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問題行動の5段階 [アドラー]

 2013年に刊行された『嫌われる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教え』の続編『幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』の第1刷発行は2016年2月25日です。
 そして私が長崎駅で購入したのは、2016年3月15日発行の第3刷です。二週間ちょっとで第3刷とは凄い人気ですよね。
 「本が売れない時代」と言われますが、やはり「良い本」はケタが違いますね。
 さあ今回は、この新刊の中で私が気になった「問題行動の5段階」について考えてみましょう。
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問題行動の5段階
 「徐々にエスカレートしていく問題行動の5つの段階」について理解を深めることで、第3段階の「権力の争い」から先に踏み込ませないため、教育者に課せられた役割は大きいのだそうです。
問題行動の第1段階(「称賛の要求」):
 「ほめてもらうこと(=共同体のなかで特権的な地位を得ること)」
問題行動の第2段階(「注目喚起」):
 「ほめられなくてもいいから、とにかく目立ってやろう」
問題行動の第3段階(「権力争い」):
 行動例:「反抗」「不従順」
 対応:権力争いを察知したら、すぐさま彼らのコートから退場する。
問題行動の第4段階(「復讐」):
 =ひたすら「相手が嫌がること」をくり返す
問題行動の第5段階(「無能の証明」):
 =あからさまな愚者を演じ、なにごとにも無気力になり、どんな簡単な課題にも取り組もうとしなくなる。
【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, pp90-103】

もし現代に生きるアドラーがセルフジャッジでテニスをしたら・・【妄想編】
 こんなシーンを想像してみて下さい。シングルスの試合の重要なポイント(5-3リードの場面ですが30-40と追い上げられている場面)で、快心のバックのストロークをダウンザライン放ちオンライン!と自信を持ってガッツポーズをした途端に「アウト」とコールされてしまったら・・。
 この場合、相手のジャッジは、「問題行動の5段階」の第3段階である「反抗」に該当する行為ですよね。
 この場合、私は、察知してコートを後にすべきなのでしょうか??
 
 とてもそんな“仙人”みたいなテニスは私にはできません。練習試合なら流せても試合なら、「入っとるやろが!」と怒りをぶつけます。
 そして私は、遂に第4段階に踏み入れてしまったのです。
 デュースとなった後の第1ポイントを気迫で奪うと、5-3アドバンテージの場面で相手の放った明かなINのボールをOUTとコールしたのです。
 そして6-3で勝利しました。
P.S.
 私とその対戦相手が、共同体感覚を構築することは二度とありませんでした。

 教えて下さい。アドラーさん!
 私は第4段階に入らずに、察知してコートを後にすべきだったのでしょうか?

アドラーの語る「愛」とは・・ [アドラー]

アドラーは「愛」に関して、以下のように語っています。

 「原則として子どもたちは、自活することができない。泣くこと、つまり己の弱さをアピールすることによって周囲の大人を支配し、自分の望みどおりに動いてもらわないと、明日の命さえ危うい。彼らは甘えやわがままで泣いているのではない。生きるためには、『世界の中心』に君臨せざるをえないのです。
 すべての人間は、過剰なほどの『自己中心性』から出発する。そうでなくては生きていけない。しかしながら、いつまでも『世界の中心』に君臨することはできない。世界と和解し、自分は世界の一部なのだと了解しなければならない。
 なぜ教育の目標は自立なのか。どうしてアドラー心理学は、教育を最重要課題のひとつとして考えるのか。自立という言葉には、どんな意味が込められているのか。
 自立とは、『自己中心性からの脱却』なのです。
 だからこそアドラーは、共同体感覚のことをsocial interestと呼び、社会への関心、他者への関心と呼んだのです。われわれは頑迷(がんめい)なる自己中心性から抜け出し、『世界の中心』であることをやめなければならない。『わたし』から脱却しなければならない。甘やかされた子ども時代のライフスタイルから、脱却しなければならないのです。
 人間は、変わることができます。そのライフスタイルを、世界観や人生観を、変えることができます。そして愛は、『わたし』だった人生の主語を、『わたしたち』に変えます。われわれは愛によって『わたし』から解放され、自立を果たし、ほんとうの意味で世界を受け入れるのです
 愛を知り、人生の主語が『わたしたち』に変わること。これは人生の、あらたなスタートです。たったふたりからはじまった『わたしたち』は、やがて共同体全体に、そして人類全体にまでその範囲を広げていくでしょう。それが共同体感覚です。」【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, pp243-245】

P.S.
 アドラーの語る「愛」とは、「ふたりで成し遂げる課題」です。【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, p235】

 アドラーは、「運命の人」をいっさい認めません。【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, p262】

 目の前に愛すべき他者がいるのに、あれこれ理由を並べて「この人ではない」と退け、「もっと理想的な、もっと完壁な、もっと運命的な相手がいるはずだ」と目を伏せる。それ以上の関係に踏み込もうとせず、ありとあらゆる候補者を、自らの手で排除する。こうして過大な、ありもしない理想を持ち出すことによって、生きた人間と関わり合いになることを回避する。それが「出会いがない」と嘆く人の正体だと考えてください。【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, pp263-265】

 愛する勇気、すなわちそれは、「幸せになる勇気」です。われわれが幸せを手に入れるには、愛しかありません。「楽をしたい」「楽になりたい」で生きている人は、つかの間の快楽を得ることはあっても、ほんとうの幸せをつかむことはできません。われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。他者を愛することによってのみ、自立を成しえます。そして他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどりつくのです。愛を知り、「わたしたち」を主語に生きるようになれば、変わります。生きている、ただそれだけで貢献し合えるような、人類のすべてを包括した「わたしたち」を実感します。【岸見一郎、古賀史健:幸せになる勇気─自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ. ダイヤモンド社, 東京, 2016, pp271-273】
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