a predisposing factor for worsening of parkinsonism without significant interactions between donepezil and baseline severity. Conclusion: DLB can safely be treated with donepezil without relevant worsening of extrapyramidal symptoms, but treatment requires careful attention to symptom progression when administered to patients with relatively severe parkinsonism.

Introduction
 Dementia with Lewy bodies (DLB) is the second most common form of senile dementia following Alzheimer's disease (AD) [1]. The core clinical features of DLB include neuropsychiatric symptoms and parkinsonism as well as cognitive impairment characterized by deficits in attention, executive function, and visual perception [2]. The cholinergic loss and a choline acetyltransferase activity deficit with preserved postsynaptic cortical muscarinic and nicotinic receptors [3,4,5] rationalizes the use of cholinesterase inhibitors (ChEIs) in DLB. The favorable potential of ChEls such as galantamine, rivastigmine, and donepezil has been demonstrated in previous studies [6,7,8,9,10,11]. The phase 2 and 3 trials of donepezil in patients with DLB have added to the accumulating evidence of the efficacy and safety of donepezil in terms of cognitive, behavioral, and global function in DLB, even for long durations, without increasing the risk of clinically significant safety events [12,13,14,15].
 It has been reported that 25-50% of patients with DLB have parkinsonism at the time of diagnosis and that 75-80% of such patients eventually develop it [16], although the exact proportion is still controversial. In a natural course, the symptoms could worsen with a speed comparable to Parkinson's disease (PD) [17]. The cholinergic interneurons synapse on the GABAergic striatal neurons that project to the globus pallidus. The cholinergic actions inhibit striatal cells of the direct pathway and excite striatal cells of the indirect pathway. Thus, ChEIs augment cholinergic function, which may oppose the effects of dopamine on the direct and indirect pathways exacerbating parkinsonism in DLB, in which nigrostriatal dopaminergic neurons have been lost [18,19,20,21]. On purely theoretical grounds, ChEI administration targeting cognitive impairment and behavioral symptoms may exacerbate parkinsonism. Despite studies showing that ChEIs did not affect parkinsonism and which did not replicate the possible untoward effects in patients with DLB or PD dementia (PDD) [22,23], concerns over a possible influence on the extrapyramidal symptoms still linger due to a shortage of evidence from large-scale, placebo-controlled, or long-term studies especially in DLB and require further confirmation.
 As in diseases like DLB treatment for one symptom may precipitate others [24] and the combination or severity of the associated multiple, multi-dimensional symptoms varies by patient, a large-scale comprehensive study is essential. Our trials of donepezil in patients with DLB consist of two randomized, double-blind, placebo-controlled trials (RCT) and two open-label long-term extension studies (OLE) and enrolled a large group of patients that may embody patients with diverse demographic characteristics and clinical symptom manifestations, which the current diagnosis of probable DLB may encompass. We therefore developed two types of comprehensive pooled datasets from two RCTs and two OLEs of donepezil for DLB. RCTs provide information with minimized bias, while OLEs involve more patient-years of exposure to donepezil and may thus disclose adverse effects which are not observed in the parent RCTs. Using these datasets of the largest scale ever in DLB, we analyzed the effect of donepezil on the occurrence and worsening of extrapyramidal symptoms in patients with DLB.

Methods
Design of the Phase 2 and 3 Studies
 This analysis pooled the data from the phase 2 and 3 studies of donepezil for DLB conducted in Japan. The phase 2 studies, consisting of a RCT (clinicaltrials.gov reference: NCT00543855) and a subsequent OLE (clinicaltrials.gov reference: NCT00598650), were conducted as two sequential protocols. A 12-week randomized, double-blind, placebo-controlled exploratory study (phase 2 RCT) was first conducted to investigate the efficacy and safety of donepezil at 3, 5, and 10 mg/day starting in 2007 (fig. 1a) [12]. In the patients who completed this RCT, the safety and efficacy of long-term administration at 5 mg were further investigated in the following 52-week OLE (phase 2 OLE) (fig. 1b) [13]. The phase 3 study (clinicaltrials.gov reference: NCT01278407) was conducted as a single protocol consisting of an RCT phase and a subsequent OLE phase. A 16-week randomized, double-blind, placebo-controlled comparative study consisting of a 12-week confirmatory phase (phase 3 RCT) (fig. 1a) [14] and a 4-week transition period and a subsequent 36-week OLE phase were conducted starting in 2011 for a total duration of 52 weeks (phase 3 OLE) (fig. 1b) [15]. The aim was to confirm the superiority of donepezil at 5 and 10 mg/day for 12 weeks over placebo with regard to both cognitive function and behavioral symptoms and to evaluate the safety and efficacy of long-term administration of 10 mg/day for 52 weeks. Each study was conducted in accordance with the principles of the Declaration of Helsinki. The protocols were approved by the institutional review board at each participating center.
Fig.1.JPG

Patients
 The inclusion and exclusion criteria were the same in both RCTs. The inclusion criteria were patients aged ≥50 years with probable DLB fulfilling the consensus diagnostic criteria [2], with mild to moderate-severe dementia [10-26 points on the Mini-Mental State Examination (MMSE) and Clinical Dementia Rating ≥0.5], behavioral symptoms or cognitive fluctuation [Neuropsychiatric Inventory (NPI)-plus ≥8 (rated on 12 items: original 10 NPI items + sleep [25,26] + Cognitive Fluctuation Inventory [27,28])], and with caregivers who could routinely stay with the patients, provide information for this study, assist with treatment compliance, and escort them to required visits.
 The exclusion criteria included PD that was diagnosed at least 1 year prior to the onset of dementia; focal vascular lesions on an MRI or CT that might cause cognitive impairment; other neurological or psychiatric diseases; complications or a history of severe gastrointestinal ulcers, severe asthma, or obstructive pulmonary disease; systolic hypotension (<90 mm Hg); bradycardia (<50 bpm); sick sinus syndrome; atrial or atrioventricular conduction block; QT interval prolongation (≥450 ms); severe parkinsonism (Hoehn and Yahr stage ≥4) [29], and treatment with ChEIs or any investigational drug within 3 months prior to screening. ChEIs, antipsychotics, and anti-Parkinson drugs were not allowed during the study, except for levodopa and dopamine agonists, of which only stable doses were allowed during the RCTs.
 Written informed consent was obtained from the patient (if at all possible) and his/her primary family member before initiating the study procedures.

Donepezil Administration
 In the phase 2 RCT, the patients were randomized to placebo, 3, 5, or 10 mg/day of donepezil (placebo, 3-, 5-, and 10-mg groups) (fig. 1a). In the subsequent phase 2 OLE, all patients received donepezil at 5 mg/day (fig. 1b). Donepezil administration in the 5- and 10-mg groups started with a 2-week titration period with a 3-mg dose, which was applied in all of the studies.
 In the phase 3 RCT, the patients were randomized to placebo, 5, or 10 mg/day (placebo, 5-, or 10-mg group) (fig. 1a). Since the phase 3 study incorporated the RCT and OLE phases, the duration of donepezil administration in the phase 3 OLE differed by treatment group: 52 weeks for the 5- and 10-mg groups (10 mg administration from week 24 and 6, respectively) with a 12-week overlap with the phase 3 RCT, and 36 weeks for the placebo group (3 mg titration from week 16, 5 mg administration from week 18, and 10 mg from week 24) (fig. 1b).
 In the OLEs, a dose reduction to 3 mg in the phase 2 OLE or to 5 mg after week 24 in the phase 3 OLE was allowed upon emergence of a safety concern.

Summary of the Results of the Phase 2 and 3 Studies
 The results of the phase 2 and 3 studies are reported in detail elsewhere [12,13,14,15]. Briefly, in phase 2, the RCT showed that donepezil significantly improved cognitive, behavioral, and global functions with good tolerability, and the OLE demonstrated that administration was well tolerated even for a long duration and that the effect on cognitive and behavioral impairment was maintained for up to 52 weeks. In phase 3, although the RCT failed to confirm a superiority concerning the behavioral symptoms over placebo, it confirmed the efficacy concerning cognitive function (one of the co-primary endpoints) without serious safety concerns. The OLE demonstrated a lasting improvement in cognitive function for up to 52 weeks, without increasing the risk of clinically significant safety events.

Datasets
 The safety data regarding extrapyramidal symptoms derived from these studies were pooled in two ways: RCT and OLE (fig. 1). The datasets of the two RCTs were pooled and analyzed according to allocated treatment during the 12-week period: placebo, 3-, 5-, or 10-mg groups (n = 281) (fig. 1a). The dataset derived from all patients receiving donepezil via long-term administration [i.e. phase 2 OLE and phase 3 OLE (whole period of phase 3: RCT + OLE)] was pooled and analyzed (n = 241) (fig. 1b).

Assessment of Extrapyramidal Symptoms
 The influence on extrapyramidal symptoms was evaluated according to the incidence of extrapyramidal adverse events (AEs) and the Unified Parkinson's Disease Rating Scale (UPDRS) part III [30]. To reduce interrater and intrarater variability, an advanced rater training was conducted, a fixed rater was involved in the assessment of each patient in principle, and an elaborate monitoring was made throughout the study period. Of all the AEs which occurred during the studies (coded according to the Preferred Terms of the Medical Dictionary for Regulatory Activities), the following were identified as extrapyramidal AEs after discussion by the central committee: parkinsonism, rigidity, tremor, camptocormia, gait difficulty, and akinesia. The UPDRS part III was conducted every 12 weeks in the phase 2 RCT and in phase 3, and every 24 weeks in the phase 2 OLE.

Statistical Analysis
 This secondary analysis was based on the safety analysis set of each study, which comprised all patients who received at least one dose of donepezil and had safety assessment data. For the analysis of the RCTs, the incidence of extrapyramidal AEs was summarized by treatment group and compared between the placebo and each active group using Fisher's exact test. The change in the UPDRS part III total and subscale score from baseline was compared between the placebo and each treatment group using analysis of covariance (ANCOVA) with the baseline values as covariates. Subscales were predefined as the following four symptoms: tremor, akinesia, rigidity, and postural instability and gait difficulty, with score ranges of 0-28, 0-36, 0-20, and 0-16, respectively [31,32]. For the analysis of OLEs, the incidence of extrapyramidal AEs was calculated. The UPDRS part III scores were analyzed using Student's paired t test.
 To identify any potential baseline factors that may contribute to the extrapyramidal AEs, the incidence was calculated for subgroups stratified by the potential factors, and univariate and multivariate logistic regression analyses were subsequently conducted. Potential factors included endogenous factors (sex, age, and body weight) and symptom-related factors [UPDRS part III score, Hoehn and Yahr stage (≤2 or 3), and use of anti-Parkinson drugs (use or nonuse)]. In multivariate analyses, either the UPDRS part III score or the Hoehn and Yahr stage was included in the model because of the high correlation between them. In the analysis of the RCTs, the interaction between the treatment groups and factors was tested for each symptom-related factor using a logistic regression analysis. Each interaction was to be included in the model when significance was detected.
 Values of the UPDRS part III score at the final evaluation were imputed using a last observation carried forward (LOCF) method. All analyses were made using SAS version 9.3 (SAS institute, Cary, N.C., USA).

Results
Baseline Characteristics
 The demographic and baseline characteristics of the patients included in this analysis are summarized in table 1. The phase 2 RCT enrolled 140 patients. Of 123 patients who completed the RCT, 108 patients were enrolled in the phase 2 OLE, 81 of whom completed the study. The phase 3 study enrolled 142 patients; the RCT and OLE were completed by 111 and 100 patients, respectively.
Table 1.JPG
 Of the patients included in the RCT analyses, females accounted for 60.9%. The mean age was 78.3 (range 57-95) years; all but 2 patients were 65 years or older. Anti-Parkinson drugs (levodopa or dopamine agonists) were used by 20.3% (57/281) with the mean ± standard deviation (SD) levodopa equivalent dose [33] of 262.0 ± 179.8 mg/day at baseline, and the dosages were not changed during the RCTs. No patients were on antipsychotics. The mean scores for the MMSE and UPDRS part III at baseline were 20.0 and 19.8 points, respectively. The characteristics in the OLE analysis were similar. During the OLEs, levodopa or dopamine agonists were started by 9.1% of patients (22/241), with the dose being increased in 6.6% (16/241) and decreased in 1.2% (3/241).

Analysis of RCTs
Incidence of Extrapyramidal AEs
 The incidence of extrapyramidal AEs was 3.8% (3/80), 5.7% (2/35), 7.5% (6/80), and 5.8% (5/86) in the placebo, 3-, 5-, and 10-mg groups, respectively, and 6.5% (13/201) in the combined donepezil group, with no significant difference from the placebo group (p = 0.639, 0.495, 0.721, and 0.569 in the 3-, 5-, and 10-mg and combined donepezil group, respectively) (table 2). Most of the extrapyramidal AEs were reported as parkinsonism, the incidence of which was somewhat higher in the combined donepezil group [5.0% (10/201)] than in the placebo group [2.5% (2/80)], but the difference was not significant (p = 0.519). Severity was mild or moderate in all cases, and none were serious. Extrapyramidal AEs that led to discontinuation were reported in 3 patients as parkinsonism and were relieved after discontinuation: 2 patients in the 5-mg group (1 patient while receiving 3 mg) and 1 patient in the 10-mg group while receiving 3 mg.
Table 2.JPG
UPDRS Part III Score
 The mean ± SD change in the UPDRS part III total score at week 12 (LOCF) was -0.2 ± 4.3, -0.5 ± 7.4, -1.2 ± 6.8, and -0.1 ± 5.9 in the placebo, 3-, 5-, and 10-mg groups, respectively, and -0.6 ± 6.5 in the combined donepezil group (table 3). The score was rather decreased in each treatment group from baseline, with no significant differences between the placebo and any active groups. Data at the final evaluation prior to week 12 from 30 patients were imputed using the LOCF method, but the results at week 12 of the observed case analysis were very similar to the results of the LOCF analysis (data not shown). Among the UPDRS part III subscales, the mean ± SD score decrease in rigidity was significantly larger in the 5-mg group (-0.8 ± 2.2) than in the placebo group (-0.2 ± 2.0, p = 0.030), although significant differences were not found in the 3- and 10-mg groups for either this or other items (table 4).
Table 3.JPG
Table 4.JPG

Analysis of Long-Term Administration
Incidence of Extrapyramidal AEs
 Extrapyramidal AEs were reported by 12.4% (30/241) of patients (table 2). The incidence did not change over time for 52 weeks; the incidence in weeks 0-12, >12-24, >24-36, and >36-52 was 4.4% (9/204), 2.3% (4/173), 3.1% (5/161), and 6.4% (10/157), respectively (note that the placebo group during the phase 3 RCT was excluded from this calculation due to a difference in the administration period).
 One severe AE was reported by 1 patient as parkinsonism, and all other AEs were mild or moderate in severity. No serious AEs were reported. AEs that led to discontinuation were reported in 4 patients as parkinsonism. AEs that led to a dose reduction were reported in 4 patients: 3 as parkinsonism and 1 as akinesia. All of these AEs recovered or were relieved after dose reduction or discontinuation, except for the single case of parkinsonism which led to discontinuation after dose reduction in the phase 2 OLE. Most of the extrapyramidal AEs that led to neither discontinuation nor dose reduction of the study drug were treated by start or dose increment of anti-Parkinson drugs [72.7% (16/22)].
UPDRS Part III Score
 The mean ± SD change in the UPDRS part III total score from baseline was -0.7 ± 6.5, -0.2 ± 8.6, and 0.1 ± 8.4 at weeks 24, 52, and 52 (LOCF, n = 197, 179, and 227), respectively. The absolute magnitude of the mean change was small, ranging from -0.7 to 0.1, with no significant difference from baseline at any of the evaluation points (p = 0.145, 0.768, and 0.794, respectively).

Exploration for Potential Factors Affecting Extrapyramidal Symptoms
RCT Analysis
 The incidence of extrapyramidal AEs did not differ according to the potential endogenous factors (table 5). Calculated by symptom-related factors, the incidence tended to be higher in the subgroups of the 5- and 10-mg groups with a UPDRS part III score above or equal to the median, a Hoehn and Yahr stage of 3, and use of anti-Parkinson drugs, relative to the incidence in the same subgroups of the placebo group and their respective counterparts in the 5- and 10-mg groups, even with an overall small incidence. The results of the univariate logistic regression analysis are shown in table 6. No significant interactions were detected between the treatment group and the symptom-related factors (UPDRS part III score, Hoehn and Yahr stage of 3, and use of anti-Parkinson drugs: p = 0.920, 0.949, and 0.354, respectively). The UPDRS part III score [odds ratio (OR): 1.087, p < 0.001], Hoehn and Yahr stage of 3 (OR: 5.228, p = 0.005), and use of anti-Parkinson drugs (OR: 4.612, p = 0.003) were the significant factors contributing to the extrapyramidal AEs. In the multivariate logistic regression analysis, the UPDRS part III score was the significant factor (OR: 1.071, p = 0.005) (table 7). In the model including the Hoehn and Yahr stage instead of the UPDRS part III score, a Hoehn and Yahr stage of 3 was significant (OR: 4.857, p = 0.014). In the subgroups of the active drug groups with use of anti-Parkinson drugs, the mean levodopa equivalent doses were comparable between patients with and without extrapyramidal AEs (228.6 and 262.9 mg, respectively; p = 0.679).
Table 5.JPG
Table 6.JPG
Table 7.JPG

Long-Term Studies
 The incidence of the extrapyramidal AEs did not differ greatly by the endogenous factors (table 5). Among the symptom-related factors, the incidence tended to be higher in the subgroups with a UPDRS part III score above or equal to the median, a Hoehn and Yahr stage of 3, and use of anti-Parkinson drugs. In the univariate logistic regression analysis, the UPDRS part III score [OR: 1.052, 95% confidence interval (CI): 1.019-1.087, p = 0.002], a Hoehn and Yahr stage of 3 (OR: 5.126, 95% CI: 2.228-11.794, p < 0.001), use of anti-Parkinson drugs (OR: 4.125, 95% CI: 1.831-9.293, p < 0.001), and age (OR: 0.931, 95% CI: 0.872-0.993, p = 0.030) were the significant factors. In the multivariate logistic regression analysis, the UPDRS part III score (OR: 1.043, 95% CI: 1.007-1.080, p = 0.020) and use of anti-Parkinson drugs (OR: 2.581, 95% CI: 1.058-6.298, p = 0.037) were the significant factors. In the model including the Hoehn and Yahr stage instead of the UPDRS part III score, a Hoehn and Yahr stage of 3 (OR: 5.561, 95% CI: 2.179-14.192, p < 0.001) and age (OR: 0.904, 95% CI: 0.834-0.980, p = 0.014) were significant. In the subgroups with use of anti-Parkinson drugs, the mean levodopa equivalent doses were comparable between patients with and without extrapyramidal AEs (265.4 and 271.5 mg, respectively; p = 0.925).

Discussion
 This study explored the presence of any possible influence of DLB treatment with donepezil on extrapyramidal symptoms using two pooled datasets. In the RCT analysis, the difference in the incidence of extrapyramidal AEs between the active and placebo groups was minimal, and there was no tendency for a dose-dependent increase in the incidence. In the OLE analysis, none of the extrapyramidal AEs were serious. AEs that led to discontinuation or dose reduction were reported only in 8 patients (3.3%), all of which except for one case of parkinsonism recovered or were relieved after discontinuation or dose reduction. Moreover, the possibility of delayed onset or worsening of extrapyramidal AEs with long-term treatment appears low. In contrast to the concern based on the classical dopaminergic-cholinergic imbalance theory about worsening of extrapyramidal symptoms by cholinergic enhancement, these results suggest that patients with DLB can benefit from donepezil, which has a well-established efficacy on cognitive and psychiatric functions [12,13,14,15], with a minimal risk for extrapyramidal symptoms. The absence of an influence of ChEIs, including donepezil, on parkinsonism has been reported in previous studies, along with improvement in a few of these studies, which reinforces the interpretations drawn from this analysis [7,10,11,22,34]. Our finding is also in accordance with accumulating evidence of cholinergic involvement in PD; degeneration of multiple cholinergic projection systems occurs early in PD [35], cholinergic degeneration plays a role in some aspects of motor symptoms including postural control [36] and gait [37], and treatment with donepezil produces reductions in the number of falls in frequently falling patients with PD [38].
 In contrast to our study, a worsening of parkinsonism after ChEI administration has been reported in some studies [18,19,20,21]. Moreover, compared with AD, extrapyramidal symptoms are considered to occur more frequently in patients with DLB. In a 24-week RCT and a 52-week OLE of donepezil in patients with severe AD in Japan, parkinsonism was reported with less than a 5.0% incidence [39,40]. The incidence in the present study is seemingly higher, although the events cannot necessarily be attributed to donepezil but to disease progression.
 In the present study, baseline severity of parkinsonism (i.e. the UPDRS part III score, a Hoehn and Yahr stage of 3, and use of anti-Parkinson drugs) was identified as a predisposing factor for worsening of parkinsonism. Donepezil was not a contributing factor. There was no significant interaction between donepezil and baseline severity. These results suggest that extrapyramidal AEs can mostly be attributed to progression in the relatively severe stage.
 Studies of ChEIs for patients with PDD, which is in the same spectrum of Lewy body disease as DLB, reported a slightly higher incidence of extrapyramidal AEs in the active than in the placebo group (tremor: 3.9 and 10.2% in the placebo and rivastigmine groups, respectively [41]; PD: 6.9, 10.8, and 10.4%, and tremor: 2.9, 7.2, and 7.1% in the placebo and donepezil 5- and 10-mg groups, respectively [42]), although both studies concluded that the active treatment was well tolerated. These studies may enable us to delineate the similar safety profile of ChEIs in patients with DLB manifesting relatively severe extrapyramidal symptoms and in those with PDD.
 In any case, careful attention is certainly required in treating DLB with donepezil. Particular attention should be placed on patients who manifest extrapyramidal symptoms that restrict their daily living activities and who require pharmacological treatment. Nevertheless, even after the occurrence or worsening of these symptoms, dose reduction or discontinuation, or addition of anti-Parkinson drugs may prevent further worsening and lead to recovery or relief.
 An interpretation of this analysis may require consideration of several points. First, the present analysis may not encompass all of the possible factors that may affect the symptoms in treatment with donepezil. Second, the analysis is based on the data obtained under a clinical trial setting where the strict inclusion and exclusion criteria employed may have curtailed the variety of patient characteristics which may be encountered in a real-life setting. Third, patients with very severe parkinsonism of a Hoehn and Yahr stage ≥4 were not included, and thus the present findings cannot be extrapolated to those patients. Finally, the recording of extrapyramidal AEs and UPDRS part III scoring might be confounded due to interrater variability in the assessments in multicenter studies where both neurologists and psychiatrists participated, although a rater training and elaborate monitoring were conducted to reduce the concern. Future studies which overcome all of these possible limitations may be warranted.
 In conclusion, donepezil can treat DLB effectively and safely without relevant worsening of extrapyramidal symptoms. However, its administration to patients whose daily living activities are restricted and for whom pharmacotherapy is required due to parkinsonism necessitates care regarding symptom progression. In case of the occurrence or progression of symptoms, a dose reduction or discontinuation, or addition of anti-Parkinson drugs is considered as an effective approach.

Acknowledgments
 We thank all patients and caregivers for their participation in the study; all investigators and their site staff for their contributions; Clinical Study Support, Inc., for their editorial assistance in preparing this manuscript, and the Eisai study team for their assistance. The studies and analyses were sponsored by Eisai Co., Ltd. (Tokyo, Japan). The sponsor was involved in the study designing, the collection and analysis of data, and review of the manuscript.

Disclosure Statement
 E.M. received personal fees from Eisai during the conduct of the studies; grants and personal fees from Eisai, Daiichi Sankyo, and FUJIFILM RI, and personal fees from Janssen, Johnson and Johnson, Lundbeck, Novartis, Ono Pharmaceutical, Nihon Medi-Physics, and Medtronic outside the submitted work. All grants were for his department, and he received them as the director of the department. M.I. received personal fees from Eisai during the conduct of the studies; grants and personal fees from Daiichi Sankyo, Eisai, FUJIFILM RI, Janssen, Nihon Medi-Physics, Novartis, Pfizer, Takeda, and Tsumura, and personal fees from MSD and Ono Pharmaceutical outside the submitted work. All grants were for his department, and he received them as the director of the department. M.N., H.M., and H.Y. are employees of Eisai. K.K. received personal fees from Eisai during the conduct of the studies and personal fees from Tsumura, Eisai, Janssen, FUJIFILM RI, Novartis, Nihon Medi-Physics, Daiichi Sankyo, Ono Pharmaceutical, Otsuka, and Dainippon Sumitomo outside the submitted work.

References
 (省略)

食事を食べない患者さん [拒食]

食べない原因によっては薬剤が有効なこともある
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 「毒が盛られている」という発言から,食べない原因は妄想の可能性が考えられました.内服への拒否が強かったためハロペリドール(セレネース[レジスタードトレードマーク])5mg/回の筋注を連日開始したところ,奏効し食事摂取が可能となりました.クエチアピン(セロクエル[レジスタードトレードマーク])1回12.5mg,1日2回の内服に切り替えましたが妄想の再燃なく,食事はセッティングすれば自己摂取ができ,精神的にも穏やかな状態まで回復して自宅退院となりました.
 【洪 英在、竹村洋典:食事を食べない患者さん. Gノート Vol.3 No.6(増刊) 959-964 2016】

私の感想
 拒食への対応は本当に悩みますね。
 新聞で食欲が回復するケースなんてなかなか想像できないですよね。

 アピタルで紹介した「拒食」関連の記述を一気にご紹介しますね。
 

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第757回『摂食障害と模倣―正面に座って食べる』(2015年2月7日公開)
 重度認知症患者さんの介護者の方から時折聞かれることに、「認知症が進行してから食べることを忘れるようになってきたのですがどうすればよいでしょうか?」といった質問があります。
 食事を拒んでいるのではありません。食べようとしない状況です。
 こんな時にまず最初に行われる方法は、意外と基本的なことですが言われないと案外気づかないことです。それは、患者さんの正面に座り、患者さんに見えるように食べるということです。目の前の人が食べている姿を見ると、模倣するかのように食べることを思い出してくれるのです。

 「ミラーニューロンの発見『物まね細胞』が明かす驚きの脳科学」という本にとっても興味深い記述がありますのでご紹介しましょう。
 「大人が赤ん坊の真似をすれば、赤ん坊は喜ぶ。もし私が友人宅での集まりに出かけていって、その家に赤ん坊がいたなら、私は真っ先にその赤ん坊のすることを真似してみせる。するといきなり、私はその子の一番の注目株になる(もちろん両親を除いて)。赤ん坊は模倣ごっこをするのが大好きなのだ。また、親と赤ん坊がしょっちゅうお互いに真似をしあうのは誰もが知るところだろう。実際、このときの模倣(と親和力)は発達中の脳にあるミラーニューロンを強化する主要形成因子の一つなのかもしれない。…(中略)…まだ話し方を知らない幼児どうしがいっしょに遊ぶときは、たいてい模倣ごっこをする。そして模倣ごっこを熱心にやる幼児ほど、一年から二年後に、言葉を多く使うようになるのだ。」(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp68-70)
 ミラーニューロンの果たす興味深い役割については、また後日ご紹介する予定ですが、ミラーニューロンシステムを活用して認知症高齢者のコミュニケーション能力の向上を図ろうという試みもありますので若干その研究についてご紹介しておきましょう。
 「Nonverbal Communication Rehabiltation(NCR)療法は、ミラーニューロンシステムの機能をリハによりさらに活性化すれば、認知症高齢者のコミュニケーション能力の向上、特に感情や好意等の心の内面を含めた意思疎通の向上を図ることができ、『心の通った』看護・介護の実現に役立てるために開発された。また、これにより、社会性が向上すれば、他のリハプログラムに対する積極性も増し、認知機能やADL・QOLの向上につながっていくことも期待されるものである。このなかで、介護において訓練しやすいプログラムとして組み立てられたものが、『にこにこリハ』である。」(長屋政博:認知症に対するリハビリテーション. 診断と治療 Vol.102 349-354 2014)

 ただし、「模倣」は使い方を間違うと、精神の発達に悪影響を及ぼしうることも知られていますので注意して下さい。
 マルコ・イアコボーニは、幼少期のメディア暴力の視聴が及ぼすその後の攻撃性・反社会的行動・犯罪性との関係について以下のように言及しています(一部改変)。
 「1960年代にニューヨーク州にて、約1,000人の子どもを対象として実施された調査において、もともとの攻撃性や、教育や社会階級などの主要な変数を調整した上で、メディア暴力を幼少期に目にすることが約10年後にあたる高校卒業後の攻撃性や反社会的行動と相関関係にあることが実証された。この結果だけでも充分に注目に値するものだが、続きはまだある。同じ少年たちをさらに10年、つまり最初の調査から合計22年にわたって追跡調査したところ、結果はまたも明確だった。幼少期のメディア暴力の視聴と幼少期の攻撃行動は、30歳時の犯罪性と相関関係にあったのである!」(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp251-252)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第758回『摂食障害と模倣―何を「食事」と認識するか』(2015年2月8日公開)
 さて、摂食障害への対応に話を戻しましょう。
 埼玉社会保険病院の福光由希子認知症看護認定看護師は、食事の最中に席を離れ、他人の食事に手を伸ばしてしまったCさん(70歳代、女性)の事例を紹介しています(福光由希子:状況別・やるべきこと、やってはいけないこと─食事. Nursing Today Vol.27 24-26 2012)。一部改変して以下にご紹介します。
 Cさんは、高度の認知機能低下があり、攻撃的になる等の症状が出現し治療目的で入院しました。時々むせ込みがあるためペースト食に変更されました。すると、主食に果物を混ぜたり、途中で席を立ったり、他人の食事に手を伸ばしトラブルに発展してしまいました。
 スタッフはCさんの様子を観察し、種々の工夫を検討していきます。
 Cさんは自分で食事を口に運ぶ能力は残っていて、食欲もあり、介助を受ければ毎食ほぼ全量摂取できていました。そこでスタッフは、「白い器に白いご飯」だと認識ができず途中で残してしまうのではないかと考え、見分けがつきやすいように器の色を赤色に変更しました。
 また、Cさんの様子を観察していると、おやつや家族が持ち込むものは普通の形態のものでもむせ込むことなく摂取できていました。スタッフは、ペースト食が「食事」と認識できず、いろいろな物を混ぜてしまったのではないかと考えました。そして、他人の食事に手を伸ばしてしまったのは、それがCさんにとって「食事」「自分が食べたいもの」と認識されたためだと考え、「食事形態の変更」を試みました。主治医や栄養士と相談し、少しずつ食事の形態をアップし数週間後には常食(副食は「刻み」)を摂取できるようになりました。
 また、食事の途中で席を立ってしまったときのCさんの表情は眉間にシワが寄った険しい表情であり、何らかのストレスを感じていることが伺えました。自分の思いを他者に伝えることができまないCさんにとって食堂のざわついた雰囲気や耳から入ってくる音がストレスになり、食事に集中できる環境ではなかったのではないかと考え、スタッフが数名配置されている介助席から、一人で落ち着いて食べられる席に変更してみました。
 これらの対応によりCさんは途中で席を立つことなく自力で全量摂取ができるようになりました。常食になってからは、お膳ごと提供しても食事を混ぜることもなくなり、発語が限られていたCさんから笑顔で「おいしい」という言葉も聞けるようになったそうです。
 なお余談ですが、私は大学卒業後1年目後半から2年目前半の研修医時代を埼玉社会保険病院で過ごしました。私が勤務していたのは1983年(昭和58年)12月から1984年7月までの8か月間です。当時の名称は、「社会保険埼玉中央病院」でした。脳神経外科病棟は6階北病棟でした。救急当番日以外の日は、ほとんど毎晩のように飲屋街に出掛けていたことが懐かしく思い出されます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第759回『摂食障害と模倣―食事に集中できる環境を』(2015年2月9日公開)
 精神科医の小澤勲さん(故人)は著書の中で、クリスティーンさん(メモ1参照)が語った言葉を紹介し、認知症の人においては自分にとって意味のある感覚だけを取捨選択する機能に障害が起こっていると指摘しています。
 「クリスティーンさんは『ショッピングセンター、診療所、デイケアのようなところに行くと、ラジオやテレビの音、電話の鳴る音、人の話し声などの雑音があり、人の往き来が激しい。それはまるで泡立て器のように、頭のなかをかき混ぜてしまう』と言う。そこで『耳栓をして行くことにした』とも書いておられる。
 これは単なる感覚過敏ではない。自分にとって意味ある刺激だけを選択し、あとは無視する機能の障害である。感覚のスクリーニング機能の障害とよんでおこう。彼女は『脳のフィルターがなくなってしまったような感じ』と表現している。
 これを注意の障害(メモ2参照)と考えることもあながち無理ではない。
 刺激が氾濫する時間帯が多く、感覚のスクリーニングがうまく機能しない人は『うるさい』と感じる。その結果、混乱し、いらいらして行動にまとまりがなくなってしまう人は確かにいる。
 この感覚のスクリーニング障害は、アルツハイマー型認知症より血管性認知症の人あるいは若年発症のアルツハイマー病者に多くみられるようである。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp123-126)

メモ1:クリスティーン
 1995年に46歳の若さでアルツハイマー病と診断されたクリスティーン・ボーデンさんは、自らの心の旅路を書きつづり、診断を受けた3年後に一冊目の本を出版しました(邦訳:私は誰になっていくの?─アルツハイマー病者からみた世界 桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2003)。
 本を書き上げたクリスティーンさんは、結婚相談所に登録し元外交官のポール・ブライデンさんと知り合い、1999年に再婚しクリスティーン・ブライデンとなりました。
 ところで、クリスティーン・ブライデンさんの病名に関しては、実は1998年に前頭側頭型痴呆症と再診断されております。前頭側頭型痴呆症であることに関しては、クリスティーン・ブライデンさん自身が著書「私は誰になっていくの?─アルツハイマー病者からみた世界」の続編「私は私になっていく─痴呆とダンスを」において、「私が前頭側頭型痴呆症と診断されたのは46歳の時でした(診断当初はアルツハイマー病だと思われていました)」(一部改変)と述べております(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p248)。

メモ2:主な注意機能は以下の3つです(藤田郁代/関啓子編集 大槻美佳著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。

 のぞみメモリークリニック(http://nozomi-mem.jp/)の木之下徹院長は、「階段を上がる、平らでないところを歩くには、そのことに集中する必要がある。話しながら階段を上がることは同時にできないし、チューイングガムをかみながら歩くこともできない」というクリスティーン・ボーデンさんの言葉を紹介し、「『認知症の人』の苦悩は記憶力の低下だけととられがちですが、実はそれだけではありません。特徴的なのは、とても疲れやすく、注意力の低下が見られることです。例えば、それまで同時にできていたことができなくなり、気が散る環境で話しかけられても集中できなくなると言うのです。」(木之下 徹:「支援を受ける人」の立場から退院支援を考える. Nursing Today Vol.27 66-69 2012)と指摘しています。
 ですから、食事に集中できる環境を整備するという視点はたいへん重要なことですね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第760回『摂食障害と模倣―薬を混ぜるときの工夫』(2015年2月10日公開)
 では摂食障害・拒食の原因にはどのようなものがあるのでしょうか。認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、摂食障害・拒食の原因と対応について次のように述べております。
 「拒食の原因としては、体調を崩しているとき、便秘、義歯が合わない、口腔内のトラブル、嚥下障害(水分がむせやすい、食事中にひどく咳き込むなど)見た目の好くない食事、うつ状態や不安、落ち着かない気分など、精神的なストレス、他のことに心を奪われている、食べものであることが認識できない、食べ方を忘れている、既に食事を済ませたと思っている、急激な環境の変化、食事の勧め方が適切でない、配膳が適切でない、など多様です。客観的な観察で原因を知り、対策を立て実行することが大切です。
 拒食への援助は、拒食の原因が口腔内異常、身体疾患などが疑われる場合は、早期に医療につなげる必要があります。
 食事を勧めても食べようとしない人には、『お茶だけでもどうぞ』と勧めて、ようすを見ます。」(五島シズ:愛をこめて─認知症のケア 看護の科学社, 東京, 2008, p61)
 入院後拒食になった方に対して、息子さんに自宅で使用していたお盆と食器一式を届けてもらい、その食器にご飯を移し、「息子さんが届けましたよ」と声を掛けることで拒食が解消した事例もあったそうです(五島シズ:愛をこめて─認知症のケア 看護の科学社, 東京, 2008, pp110-111)。
 なお、「拒食」を未然に防ぐという観点から、念頭においておくべき注意点があります。それは、ご飯に混ぜて服薬してもらう行為です。これにより食事の味が落ちてしまい、拒食に繋がることがあるのです。服薬困難な場合においても、ご飯に混ぜるのではなく、食後のゼリーなどに混ぜる方が好ましいと思われます。
 五島シズさんは、「薬は、飲む時間が指定されています。薬を吐き出してしまうお年寄りには、食後30分に服用させるものであれば、食事の終わりころにお年寄りの好きなかぼちゃ、芋類、ヨーグルト、アイスクリームなどの少量を、小皿にわけて薬を混ぜ、『薬ですよ』と説明しないでお年寄りの口の中に入れます。間を置かず、口直しに、薬の入っていないかぼちゃやヨーグルトを与えます。薬を拒否するからといって、食事全体にまぶしたりすると、食事を拒否することにつながるので避けましょう。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, p187)と述べておられます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第761回『摂食障害と模倣―できない部分見極めアシスト』(2015年2月11日公開)
 2011年11月12日、筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学/元教授の朝田隆先生(http://www.tsukuba-psychiatry.com/)は、第30回日本認知症学会学術集会のランチョンセミナーにおいて、摂食困難事例への対策には細かな観察・評価が欠かせないことを報告しました。その講演内容の要旨を2012年1月30日発行の「Dementia Support」が伝えておりますので以下にご紹介しましょう(Dementia Support 2012・Winter 26-27)。
 「『食事』という行為は、『食べる場所に行く(歩行・移動)』『食べるのに適した位置に座る』『食物を認識する(食物だとわかる)』『食物を操作する(箸やスプーンなどを適切に使う)』『食物を口まで運ぶ』『口を開けて食物を受ける(茶碗を持つ、茶碗を口に近づける)』『食物を噛む(咀嚼)』『飲み込む(嚥下)』といった一連の動作ができて初めて完結する。認知症の人は、これらすべてができないのではなく、例えば箸の使い方がわからないなど、この中のどこかで障害が起こると食事が困難になってしまう。
 どこができないのかを、『認識できるか』『認知できるか』『順番がわかるか』など行動を場面ごとに分析すると、本人がどこで困っているのかが見えてくる。見えてきたらできない部分をアシストすれば、本人は食事する一連の行為を完結できるようになる。そうなれば再び本人も食事を楽しむことができるようになる。だが、そのためには評価をしていく必要がある。『食品をまんべんなく摂取するか』『左右の手の協調技術はどうか(茶碗や皿からこぼさない、協調した効率的な動作、手前に引き寄せるなど)』『手づかみ、犬食いなどはないか』『熱いものを吹くなど食物の温度に対応が可能か』など、一点ずつ評価を行わなくてはわからない。朝田氏はこうした細かい分析が必要なことを、実際に何かの動作を行う場合に脳の電位部位がどのように変化するのかを示す波状の線が刻々と変化していく画像を紹介しながら解説した。」
 脳機能の評価には、機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging;fMRI)や脳磁図などが用いられました。
 なぜ手づかみでの食事摂取になるかと言いますと、食具の使い方が分からない(失行)ために手でつかんで食べてしまうわけですね。

 また朝田隆教授は、著書において「一点集中食い」という問題について言及しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp164-165)。以下のその部分をご紹介します(一部改変)。
 「多くの介護者が気づかれるのが、満遍なく食べられない、箸をつけるものとつけないもの偏りが大きいということである。どうも全体が見渡せない、個々の認識ができないらしい。自分に近いところから一つひとつ平らげていく。指示された食物を探すがみつけられないこともあり、まさに灯台下暗し、のように直下がみえない。目の前にお皿が4つ並んでいても、例えばおつゆならおつゆ、ご飯ならご飯と、1つに目がいったら、大抵はそれを持ってそればかりを食べる。普通は、ご飯を食べ、おかずをとり、ときにおつゆを吸って、満遍なく進行するのだが、それが一点集中食いというパターンになってしまう。周囲はお皿が見えないのではないかと感じる。せっかく考えた料理も何の役にも立たないので残さず食べさせるためにはどうしたらよいのか?と悩む。
 介護者の方からいただいた回答にはこういうものがあった。
 『これは、1つの丼にご飯とおかずを入れて、混ぜてしまえば完食できます。食べられれば、大きな器で1つでも、いくつかの小さな食器でも同じことです。きれいに4つ並べても、それがわかってもらえないなら、大きな器で1つのほうがよいのです。要は見た目をきれいに盛り付けるか、中身を重視し、栄養バランスを考えるかの違いです。どうしても食べさせたい、完食をさせたい場合は、1つの井に入れて混ぜる方法をお勧めします』。実に現実的でよいアイデアだと思う。」
 お膳の上はなるべく単純にして、認知症の人の混乱を避けるということがポイントとなるわけですね。

P.S.
朝田 隆先生の現在の所属先
メモリークリニックお茶の水院長(東京医科歯科大学 特任教授)
 http://memory-cl.jp/


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第762回『摂食障害と模倣―温かいもの、冷たいものを交互に』(2015年2月12日公開)
 北海道医療大学看護福祉学部看護学科・地域保健看護学講座老年看護学の山田律子教授は、「認知症の人の摂食・嚥下障害については、大きく『摂食開始困難』『摂食中断』『食べ方の乱れ』の3つに分類するとケアの方向性が見出しやすい」と指摘しており、アルツハイマー病中期における「摂食開始困難」に関して以下のように述べております。
 「配膳されたすべての食器を認知できないことや、食器数が多いと混乱して食べ始めることができないこともある。このような時には、フレンチのコース料理のように1品ずつ配膳したり、丼や弁当箱などワンプレートにすることで食べられることも多い。失行や視空間認知障害により開始できない場合には、食具の持ち方や使い方を支援したり、日本人の文化的習性にならって茶碗と箸を持つ食の構えを支援すると、スイッチが入ったかのように食べ始める人もいる。」(山田律子:認知症の原因疾患別に見た摂食・嚥下障害の特徴とケア 日本医事新報No.4604・学術 75-79 2012)

 豊島区口腔保健センターあぜりあ歯科診療所(http://www.azeriashika.com/)の枝広あや子歯科医師は、「重度アルツハイマー病では『姿勢の維持ができなくなる』『食事中の注意力が継続しなくなり、食事中に眠ってしまう』ことや『食事と無関係な体動』が増え、『飲み込むのに時間がかかる』『いつまでも咀嚼し続ける』『口腔内に食べ物をためる』『口が開かない』といった口腔失行が出現するようになる。また、口腔の失行や筋力低下により一般の食物を咀嚼し食塊形成し移送することが困難になってくるので、食形態の調整が必要になる。」と話しています(枝広あや子:認知症の摂食・嚥下障害─原因疾患別の特徴とアプローチ アルツハイマー型認知症. 地域リハビリテーション Vol.7 447-452 2012)。
 枝広あや子歯科医師は嚥下の工夫についても言及し、ゼリーなどの喉ごしの良いものとおかずの交互嚥下にすることで喉の通りが良くなる場合もあると話しています。また、口腔内の食べ物が溜め込みによって体温と同じになってしまうと、食べ物が入っていることの認知ができにくくなるので、温かいものと冷たいものの交互嚥下も有効であると指摘しています。
 なお、枝広あや子歯科医師は食形態の調整については、注意散漫な状態の時に食べ物であると視覚認知しにくいペースト食が提供されてしまうと、「低下している注意力では食べ物であることがわからない可能性もあり、目の前の食事に興味がわかず、食べ始めることができないかもしれない。またスプーンの使い方や食べ方がわからず、ペースト食を粘土遊びのように手指でこねてしまうかもしれない。隣の人が食べている通常の食事のほうがおいしそうに見えて、隣の人の皿に手を伸ばしてしまうかもしれない。」と注意を喚起しております。
 口腔失行が起きるメカニズムについて、東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師が言及しておりますのでご紹介しましょう。
 「重度アルツハイマー型認知症の時期になると、口腔顔面失行(bucco facial disability)が出現することもあります。口腔顔面失行は、左・優位半球障害、特に左シルビウス溝周囲の上半部の損傷によって生じる症状であり、口頭で指示を受けたり模倣しようとしても、口腔と顔面の習慣的運動ができない状態で、しばしば認知症高齢者が食べられない原因となり、適切な観察とサポートが必要になります。」(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p27)
 では、口腔失行が生じている認知症の人に対しては、どのようなことに留意しサポートすれば良いのでしょうか。
 「認知症の人へ食事介助をしても口を開かない、顔を背ける、口に入れたものを吐き出すなどの行為がみられた際、単純に『食事を食べたがっていない』と判断してはいないでしょうか?
 脳卒中でよくみられる麻痺による『摂食・嚥下機能障害』がなくても、こういったケースでは、食物を処理できなくなる『口腔失行』状態の場合も少なくありません。口腔失行では、処理できていない食物が口腔内にある場合に口を開けない、口から吐き出す、という行為が起こり得ます。この場合は顎下・頸部のマッサージなどで嚥下を促し、口に入っているものを嚥下し終わったことを確認してから次の一口を運ぶなどの介助が必要です。」(平野浩彦、枝広あや子:拒食・異食・嚥下障害をどうする?─認知症に伴う“食べる障害”を支えるケア. Expert Nurse Vol.29 22-27 2013)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第763回『摂食障害と模倣―「三角食べ」しなくても』(2015年2月13日公開)
 豊島区口腔保健センターあぜりあ歯科診療所の枝広あや子歯科医師がアルツハイマー型認知症(AD)における障害部位別の摂食障害の特徴とその支援の方法について言及しておりますので以下にご紹介しましょう。
 「たとえば、食事を前にしてどうしたらよいか分からなくなって、困ったようにキョロキョロまわりを見渡していたり、食具をさかさに使う等、使用方法が分からないようすがうかがえたりしたならば、見当識障害や失行・失認等の困難が推察される。また、食事中にほかのなにかに気をとられてしまう、中断中に食事で遊んでしまう等の困難があれば、注意の維持が困難であると推察される。一方、食事を配膳されたときに、食事の時間であることを認識できていない場合や、食卓周囲の別のなにかに気をとられていたり、食事に対して注意を向ける(移す)ことが困難であったりする場合、注意の分割・転導の困難を疑う。ADでは、初期からとくに注意の分割と転導が障害されるといわれている(Perry RJ, Hodges JR:Attention and executive deficits in Alzheimer's diseae. A critical review. Brain Vol.122 383-404 1999)。
 また、ADでは社会性があるために『取り繕い』をしてしまうため、困っていることを表現するのではなく、何とか周囲の人の模倣をして問題なくみえるように振る舞うことも見受けられる。もちろん、まわりを見渡し、うまく模倣して食事が始まればそのままでかまわないが、始められない場合は、介助者が声かけによって誘導したり、食具を正しく持つように支援したりして適切な動きのきっかけを支援する必要がある。また、ジェスチャーで食べる動作を示すことで、模倣により食事が始められるケースも少なくない。」(枝広あや子:変性性認知症高齢者への食支援. 日本認知症ケア学会誌 Vol.12 671-681 2014)

 先に述べた「一点集中食い」に関しては、以前の生活習慣に根づいた行動パターンなのではないかと捉える方もおられます。
 民俗研究者である六車由実さん(元・東北芸術工科大学芸術学部准教授 現在は有限会社ユニット・デイサービス「すまいるほーむ」管理者兼生活相談員)は、「認知症の進んだ利用者ほど、ご飯とおかずを一緒に食べないことが多い。まずご飯を全部食べた後に、次におかずの皿に箸を伸ばして平らげていくといった順番だ。けれど、ご飯とおかずと汁物を交互に食べていき全部を一緒に食べ終わるいわゆる『三角食べ』を小学校時代に徹底的に教育されてきた私などからすると、ご飯だけ食べる、おかずだけ食べるという食べ方がとても不自然な光景に見えてしまう。それで思わず、おかずの皿をご飯の近くに置きなおして、『ほら、お魚もおいしそうだから一緒に食べてくださいね』と声を掛けてしまったりするのだ。
 しかしよく考えてみたら、『三角食べ』のほうが、ある時期の学校教育のなかで強制された特殊な食べ方なのである。ましてやご飯が何よりものおかずだった時代を生きた利用者たちにとっては、ご飯からまず平らげるというのは自然なのであり、身体の深くにある記憶なのだと言えるだろう。」と述べています(六車由実:驚きの介護民俗学 医学書院, 東京, 2012, pp67-68)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第764回『摂食障害と模倣―ヘルパー復帰で食欲も戻った』(2015年2月14日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は著書の中で、担当ヘルパーの調整によって食欲不振が改善した事例を報告しています(松本一生:喜怒哀楽でわかる認知症の人のこころ 中央法規, 東京, 2010, pp135-140)。息子さんの観察力が問題解決への糸口となったケースでもあり全文ご紹介したいような素晴らしい事例ですが、著作権の関係がありますので、抜粋して以下にご紹介し(一部改変)、本シリーズを終えたいと思います。
 「吉村健吾さん(仮名 74歳・男性)は一昨年の冬に脳梗塞の発作を起こして入院しました。それまでにも血管性認知症は少しずつ進行しており、ベースには糖尿病がありました。50代後半に発病した糖尿病は一進一退を繰り返し、網膜症とともに認知症を引き起こしました。
 同居する息子とその妻が日中仕事に出るため、吉村さんは『昼間独居』の生活を送っていましたが、なかなか社会資源の活用には至りませんでした。脳血管障害のある人に起こりがちな性格変化によって、何度か利用しようとしたデイサービスの利用者の人たちと馴染むことは簡単にはできませんでした。
 試しにデイサービスを利用した日にもムッツリして表情を変えず、1日中何も話さないので、吉村さんの周囲には誰も近づきませんでした。その日の終わりに職員が声をかけたとたん、彼は金切り声を上げてしまいました。
 結局、『デイサービスは無理だろう』という見解になり、在宅で家族がケアをしながら、必要に応じてショートステイの利用を組みこんでいくという方針になりました。
 3か月ほど経過して、女性ホームヘルパーから疑問が投げかけられました。『私たちは本当に吉村さんの役に立っているのだろうか。彼は何の反応も示さない。むしろ嫌がっているのではないか』と。また数日前に息子が何気なく『介護保険はお金がかかるから大変…』と漏らしていたことも気にかかっていました。
 それを聞いたケアマネジャーはサービス担当者会議の時間を設けました。しかし出席した主治医、訪問看護師、ホームヘルパー、家族は皆、会議の途中で言葉に詰まってしまいました。誰1人として、なぜ今の吉村さんにこれだけのサービス提供が必要なのかをはっきりと理解していなかったからです。ケアマネジャーは金銭的にゆとりのない家族のことを考えて、訪問看護を続けるかわりに訪問介護を減らして様子を見ることにしました。これによって男性ホームヘルパーがケアプランから外れることになりました。
 それから2週間後のことです。ケアマネジャーのもとに息子から電話がかかってきて、『父がほとんど食事をしないんです』と悲壮な声で状況を伝えてきました。ここ数日、看護師やホームヘルパーからも吉村さんの食事量が減っているという報告がケアマネジャーのもとにありました。主治医も往診しましたが、脳梗塞や糖尿病の悪化は認められません。電話口で息子はこう言いました。
 『思えば私たちがあの(男性の)ホームヘルパーさんがもう来ないと話した時から、食事の量が減ってきたように思います』
 いったい男性ホームヘルパーはどのようなかかわりを吉村さんにしていたのでしょうか。ケアマネジャーは呼び出して聞いてみました。すると男性ホームヘルパーは申し訳なさそうに話し始めました。
 『私は定年を過ぎてから第二の人生を考えてホームヘルパーになりました。けれど研修中も働き始めてからも、自分が当事者に向き合ったときに何をしてあげればよいのかわかりませんでした。そこで毎日、吉村さんのお宅に行くたびに新聞を読むことにしたのです。はじめは適当な時間つぶしのつもりでしたが、そのうち不思議なことに気づきました。私が新聞を読み始めると、それまで知らん顔をしていた吉村さんが少しずつこちらに向いてきたのです』
 その話を聞いた息子は驚いてケアマネジャーに言いました。『そういえば父は元気なころ、毎日の出来事でこころに残った記事を新聞から切り抜いてスクラップ帳に貼っていました。家には“今年の記録”として何冊も残っています。それが父の趣味だったのかもしれません
 男性ホームヘルパーはかかわり方にさぞ苦労したことでしょう。しかし何をすればよいかわからず苦し紛れにとった行動は、しっかりと吉村さんに受け入れられていました。新聞を読んでもらうことが吉村さんにとって何よりの『楽しさ』になり、つらい状況を補う力になっていました。
 男性ホームヘルパーが吉村さんの担当に復帰したことで、食欲は急速に改善しました。彼にとって日々のニュースはどんな料理よりも大切な『生きる糧』だったのです。」