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聴覚過敏 [認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第728回『分かる言葉で伝え、支持する―生活音に不安を感じるとき』(2015年1月9日公開)
 「分かるような伝え方」という観点からすると、一つひとつ静かな環境の中で伝えるという配慮も大切ですね。そのことは、『ひょっとして認知症? Part1シリーズ第440回・感覚器の機能低下(その5)─ちょっとした生活音が耳障りに』において「聴覚過敏」としてご紹介しました。一部再掲しましょう。
 「騒音もまた環境の一部です。患者の聴覚に変化はありませんが、病状の進行とともに音を解釈する能力が低下してきます。さまざまな研究報告から、私たちにとっては何ともない騒音が、進行性認知症の患者にとっては大変耳障りな音に聞こえることがわかっています。アルツハイマー病の患者にとっては、テレビや電話の音、トイレの水が流れる音、ラジオ、玄関のチャイム、目覚し時計、車の音など、一般の生活音が不安をあおるようです。
 患者が騒音のために言葉を理解できないとか、音におびえているというサインを見逃さないようにしましょう。クーラーからの音が邪魔で、いつも大声で話していませんか。外の車の昔を聞くたびに、家に車が突っ込んでくるような恐怖におびえていませんか。
 残念ですが現時点では、患者たちが実際にどのような音を聞いているのか、どのような音を判別できるのかを調べるテストはありません。しかし、アルツハイマー病の初期段階の患者たちが言うのには、静かな場所ではあまり問題はないが、一度に何人もの人が話すような状況では、訳がわからなくなるというようなことを証言しています。さらに二つ以上の音が同時に聞こえると(たとえば小鳥の鳴き声と赤ん坊の笑い声)、患者は一つの情報さえ取り入れることが困難になります。これに加えて、後ろで暖房などの音が響いていると、まるで自分の耳鳴りのように感じて、何を聞いているのかわからなくなることが多々あります。…(中略)…研究結果によると、音の判別能力が落ちることに苛立つのは、ある一定の時期であることがわかっています。たぶんアルツハイマー病が進行するにつれて自分の世界に入り込むため、あまり外部の音が気にならなくなるためだと思われます。ただ『音に敏感でかつ音を聞き分けられない時期』には、患者の様子に十分に気を配ることが大切です。」(ジョアン・コーニグ・コステ:アルツハイマーのための新しいケア─語られなかった言葉を探して 阿保順子監訳 誠信書房, 東京, 2007, pp89-92)
 周囲の笑い声や歌声さえも、「『訳がわからない、怖い怖い』と得体の知れない騒音ととらえていた」と藤本直規医師は報告しております(藤本直規、奥村典子:診断後の治療の空白期間をなくす非薬物療法の取り組み―本人たちが活動を決める認知症専用デイサービス「もの忘れカフェ」を中心に―. MEDICAL REHABILITATION No.164 59-65 2013)。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第729回『分かる言葉で伝え、支持する―脳のフィルターを失った感覚』(2015年1月10日公開)
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、聴覚過敏について以下のように語っています(一部改変)。
 「周囲の騒音や動きは脳を混乱させて、事態をいっそう悪化させる。ショッピングセンター、診療所、認知症患者のデイケア・センターやナーシングホームでも、ラジオやテレビ、電話、人の話し声などがよく聞こえているが、自分のまわりでそんな騒音や動きがあると、今起きていることを追い続けていくのがとても大変になり、ひどく疲れてしまう。一体、こういう場所にそんな音や動きがあるのは、働いている人たちが退屈するからなのだろうか?
 騒音や動きは、頭の中をかきまわす泡立器のようだ。頭の中にあるものをめちゃくちゃにして、外から頭に入ってくるものに、ガガーッという雑音や映像をかぶせる。私の頭の中にある雑多なものの中からひとつだけ選び出すという、脳のフィルターがなくなってしまったような感じである。
 すべての音は『がやがや』という騒音になって、人が何を言っているのかわからなくなる。音を識別するのが困難な時もある。玄関の呼び鈴と電話のベルが同時に鳴ると、私の頭は凍りついてしまい、今の音は何だったのか、どうしたらいいのか、わからなくなってしまう。その大きな音で、私の脳が空っぽになってしまうかのようだ。」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, pp147-148)
 「私と話をする時は、どうか音楽をかけたり、テレビをつけないでほしい。テレビがついている時は、音を消してから私たちに話しかけてほしい。あなたがそうしてくれていることがわからなくて、テレビを消したと私は文句を言うかもしれない。でも音源は一度にひとつで十分なのだ!」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p186)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第730回『分かる言葉で伝え、支持する―交流で自身も活発に』(2015年1月11日公開)
 認知症がある人のコミュニケーション能力は、場所、時間帯、背後の騒音、色、照明の強さ、全身疲労といった多くの環境的要因にかなり影響を受けます(マルコム・ゴールドスミス:私の声が聞こえますか─認知症がある人とのコミュニケーションの可能性を探る 高橋誠一/監訳 寺田真理子/訳 雲母書房, 東京, 2008, p194)。そして、その騒音のためにイライラして怒りっぽくなっているかも知れません。このことは特に、認知症がある人が認知症がない人と一緒に過ごす場合に留意しておく必要があります。
 「認知症がある人が認知症がない人と一緒の施設にいる場合に、かなりの差別をされることは、多くの人が経験しています。認知症がある人のための専用ホームを運営するマクレガーとベルは、次のように意見を述べています(McGregor I, Bell J:Buzzing with life, energy and drive. Journal of Dementia Care Vol.2 20-21 1994)。
 認知症がある人とない人が混在するホームでは、認知症がある人は、騒々しく、不快で反社会的だとみなされているために、失敗にばかり直面することになります。誰もこの人たちに周囲にいてほしくないのです。このことは彼らの自信を喪失させ、セルフイメージを損ない、引きこもりや不安、落ち込みを引き起こします。介護の専門職として、この過程を逆転させ、『良性の社会心理』を作り出すことが私たちの仕事です。入居者たちは、自分は価値を認められており、貴重な存在で、愛され、認められ、他の人たちに何か提供できるものがあると、信じることのできる必要があります。」(マルコム・ゴールドスミス:私の声が聞こえますか─認知症がある人とのコミュニケーションの可能性を探る 高橋誠一/監訳 寺田真理子/訳 雲母書房, 東京, 2008, p141)
 認知症がある人とない人が混在することは、決してマイナス面だけではないことも知られております。
 2013年10月31日付朝日新聞「認知症とわたしたち─北欧から・中」においては、スウェーデンにおいて実践されている、初期の認知症の人などが出かけ数時間過ごす「出会いの場」について報道されました。記事では、「認知症の人とそうでない人が交じり合い、笑いが起きた。認知症の人は元気な人に影響され、活発になる」様子が紹介されておりました。
 「ひょっとして認知症? Part1─認知症にリハビリの効果は期待できるか?(8)─秘めている能力を見いだそう(第128回)」におきましても、デイサービスを利用している認知症患者さんに対して、脳卒中などで手足が不自由な方のお茶入れを役割として担ってもらうと、自分はデイサービスに仕事に来ていると感じ活き活きとしてくる方もおられ、このようなちょっとした「気づき」が認知症介護スタッフの資質として求められることをご紹介しましたね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第731回『分かる言葉で伝え、支持する―食事中は照明を暗く』(2015年1月12日公開)
 ちょうどよい機会ですので、少々古いデータではありますが「照明の強さ」に関する興味深い研究結果についてご紹介しておきましょう。
 「1980年代半ばにある研究が行われ、照明と騒音が、認知症がある人にどのような影響を与えるかを観察しました。看護スタッフは、この研究に関心をもちました(Ford M, Fox J, Fitch S, Donovan A:Light in the darkness. Nursing Times 1986)。なぜなら、昼間に雷が落ちて停電となったために、患者たちが静かになったことに気づいたからです。また、暗めの色のタイルで作られた出入口を歩く時には、患者がいつもより慎重に歩くことに気づいていました。研究者が気づいたことは、明るい人工の照明を使うことは、躁うつ病におけるうつ症状に大きく影響し、混乱した人たちへの見当識の補助として、軽い色や標識を使うことが役立つということでした。そこで、このような疑問が出てきたのです。『照明や音といった環境的な刺激が、アルツハイマー病の患者の混乱した、焦燥感のある行動にどのような影響を及ぼすか』ということです。
 その結果わかったことは、食事中に照明を落とすことで、すべての患者の不安な行動が減少し、明るすぎる照明を再度用いると、その行動が強まり頻度も上がるということでした。スタッフの報告によれば、暗めの照明を使った時には食が進み、食事にかかる時間が半分になり、騒音のレベルも減りました。この報告によれば、スタッフ自身も静かな気持ちになったということです。」(マルコム・ゴールドスミス:私の声が聞こえますか─認知症がある人とのコミュニケーションの可能性を探る 高橋誠一/監訳 寺田真理子/訳 雲母書房, 東京, 2008, pp206-207)

本日の新患―終末期医療の意向調査Stage2・No.9 [認知症]

本日の新患―終末期医療の意向調査Stage2・No.9

 本日の新患は、70歳女性。一人暮らし。
【受診理由】
 数年程前からもの忘れが出現し、この1年ほど目立ってきたことを遠くに住む家族が心配し、「もの忘れ検診」を受診されました。

【問診】
 料理はご自身でされており、息子さんの話では、味付けなどに変化は感じられないそうです。
 礼節:問題なし
 ADL:問題なし
 「病識」に関するご本人の話:「私は何とも思っておりませんが息子からみるともの忘れが強いんでしょうね」と語られました。

【検査所見】
MRI:
 海馬の軽度萎縮あり
HDS-R(改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト):
 29/30点
リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT):
 標準プロフィール点(24点満点、22点以上は正常):7
  =軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)レベル
 スクリーニング点:1
  =アルツハイマー病レベル


 以上の結果を総合的に判断し、私は軽度認知障害から初期アルツハイマー病への移行期と判断し、そのことをご本人にも説明したうえで投薬開始を勧めました。
 この事例は、「MCI段階で留まっているのかADに進展したのかを判断する基準は、『生活自立能力の有無』」という原則に従うならば、MCIということになります。
 しかし、群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学講座の山口晴保教授が指摘している「MCIとADの境界は、『病識の有無』」という基準を重視すれば、アルツハイマー病の段階に入っているということになります。
 なぜこの事例を詳しく紹介したかと言いますと、HDS-R(改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト)が満点に近い点数(29/30)が獲得されていても、アルツハイマー病を念頭に置かなければならない事例があることを知って欲しかったこと、そして、自動車の運転可否の問題を考えるのにも良い事例かな・・と思いましたのでご紹介致しました。
 アンケートにおいて、予後告知に関して、「あまり先のことを知るのは怖い」と回答されておりましたので、現時点での病状説明に留めました。ただ、アルツハイマー病を強く念頭に置いておく必要があるケースでしたので、「もしアルツハイマー病であったとしたら・・」という仮定の話として、マイルドな告知に基づく終末期医療に対する意向もお伺いしました。


 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)、もの忘れ検診、病識などについて復習しましょう


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第14回『認知症の診断─素人判断は難しい』(2012年12月28日公開)
 素人判断は、難しいわけですね?

 はい! 確かに、素人判断は危険です!!
 ですから、物忘れが気になるおじいちゃん・おばあちゃんに対してテストを実施してみることは構いませんが、あくまでも一つの目安として捉えて下さいね。

 医療機関においては、認知症が疑わしい状況であるならば、認知機能検査を1回きりで終わらせるのではなく、時間を置いて再検査します。
 それは、アルツハイマー病では、HDS-Rが年間2.5点悪化し、MMSEでは病期全期間で年間に2.2点(ただし、軽度~中等度の時期では、年間3.4点)悪化していくことが知られているからです。進行の有無をきちんと確認することは、アルツハイマー病であるかどうか正しく判定する上で欠かせません。

 得点による重症度分類は行わない(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)ことになっております。しかしながら、各重症度別のHDS-R平均得点の目安も報告されています。
 非認知症: 24.27±3.91
 軽度  : 19.10±5.04
 中等度 : 15.43±3.68
 やや高度: 10.73±5.40
 非常に高度: 4.04±2.62

 大まかな目安として、中等度の認知機能低下(HDS-R≧16点)、やや高度の認知機能低下(15≧HDS-R>10点)、高度の認知機能低下(10点≧HDS-R)と覚えておいて下さい。
 なお、認知機能検査が何点以下なら「意思能力の欠如」という明確な規定を定めることは困難です。それは、検査の点数には教育歴などが影響しますし、問題となる法律行為(意思表示)の内容によって、必要とされる意思能力は異なるという背景があるからです。

 MMSEは30点満点の認知機能検査で、目安として、9点以下は高度アルツハイマー病、10~19点が中等度アルツハイマー病、20~23点が軽度(初期)アルツハイマー病、24点以上は軽度認知障害(MCI)ないし正常と判定されます。
 すなわち、30点満点を獲得してもMCIと評価される場合もあり得るということになります。

 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)は、国際的にも評価の高い記憶障害の判定・診断のための検査です。
 特徴は、単語を覚えるなどの机上のテストではなく、日常生活をシミュレーションして、記憶を使っている場面場面を想定して検査することです。
 RBMTには、標準プロフィール点とスクリーニング点という2つの指標があり、検査の所要時間は約30分です。
 標準プロフィール点(24点満点、22点以上は正常)は、日常生活上の行動の把握や治療効果などを評価できます。数点しか獲得できない場合には新しい情報の学習はかなり困難であり、病棟内では迷子となる危険性があります。訓練スケジュールを記憶しているレベルは、10点以上とされています。
 スクリーニング点(12点満点)は、全般的な記憶機能の指標となります。
 アルツハイマー病の前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)では、標準プロフィール点が15点以下、スクリーニング点が5点以下となることが多いです。
 アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下してきます。

 私の検討した結果では、HDS-Rが26点辺りまで低下してきますと、RBMTが基準点以下に低下していることが多く、「初期アルツハイマー病」と診断される可能性が出てきます。
 認知症が専門ではない医師の場合には、HDS-Rが26点も獲得できればそれだけで「異常なし」と判断してしまい、精密検査を実施しないことも多いですので診断医の力量には留意する必要があります。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第12回『認知症の診断─もの忘れ検診』(2012年12月26日公開)
 認知症の診断はどのようにして行われているのでしょうか。私が勤務する榊原白鳳病院の「もの忘れ検診」を例にとって説明しましょう。
 ところで、認知症の検診は、私が1996年7月9日に国内で初めて開設したものです。当初専門誌に投稿(笠間 睦:痴ほう専門ドックの開設. 脳神経 Vol.49 195 1997)した際には、「痴ほう専門ドック」と名付けていました。
 2004年12月24日、「痴呆」という呼称が「認知症」に改称されたのを契機に、「痴ほう専門ドック」を「もの忘れ検診」に改称しました。
 そもそも私が認知症の検診を開設した動機は、いたって単純なものでした。脳ドック受診者のアンケート調査を実施したところ、受診理由の3割が「認知症が心配なので」という動機であったからです。そこで、脳ドックから認知症の検診を分離独立させたのでした。
 榊原白鳳病院では、2010年4月より「もの忘れ検診」を実施しております。
 もの忘れ検診の検査項目は以下の4項目です。
 1)血液検査
 2)MRI検査
 3)認知機能検査:改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)および日本版/RBMT
 4)問診・診察
 以上の項目を約2時間かけて実施し、結果の説明をしております。検診費用は2万円(税別)であり非常に安価です。安価で実施できる理由には、脳血流検査を実施していないという要因もあげられます。

 まずは画像診断(CTないしはMRI)についてお話します。
 アルツハイマー病(AD)においては、内側側頭葉の萎縮に伴い、側脳室下角が拡大してきます。この所見は、比較的初期段階のADにおいても確認できるため、ADの画像診断上のポイントとなる所見です。

 アルツハイマー病研究会という盛大な研究会が毎年4月に東京で開催されています。その第九回学術シンポジウム(2008年4月5日)において、以下の報告がされました。
 認知症における重症度別脳萎縮出現率(MRIにて脳萎縮を認める%)は、軽度認知障害では15%、軽度アルツハイマー病では25%、中等度アルツハイマー病でも40%という報告でした。
 すなわち、初期アルツハイマー病の場合には、萎縮が確認されないケースが結構多いわけです。ですから、MRIだけではなく、認知機能検査の検査なども総合的に判断して、認知症であるかどうかを判定することになります。

 初期のアルツハイマー病(AD)では、海馬傍回が最も早く萎縮することが分かってきております。しかし海馬傍回の体積は小さく、CT・MRI などの画像写真では視覚的には評価が困難です。そこで考案されたのがブイエスラド(voxel-based specific regional analysis system for Alzheimer's disease;VSRAD)という早期アルツハイマー病診断支援のためのソフトウェアです(元・埼玉医科大学国際医療センター/核医学科の松田博史教授らが監修されており、エーザイ株式会社が無料提供しています)。
 VSRADではMRI画像を利用し、小さな海馬傍回の体積の萎縮度を正常脳と比較して数値化(Zスコア)します。すなわちZスコアは、被験者画像と健常者平均画像を統計比較した結果、平均値からどれだけの標準偏差分だけ離れているかを示す値です。Zスコア「2」とは、平均値から標準偏差の2倍を超えたものという評価となり、「5%の危険率で統計学的有意差をもってADの疑い有り」と判定されます。
 すなわち、Zスコアが2.0を超えているときには、ADの可能性が高いと判断されるわけですね。Zスコアの数値が境界付近にある場合には、経過を追ってZスコアの変化を見ていくことも必要となるケースがあります。
 Zスコア0~1:海馬傍回の萎縮はほとんど見られない
 Zスコア1~2:海馬傍回の萎縮がやや見られる
 Zスコア2~3:海馬傍回の萎縮がかなり見られる
 Zスコア3~ :海馬傍回の萎縮が強い

 ただし画像検査の結果だけで判断すると誤診に繋がります。画像検査は、あくまでも臨床診断の補助的役割という位置づけなのです。
 八千代病院(愛知県安城市)神経内科部長の川畑信也医師は、物忘れ外来を受診しMRI検査を受けた151名の解析では、VSRADのZスコアが2以上を示していた80名の中に健常者が3名(3.7%)含まれていたと報告しています。逆に、VSRADのZスコアが1未満を示していた29名の中にアルツハイマー型認知症患者が18名(62.1%)も含まれていたことを報告しております。また、VSRADの対象は50~86歳までの患者さんであることにも注意する必要があると述べています(川畑信也:日常臨床からみた認知症診療と脳画像検査─その意義と限界 南山堂, 東京, 2011, pp5-10)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第31回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 もの忘れを自覚することの多いレビー小体型』(2013年1月14日公開)
 もの忘れに関しても、DLBにおいては内省できることが多いことが報告されています。
 アルツハイマー病では、初期ですらもの忘れを自覚していないケースが多いです。一方、DLBでは、初期においてはもの忘れを自覚しているケースが多いのです。
 東京医科大学病院老年病科の羽生春夫教授は、疾患別の病識の有無について検討しており、「有意な認知機能障害を認めない老年者コントロールの病識低下度の平均+2標準偏差を超えるものを病識低下ありと定義すると、AD(アルツハイマー病)群の65%、MCI(軽度認知障害)群の34%、DLB(レビー小体型認知症)群の6%、VaD(血管性認知症)群の36%が該当し、AD群が最も多く、DLB群は最も少なかった。」(羽生春夫:老年期認知症患者の病識―生活健忘チェックリストを用い、介護者を対照とした研究―. 日本老年医学会雑誌 Vol.44 No.4 463-469 2007)と報告しております。

メモ:内省
 「記憶、見当識、思考、言葉や数の抽象化機能などは、日常生活を送っていく上でそれぞれがとても大切な機能である。しかし、暮らしのなかでは、これらの機能一つひとつがバラバラに役立っているわけではない。複数の知的道具あるいは要素的知能を組み合わせて使いこなす『何か』がなけれはならないはずである。それを知的主体あるいは知的『私』とよぶことにすると、そこに障害が及ぶのである。だから、認知症を病む人は、いろいろなことができなくなるという以上に、『私が壊れる!』と正しく感じとるのである。
 知的主体などという硬い言葉ではなく、もう少しうまい言葉が見つかればよいのだが、学者も苦労してこの『何か』を『内省能力』(ツット)、『本来の知能』(ヤスパース)、『知的人格』『知的スーパーバイザー』(室伏)などと名づけている。どれもが、個別の、記憶、見当識、言葉、数といった道具的、要素的知能を統括する、より上位の知的機能を何とか言い表そうと苦労しているのである。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp141-143)

 認知症の介護においては、しばしばアパシー(自発性の低下・無関心)の存在が問題となります。
 アパシー(apathy)とは、無気力・無関心・無感動のため、周りがやるようにと促しても、本人は面倒だから、全然動こうとしないし気にもしない状態です。そして、このアパシーの存在ゆえに、認知症がうつ病と誤診されているケースもあります。
 なお、DLBでは、うつ病を有する頻度が比較的高いことも知られております。
 「Ballardら(1999)は病理診断されたDLB、AD各40例を比較し、DLBでは、初診時に幻視、幻聴、妄想、誤認妄想、うつ病を有する頻度がADに比べて高い」と報告しています(長濱康弘:レビー小体型認知症の臨床症候学と病態生理. Dementia Japan Vol.25 145-155 2011)。
 なおこの点に関して筑波大学臨床医学系精神医学の朝田隆教授は、「伝統的な精神科のうつに対する見方では、悲哀感、悲しみをもって『うつ』の本質とし、それに不安ややる気のなさを加えます。DLBの場合、精神科の伝統的なうつというよりは基本的にはアパシーです。周りは困っているが本人は何もしなくて当然とケロッとしているような患者さんが比較的多いですね。」と指摘しています(朝田 隆 et al:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)。

Facebookコメント
 2014年7月30日にホテルグリーンパーク津において開催されました第16回中勢認知症集談会特別講演会には、群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学講座の山口晴保教授らが講師として来て下さいました。

 山口晴保先生は、「MCIとADの境界は、『病識の有無』だと思っています」と講演で述べられました。そして、SED-11Q(Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire)を用いた病識の評価に関する検討結果についてご紹介して下さいました。
判断基準
 医療機関においてはSED-11Qが11項目中3項目以上で認知症を強く疑い、地域の認知症スクリーニングでは11項目中4項目以上で受診を勧めるというのが目安だそうです。

SED-11Q【認知症初期症状11項目質問票】
①同じことを何回も話したり、尋ねたりする
②出来事の前後関係がわからなくなった
③服装などの身の回りに無頓着になった
④水道栓やドアを閉め忘れたり、後かたづけがきちんとできなくなった
⑤同時に二つの作業を行うと、一つを忘れる
⑥薬を管理してきちんと内服することができなくなった
⑦以前はてきぱきできた家事や作業に手間取るようになった
⑧計画を立てられなくなった
⑨複雑な話を理解できない
⑩興味が薄れ、意欲がなくなり、趣味活動などを止めてしまった
⑪前よりも怒りっぽくなったり、疑い深くなった

※上記の11項目に関して、ご本人は病識が欠如しているため「該当しない」にチェックを入れるものの家族はそれを感じているため「該当する」にチェックを入れ、その差がMCIにおいては乖離しないものの、軽度AD&中等度ADにおいては有意に乖離(p<0.001)しているそうです。
 そして、「その結果を介護者に見せて、本人の自覚が乏しいことを理解してもらい、叱らないように指導することでBPSDを予防しましょう」と講演会で配布されました資料には記載されておりました。
 詳細は論文をご参照下さい。
 Maki Y, Yamaguchi T, Yamaguchi H:Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire(SED-11Q): A brief informant-based screening for dementia. Dement Geriatr Cogn Disord Extra Vol.3 131-142 2013
 Maki Y, Yamaguchi T, Yamaguchi H:Evaluation of Anosognosia in Alzheimer's Disease Using the Symptoms of Early Dementia-11 Questionnaire(SED-11Q). Dement Geriatr Cogn Disord Extra Vol.3 351-359 2013

P.S.
MCI段階で留まっているのかADに進展したのかを判断する基準は、「生活自立能力」の有無!
 「生活自立能力」については、シリーズ第73回『軽度認知障害─軽度認知障害から認知症への進展』をご参照下さい。

認知症―最重要項目のワンポイントレッスン [認知症]

認知症―最重要項目のワンポイントレッスン
 今回は、誰もが知っている教科書的な話ではなく、以下の5項目に関する「すぐに活用できるとっても重要な豆知識」をご紹介したいと思います。
 1 早期診断
 2 軽度認知障害とは
 3 診断(もの忘れ検診)
 4 終末期医療における問題点は何か
 5 認知症ケア


1 早期診断
Q 認知症の早期診断をするにはどうすればいいですか?
A 軽度認知障害(MCI)という病態があります。認知症の前段階とされます。
 ですから、軽度認知障害をきちんと診断できれば早期診断につながりますよ。

2 軽度認知障害とは
Q じゃあ、その軽度認知障害ってどんな状態なのですか?
A 2016年4月27日付中日新聞にて分かりやすく解説されておりますので先ずはそこで基礎的な知識を身につけましょう。

3 診断(もの忘れ検診)
Q 診断するにはどうすれば良いですか?
A 誰でも簡単にできる検査として、改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト(HDS-R)があります。
 このテストは30点満点です。20点以下は「認知症の疑い」と教科書には書かれています。しかし、そんなことを信じていたら絶対に早期診断はできませんよ。早期のアルツハイマー病の方は30点満点が取れるですよ!
 じゃあ診断の役に立たないじゃないの?と言いたくなりますよね。

 安心して下さい! もっと詳しい検査がありますから!
 2010年6月4日付三重タイムズをお読み下さい。
 リーバーミード行動記憶検査という詳しい検査をすれば、かなりの早期診断が可能です。
 なお、HDS-Rを繰り返し実施する(年1~2回)することにより、点数の低下傾向をキャッチできれば、HDS-Rでも早期診断は可能なんですよ!

4 終末期医療における問題点は何か
Q “胃ろう”=「延命」といった記事が近年多くなりました。その結果、胃ろうを拒否して経鼻経管栄養、中心静脈栄養(TPN:Total Parenteral Nutrition)を望まれる方が増えてしまいました。
 その弊害ってご存じですか?
A この分野に関しては、ガイドラインに記載されております記述をじっくりとお読み下さいね。

【PART-Ⅰ・Q6:経腸栄養のアクセスはどのように選択するの?─PEGをめぐる議論と評価】
 「現在、経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy;PEG)の適応に関する議論が行われている。栄養状態が維持・改善できても、ADLやQOLの改善効果が期待できない超高齢者、遷延性意識障害、末期の認知症に対するPEGは、単なる延命治療でしかないという考え方がある。この考え方に基づいてPEGは施行すべきでない、という意見が強くなっていることは否定できないが、このような症例に対するPEGの適応については社会的な議論が必要である。このPEGに対する否定的な考え方のために『本来、PEGの適応である症例に対してPEGが実施できなくなっている』状況の方が重大である。PEGを用いた経腸栄養の適応である症例に対し、経鼻胃カテーテルを用いた経腸栄養が実施されることが多くなっている、あるいはポートを用いたTPN施行症例が増加している、という、栄養管理法の選択上、間違った状況が出現していることは由々しき問題である。
 考え方の基本は、栄養管理そのものの適応について正しい判断を下すことで、栄養療法実施経路としてPEGが適応であるのなら積極的にPEGを実施するべきである。
 超高齢者や遷延性意識障害、あるいは高度の認知症であっても、栄養療法の適応であると判断された場合には、PEGが最適な栄養投与経路であることが多い。現在、栄養療法の適応とPEGの適応とが混同して議論されているが、これらは分けて考えるべきであり、したがって、これらの症例においても、栄養療法という観点から適応と判断されたら、積極的にPEGを実施することを推奨する。
 また、PEGを造設したからといって、経口摂取を諦めるのではなく、嚥下機能評価や嚥下訓練を実施し、経口摂取への移行、あるいは併用を試みるべきであることを強調したい。」(日本静脈経腸栄養学会編集:静脈経腸栄養ガイドライン─第3版 照林社, 東京, 2013, p18)

 患者さんおよび家族に説明する際には、次の「1」「2」についてもきちんと説明してあげて下さいね。
「1」 経鼻経管栄養の問題点:
 患者さんにとっては不快感を伴いますので管を自己抜去するリスクが高く、自己抜去を防止するためには身体拘束が必要となります。
「2」 完全静脈栄養(Total Parenteral Nutrition;TPN)の問題点:
 敗血症のリスクが高いため、長期間に及ぶ栄養管理手段としては不向きです。

 少々専門的な記述にはなりますが、「2」の静脈栄養に関して補足しておきます。
 「経腸栄養が禁忌で、静脈栄養の絶対適応とされるのは、汎発性腹膜炎、腸閉塞、難治性嘔吐、麻痺性イレウス、難治性下痢、活動性の消化管出血などに限定される。」(日本静脈経腸栄養学会編集:静脈経腸栄養ガイドライン─第3版 照林社, 東京, 2013, p15)
 「4週間以上の長期にわたる経腸栄養を施行する場合はPEGの適応であり、PEGを選択することを推奨する。」(同上, p17)

◎2014年1月15日付讀賣新聞にコンパクトにまとめられていますので、配付資料としてご活用下さいね。
◎認知症終末期医療の分野には、「告知」「アルツハイマー病末期の定義」といったまだまだ多くの課題が残されております。2016年5月23日付朝日新聞「最期の医療」はその課題にメスを入れ極めて重要な課題を投げかけています。じくりとお読み頂ければ幸いです。

5 認知症ケア
 認知症のケアは技術論から入ると壁にぶつかることでしょう。実は教えるものではなく身につけていくものだと考えております。以下のQ&Aをご参照下さい。

Q 認知症ケア―どのような指導をすれば“寄り添う気持ち”を身につけることができますか?
A 回答の代わりに私の質疑応答をご参照下さい。
 2016年4月24日、大阪大学大学院医学系研究科・精神医学分野の数井裕光先生が第15回日本認知症学会教育セミナー(in 砂防会館別館)におきまして『認知症診療のトピックス:BPSDの包括的治療』というタイトルでご講演されました。
 その際に私(=笠間)は、数井裕光先生に対して、以下のような質問をしてみました。
私の質問
 「亡くなられた京都大学の小澤先生が『認知症ケアはやさしさがあればできますよ』と言われているのですが、優しさって指導することが難しいですよね。下手に指導したら個人の人格否定になりかねませんし・・。でも『私が優しくないからケアが上手くいかないのかな・・』って悩んでいる介護者・ケアスタッフもおられますので、何か数井先生の感じるところがありましたらアドバイス頂けますと幸いです。」
数井裕光先生の回答
 「時間に余裕がないと優しくなれないから、「認知症ちえのわnet」などで基礎を身につけ時間に余裕を持って介護していけばその分優しくなれるのではないでしょうか。
 『認知症ちえのわnet』におきましては、さまざまなBPSD対応法の奏功確率が公開されております。ご参照頂ければ幸いです」
 http://orange.ist.osaka-u.ac.jp/

 以下に、「やさしさがあればできますよ」の引用元を以下に提示致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第374回『その人はどう生きたかをきっかけに─ある日、玄関に便があった』(2014年1月14日公開)
 『とにかく外へ出ない、出たがらない人で、人と会うのもお嫌なんですね。外に出ないのだからデイヘの送り出しは難しい。とりあえずヘルパーさんに入ってもらったのですが、居室は椅子がひっくり返ったりして家具が散乱していることがしょっちゅう。トイレはウォシュレットに手をかけてしまうため、水浸しです。そのAさんのところに通ったうちのヘルパーさんの報告を受けていたらこんな話がありました。
 ある日、玄関に便があった。ヘルパーさんは、Aさんに何も言わないでそれを片づけてきたと言うのです。散乱している家具もそうです。ヘルパーさんはそれを元通りにし、水でびしょびしょのトイレは拭いてくる。そうやって淡々と元通りにしていたら、Aさんがだんだん心を開いてくれるようになったというのです。
 ああ、そうなんだ、これって考えてみるとすごいなと思いました。玄関に便があって、それを誰かに詰問されたら、Aさんは自分ではないと言ったり、動揺したりするでしょう。ですが、ヘルパーさんが何も言わないで静かに片づけ、まるで何事もなかったかのように生活が元通りになったら、Aさんにとっては気持ちのなかでゆれがないわけですよね。それは、認知症の人にとっては気持ちの上でとても楽なのだろうなあと思ったのです』

 当初ヘルパーに対して拒否的な態度だったAさんが、あるヘルパーに対しては心を開いていった。その理由を聞いていて気づいたのが、『気持ちのゆれをつくらない介護』だったという。生活基盤が安定すれば、認知症の人も穏やかに暮らせるのではないか、と伊藤さんは考えた。
 頑なだったAさんの心を開いたのは、一人のヘルパーの配慮あるケアだった。しかしこれは多分にそのヘルパーの資質にもよる。では、訪問介護に入るヘルパー全員が『ゆれをつくらない介護』をするにはどうしたらいいか。伊藤さんはこのとき、『一日が何事もなくふつうに過ぎていけるように支援するという最低限のケア』を考えたという。」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, pp266-268)
 実は、伊藤美知さんが通所施設を開くにあたって相談したのが「れんげの里」施設長である柳誠四郎さんでした。そして、その柳さんの紹介で精神科医の小澤勲さん(故人)のもとを訪れた際に、小澤勲先生は伊藤さんに対して、認知症のケアは「やさしさがあればできますよ」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, p260)と話されております。
 伊藤さんはAさんの事例を通して、「小澤先生が最初におっしゃった『やさしさがあればできますよ』という言葉は、もしかしたら、このことかなと思ったんです。ゆれがないように支援するというのは、すごいやさしさなのではないかな、と。こじつけかもしれませんが、そう思ったのです」(小澤 勲、土本亜理子:物語としての痴呆ケア 三輪書店, 東京, 2004, p268)と語っておられます。


P.S.
 精神論的な認知症ケアではなく技術論的な認知症ケアについて学びたいという方は、「ユマニチュード」について勉強されるか、『BPSD初期対応ガイドライン』を購入してお読み下さいね。2,000円+税金と安価でよくまとまった本でお勧めです。

認知症の早期診断の意義 [認知症]

認知症の早期診断の意義

 皆さん、認知症早期診断の意義って何だと思われますか?
 実は3つの大きな意義があります。
1 早期診断・早期治療により、アルツハイマー病の進行をなるべく遅らせる
2 治療可能な認知症を見逃さない
3 初期のうちに、適切な認知症ケアの方法を指導し、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の発生を未然に防ぐ
 この3点、どれも非常に重要な意義を持っています。中でも3番目のBPSDの予防という目的はあまり知られていない大きな意義ですので、しっかりと啓蒙していくことが必要だと感じています。

 独立行政法人国立長寿医療研究センター病院の鳥羽研二院長は、第13回日本認知症ケア学会の特別講演J(抄録集)において、「介護ニーズでもっとも重要なものは『周辺症状』である。」(鳥羽研二:認知症に対する包括的アプローチ─非薬物療法の重要性─. 日本認知症ケア学会誌 Vol.11 47 2012)と述べています。すなわち、認知症患者さんの在宅介護を継続していくためには、BPSDに対する包括的アプローチが非常に重要な鍵を握るのです。

 さて、認知症介護の基本は、「本人の話を聞く」、「否定しない」「叱らない」ことですね。
 川崎幸クリニックの杉山孝博院長が認知症を理解し上手な対応ができるようにとまとめた「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」というものがあります。その概略は、認知症の人と家族の会のウェブサイト(http://www.alzheimer.or.jp/?page_id=2228)において知ることができます。

 言葉としては分かっていてもなかなか実践が難しい世界でもあります。
 その辺りを、笑いを組み入れながら吉本風にうまく伝えて行ければ啓蒙活動が推進されるのになぁ・・って思っています。
 石田竜生さんがこうした意義を感じてくれれば、私とのコラボが実現するかも知れませんね。。。
 医療漫才って新しい分野で成長産業だと思うけどなぁ・・。分かりにくい医療の世界を笑いを取り入れながら、鋭くえぐっていき、啓蒙活動に繋げていく・・。意義深いことだと私は思います。

想いを汲むことから聴くことへ [認知症]

レビー小体型認知症. CLINICIAN Vol.63 no.648 2016年4月号─私の座右銘第432回『前へ』
 私が非常勤で診療しているクリニックで「暮らしの教室」という当事者の会が開催されている。認知症を持つ人や家族の間で生活上の不便や困りごとを共有し、どのような工夫ができるか考えている。それまで私が知らなかった当事者の多くの苦労をそこで知った。例えばレビー小体型認知症で、複数の人の姿が部屋に現れるという幻視はじつに薄気味悪いが、床が歪んで見えるという錯視は大したことではないと思っていた。しかし駅のホームで階段が歪んで見えるとき、昇りか降りかも分からなくなると知った。混雑するホームでどちらに行ったらよいか分からなくなるのは恐ろしい事態だ。毎回、多くのことを認知症の人から教えてもらっている。
 その会の最後に進行役の水谷佳子さん(日本認知症ワーキンググループ事務局)に「繁田先生、ひとことお願いします」と指名されてマイクを持つようになった。初めて話をしたとき「たいへんなことばかりだと思いますが、みなさんと一緒に力を合わせれば、きっと前に進んでいけるはず」と話を結んだら、それに続けて水谷さんが「みんなで〝前へ〟と声にしてみませんか」と参加者に呼びかけた。それ以来、「前へ」とみなで声に出すようになった。
 私はラグビーのルールを知らないが、子供の頃、正月によく父の傍らで大学ラグビーを観させられた。ボールを持ってゴールに駆け込んだり、スクラムでボールをゴールに押し込むと得点になるが、ボールを前に投げられないという制約が気に入って観ていたことを思いだした。と同時に、すでに亡くなった父がよく「前へ」とつぶやいていたことも思いだした。それは、重戦車といわれた明治大学ラグビー部を60年以上も指導した北島忠治監督が、いつも口にしていた言葉であることを後年になって知った。
 ラグビーではボールを前の選手にパスすることができず、抱えて走ることでしか前に進めない。しかし相手チームが待ち構えているので、ついつい選手は外側へ走ってしまう。世界一といわれるニュージーランドチームの試合を観ていたら、ボールを持った選手が人の集まる中央部分に向かって走りこんでいて驚いた。外に逃げてもサイドライン以上には逃げられずタックルされてしまうからか。一見して一番難しく見える真ん中に向かって駆け込み、しばしばトライを決めた。
 認知症の人も家族も、周囲の偏見だけでなく、自分自身の病気に対する偏見とも闘わなければならない。困難な道であり、私たち専門職も十分な支援ができていないが、認知症を理由にいろいろなことをあきらめてほしくないといつも願っている。認知症があっても遠慮したり引き込もったりせず、ふつうに暮らすことができる社会であってほしい。そのために専門職としての役割を果たしたいと思う。認知症の人も家族も、自分らしく生きることをあきらめてほしくない、そんな私の思いが「前へ」という言葉に重なっている。
 私の座右銘は、認知症を持つ人やご家族とのこの合言葉とした。(繁田雅弘 首都大学東京大学院人間健康科学研究科・教授)
 【レビー小体型認知症. CLINICIAN Vol.63 no.648 2016年4月号 pp0-2】


なぜ聴かなかったのか
 なぜ最近まで認知症の人の話を聴かなかったのだろう。なぜ問いかけてみることをしなかったのだろう。「どのような毎日ですか」「気分はいかがですか」「どのようにつらいですか」「何かしたいことはありませんか」「知りたいことは何ですか」尋ねてみることさえしなかった。言いたいことがある人も大勢いたはずだ。なぜ気が回らなかったのか。認知症になると考えることができなくなる、そうした先入観や偏見にまみれていたためか。「変わりないですか」と形式的に声をかけることくらいはしたが、声をかけられたくらいで話し始められるわけがない。それは認知症に関わってきた人間なら一番よく知っているはずだ。家族の前で気を遣って言えないこともあっただろう。それが分からなかった。今となってみればそのような自分が不思議でならない。やはり偏見は恐ろしい。

認知症の人の〝あきらめ〟の言葉から
 

認知症への理解の深まりの中で
 

想いを聴くこととは・・・
 ここ1~2年、認知症の人からいかに本人の想いを聴くかが筆者の課題になった。本人に気兼ねしない形で家族の本音を聴くことにも注力するようになった。本人の想いをどこまで聴けるかまだまだ分からないが、まずは耳を傾けるところから始めている。共感も容易なことではない。認知症を持つ人は、隠したり嘘をついたりすることは少ないように思うが、想いを適切な言葉にすることはできない。とりわけ高度に進行すると発言の意図も暖昧で不確かになる。聴くことができた言葉を、訂正することなく、複数の意味の可能性を考えながら聴き続け、治療に活かしていくことが筆者の今の課題である。
 (首都大学東京大学院人間健康科学研究科・教授)
 【繁田雅弘:想いを汲むことから聴くことへ. CLINICIAN Vol.63 no.648 2016年4月号 pp3-6】


私の感想:
 アルツハイマー病研究会 第17回学術シンポジウム(in グランドプリンスホテル新高輪)の会場で繁田先生にご挨拶しました際に、「告知」のことで少しお話しました。
 繁田教授からは、「これから少しずつ聴いてみようと思います。」と前向きなご意見をお伺いすることができました。
 認知症に対する「告知問題」は、まだ始まったばかりですね。

早期受診 進行止めるかぎ─気付きにくい軽度認知障害 認知症早期診断の意義 コンバート率 リバート率 [認知症]

早期受診 進行止めるかぎ
 気付きにくい軽度認知障害

 2025年に現在の1.5倍の700万人に達するとされる認知症。早期の診断と治療につながるとして注目されているのが、前段階の軽度認知障害(MCI)という状態だ。「もの忘れ外来」を開設する榊原白鳳病院(津市)の診療情報部長、笠間睦さん(57)に、どのような状態か聞いた。(稲田雅文)
 「認知症と診断された人は通常回復しない。しかし、MCIと診断された人のうち、後日の検査で正常とされる人が一定の割合でいる。早い段階で専門医を受診する意義は大きい」と笠間さんは話す。
 例えば、電話で要件を頼まれたとする。頼まれたことを忘れるのは通常の老化現象でも起こるが、電話があったこと自体が記憶から抜け落ちるのが認知症の特徴だ。時間や場所を把握する能力や、計画を立てて実行する能力も低下する。
 MCIは健常の人と認知症の人との中間の状態で、記憶力などが低下していても日常生活に支障がない人を指す。認知症に至る数年前からMCIの時期があるケースが多い。
 笠間さんによると、MCIと診断された人のうち、一年後に一割、六年後には八割が認知症になったとの報告や、逆に後日に正常と判定された人が一~四割いるという研究結果もある。心配なら、早めに専門医の診察を受けるのが症状進行を止めるかぎになる。もの忘れ外来では、問診と、磁気共鳴画像装置(MRI)などの画像検査や血液検査などで診断する。
 …(中略)…
 まずは、昨日の夕食が何だったか尋ねる。思い出せなければ認知症やMCIの疑いが強い。一分間にできるだけ多くの動物名を言えるかどうかのクイズは遊び感覚ででき、「言えた動物名が十四以上なら、ひとまず安心と考えられる」。
 MCI予防には、新たな挑戦や人との交流、複雑な手順が必要なゲームなどが有効だ=イラスト参照。
 認知症やMCIは進行性の病気であることを丁寧に説明しているという笠間さんは、「異常なしと診断された場合も、半年から一年後にもう一度受診してほしい」と強調する。
 …(中略)…
 MCIと診断するのが難しい場合もあり、専門医を受診することが大切だ。
 【2016年4月27日付中日新聞 くらし─な~るほど介護】

私の感想
 「MCIと診断された人のうち、一年後に一割、六年後には八割が認知症になったとの報告や、逆に後日に正常と判定された人が一~四割いるという研究結果もある。」の部分、正確な数字をご紹介しておきますね。

 軽度認知障害(MCI)と診断された患者さんを追跡しますと、4年間で48%(1年あたり平均12%)が認知症を発症します(Bowen J et al:Progression to dementia in patients with isolated memory loss. Lancet Vol.349 763-765 1997)。また、Petersenらは、MCIと診断された人はその後1年間に約12%が認知症となり、6年間で約80%が認知症になったと報告しています(Petersen RC et al:Current concepts in mild cognitive impairment. Arch Neurol Vol.58 1985-1992 2001)。
 コンバートとは、MCIからADなど認知症へと進展することであり、その率がコンバート率です。
 2012年2月18日名古屋で開催された「デメンシアコングレスJAPAN 2012」には、東京大学大学院神経病理学の岩坪威教授が来られ講演されました。J-ADNI主任研究者である岩坪威教授は、J-ADNIにおける最新のコンバート率についても言及し、1年間の経過観察期間中に29.6%がコンバートし、従来の報告よりも随分と高率であったと報告されました。

 東北大学加齢医学研究所老年医学分野の荒井啓行教授は、第125回日本医学会シンポジウムにおいて、「東北大学老年内科におけるもの忘れ専門外来における経験から、医療機関を受診するMCI患者の約70%は進行性に認知機能が低下し、脳脊髄液タウ値が高く、アルツハイマー病(AD)の前駆段階と思われ、実際MCIからADへの年間転化率は約15%であった(progressive MCI,進行型MCI)。一方、他の30%は認知機能障害に進行がみられず、脳脊髄液タウ値が正常範囲内で、MRIにおいて脳室周囲白質病変が比較的高度であった(stable MCI,非進行型MCI)」と報告しています(荒井啓行:軽度認知機能障害と痴呆症の早期診断. 日本医師会雑誌 第133巻第2号 275 2005)。
 この非進行型MCIとはいったいどういう病態なのでしょうか? 実は、MCIと診断されたものの進行が乏しいケースの中には、辺縁系神経原線維変化認知症(limbic neurofibrillary tangle dementia;LNTD)や海馬硬化性認知症(hippocampal sclerosis dementia;HSD)などの疾患が含まれているのではないかと指摘されています。
 診断技術の進歩とともに、これらの疾患が正確にAD前段階としての軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)から除外されるようになっていけば、MCIの中に占める「非進行型MCI」の割合は、30%よりも減少していくと考えられるわけですね。

 では、MCIと診断されると、進行していく一方なのでしょうか。
 ここで注目したい数字が「リバート率(リバージョン率)」という指標です。
 筑波大学臨床医学系精神医学教授の朝田隆先生は、「一旦はMCIと診断されても後日の評価で知的に正常と判定されることをリバージョンといい、そのような個人をリバーターと言う。…(中略)…従来の報告ではリバート率は14~44%とかなり多い(Manly JJ et al:Frequency and course of mild cognitive impairment in a multiethnic community. Ann Neurol Vol.63 494-506 2008)。とくに地域研究におけるMCI は複合的な集団とされ、この傾向が強い。この問題は今後のMCI研究における重要課題と思われる。」と報告しています(朝田 隆:軽度認知障害. 認知神経科学 Vol.11 252-257 2009)。
 認知症介護研究・研修東京センター研究部長であり浴風会病院診療部長の須貝佑一医師は、浴風会病院の患者さんでリバージョンした方たちから、聞き取り調査を実施したそうです。
 その結果、「そうした方たちは皆さん、健康維持やボケ予防のためになんらかの取り組みをしていました。たとえば、ボケ予防のために定年後から英会話や物理学の勉強を始めたとか、体力づくりのために山登りをもう10年も続けているとか、あるいはパソコン教室に通って自分のブログまで開設しましたとか…。」ということが分かったそうです(須貝佑一:朝夕15分 死ぬまでボケない頭をつくる! すばる舎, 東京, 2012, pp32-34)。

 さて皆さん、認知症早期診断の意義って何だと思われますか?
 実は3つの大きな意義があります。
1 早期診断・早期治療により、アルツハイマー病の進行をなるべく遅らせる
2 治療可能な認知症を見逃さない
3 初期のうちに、適切な認知症ケアの方法を指導し、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の発生を未然に防ぐ
 この3点、どれも非常に重要な意義を持っています。中でも3番目のBPSDの予防という目的はあまり知られていない大きな意義ですので、しっかりと啓蒙していくことが必要だと感じています。

認知症当事者の体験 [認知症]

藤田さん.jpg
認知症当事者の体験

はじめに
 2014年10月11日,「日本認知症ワーキンググループ(Japan Dementia Working Group;JDWG)」が発足した.認知症の人と社会のために,認知症の人自身が活動する日本初の独立した組織であり,「認知症になってから希望と尊厳をもって暮らし続けることができ,よりよく生きていける社会を創りだしていくこと」を目的に,認知症関連の諸団体と友好的な関係を築きながら活動する.
 2015年3月29日に開催された第1回JDWG全体ミーティングには,40~80歳代の男女23人の認知症の本人が参加し,「診断前後に『どんな出会いが必要』か?」をテーマに話し合った(意見提出3人を含む).
 2015年4月18日に開催されたアルツハイマー病研究会第16回学術シンポジウムでは,認知症を実際に体験している本人だからこそ気づけたことを,JDWGメンバーであり共同代表のひとりである藤田和子と,パートナーである水谷佳子の対談形式で発表した.
 本稿は,その記録を加筆修正したものである.

目に見えにくいやりづらさ
【水谷】
 私たちはJDWGのメンバーとパートナーとして,ともに活動しています.普段はお互いに悩み事を相談したり,たまに会えたときにはおいしいものを食べたり,元看護職の藤田和子さんに,先輩としてアドバイスしてもらったり,泣き言を言ったり……,そんな仲です.今日は私が聞き手として,和子さんからお話を何います.
 「認知症があると,周りの人からはわかりにくい緊張や疲れがある」と,和子さんは日頃からおっしゃっていますね.
【藤田】
 そうなんです.私は8年前にアルツハイマー型認知症と診断されましたが,たぶん初期の段階にあります.日常生活のいろんなことを,すごい集中力と頑張りで,こなしてしまおうとして,実際こなせてしまう状況にあるのです.でも,どれだけ頑張っているか,その結果「できてしまっている」んだってことは知られていません.なので,ぱっと見た感じでは,そのやりづらさを周囲の人は気づけないのです.
 今日のお話はたった20分です.頑張ってここで話している20分だけをみると,何てことなく見えるでしょう.でも,この場に向かうための気力,精神力,体力,いろいろなものを調整して,今,この場にいます.目には見えない,言葉には表しきれない緊張と集中です.緊張のあとには,ガーッと頭痛がして,ぐったりしてしまいます.頭痛というと簡単ですが,実際は頭の中がパンパンになるというか,脳が腫れ上がったような感覚があったり,なにも映っていないテレビ画面がざーっといっているような感覚が頭の中にあったりします.疲労感のような,何ともいえない感覚です.
 …(中略)…
【水谷】
 そういうつらさや疲労があっても,苦手な部分を補ってくれる人たち,パートナーがおられて,そうすると,まあまあ結果としてうまくいくということが暮らしのなかに多くなる.
【藤田】
 そうですね.
 …(中略)…
 私の体験なのですが,認知症の人はしゃべれないということはなくて,しゃべりたい相手やしゃべられる環境があると,ものすごくしゃべるのです.一生懸命しゃべっているうちに,自分のなかで起きていることや不安なこと,どうしたらよいか,そういうことがだんだん整理できていく.すると,物事や自分がやるべきことが1つずつ決まっていくのです.それをうまく支えてくれる人たちがたくさんいて,今の私がいます.私はそういう環境,人間関係に恵まれていて,本当に特別によい状態にあったと思います.そのように恵まれた人たちだけではなくて,すべての認知症の人たちが「ああ,よかった」って思えるようになってほしい.私も今でも不安はあるし,これからも不安は続くのだけれども,一人で抱え込んで,孤独で,社会とのつながりも切れて……,というような悲しい事態が起きなくて済むようになったらいいなと思います.
 …(中略)…

メッセージ
【藤田】
 今まで描かれてきた認知症の人像,認知症観というのは,一部の見方であって,それがすべてではありません.認知症にも始まりはあります.それは,どういう体験なのか──本人も混乱し不安な始まりのときから,皆がさーっと手を差し伸べて,「人として世の中で生きていっていい」「私たちのなかに一緒にいようよ」ということを,言葉や態度で示してくださると,生きる力になります.私や,ワーキンググループのメンバーもそうなのですけども,「よりよく生きる」「希望をもって生きている」認知症の人がいるということを知ることが力になります.「よい状態を保つために,一緒に考えていきましょう」「ご家族や友だちと一緒に」ということを本人に伝えてくださることが,薬以外の治療にもなるのです.
 これから,たくさんの人たちが認知症になっていくといわれています.認知症の最初の入り口である医療機関で,最初に希望と出会えたら,その先をよりよく生きることにつながると思います.認知症になった本人も,その周囲の人たちも,希望をもって暮らせる社会を,一緒につくっていってくださるとうれしいです.
 【藤田和子、水谷佳子:認知症当事者の体験. 老年精神医学雑誌 Vol.27増刊号-Ⅰ 172-176 2016】

私の感想
 私自身、2015年にはひどい「大うつ病」を経験し、自分が壊れていく感覚を体感しており、その恐怖感は今も脳裏に深く刻み込まれております。認知症の人が感じる「自分を失う怖さ」と共通する部分もあるのかも知れません。
 第16回学術シンポジウム(2015.4.18 in グランドプリンスホテル新高輪)におきましては、私はJ-CATIA(新井平伊先生)の演題をどうしても聴きたかったのでトラックセッション5会場に居たようです。
 「私や、ワーキンググループのメンバーもそうなのですけども、『よりよく生きる』『希望をもって生きている』認知症の人がいるということを知ることが力になります」という部分、とても重要な視点だと思いました。

急増する認知症高齢者に対して、医師会はどう取り組むべきか [認知症]

急増する認知症高齢者に対して、医師会はどう取り組むべきか

 「急増する認知症高齢者に対して、医師会はどう取り組むべきか」との諸岡信裕代議員(茨城県)の質問に対して、鈴木邦彦常任理事は、かかりつけ医の果たす役割が重要になると指摘。「かかりつけ医には、最大の理解者として、患者が認知症と診断されても、日常の暮らしを大切にして、できるだけ社会と関わり続けながら、住み慣れた地域で穏やかに過ごしていけるよう、医療保険や介護保険のサービスに限らず、地域のさまざまな資源を活用して認知症患者を支えて欲しい」とした。
 更に、都道府県医師会に対しては、行政や医療・介護・福祉関係者と連携するとともに、日医かかりつけ医機能研修制度を活用することで、かかりつけ医の先生方を支援して欲しいと要望。日医としても、認知症施策の、推進に関わっていく中で、都道府県・都市区医師会を支援していきたいとした。
 【平成28年4月20日号日医ニュース第1311号 p3―個人質問1】

私の感想
 かかりつけ医の先生の認知症特にBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD=認知症の行動・心理症状)に対する対応能力は、一般的に(私が知る限り)かなり乏しいのが現状です! しっかり勉強する気持ち、認知症診療と向き合う気があるのか!と怒りたくなることもしばしばです。
 そんな時に私がかかりつけ医である主治医に「必ず読んで下さいよ」と言って勧めているのが『BPSD初期対応ガイドライン』です。2,000円+税金と安価ですし是非購入してお読み下さいね。


 『BPSD初期対応ガイドライン』にどのような内容が記載されているかを説明するために、私が朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」を連載していた際に、第743回 『つきまとい(シャドーイング)」への対応─作業療法もケアの一つ』(2015年1月24日公開)にて書いた内容を以下にご紹介します。

つきまとい(シャドーイング)」への対応─作業療法もケアの一つ
 話題を再び「つきまとい」に戻しましょう。
 独立行政法人国立長寿医療研究センターの服部英幸・行動心理療法部長は、「まとわりつき(つきまとい)の出現頻度は、軽度から中等度の認知症患者のうち67%に認められたという報告がある。不安を和らげる接し方の工夫をしたり、他の興味ある事柄(作業療法・レクリエーションなど)に参加してもらう」(服部英幸編集:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp71-72,133)ことなどが直ちにできるケアであると報告しています。作業療法は、「つきまとい」だけではなく、繰り返す質問(Repetitive questioning;Godot症候群)にも効果があることが報告されております。
 服部英幸先生は、2012年10月4日に三重県津市に講演(第9回中勢認知症集談会)に来て下さいました。
 服部英幸先生が編集された著書『BPSD初期対応ガイドライン』においては、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)に関して対応方法などが具体的に紹介されております。
 服部英幸先生は、著書のなかで、「行動異常」に対しては薬剤の効果が乏しいと述べております。以下にその部分をご紹介します。
 「BPSDはその名の通り精神症状と行動異常の2つの状態が混在している。この2つは単独で出現することも、複数が同時に出現することもある。精神症状にはみえないものがみえる、聞こえないはずのものが聞こえる、検査で異常がみつからない身体の痛みや異常な感覚などの幻覚や、真実でないことを真実であると思い込み、説得に応じない妄想などが含まれている。そのほかにうつ気分、易怒性など気分の変調も精神症状である。一方の行動異常には徘徊、常同行為のほかに、物をあてもなく集める濫集(らんしゅう)、便をつかむ弄便などが含まれている。この2つの違いは対応にも関連している。一般に、精神症状に属するものは薬物の効果が期待できるが、行動異常では効果が乏しく、非薬物療法が中心になる。」(服部英幸:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, p28)
 服部英幸先生は、過活動症状BPSDに対する薬物療法の一般的傾向として、「精神症状には効果があるが、行動異常には効果が乏しい」ことを指摘したうえで、「ハロペリドールなどの定型抗精神病薬、リスペリドン・クエチアピンなどの非定型抗精神病薬ともに幻覚・妄想には効果的であるが、気分易変性や焦燥・不安には効果的でない。気分の変動が激しい例では、バルプロ酸のような気分安定剤を試してみる。心気的な訴えを繰り返す焦燥の強い例では、抗うつ薬が効果的で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors;SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin&Noradrenaline Reuptake Inhibitors;SNRI)を試してみる。」(服部英幸編集:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp30-31)と述べています。
 この点に関して、「認知症疾患治療ガイドライン2010」においては、どのような治療方針が推奨されているのでしょうか。
 CQ 3B-3の「認知症者の焦燥性興奮agitationに対する有効な薬物はあるか」という項目の要約を以下に抜粋してご紹介致します。
 「認知症者の焦燥性興奮を改善する目的では、非定型抗精神病薬であるリスペリドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールの有効性が実証されており、その使用が推奨される(グレードB)。
 抗てんかん薬であるバルプロ酸、カルバマゼピンの有効性は報告されているが、科学的根拠は十分でなく、必要な場合には使用を考慮してもよい(グレードC1)。」(認知症疾患治療ガイドライン2010 医学書院発行, 日本神経学会監修, 東京, 2010, pp99-103)
 ですから、焦燥性興奮を呈している認知症患者さんに対しては、非定型抗精神病薬、バルプロ酸のような気分安定剤、SSRIなどを試行錯誤しながら投与してみるということになりますね。

メモ:Minds推奨グレード
 A:強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる。
 B:科学的根拠があり、行うよう勧められる。
 C1:科学的根拠がないが、行うよう勧められる。
 C2:科学的根拠がなく、行うよう勧められない。
 D:無効性あるいは害を示す科学的根拠があり、行わないよう勧められる。

 なお、砂川市立病院精神神経科の内海久美子部長も、BPSDやせん妄を呈する入院患者の場合、幻覚や抑うつ、不安などの心理症状に対しては薬物療法は比較的有効であったが、暴力や暴言、ルート抜去、大声、徘徊などの行動症状に対しての有効性は低かったと報告しています(内海久美子、白坂和彦:総合病院におけるBPSDへの対応と課題. 老年精神医学雑誌 Vol.18 1325-1332 2007)。

感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすい [認知症]

感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすい!


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第220回 『認知症と長寿社会(笑顔のままで)─感情を伴った記憶は残っている』(2013年8月7日公開)

 NHK・Eテレの福祉ネットワークにて、2011年9月5日から9月8日まで、「シリーズ認知症と向き合う」が報道されました。
 9月8日のシリーズ最終回では(http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/info/1109/110908.html)、「本人交流会」の様子が紹介されました。
 9月8日の放送には、大阪市社会福祉研修・情報センターの沖田裕子スーパーバイザーがコメンテーターとして出演し、「本人交流会」に関して詳しくご紹介して下さいました。
 本人交流会は全国で10か所以上で実施されており注目される取り組みになってきているそうです。具体例として、認知症の人と家族の会広島支部の「陽溜まりの会」と、福岡県大牟田市の「ぼやき、つぶやき、元気になる会」が紹介されました。
 沖田裕子さんは番組の最後に、「本人交流会を特別養護老人ホームとかグループホームでやってみたことがあるが、施設の方も『こんなにしゃべれるとは思わなかった』とびっくりしていました。聞かれないからいつも喋っていないだけで聞き続けているとお話して下さるんですよね。高齢の認知症患者さんにおいても本人の思いを聞き出すことが大切!」と思いを熱く語っていました。

 ナンスタディの詳細を記載した『100歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著, 藤井留美訳, DHC, 2004)のp250に以下のような記載があります。
 「デボラ・ダナー(感情を専門とする心理学者)は、アルツハイマー病患者を対象とした自分の研究で、ひとつの発見をしていた。強烈な感情を伴った記憶は、すでに外界とのつながりを失ったように見える状態でも、保持されていることが多いのである。だから彼女は患者との面談に臨むとき、その人の人生最良のとき、つまり最高の幸福に包まれたできごとを調べるようにしている。そして面談をビデオ収録しながら、そのときの思い出を話題にするのである。すると、家族も驚くような変化が現われることがある。話すことを一切やめてしまい、自分の世界に引きこもった患者が、ダナーの問いかけに活気を取りもどし、言葉を発することさえあるのだ。
 ダナーは、夫が重度のアルツハイマー病になっているある夫婦の話をしてくれた。
 彼女は妻に電話をかけ、夫がどんな感情を持っているか直接聞いてみてもよいかとたずねた。結婚55年になる妻は、即座に答えた。『いいわ、いらっしゃい。だけどあの人は、もう感じるってこともわからないのよ』
 夫は数年前から寝たきりで、言葉を口にすることもめったになかった。患者と二人きりになったダナーは、夫婦が40回目の結婚記念日をお祝いしたときの話をした。すると夫の顔に笑みが浮かんだ。気をよくしたダナーは話を続けて、言葉にはならなくても、理解の徴候が顔に出るのではないかとじっと観察した。隣室にいた妻は、夫の声を聞いてどれほど驚いたことか。彼はダナーにこんなことを言ったのだ。『誰も話を聞いてくれんから、話をせんのだ』」



朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第791回 『感情に配慮したケアを─感情はむしろ過敏』(2015年3月13日公開)
 
 感情と結びついた記憶は、認知症患者さんにおいても残りやすいことが指摘されています。否定されたり叱られたり…ということが繰り返されますと、「この人は嫌いだ」という感情が残ってしまい、その人に会うだけでその感情が蘇ってきてイライラしたりします。
 多くの方が集まるデイサービスで、認知症患者さんが特定の個人を攻撃するケースは多々見受けられます。これは紛れもなく、感情と結びついた記憶が鮮明に残っていることを証明しています。
 実は、認知症患者さんの方がむしろ感情が過敏であるという報告さえされているのです。「NHKためしてガッテン(主婦と生活社発行 Vol.10春号 28 2011)」には、以下のような記載があります。
 「アルツハイマー病の人は健康な人よりも、脳の中の感情をつかさどる扁桃体(Amygdala)の反応性が高く、感情が敏感になっている(Wright CI, Dickerson BC, Feczko E et al:A functional magnetic resonance imaging study of amygdala responses to human faces in aging and mild Alzheimer's disease. Biol Psychiatry Vol.62 1388-1395 2007)。」
 アルツハイマー病患者さんにおいて感性が保たれていることが分かってきたのは、ごく最近のことだと私は思っておりました。
 しかし、精神科医の小澤勲さん(故人)が10年程前に書かれた「認知症とは何か(2005年第1刷発行)」という本では、既に敏感な感性について言及されております。
 「認知症を病むと、認知の障害は進行し、深まっていく。ところが、幸か不幸か、感情領域の障害は、認知障害と並行して同じように低下するわけではない。もし、世間の大方が誤解しているように、『ぼければ、何も分からなくなるから本人は楽なものだ。周囲は困り果てるのだが…』という考えが正しいようなら、つまり知的能力の低下と並行して感情障害も深まり、感情が枯渇していくのならば、彼らはそんなに追いつめられないですむのかも知れない。しかし、実際はまったく違う。
 認知症を病む人たちの多くは徐々に『できないこと』が増えていくのだが、一方でそのことを漠然とではあれ感じとる能力は保持されている。自分が人に迷惑をかけていることも、自分が周囲からどのようにみられ扱われているかということも、彼らはとても敏感に感じとっている。そして、不安に陥り、怯えている。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp94-95)
 アルツハイマー病においては、心の理論の障害が少ないことが論文報告されております。その記述を以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「社会の中で適切に生活するためには、共存する他者の心理状態を適切に推測することが必要である。他者心理の読み取りに関しては、情動の読み取りや心の理論に関するアプローチが存在する。
 心の理論とは、他者の心の状態(信念、感情、意図など)を推測する機能のことである。
 心の理論の働きを評価する方法として、これまでにさまざまな課題が考案されて用いられている。『reading the mind in the eyes test(まなざし課題)【Tsuruya N, Kobayakawa M, Kawamura M:Is “reading mind in the eyes” impaired in Parkinson's disease? Parkinsonism Relat Disord Vol.17 246-248 2011】』と呼ばれる課題では、他者の目とその周辺の領域を表示した画像から、その人物の心理状態を読み取ることを要求される。この課題では基本6情動(喜び、悲しみ、怒り、恐怖、驚き、嫌悪)のような情動でなく、より複雑と考えられる心的プロセス(例:敵意がある、興味がある、など)に関する心理の推測を要する。また『faux pas test(失言課題)』のような言語性の課題も開発されている。失言課題では、物語の中でうっかり口を滑らせたり、場にそぐわない発言をした人物を探すことが要求される。またその発言がなぜ状況にそぐわないのかや、その発言をしてしまった人物の心理状態に関して理解することが要求される。これまでの検討では、前頭側頭型認知症において、失言課題、まなざし課題ともに障害が認められている一方、アルツハイマー病では心の理論の障害を認めなかったことが報告されている【Gregory 2002】【Torralva 2007】。」(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/小早川睦貴:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp339-342)
 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)においては心の理論の障害を認めるのに、アルツハイマー病においてはなぜ心の理論の障害が認められないのか? 非常に興味深い部分ですね。脳科学的に推論してみましょう。実は、「吻内側前頭葉(Brodmann10/32野)は他人の心を推測する(mentalizing)など、社会的認知(social cognition)に関与する」ことが報告されております(Amodio DM, Frith CD:Meeting of minds: the medial frontal cortex and social cognition. Nat Rev Neurosci Vol.7 268-277 2006)。この論文の抄録は、ウェブサイト(http://www.nature.com/nrn/journal/v7/n4/abs/nrn1884.html)においてもお読み頂けます。ですから、アルツハイマー病の初期段階においては、Brodmann10/32野(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%84%B3%E5%9C%B0%E5%9B%B3)が比較的温存されており、そのために心の理論の障害が起こりにくいのかも知れませんね。
 一方、東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学寄附講座の目黒謙一教授は、血管性認知症の人にこそ細やかな配慮が必要であると指摘しています。
 「(血管性認知症の人は)感情的には『忘れず』、この介護者はどの程度自分のことを分かっているのか、どの位委ねられる人なのかということを、考える力も保持している。デイサービスにおいて1回嫌なことがあると行かないという拒否は、血管性認知症患者に起こりやすい。アルツハイマー病患者は行くまでが大変でも、1回行くと馴染んでしまうことと対照的である。血管性認知症患者は、特に自分の強い感情を伴ったことは忘れにくい傾向があるため、介護者は注意して接する必要がある。また、患者は他の患者に接する介護者の態度をよく見ている。同じ様に接しているつもりでも、患者に心の余裕がない場合、『私は冷遇されている』と勝手に思い込んでいる場合もある。細かいことであるが、同じテーブルに座っている患者1人に声をかけたら、全員にも声をかけるなどの平等さが必要である。」(目黒謙一:認知症医療学 自治体における認知症対策のために─田尻プロジェクトからの提言 新興医学出版社, 東京, 2011, p20)

徘徊ー早期発見へ、津市が情報登録制度 [認知症]

認知症
 津も事前登録制
 不明時に情報共有

 徘徊するなどして行方不明になった認知症高齢者を早期に保護するため、津市は4日、「徘徊SOSネットワーク津」の運用を始めた。認知症高齢者を事前に登録し、行方不明になった際には関係機関などに本人の氏名や身体の特徴などをメールで一斉に知らせる制度で、市によると、同様の制度は四日市、鈴鹿、松阪市に次いで県内4件目。
 津市によると、同市内の認知症高齢者は昨年12月時点で推計約9,000人。昨年度は行方不明事案が8件(8人)発生、7人は無事に保護されたが、1人は死亡状態で見つかった。
 事前登録は無料で、関係機関への情報提供に同意したうえで、本人の氏名や身長・体重などの基本情報、上半身の写真などを登録する。識別番号入りの反射材シールを配布し、靴に貼り付けてもらう。
 実際に行方不明になった場合は、津署や津南署に行方不明者届を出すと市に連絡が入り、民生委員や介護サービス事業所、認知症サポーターなどに情報が一斉にメールで伝えられる。
 津市と隣接する松阪市では2014年6月から同様のシステムを本格運用しており、津市は今後、松阪市とも広域で連携を図りたい考えだ。

 問い合わせは津市高齢福祉課(059-229-3156)。
 【2016年4月5日 配信:読売新聞・地域】
 https://www.m3.com/news/general/413993?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD160405&dcf_doctor=true&mc.l=151297633&eml=6c7ccefc1fd0f7fd2599710e3b6fab57

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