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幼児性健忘 早期教育 幼児教育 [幼児教育]

 早期教育と関係が深そうな「幼児性健忘」「動かない絵や写真を見て学ぶことには限界があり、実際に先生に教わりながら学んでいかないと、自己流に終わってしまい、より高度なレベルには至らないことが多い」「2歳から3歳の時に覚える言葉のほうが、5歳から6歳の時に覚える言葉よりも絵カードの名前を多く言えました。つまり、人生の初期に覚えた言葉は、側頭葉の意味野に深く残っているのです」といった話題・指摘を、私が以前連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」の原稿から拾い上げてご紹介したいと思います。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第340回『幼いころの記憶(上) 3~4歳以前の記憶ってどうなっているの?』(2012年2月29日公開)
 皆さん、小学校入学前のことで覚えていることは何ですか?

 秋田県立脳血管研究センター神経内科の長田乾研究部長が論文(記憶障害. 認知神経科学 Vol.13 118-132 2011)において興味深い記述をしておりますのでご紹介します。
 「われわれは、生涯のすべての時期における記憶を均等に有する訳ではないことは明らかで、通常は3~4歳以前の記憶をほとんど思い出すことができない。幼児期の記憶が再生できないことを幼児性健忘(childhood amnesia/infantile amnesia)と呼ぶ。」
 「Ebbinghausの実験では、健常人を対象に、子音・母音・子音からなる『jor,nuk,lad』と云った無意味な音節綴り記憶(記銘)させて、時間経過に沿ってその再生率を測定して記憶の保持と忘却の過程を研究した。実験結果は、20分後には58.2%は記憶していたが時間経過とともに記憶は失われ、1時間後には44.2%、9時間後には35.8%、1日後には33.7%まで減少し、その後も記憶の低下は緩やかになり、6日後には25.4%、1か月後には21.1%保持していた。すなわち、『人間の記憶内容は、記銘した直後には、指数関数的に急速に減少するが、次第に緩やかな減少に転じ、一定時間が経過するとそれ以上の忘却が殆ど起こらなくなる』ことを示した。」

 乳幼児期の記憶の欠如に関しては、「成長してからの乳幼児期の記憶の有無は、言語的に表現できるかどうかが大きな要因となっているため、言語が未発達で経験を言語化できない時期のことは記憶がないのだという説もある。また別の説として、三歳になりようやく自己がスタートするため、自己のないところに記憶はないという説もある。」(飯田順三:子どもの記憶障害. こころの科学 通巻138号 96-100 2008)と説明されています。

 記憶の減衰説も非常に興味深いデータですね。高校・大学受験の時に、社会とか生物といった暗記が重視される科目で、忘れないようにするために繰り返し何度も復習した思い出があるのではないでしょうか。しかし、Ebbinghausの減衰のデータを見る限り、1日後に覚えているものなら1か月後にも概ね覚えているといったデータですから、1日後でさえ忘れてしまうようなややこしい課題だけ試験の直前に復習して記憶を再確認するという手法が合理的なのかも知れませんね。


笑わないで下さい
投稿者:あぽろ 投稿日時:12/02/29 12:56
 私は何故か生まれて数日後の事を客観的に覚えているのですが・・精神的に何か病気とされるかも知れません(笑)。
 産院の窓はまぶしくて母親の周りにはカーテンが有りカーテンを閉めてくれるとホッとしていました。
 その光景を第三者から見た目線で覚えています。
 本当に滑稽な事ですがふざけているわけでもないのです。

Re:
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/02/29 14:51
あぽろさんへ
 不思議な出来事ですね。私には解説困難ですが・・。
 でも、お母さんのお腹の中に居た時の記憶があるという意見もありますよね。

一歳半でした
投稿者:あずき あんこ 投稿日時:12/02/29 15:21
 私の一番古い記憶は、親戚の小学生のお姉ちゃんが二人で遊びに来た時のことです。二人が紺色に白の水玉のお揃いのワンピースを着て坂道を登って来るのを見て、姉妹のお揃いの服がすてきだなあ、羨ましいなあと思ったのを忘れません。
 ずっと3歳くらいの時の出来事だったと思っていたのですが、その時撮った写真が出てきて1歳半の時だと分かりました。
 しかも私はまだおむつをしていました。おむつをしているのに気持ちは一人前の女の子だったのです。

Re:一歳半でした
投稿者:笠間 睦 投稿日時:12/02/29 16:05
あずき あんこさんへ
 初コメントありがとうございます。
 皆さん、論文の学説を覆すような体験談をご披露して下さって、とっても驚いております。

 不思議といえば、私が先日見た夢も不思議でした。
 夢の中でバスケットボールをしていて、シュートしようとしたまさにその瞬間に、「今ここでジャンピングシュートしたら、肉離れ(シリーズ第227・229回参照下さい:昨年10月28日にテニスにて肉離れ)を再発するかも知れない!」って咄嗟に感じ、シュートするのをやめたのです。
 夢の中の行動って、理性でコントロール可能なんだなぁ~ってとっても不思議に感じました。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第341回『幼いころの記憶(下) 感情と結びつく記憶』(2012年3月1日公開)
 認知症の人の見当識障害は、時間→場所→人の順番に障害されていくことが知られています。
 長野県看護大学の阿保順子学長は、「興味深いことに、子どもの認知が人→場所→時間という順序で進んでいくのに対して、認知症の人の障害はその逆方向をたどる」(阿保順子:認知症の人が体験する世界. こころの科学 通巻161号 28-32 2012)ことを指摘し、独特の視点から認知症の人が創り上げている世界について言及しております。
 シリーズ第260回『「尊厳ある死」と「尊厳死」』(https://aspara.asahi.com/blog/hyottoshite/entry/T8zBrEOauC)で示しましたように、アルツハイマー病の最終ステージであるFAST7(高度のアルツハイマー病)は以下のように分けられています。
 7a:最大限約6語に限定された言語
 7b:理解し得る語彙はただ1つの単語となる
 7c:歩行能力の喪失
 7d:着座能力の喪失
 7e:笑う能力の喪失
 7f:昏迷および昏睡
 最終ステージの最後のステージ(7f)のひとつ手前のFAST stage7eとは、赤ちゃんが最初に身につける「微笑む能力」を喪失した状態でしたね。

 皆さん、幼い頃の記憶を何歳まで辿ることができますか?
 それにしても、3~4歳の頃の記憶って本当におぼろげな感じですね。私もその年齢の出来事は、ほとんど記憶に残っていません。
 私が明確に覚えている幼い時の記憶と言えば、5歳3か月の時にヘビに怯えながら川で大きな鯉を捕ってきた記憶と、今は亡き父親にせがんでザリガニ釣り・蛙釣りに毎朝のように出掛けた記憶と、5歳の時に好きだった女の子との初恋の思い出くらいでしょうか。
 認知症患者さんにおいても「感情と結びついた記憶は残りやすい」ことが指摘されています。私の覚えている5歳当時の記憶は、やはりどれも強い「感情」と強く結びついたものです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第613回『役割と生きがいの賦与―絵本の読み聞かせへの期待』(2014年9月16日公開)
 2013年5月31日付朝日新聞「認知症とわたしたち─向き合って・下」(http://apital.asahi.com/article/dementia/2013053100006.html)においても、社会的役割(役割と生きがいの賦与)の大切さが報道されておりましたね。
 「東京都健康長寿医療センター研究所は、認知症予防のプログラムづくりに取り組んでいる。その一つが『絵本の読み聞かせ』の活動だ。
 ボランティアとして、保育園などで園児に絵本を読み聞かせるほか、図書館などで絵本を選び出したり、練習のために熟読したりする。適度な緊張感や『社会貢献をしている』という意識も認知機能の低下を抑える効果があるのでは、と期待されている。
 東京都大田区の鈴木佳寿江さん(73)は区の公報を見て参加した。88歳で亡くなった母は、パーキンソン病だった父が亡くなると心に穴があいたようになり、うつ症状が出て、やがて認知症になった。
 『人は役割を失ったとき、歯車が狂っていくのかもしれない』と感じる。2週間前、初めて園児の前で絵本を読んだ。『これも読んで』と園児たちは、絵本を手に次々に駆け寄ってきた。『かわいくて、元気が出ました』」(2013年5月31日付朝日新聞 認知症とわたしたち─向き合って・下)
 余談ではありますが、「絵本の読み聞かせ」は乳幼児期の言葉を豊かに育むという視点からも重要な役割を果たしております。
 赤ちゃんは自然に笑ったり、嫌がったりするように見えます。しかし、これらの感情は、周囲の人間を真似る、つまり模倣することで学習しているのです。芸事には、「見習い、手習い」という言葉がありますように、動かない絵や写真を見て学ぶことには限界があり、実際に先生に教わりながら学んでいかないと、自己流に終わってしまい、より高度なレベルには至らないことが多いのです。
 絵本の読み聞かせにより、「感情の言葉」に対する理解が深まります。それは、お母さんによる絵の説明と絵に描かれている情景から自然に感じ取れるからなのです。テレビの普及とともに絵本の重要性が見直されてきたことは良いことでもあり、皮肉なことでもありますね。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第645回『取り繕い反応─育った故郷にいるかのように』(2014年10月18日公開)
 「三つ子の魂百まで」という諺がありますね。「小さいころの性格や性質は、年をとっても変わらない」という意味で用いられます。記憶に関しても、逆向性に喪失するからなのか、古い記憶ほど繰り返されるから覚えているのかは不詳ですが、人生の初期に覚えた言葉は、高齢になっても脳に残りやすいようです。九州保健福祉大学保健科学部言語聴覚療法学科(現職:志學館大学人間関係学部心理臨床学科)の飯干紀代子教授が書かれた著書の中に興味深い研究結果が紹介されております(一部改変)。
 「イギリス・ランカスター大学のホルムス先生は2006年、人生の初期に覚えた言葉は、高齢になっても脳に残りやすいのではないのかという仮説をたて、研究を行いました。  そこで、普通の子どもが2歳から3歳の時に覚える言葉25語と、5歳から6歳の時に覚える言葉25語を、それぞれ絵カードにしました。68歳から87歳の高齢者22人に見せて、その絵カードの名前を言ってもらったところ、2歳から3歳の時に覚える言葉のほうが、5歳から6歳の時に覚える言葉よりも絵カードの名前を多く言えました。つまり、人生の初期に覚えた言葉は、側頭葉の意味野に深く残っているのです。」(飯干紀代子:基礎から学ぶ介護シリーズ・今日から実践 認知症の人とのコミュニケーション─感情と行動を理解するためのアプローチ 中央法規, 東京, 2011, p7)

 国立病院機構菊池病院の室伏君士名誉院長は、「若返り年齢は女性高齢者に特徴的に目立ち、生活史における過去化したその時を、自己存在において今であると自覚していることを示し、認知症の人の老いや死の過程への想いに関係する。」(室伏君士:認知症の人のエンドオブライフ・ケアの問題点について. 認知症ケア事例ジャーナル Vol.4 30-38 2011)と述べています。そして、大幅(30~60年)な若返り年齢を言った人の実年齢は81~94歳(女性)で、認知症は中等度の後期であったと報告しています。その中のある人は、「両親(特に母親)が健在で家で待っている」などと頼る身内との生活についてもっともらしく話をしたそうです。
 年齢の若返りとともに、生まれ育った故郷にいるつもりになる人があり、「この種の故郷や母親へ回帰を示す高齢者には女性が多く、自称年齢が20~30歳代が目立ち、配偶者は30歳代であると言い、子どもは小学生、あるいは学校(当時で高等小学校が多い)を出て勤め始めたところであるなどと言い、両親は40~60歳代という人が多く認められた。」と室伏君士名誉院長は報告しています。
 小澤勲医師(故人)が指摘されておりますように、「彼らは、『今・ここ』で暮らしていることを何となく居住まいが悪いと感じていて、かつてこころ安らかに過ごし、プライドをもって生きていた時代に戻りたいのだろう。彼らの現在(いま)が生き生きと過ごせる時間になれば、あるいはどんなに失敗しても、『大丈夫、そのままでいいんだよ』と受けいれられるのなら、過去への遊出は影を潜める。」ことを理解し、認知症のお年寄りを「丸ごと受け入れ、いわゆる『問題行動』を『問題』として取り上げないケアの姿勢(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, pp248-249)」が根づくことが認知症ケアにおいては大切なのです。

IQからEQへ、そしてPQ教育へ [幼児教育]

 私の知人の娘さんが数年前(=大学1年生の時)に書いた論文です。
 EQについて知ることは大切かも知れませんのでご紹介します。


IQからEQへ、そしてPQ教育へ

1.問題の関心
 EQ(Emotional quotient)とは心の知能指数と呼ばれ、一般的に自己認知力・自己統制力・共感性・コミュニケーション力・柔軟性・楽観性の6つの観点から測られます。EQの値は一生の間を通じて不変なものではなく、環境・遺伝の双方の影響により、上がりもすれば下がりもすることが知られています。
 今年3月、入学式を二週間後に控えて、家族全員でネット上のEQテストを実施してみました(http://www.unnmei.com/EQ.html)。私の父親は、少々変わり者の部分があり、普通の人が考えつかないような奇抜なアイデアをひらめく能力がとても高いようです。実際にテストしてみると、父のEQ指数が高かったこともあり、EQに強い関心を持っていました。
 そんな時、ネットサーフィンをしていたら、『ビッテ式家庭保育園で育った子どもたちは軒並みIQ(Intelligence quotient)が高いのですが、EQも非常に高いのが大きな特徴です。』という記載を見つけました。
 EQ教育を幼児教育に積極的に導入すれば、感性豊かな子どもたちを育て、なおかつ将来のIQ向上にも寄与するのではないかと考え、その可能性について調べてみることにしました。

2.本論
 近年、全米各地の学校や企業では、EQを高める方法が模索され始めています。日本でもEQに注目し、新入社員の採用や昇進の基準に取り入れようとしている企業が出始めています。すなわち、自己認知能力に欠け、自制心に欠け、根気がなく、共感することができず、協調性に欠ける人を採用することは、企業にとってマイナス面が多いことが認識されだしたのです。
 ビッテ式家庭保育園で育ったEQの高い子どもたちは、物の貸し借りにしても、相手が「貸して」と言う前に「これ、貸してあげる」と言え、誰とでも(見知らぬ人でも)すぐに打ち解けることができるようです。ビッテ式家庭保育園に関しては、「IQ200天才児は母親しだい!」に詳しく書かれています。
 EQ教育は、「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」という名前で実践されていることが多いです(http://www.crn.or.jp/LIBRARY/RONTEN/CONTR_03.html)。EQ教育について調べるときには、「SST」をキーワードとして調べることをお勧めします。
 脳細胞は90%以上が、8歳までに成長を遂げ終えるそうです。ですから、8歳までにどのように子どもに関わったかということが、子どもの成長に決定的な影響を及ぼします。そしてその影響は、思春期に現れるそうです。思春期挫折症候群と呼ばれていますが、自己中心的、責任転嫁、無気力などが見られ、行動障害としてルーズな生活、親への反抗、暴力、登校拒否、非行、自殺がなどが現れます。思春期挫折症候群は、PQ(Prefrontal quotient)の障害に端を発しているとも指摘されています(http://www35.tok2.com/home/mezasukai/kouenroku-1.html)。
 前頭連合野という、脳のコントロールセンターと考えられている部分があります。
 前頭連合野は、自分の脳をコントロールすると同時に、対象(相手)の脳を操作する(心を読む)働きもしています。
キャプチャ.JPG
        (http://www.sokuno.co.jp/brain/hq/index.htmlより引用)

 PQ とは、将来へむけた夢や希望、人格や性格、理性、主体性、独創性、創造性、積極性、幸福感など人間にとって大切な8つの要素、いわば人間らしさを総括するもので、「前頭連合野の知性(=前頭前知性)」と呼ばれています
 澤口俊之北海道大学医学部脳科学専攻教授は、著書(文春新書『幼児教育と脳』)の中で、「8歳までが勝負!」(澤口俊之,1999,pp.185-188)、「いま、IQやEQではなくPQを豊に育む教育が求められている」(澤口俊之,1999,pp.208-213)という論旨の意見を述べています。すなわち、知識教育のIQ教育と 感情の教育であるEQ教育の基礎となるべき教育がPQ教育というわけです。
 具体的なPQ教育の手法としては、手軽に毎日出来るようにアレンジした「ベビーマッサージ」、自国の文化が心のふるさとになるように「昔ながらの手遊び歌や童謡」、未来を生きる子供達に親しんで欲しい他国文化「マザーグースや海外手遊び歌」、子どもの発達に合わせて「お薦め知育玩具」や「手作り玩具」などが採り入れられています。すなわち、乳幼児にとって筋力の発達、運動技能や巧緻性の習得といったスキルアップは、すべて楽しい遊びの中から培われるべきものであるというのがPQ教育の基本理念なのです。
 3~6歳の脳活動が一番活発な時期に、PQ教育をすることはとても重要ですが、PQを育てる前に、赤ちゃんのころに脳幹をきたえ、PQ教育をする土台を作る必要があることが指摘されています。脳幹とは、生後まもなくから発達を始める、脳内ホルモン(ドーパミン、セロトニンなど)を出す神経細胞です。脳幹を育てるには、赤ちゃんの頃(胎児~3歳くらいまで)のお母さんとのふれあいが重要とされています。つまり言葉や肌のぬくもり、においなどで五感を働かせるのです。
 最近では、脳トレ遊びを幼稚園児・保育園児に対して導入する市町村も出現してきています。岐阜県多治見市では、市内すべての市立幼稚園・保育園・小中学校で「脳トレ」教育を採用し一年余りが経過しました。多治見市教育研究所は、「脳の前頭前野を活性化させるだけでなく学習の習慣づけができ、思考力全般も向上する」と主張しています。
 多治見市教育委員会が平成20年度に、試験的に小学校一校で脳トレを実施し、その結果、試験校の児童の知能指数(IQ)が半年で5~10ポイント程度向上したため全校での取り組みに拡大した経緯ですが、客観的なデータはそれだけで、継続して調査も実施しておらず脳科学的見地からどれほどの裏付けがあるのかは不明です。
 保育の場では今、大人主導の「させる」保育、「頑張らせて褒める」保育が主流になり、ひいては保護者に「見せる保育」さえ稀ではないという現状があるようです。このような動向が生まれたのは、子どもが成長の過程で身につけるものは、みな大人が主導して「させて」「教え込んだ」結果だと考えられるようになり、そしてこの発達の段階を早く高く登ることが子どもの将来の幸せになるという思い込みが生まれたからだそうです。その結果、大人の育てる営みに含まれる本来の二面的なバランスが崩れ、養護的対応が極めて弱くなったまま、大人主導の強い「させる」教育的働きかけが子どもに振り向けられ、その結果、子どもの心の育ちに大きな歪みをもたらすことになったと、中央大学心理学部の鯨岡 峻(たかし)先生は指摘しています。
 ドイツの教育学者であるシュタイナーは、7歳までの子どもは意志を育てることが大切であると説いています。子供が、自分で自分をしっかりとらえ、一番深い内部の欲求から、自覚的に行動すること、これを「自由」と捉えて、その「自由への教育」をおこなうのがシュタイナー教育で、「させる」幼児教育とは対角線上にある取り組みです。
 日本ではシュタイナー教育を批判する本は、皆無に等しいのですが、ドイツでは、普通の教科はさておいて、園芸・工作・芸術などを重視するシュタイナー教育を批判的にとらえた本がいろいろ出ている(http://www.tkumagai.de/Steiner%201.htm)状況のようです。
 「させる」幼児教育、「自由」な幼児教育、それぞれの良い面、良くない面をいろいろな方向から勉強し、個々の子どもにあった教育方針を追求していく姿勢が大切なのではと思われた。
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