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注意機能 レビー小体型認知症の臨床診断基準(改訂版) [レビー小体型認知症]

……2012年10月23日 異常なし(Kさんへの報告メール)

(Kさんへ)
 今日再びⅩ病院に一人で行ってきました。MRI正常(これはレビーの特徴)。心筋シンチにも脳血流(これは撮影直後だったため画像処理が間に合わず、厳密にはわからず)にも異常は出ていないと言われました。「今は、レビーの疑いがあるとしか言えない。今後、3ケ月毎の経過観察。症状が悪化したらすぐ来るように」と言われました(しかし前回の話では、すぐ行っても抑肝散です)。状況証拠は、限りなく黒だけれども、物的証拠がないから断定する訳にはいかないという感じです。
 Ⅹ先生もほとんどレビーだと考えています。幻視がレビー特有の内容であること。知能テストで計算だけができないのは注意力が低下するレビーの特徴だと。
 他に幻視の出る病気とその可能性を質問すると、「統合失調症。アルツハイマー病。共に可能性は極めて低い。橋本脳症でも認知機能低下が起こるがこれも可能性が低い」。
 レビーだとしたらどこで発症したのか、うつ病と診断された時かと質問すると、「そうだと思う。うつ病ではなく、レビーの症状だったと考えられる」と言われました。
 進行を遅らせるために、私にできることは何かと訊くと、「できることはないんです。今まで通りの生活を続けて下さい。家事をし、仕事をし、趣味をし、散歩をし。そういうことを今まで通り、というか、今まで以上にすることです」。
 全身の細胞が、その言葉を跳ね返しました。そのまんまぶつけ返したいと思いました。いえ、Ⅹ先生にではなく、今の認知症医療というものに。死神が、私の真後ろで今にも鎌を振り下ろそうとしているのに、「斬られるまで放っておけ」と言われた気がしました。お陰で元気が出てきました。「自分で進行を止めてやる!」と闘志が湧いてきました
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp34-35】

私の感想
> 前回の話では、すぐ行っても抑肝散です

 なぜ、アリセプト[レジスタードトレードマーク]じゃないの?と不思議に感じられる方がおられるかも知れませんね。
 樋口直美さんが診察を受けられたのは2012年のことです。現在、アリセプト[レジスタードトレードマーク]はアルツハイマー型認知症に保険適用されておりますが、その承認がおりたのは2014年9月でありごく最近のことなのです。

> 知能テストで計算だけができないのは注意力が低下するレビーの特徴だと。

 レビー小体型認知症の診断基準について復習しておきますね。
 「レビー小体型認知症の臨床診断基準(改訂版)」という表に分かりやすくまとめられております。
レビー小体型認知症ー診断基準.jpg
 これらの表を含めて、CLINICIAN vol.63 no.648(2016年4月号)ではレビー小体型認知症に関する特集が組まれております。
 以下において閲覧可能です。
 http://www.eisai.jp/medical/clinician/vol63/no648/

MMSEにおける注意障害(serial-7&3単語)
 MMSEでは注意障害を100から7ずつ順次引き算をするserial-7で評価するが、この課題の欠点は、注意障害と数概念やその操作の障害(狭義の計算障害)のいずれによって失点したのかが鑑別できないことである。
 この点を補うために、正答できなかった段階について、その場で改めて音声提示する(「確認します、93引く7は?」)、文字で提示する、筆算式を提示して筆記で回答させる、という課題を順次追加する方法が有用である。
 また、ADの多数例の検討からは、serial-7の成績に影響を与える要因として、5から3点の範囲では主に分配性注意が、2から0点の範囲では持続性注意や数概念やその操作の障害などがあげられている(工藤由理 他:アルツハイマー病患者の注意障害:Mini-Mental State Examination(MMSE)のSerial 7sに影響を与える要因の検討. 老年精神医学雑誌 Vol.22 1055-1061 2011)。
 【シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/今村 徹:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp199-210】

 MMSE・3単語の想起:直後再生は主に注意課題、遅延再生は記憶課題である。
 【吉益晴夫:神経心理学的検査. 日本医師会雑誌・生涯教育シリーズ85 神経・精神疾患診療マニュアル Vol.142・特別号(2) S58-59 2013】


 なお、注意機能に関してはアピタルにおいてもかなり詳しく記載したテーマです。連載から主な記述を拾い上げてみましょう。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第233回『注目される自動車運転の問題─「注意障害」が運転に与える影響』(2013年8月20日公開)
 なお、「注意障害」が運転能力に及ぼす影響も大きいと思われます。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、著書の中で認知症の人の運転特性について次のように述べています(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, p173)。
 「当初は注意不足や道を忘れたことに起因するトラブルである。あまり知られてないが、運転中にセンターラインに寄っていくという運転パターンは認知症の人では結構あるようである。注意すればしばらくの間は訂正できる。また1車線の道路では本人にとっての仮想センターラインがあるらしい。そこで次第に道路の左に寄っていくため側溝に落ちそうになるという話も家族介護者からよく聞く。」
 センターラインに寄っていく場合も、道路外側に寄っていく場合もあるようですね。私がよく見かけるのは、片側2車線の道路で左車線を走っている車が、右車線にはみ出してくるケースです。そのような時に運転者の方を確認しますと、ほとんどの場合、かなりご高齢の方です。おそらく何らかの認知機能障害と関連しているのではないかと思っております。
 余談ですが、私の運転特性は、片側2車線の道路で右車線を走っていて、左車線に寄り気味になることが多いですね。私の利き目(http://www.cladsetim.com/kikime/)は右眼ですので、それと何か関連があるのかも知れません。また私は、左側の障害物に車をこすってしまうことが多いです。ひょっとすると、無意識のうちに「利き目偏重運転」(http://www.think-sp.com/2012/11/08/tw-kikime/)になっているのかも知れませんね。

 ちょうど良い機会ですので、注意障害についてもう少し詳しくお話しておきましょう。
 注意障害っていったい何でしょうか。主な注意機能には、「持続性注意」「選択的注意」「注意の配分」の3つがあり(藤田郁代、関啓子/編集 大槻美佳/著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)、いずれも前頭葉が関与する機能とされています。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。
 言語性の課題では左前頭葉が、非言語性の課題では右前頭葉が関与するとされています。

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 「Sustained attention(持続性注意)とは、注意を一定時間維持することである。この障害によって同じ作業量の処理時間が長くなり、単位時間でこなせる業務量が減る。
 Selective attention(選択性注意)は本来の標的と無関係の外的ノイズ(周囲の会話、聞こえてくるテレビ・ラジオの音声など)や内的ノイズ(自分の心に浮かぶ心配事や関心事など)に気をとられず、本来の標的に注意を向けることを指す。この機能に障害があると不要な刺激にすぐ注意が逸れてしまう。
 Alternating attention(転換性注意)は2つの作業を交互に行うことで、一方の作業中は他方を中断する(例:文書作成中に電話がかかってきたら、ワープロ業務をいったん中断して電話対応のみ行う)。処理プロセスの切り替えが必要となる。
 Divided attention(分配性注意、分割的注意など、ここでは前者)は複数課題を同時進行で行う(先の例では書類作成を続けながら電話対応する)機能である。」(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)

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注意障害を疑う症状・所見(豊倉 穣:注意とその障害. 精神科 Vol.23 152-162 2013)
・物事に注意を集中できない、落ち着きがない
・物事を継続するのに促しが必要
・経過とともに作業の効率が低下する、ミスが目立つようになる
・同じことを何度も聞き返す
・作業が長く続けられない
・騒々しく気が散る場面では作業がはかどらない
・グループでの討論についてゆけない
・反応や応答が遅く、行動や動作がゆっくり
・「すぐ疲れる、眠い、だるい」などの訴え
・活気がなくボーとしている
・すぐ注意が他のものに逸れてしまう
・2つの事柄を同時に処理、実行できない
・不注意によるミスがある
・物事の重要な部分を見落とす

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作業記憶と並列処理能力は老化の影響を受けやすい
 「並列処理能力とは、1度に2つのことを同時に行う能力のことです。これは、注意をうまく配分することや分割することと同じことを指していると思われます。例えば、電話で話しながらメールを読んだり、会議中に買い物のリストをつくったりすることです。どの年齢であっても、1度に2つのことを行うことは、1度に1つのことを行うよりも難しく感じると思います。並列処理をすることは危険が伴う場合もあるでしょう。例えば、運転中に携帯電話を使うことを想像してみてください。ハンズフリーであろうとなかろうと、携帯電話で話しながら運転した場合、そうでない場合に比べ、事故の確率は4倍になります。これは、飲酒運転と同じくらいリスクがあることを示しています。
 並列処理能力は、年齢を重ねるにつれて顕著に衰えていきます。60歳以上になると、2つの課題を同時にこなすのに、若い人の2倍の時間がかかるようになります。さらに、2人に1人は、2つの課題を同時にはうまくこなすことができなくなります。」(監訳/山中克夫 著/ダグラス・パウエル:脳の老化を防ぐ生活習慣─認知症予防と豊かに老いるヒント 中央法規, 東京, 2014, pp42-45)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第234回『注目される自動車運転の問題─多人数の会話で「誰が何を言ったか」検査』(2013年8月21日公開)
 以上述べました3つの注意機能について、昭和大学横浜市北部病院の福井俊哉教授(神経内科)が詳しく解説しておりますのでご紹介しましょう(一部改変)。
 「持続的注意は、ある一定の間、課題に対して持続的に注意を払い続ける能力を言う。評価には、ターゲットではない多くの刺激の中から、希少なターゲット刺激を見出す際のスピードと正確さをみる課題を用いる。外界からの刺激を受容する感度を保つという点で、alertness(覚醒度)と同様な意味を共有する。
 選択的注意とその切り替えとは、視覚性注意の場合、(1)それまで注意を払っていた空間から注意を外す過程(後部頭頂葉の機能)、(2)新しい空間に注意を転ずる過程(上丘)、(3)新たな指標に注意を固定する過程(視床)から成り立っている。早期のアルツハイマー病(AD)では、注意を指標から離脱させて、新たな指標へ転ずることが障害されている。
 分割注意は二つの意味を有する。一つは単一刺激に関する複数の付帯情報に対して注意を払うこと、他方は複数刺激に対して注意を払うことである。二重課題(dual task)は分割注意を良好に反映する。AD症例が多人数の会話の中で話についていけない現象も、分割注意障害に基づく。多人数の会話を収録したビデオを見て、『誰が何を言ったか』課題も、分割注意障害を検出するために有効な検査法である。分割注意課題において、軽度ADは正常コントロールと同様な反応を示すことから、分割注意障害が明らかになる時期は中等度AD以降と考えられる。」(福井俊哉:アリセプト[レジスタードトレードマーク]の臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)
 なお、ドネペジル(商品名:アリセプト[レジスタードトレードマーク])は注意機能を改善させることから、ドネペジルの自動車運転能力に及ぼす効果についても検討されておりますが、健常高齢者においてはその有用性は確認されておりません。
 「健常高齢者の自動車運転能力に対するドネペジルの効果を検討する目的で、平均72歳の高齢者をランダムに2群に割り付け、ドネペジル5mgまたはプラセボを2週間投与した。投与前後で注意・実行機能、全般的知能、模擬運転能力が検討された。模擬運転能力には、スピード変動、進路のふらつき、突風に対する反応時間、および衝突回数が含まれる。両群間で注意・実行機能と衝突回数には差がなかった。予想に反して、プラセボ群はドネペジル群よりも突風に対して0.5秒早く反応し、進路のふらつきも少ない傾向にあった。この結果から、高齢者の運転を補助する目的でドネペジルを投与する妥当性は支持されなかった。ドネペジル群が低成績を示した理由として、アセチルコリン(Ach)低下のない健常高齢者において、ドネペジルがAch系を亢進させた結果、ドパミン系との均衡を崩して運動機能を低下させた可能性が推測されている(Rapoport MJ, Weaver B, Kiss A et al:The effects of donepezil on computer-simulated driving ability among healthy older adults : a pilot study. J Clin Psychopharmacol Vol.31 587-592 2011)」(福井俊哉:アリセプト[レジスタードトレードマーク]の臨床的特徴を再考する─Attentionの観点から. CLINICIAN Vol.60 No.618 381-390 2013)。
 CLINICIANの上記論文はウェブサイト(http://www.aricept.jp/alzheimer/e-clinician/vol60/no618/pdf/clinician618.pdf)においても閲覧可能です。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第235回『注目される自動車運転の問題─数字の逆唱できますか?』(2013年8月22日公開)
 アルツハイマー病の患者さんでは、注意障害(特にdual taskにおける注意分配能の低下が顕著)を背景とした課題遂行能力の低下が認められます(認知症患者にみられる失語・失認・失行. MEDICAL REHABILITATION No.127 39-44 2011)。
 これらの注意障害は、臨床の現場では、「抹消課題」などの検査で評価されます。抹消課題とは、たくさんの文字や記号の中から、特定の文字や記号のみを選択抹消する検査です(リハビリナース、PT、OT、STのための患者さんの行動から理解する高次脳機能障害 メディカ出版, 大阪, 2010, pp154-163)。
 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の武田雅俊教授は、臨床場面で注意機能を簡便に評価する方法について言及しております。
 「注意機能はすべての高次脳機能の基礎となり、記憶や言語機能、視空間認知機能などさまざま高次脳機能に影響を与える。このため、注意障害の有無をみることは重要である。臨床場面で注意機能を評価するには、数唱課題が簡便でよい。数唱には順唱と逆唱とがあり、ともにいくつかの数字を1秒に1数字ずつのスピードで単調に聴覚的に提示して、同じ順序で繰り返させる(順唱)、あるいは逆の順序で繰り返させる(逆唱:例えば2-8-3と教示すれば3-8-2と答えさせる)。少ない桁数から初め、徐々に桁数を増やしていく。順唱が5桁あるいは逆唱3桁ができなければ注意障害があると考えてよいが、逆唱のほうが障害に鋭敏である。」(武田雅俊:Treatable dementia. 綜合臨牀 Vol.60 1869-1874 2011)
 この数字の順唱5桁あるいは逆唱3桁は、最近注目されているモントリオール認知評価検査(Montreal Cognitive Assessment;MoCA)においても、注意機能の課題として採り入れられております(http://www.mocatest.org/pdf_files/test/MoCA-Test-Japanese_2010.pdf)。
 MoCAは、HDS-R(改訂長谷川式認知症スクリーニングテスト)やMMSE(ミニメンタルテスト)と同様に30点満点で10分以内に実施可能です。実行系の課題も入っており、記憶よりも遂行機能の低下が問題となる血管性認知症(VaD)のみならず、各種原因による軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の検出に有用とされております。30点満点で、正常値は26点以上です。MoCAは、軽度アルツハイマー型認知症のスクリーニング検査として感度が高く、MoCA25点をカットオフ値とした場合の感度は100%と報告(Nasreddine ZS et al:The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment. J Am Geriatr Soc 2005;53:695-699)されております。
 日本で幅広く使用されているHDS-Rにも数字の逆唱という課題がありましたね。HDS-Rの作成に携わった東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科の加藤伸司教授は、数字の逆唱に関して、「作業記憶の課題でもある」(http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%8A%84%E9%8C%B2.pdf)と述べています。
 また、Trail Making Test Bが運転成績を予測する(河野直子:認知機能低下と運転適性:一般及び軽度認知障害の高齢運転者を対象とした研究動向. Dementia Japan Vol.27 191-198 2013)ことも指摘されております。トレイルメイキング(Trail Making Test;TMT)に関しては、シリーズ第39回『認知症の代表的疾患─前頭側頭葉変性症 バナナとミルクばかり食べる女性』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013012800007.html)のメモ2をご参照下さいね。
 なお余談ではありますが、メマンチン(商品名:メマリー[レジスタードトレードマーク])の中核症状に対する効果としては、中等度から高度のアルツハイマー型認知症患者432例の検討(国内第Ⅲ相試験-IE3501)において、注意、実行、視空間能力、言語(名前を書く、曜日、文章理解、会話理解、物品呼称および自由会話などで評価)の4つの領域で有意な改善を認めております(http://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/430574_1190018F1023_1_me5_1F.pdf)。詳細は、pdfファイルの20~23頁を参照下さい。ここでいう注意機能は、桁数範囲、聴力範囲、視覚範囲にて評価されております。
 先にご紹介しましたMoCAは、多領域の認知機能(注意機能、集中力、実行機能、記憶、言語、視空間認知、概念的思考、計算、見当識)について、約10分という短い時間で評価することが可能であり、メマンチンによる中核症状に対する効果の判定などにも幅広く活用できると私は考えています(笠間 睦:メマンチンによるアルツハイマー病の中核症状に対する効果判定の試み─MoCA-Jを用いて─. Geriatric Medicine Vol.51 723-727 2013)。

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療に向けて [パーキンソン病]

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療に向けて

はじめに
 パーキンソン病は中脳黒質のドパミン神経細胞が進行性に脱落することにより,手足の振戦や筋強剛,運動低下などを生じる疾患である.多くは50歳以降に発症し,2014年の厚生労働省の統計では日本には約16万人の患者が存在し,しかも増加傾向にある.また,要介護の原因の4.2%を占め,単独の疾患としては最も多い.パーキンソン病の標準治療は内服治療であり,ドパミンの前駆物質であるL-ドパの服用により運動症状の改善が得られる.特に病気の早期においては有効であるが,長期投与により効果持続時間が短縮し,薬物濃度の変動とともに症状が変動するウェアリングオフ,急激的・突発的に効果消失が起こるオンオフ現象,さらには不随意運動であるジスキネジア等の運動合併症が出現する.L-ドパが効果を発揮するためにはドパミンに変換されなければならず,それにはドパミン神経細胞が必要である.ところが,そのドパミン神経細胞が変性脱落するのがパーキンソン病であり,症状発症の時点ですでに正常時の1/3~1/4にまで減っている.病気の進行とともにドパミン神経細胞はさらに減り続けるので,上記にみられるように薬物治療のみでは症状のコントロールが次第に困難になり,患者のQOLは著しく低下する.この状態では根本的にドパミン神経細胞が不足しており,それを解消するために細胞移植に期待が寄せられている.
 【高橋 淳:iPS細胞を用いたパーキンソン病治療に向けて. 脳外誌 Vol.25 489-496 2016】

樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活 [自殺防止]

 発症が2012年9月23日ですので、発症後約二週間後の日記です。
私の脳で起こったこと.jpg
……2012年10月4日 津波

 今日も仕事でミス。一度も忘れたことのない手順がわからなくなった。こういう瞬間が、本当に恐ろしい。何もかもが、崩れ落ちていく気がする。

 仕事中、ふと津波が来ることを想像した。
 私は、幸せな気持ちで波に向かって歩いていくだろうと思った。
 恐怖だった津波が、今は、救済に代わっている。
 私は、死にたいのか。私は、死にたいのか。仕事をしながら泣きそうになった。
 私は、死にたいのだ。決まっている。死ぬ方がよっぽど楽な道だ
 自らの尊厳を保てる。家族に負担をかけない。

……2012年10月6日 何もかも夢

 昨日はちょっとうつっぽい以外は何もなく、自分は、全く問題ないのではないかと思ってしまう。甲状腺機能がまた低下したと言われた。すべての症状は、そのせいで、薬で治ってしまうような気がしてくる。何もかもが夢で、現実ではないと思える。
 今日、子供が見えた。初めて。はっきりとではないけれど。朝、虫も何度か見た。本物に見えた。けれども消えた。幻視なのか、本物なのか、全くわからない。
 幻視が見える頻度は、どんどん増えていくのだろうか? 車に乗ってはいけないのか。
 末期がんを告知されるのと突然死と認知症を告知されるのと、一番苦しくないのはどれだろう。
 私は、死なない。そう決めた。自分では死なない。
 けれども食べられなくなったら、自然死させて欲しい。文書化しておかなければ。死んだら献体し、脳を解剖してもらおうか。
 まだ軽度認知障害のレベルだから、やれることはたくさんある。たいしたことはないとも思う。ただ抑うつが強くなったら何もできなくなる。それが困る
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp15-17】

私の感想
 何だか共感できるなぁ・・。
 だって私も1年前は、新幹線名古屋駅で飛び込みそうになる衝動に駆られていましたから・・。私が死にたいと思った理由は、生きていることが辛かったからです。毎日が苦しかったからです。
 新幹線の駅だけではなく、近鉄特急に飛び込む衝動もちょくちょく感じていました。
 で、結局私の場合は、名古屋駅で感じた衝動をアルツハイマー病学会学術集会から帰ってきて妻に話してしまいました。
 その時に妻は、「私が働くから仕事休んだら・・。食べていくだけなら何とかなるよ・・」と言ってくれました。その言葉に私は救われました。でも救われたとは言っても、その言葉だけでうつ病が快方に向かうわけではなく、長い長いトンネルから抜け出せずにおりました。
 樋口直美さんは、「死にたい」と思ったときにご主人に打ち明けることができたんだろうか・・。この告白って、すごく勇気が要りますよ! 「好き!」って気持ち伝えることの100倍くらい勇気がいると思います。
 妻はその頃から、毎朝、私の出勤の時に玄関まで送ってくれるようになりました。その頃は優しい妻に久しぶりに戻ってくれました。しかし、私のうつ病が治ってからは、出勤の時に「寝ている」ことがしばしばのいつもの妻に戻りましたが・・。

 私も認知症の介護者の自殺を経験しております。全く予測すらできませんでした。笑顔で診察室を後にした介護者の苦悩を知る由もありませんでした。

 以下に、認知症と自殺企図について書いたアピタルの連載をまとめて抜粋してみます。

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第8回『告知!! アルツハイマー病です! 後編』(2010年11月8日公開)
 冒頭の話は、認知症の話題からそれますが、後々絡んできますので、少々長文になりますがご容赦下さいね。

 私自身は、医療関係者と患者さんの医療情報の共有に、強い関心を持って取り組んできました。「医療情報の共有」は、私のライフワークの1つでもあります。

 私は、国内の病院では初めてとなる病院外来におけるカルテ開示を始動し、1998年12月10日付朝日新聞名古屋本社版夕刊トップニュースでも紹介されました。

 そんな私が、非常に強く関心を抱いた出来事が、今春ありました。その出来事とは、診療報酬明細書請求を電子化している医療機関では、2010年4月1日以降医療費の明細書発行が義務化されるという決定でした。2010年10月9日、長尾先生のブログで、コメントに記載しました。

 この決定を歓迎した私は、それならば、明細書発行が有意義なものになるよう、発行された明細書が、患者さん(およびご家族)にも読解できるようにしようと考えました。そして、渡された明細書の内容が分かるような説明書作成に取り組み、全国に先立ち2010年2月19日より、「診療明細書の解説パンフレット」を外来会計窓口に設置しました。
(中日新聞の記事:http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20100310142018071

 しかし、その後、医療費の明細書発行義務化の持つ大きな弊害に気づきました。

 大きな弊害? 何だろう? 分かりますか?

 検査や薬品名から「不治の病」であると推測され、療養の継続に支障が出ると判断される場合は、明細書発行義務化の対象外となっています。ところが、未告知患者さんに対してのみ明細書を発行しない理由を説明するのは困難ですから、実際には発行されていることが多いのが現状なのです。

 もちろん、発行される明細書には「病名」は記載されないのですが、例えば認知症診療においては「認知症専門医紹介加算・アリセプト」などの文字が明細書に記載されます。こうして、患者さんに病名が分かってしまいます。すなわち、未告知の患者さんに対して、医師の意図しない「不用意な告知」を及ぼす危険性があるのです。

 そして、私が最も心配したのは、告知の態勢が整っていない時点においての、医師の意図しない不用意な告知が誘因となって、患者さんが自殺または自殺未遂に及ぶのではないかという懸念です。

 自殺? 笠間先生、心配し過ぎじゃないの?

 いえいえ、現実問題として、初期アルツハイマー病患者さんが、自分の未来に希望を抱けず、「安楽死」を選択したニュース(平成20年5月24日付朝日新聞・国際「世界発2008」)も報道されているんですよ。ですから、認知症告知がどうあるべきかは、未解決の非常に大きな問題なのです。

 「日本医事新報」という国内最大の医療情報誌があります。その日本医事新報No.4495 (2010年6月19日号 85-86)において、竹中郁夫先生(もなみ法律事務所 弁護士・医師)は、『十分に告知・不告知の実践について妥当性の吟味を行い、明細書がインフォームドコンセントを補完したり、逆に誤解を招きかねないという特性を明確に患者や家族が理解できるようベストエフォートに努めるべき』と述べています。

 また、群馬大学医学部の山口晴保教授は、著書(認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント第2版 協同医書出版社, 東京, 2010, pp240-242)の中で、以下のように述べています。

 『米国やオーストラリアでは、アルツハイマー病は死因の第4・5位を占めています。2004年の論文によると、米国でアルツハイマー病と診断された地域在住高齢者(60歳以上)の平均余命は、男性4.2年、女性5.7年と記載されています。本邦では、あなたの病気は認知症ですよ。死なない病気だから心配ありませんなどと無責任に本人に告知する医師がいるのが現状です。現時点では根治療法の確立していないアルツハイマー病の告知は、ガンの告知と同様に慎重でなければならない場合が多いと思います。』

 ところで皆さん、施行開始から半年以上経ちましたが、「医療費の明細書発行」に意義を感じておられますか? 実際のところ、あまり活用されていないのが現状のようですね。

 それは何故だと思いますか? 私はこんな風に考えています。

 医療費の明細書発行は、医療機関と患者さんとの「医療費情報の共有」には有用ですが、医療機関と患者さんとの「医療情報の共有」には繋がらないからだと思っています。
毎月、同じような内容の医療費明細書をもらっても読み返す気になれないというのも、患者さんの側からすれば本音の一つですよね。

 前編で述べましたが、私自身が初期のアルツハイマー病になったと仮定するならば、事前に身の回りの整理をしておきたいですし、必要があれば任意後見制度も活用したいので告知を希望しています。

 ただ、「アルツハイマー病における判断能力の有無」というのは、極めて判定が難しいことは理解しておく必要があります。アルツハイマー病患者さんが、仮に初期であってもきちんと自分自身の治療方針を判断し選択できるのか?に関しての確実な判断方法は確立されていないのが現状なのです。

 最後に。私自身は、認知症の告知問題に関して、決まった指針を持っていません。ご家族と相談しながら、個別に決めています。

 今回の前編・後編を通じて、「認知症告知」に絡む問題への理解を深めて頂ければ幸いです。


情報は相手の立場を考えて
投稿者:みつぼん 投稿日時:10/11/08 12:06
 何もかも正直に話せば良いものではありません。知らぬが仏の場合もあります。医療費の明細書発行でショックを受ける人には、出すべきではないと思います。ガン告知と同じで、主治医と家族が相談した結果、出さなければ疑念を抱く人もいると思うので、難しいですね。


Re:疑念
投稿者:笠間 睦 投稿日時:10/11/08 21:28
 みつぼんさん、コメントありがとうございます。

> 医療費の明細書発行でショックを受ける人には、出すべきではないと思います。

 私もそう感じて、今春、闘いました。しかし、「大きな抵抗勢力」となることはできませんでした。私の力不足です。
 
 医療機関のシステムとして一律発行しないのであれば患者さんも疑念を抱かないでしょうが、「一部の患者さんだけ」発行されないときに何と説明するのか??
 私も、この問題点は、未だに解決できずにおります。


認知症(難病)告知と医療費の明細発行義務化
投稿者:梨木 投稿日時:10/11/08 20:30
 今日の笠間先生のブログを読んで、もしかしたらと思ったことがあります。
 私の通院している病院は、とても良心的・患者本位の信頼できる病院と感じているので、今年4月からは当然診療明細書がいただけるものと思っていました。しかし受付で支払いの後もくれません。請求するといただけました。「義務化されたのではないですか」と問うと「まだシステムが整っていないので」というお返事でした。しかし11月になっても同じです。オカシイと思っていました。請求されたら発行しなければならない、という義務化だったのでしょうか。
 ブログを拝見して、一律の発行は問題が起こりうることを知り、もしかしたら建前とは別に、病院の倫理委員会?とかでそういう方針になったのかも、と思ったりしています。
現在でも請求すれば気持ち良く出していただけるので、困ることはありません。
 個人的には、診療明細書は医療費情報の共有というより医療情報の共有にとても役立っていて有難く思っています(特に検査の時の検査方法・画像の保存枚数・造影剤の種類、量など。自分に行われた検査の記録になります)
 各人が、自分の人生を自分でデザインしながら生きて死ぬ権利を持っていると思います。なので出来れば病名を知りつつサポートを受けて生きていくのが最善でしょうが、まだ医療・社会資源のサポートが十分でない現在では、知りたくない人がおられるのも事実でしょう。支えるという意味で、各々の選択が認められているのかもしれませんね。


Re:義務化
投稿者:笠間 睦 投稿日時:10/11/08 21:34
> 請求されたら発行しなければならない、という義務化だったのでしょうか。

 梨木さん、笠間です。
 原則「義務化」です。医療費の明細書発行義務化が免除されているのは以下のケースですので、そのどちらかに該当しているのだと思います。

 レセプト電子請求が義務づけられた医療機関および薬局は、項目ごとに記載した明細書を、原則無償で発行しなければなりません。しかし、正当な理由があれば、義務化が免除されます。

正当な理由
(1)明細書発行機能が付与されていないレセプトコンピューターを使用している医療機関または薬局
(2)自動入金機を使用しており、自動入金機で明細書発行をする場合、自動入金機の改修が必要な医療機関または薬局


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第278回『認知症介護者の抱える葛藤(その4) 「仲の良い老夫婦」に起きうる事故』(2011年12月26日公開)
 さて皆さんは「仲の良い老夫婦症候群」と聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?
 私もこの用語を初めて目にしたときには、仲の良い老夫婦の穏やかな老後の生活を思い浮かべました。まさか「介護殺人」とリンクした問題だったとは、思いもよりませんでした。
 英国の法医学者Knightは、高齢者による殺人の事例を調査し、その特徴を要約して「仲の良い老夫婦症候群」と命名しています。
仲の良い老夫婦症候群(The Darby and Joan syndrome)
1)英国の法医学者Knightが1983年に報告
2)高齢者による殺人の事例を調査
 ほとんどが配偶者を殺害
 犯罪の前兆なし
 残忍性の強い殺害方法
 犯行後の慈愛的態度
3)現在の日本では「介護殺人」に類型が多い

 入間平井クリニックの平井茂夫医師は、「高度認知症の妻を介護する真面目な夫の組み合わせは、頻度は高くないが、事故が起こりやすい特定の危険なパターンであり、医療・介護・福祉関係者に周知することによって、介護殺人を未然に防ぐことができる可能性がある」と指摘しています(認知症 BPSD~新しい理解と対応の考え方~ 日本医事新報社, 東京, 2010, pp52-53)。

 私の診療経験では、「介護殺人」に至ったケースはありません。しかし、3年程前に「介護者の自殺」を経験しています
 まさに「仲の良い老夫婦症候群」のようなケースでした。老夫婦二人暮らしで子どもさんはおられませんでした。高度認知症の妻の外来受診に際して付き添いとして来られたのは、とっても真面目で介護に熱心なご主人でした。
 初診から約3か月後、ご主人は帰らぬ人となりました。遺書はありませんでしたので自殺の真意は不明です。
 その後も患者さんは、姪の方に付き添われて通院を続けられました。姪の方から聞いた話でも、自殺の前兆は認められなかったそうです。

 平井茂夫医師の記載にもありますように、「高度認知症の妻を介護する真面目な夫の組み合わせは事故が起こりやすい特定の危険なパターン」であると啓蒙していくことは大切な視点であると身に染みて感じています。
 男性介護者は、弱みを見せたくないため、問題を一人で抱え込み、社会から孤立する傾向があるという特徴があります。こういった特徴を理解しサポートしていくことが医療・介護・福祉関係者には求められるのです。


もうこんなにがんばっているのに
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/12/26 16:02
 74歳の妻(アルツハイマー型認知症)を19年間在宅で介護してきた74歳の男性介護者の言葉をご紹介しましょう(座談会・「介護する家族」の苦楽と工夫. 訪問看護と介護 Vol.16 1014-1025 2011)。

 確かにこちらも、がんばりすぎて追い詰められていると、ちょっとした言葉にカチンとくることもある。
 自分だけで母親をみている僕の介護仲間は、やっぱり「がんばって」と言われると、「もうこんなにがんばっているのに」とつらい気持ちになるから、これは禁句だと言っていました。
 あと、別に暮らしている兄弟がたまに様子を見に来て、「母さん、元気そうじゃない」と言われるのも、もうホントにカチンとくるらしい。日頃の苦労を知らないでよく言えるもんだと怒っていました。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第279回『認知症介護者の抱える葛藤(その5) 認知症患者の自殺を考える』(2011年12月27日公開)
 「地域福祉館 藤井さん家」(認知症対応型デイサービス)の管理者を務めたルポライターの牧坂秀敏氏は、著書『認知症ケアは地域革命!』の第五章「見果てぬ夢」(牧坂秀敏:現代書館, 東京, 2010, pp206-256)において、「介護殺人」に関しての問題点を指摘しております。
 「一体全体、介護サービスを実際に利用している世帯において介護殺人を防止できないのは、何を意味するのであろうか。地域包括支援センターやケアマネジャー、さらに介護サービスの提供者が実際に関わっていても、その兆候や気配さえキャッチできていないわけだが、その要因として考えられるのは、利用者および利用者家族との関わりの希薄さが挙げられる。それは、単に関わる回数の頻度などではなく、相手がどんな状態なのか、どんな不安を抱えているのか、何か困ったことはないのかといったきめの細かい対応や観察を心がける姿勢や視点があるかどうか。何よりも、気軽に何でも相談できるという身近な存在になるような関わりを意識的にやっていくことが必要だろう。」

 認知症患者さんにおける自殺に関しては、シリーズ第8回『告知!! アルツハイマー病です! 後編』、シリーズ第94回『シリーズ・家族から見た認知症の告知(3)』などにおいて触れてきました。私は、「認知症患者さんの自殺」と「介護殺人」の要因として、共通する社会的問題があると考えています。
 その解決すべき社会的問題に関して述べる前に、認知症患者さんの自殺の現状についての報告をご紹介します。
 東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野の箕岡真子先生は、認知症患者さんの自殺・自殺企図に関して以下のように述べています(箕岡真子:『認知症ケアの倫理』 ワールドプランニング発行, 東京, 2010, pp133-141)。
 「日本における認知症者の自殺は年間3,500人にも及ぶといわれています。しかし、アルツハイマー病が進行すると、認知機能の低下によって自殺をすることそのものができなくなってしまいます。
 「認知機能障害が軽度なうちは、不安や焦燥にかられたとしても自身の将来について思いを巡らすことができますが、認知機能低下の進行に伴い、忘れることを忘れ、自殺すること自体ができなくなってしまいます。ある研究によると『認知症が軽度で、自分の気持ちを表明できる者ほど自死傾向があり、認知症初期の知的機能が残存し、自尊心が残っている人に多い。17年間2,443名のうち、自死を口にした者187名、自死企図23名、自死9例であり、自死企図は、MMSE;15点以下1名、16~20点7名、21~25点15名であった(松本一生:認知症の人の自死傾向について;ものわすれ外来で担当した2443名をふり返る. 日本認知症ケア学会誌 Vol.8 303 2009)』としています。」
 MMSEはシリーズ第71回『シリーズ・意思能力の有無って?』において述べましたように、30点満点の認知機能検査で、目安として、9点以下は高度アルツハイマー病、10~19点が中等度アルツハイマー病、20~23点が軽度(初期)アルツハイマー病、24点以上は軽度認知障害ないし正常と判定されます。ただし、高学歴者の場合には27点以上獲得しないと「異常なし」とは判定しない場合もあります。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第280回『認知症介護者の抱える葛藤(その6) 「必要とされている」という大事な感覚』(2011年12月28日公開)
 さらに箕岡真子先生は、「高齢者が自殺を望む状態から回復するのには、『役に立っている』『必要とされている』『なにかに属している』『社会・家族の一員である』という感覚がもてることが大切です。その結果、支え合う関係性が築かれ、感情的安定や幸福感をもつことができるようになります。」と述べ、自殺予防に関しても言及しております。
 箕岡真子先生がご指摘のように、支え合う関係性を構築し、感情的安定や幸福感を持てるようにすることが、「認知症患者さんの自殺」と「介護殺人」をともに防止する重要な糸口になるのだと思います。箕岡真子先生は、「他人に依存することは自然なことであり、かつ、他人を信頼し任せることが可能であることを保証することも必要です。」と語っています。

 九州大学大学院医学研究院神経内科学の山下謙一郎助教は、今後の少子高齢化の予測に関して論文にて報告しております(日本における認知症の特徴と疫学. 臨牀と研究 Vol.88 649-652 2011)。
 「平均寿命の増加に加え、2005(平成17)年からは少子化のためわが国は人口減少局面に入り、高齢化がさらに進行している。国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成18年12月推計)』によれば、2030(平成42)年には高齢化率は31.8%と国民の約3人に1人が65歳以上の高齢者となる社会の到来が予想されている。」
 2011年7月12日に公表された平成22年国民生活基礎調査(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/)では、「老老介護」増加の実態が明らかになりました。要介護の高齢者を同居する高齢の家族が介護するのが「老老介護」です。調査の結果、75歳以上の要介護者がいる世帯のうち、75歳以上の家族が主に介護している世帯は25.5%(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/4-3.html)であり過去最高となっていることが報告されております。
 今後急速に少子高齢化は深刻さを増していき、「老老介護」が益々大きな社会問題となっていきます。


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第281回『認知症介護者の抱える葛藤(その7) 介護の問題は「気が休まらない」こと」という大事な感覚』(2011年12月29日公開)
 国立病院機構菊池病院の室伏君士名誉院長は、著書『認知症高齢者と家族へのケアマネジメント』(ワールドプランニング発行, 東京, 2009, pp80-81,110)の中で以下のようなデータを紹介しています(一部改変)。
 「介護保険制度直前の『痴呆性老人を抱える家族の全国実態調査報告(健康保険組合連合会, 2000)』のデータによると、介護の悩みについては、気が休まらない70.1%、自分の時間がもてない58.9%、外出ができない43.0%、目が離せない41.8%、家事に思うように手がまわらない30.2%となっていた。
 在宅介護の『燃え尽き症候群』は、頑張り過ぎの介護、すなわちストレス学説でいう『過剰適応』の際に起こりやすい
 老老介護が増加する中で、『介護破綻』(介護の行き詰まりによる殺人や無理心中など)も増えてきている。…(中略)…この加害者の約7割は男性である。」
 そして室伏君士医師は、「2006年の介護保険法改正で、要介護者に同居家族がいる場合は、生活援助サービスが受け難くなったというサービス抑制策が出されたことが、家族介護者に大きく影響しているように思われる。」と制度の問題点を指摘しております。

 超高齢化社会(シリーズ第179回参照)の到来とともに、親が認知症を患ってしまうことは、ごく当たり前の時代となりました。自分がいつ介護者となってもおかしくないのです。認知症になっても安心して暮らせる社会づくりは、認知症本人にとってだけでなく介護者にとっても喫緊の課題なのです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第20回『認知症の代表的疾患─アルツハイマー病 アルツハイマー病の診断には時間がかかる』(2013年1月3日公開)
 じゃあ、たった1回の診察で「アルツハイマー病です」と診断されたらおかしいってことになるの?

 はい。より正確に診断するためには、少なくとも6カ月は経過観察することが大切なんですよ。
 しかし、家族によっては、初診に至るまでの詳細な経緯をメモ書きして持参されますので、それを読んで、「緩やかな発症と持続的な進行」を確認できれば、初診時にアルツハイマー病と診断が下されるケースは多々あります。

 アルツハイマー病と診断されますと、次には「告知」をどうするかという問題が出てきます。
 認知機能が中等度以上に低下している場合には、告知の意義が乏しい場合がほとんどです。それはご本人の病識が欠如していることが多いからです。
 しかしながらごく初期の若年性アルツハイマー病の場合には、職場の配置換えや休職のタイミングなどをどうしたいかなど、本人の意向を確認しなければ、周囲には決めがたい重要な事柄が多々ありますので告知した方が望ましいと思われます。また、任意後見制度などの問題も絡んできます。
 一方で、アルツハイマー病の安易な告知に警鐘を鳴らす意見もあります。群馬大学大学院保健学研究科の山口晴保教授は、「米国でアルツハイマー病と診断された地域在住高齢者の平均余命は、男性4.2年、女性5.7年と記載されています。本邦では、あなたの病気は認知症ですよ。死なない病気だから心配ありませんなどと無責任に本人に告知する医師がいるのが現状です。現時点では根治療法の確立していないアルツハイマー病の告知は、ガンの告知と同様に慎重でなければならない場合が多いと思います。」(認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント第2版 協同医書出版社, 東京, 2010, pp240-242)と指摘しております。
 認知症と自殺に関する統計は少ないのが現状です。医療法人愛生会総合上飯田第一病院老年精神科の鵜飼克行部長は、「自殺企図の頻度は、疾患別では、アルツハイマー型認知症5.9%、脳血管性認知症5.4%と報告されている」(服部英幸編集 鵜飼克行著:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp63-64)と報告しております。
 私は、2004年7月から8月にかけて、アルツハイマー病患者さんの介護者39名を対象として意識調査を実施しました。その結果、39名中34名の方が、「自分自身が認知症になった場合に告知を希望する」と回答していました(住田裕子:認知症の告知の問題. 老年精神医学雑誌 Vol.22 138-142 2011)。しかし、患者さん本人に告知されているケースは34名中8名に過ぎませんでした。
 アルツハイマー病においては、自分自身が患者であるならばきちんと病名を知りたいけれど、家族の立場としては患者さん本人には知らせたくないという難しい問題も抱えているのです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第286回『難しい早期診断と告知─告知はやはり慎重に』(2013年10月17日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は著書の中で若年性アルツハイマー病の患者さんが告知を受けたときの状況について記述しております(松本一生:喜怒哀楽でわかる認知症の人のこころ 中央法規, 東京, 2010, p82)。一部改変してご紹介します。
 「浅井豊さん(仮名 58歳・男性)は、大した病気ではないだろうという期待を胸に受診しましたが、検査結果はあっけないほど簡単に伝えられました。MRlの画像診断、知能検査と面接がすべて終了した後、担当医は言いました。
 『浅井さんは若年性アルツハイマー型認知症です。定期的に受診してください。日々のケアや診療は地域の“かかりつけ医”にお願いしましょう』
 彼も妻も、その後の対応をどのようにすればよいか聞きたかったのですが、大病院の外来では話をする時間が限られていました。受診の帰り道、浅井さんは妻に言いました。『病名を聞いただけだから、余計に不安になった』。
 二人は2か月ほど心の内を相談できる相手が見つからず、つらい日々を送りました。」
 この記述のような告知方法は、告知慎重派の私にとってはちょっと信じがたい光景です。
 私の場合には、先ずはご家族に病状説明をし、ご本人に対する告知のメリット・デメリットを説明します。そして家族内で、本人に対する告知に関して協議してもらいます。デメリットとしては、「自死」というリスクに関しても考慮する必要があります(メモ4参照)。
 また自殺幇助との絡みからよく報道されたジャネット・アドキンズさん(メモ5参照)の事例は有名ですね。
 そしてご家族の理解・協力態勢が確認され、本人に病状を受けとめるだけの判断能力があると考えられた事例においては、ご本人に病状説明をするようにしております。告知に対してこれだけ慎重に取り組むことがベストの方法であるのかどうかは、意見が分かれるところだと思います。
 ADNI研究(ADNI研究については、シリーズ第72回『軽度認知障害 物忘れがひどくなったら』参照)においては、アミロイドPET検査で異常集積が確認された場合(preclinical AD=発症前段階のアルツハイマー病を示唆)の受診者への結果説明指針において、結果を開示する条件として以下の3条件を求めており、この態勢をとることができない施設はアミロイドPETに関する検査結果の開示を実施すべきではないとしています。その3条件を以下に示します。
1)検査結果の開示については「J-ADNI研究アミロイドPET検査結果の開示に関する指針」に従って行うこと
2)各施設における倫理委員会で結果を開示する方針が承認されていること
3)結果の開示に対して被験者が抱く不安に対処する態勢が整っていること
 具体的には、A)被験者のカウンセリングに対応する担当者を置く。原則として各施設の臨床責任者がこれを担当する。B)被験者の希望があった場合、長期的にフォローできる態勢をとる。
 東京大学大学院医学系研究科神経病理学の井原涼子医師は、アミロイドPETによるプレクリニカルADの診断が発症前診断にあたるという倫理的問題に絡んで、「現在ではプレクリニカルADが必ず全例ADに移行するのか分かっておらず、被験者への結果説明には万全を期す必要があり、必要に応じてカウンセラーによるケアが受けられる環境を作る必要がある。」(井原涼子:J-ADNIの現況と未来像. 2013年6月号メディカル朝日 29-31)として注意喚起しております。

メモ4:認知症における自殺企図
 認知症と自殺に関する統計は少ないのが現状です。医療法人愛生会総合上飯田第一病院老年精神科の鵜飼克行部長は、「自殺企図の頻度は、疾患別では、アルツハイマー型認知症5.9%、血管性認知症5.4%と報告されている」(服部英幸編集 鵜飼克行著:BPSD初期対応ガイドライン ライフ・サイエンス, 東京, 2012, pp63-64)と言及しております。
 公徳会佐藤病院精神科における検討結果によれば、409例のアルツハイマー病(男性153例、女性256例)のうち13例(3.7%;男性2例、女性11例 平均年齢75.6歳)に自殺企図を認めたそうです。自殺企図例では、うつ状態は持続的で深刻であるとともに、CDR(Clinical Dementia Rating)による重症度分類では全例が初期認知症であったことが報告されています(伊藤敬雄、佐藤忠宏:アルツハイマー型痴呆の自殺企図例についての検討. 臨床精神医学 Vol.27 1455-1462 1998)。
 初期アルツハイマー病患者さんへの告知には、やはり慎重な姿勢が求められるわけですね。
 また、血管性認知症においては、「血管性認知症の場合は、認知症が段階的に悪化し、安定期が長く続くといった特徴があり、自殺率が高い。」(重度の認知症には緩和ケアを. 2011年1月27日号 Medical Tribune Vol.44 48)ことも報告されています。血管性認知症における告知に関しても細やかな配慮が必要となるわけですね。


※アピタル最終回の1つ手前の原稿です。
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第806回『感情に配慮したケアを─ピンピンコロリ、確率はわずか』(2015年3月28日公開)
 多くの方が願望する「ピンピンコロリ」の希求ですが、シリーズ第223回「親がアルツハイマー病、私の将来はどうかな!─『ありふれた疾患』であり『明日はわが身』」において述べましたように、95~99歳での認知症有病率は77.7%という現状があります。ですから、「ピンピンコロリ」を達成するには、認知症対策がひとつの大きな鍵を握ります。
 厚生労働省のウェブサイトにアップロードされております資料(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011wl9.html)の冒頭部分には、仙台往診クリニック(http://www.oushin-sendai.jp/index.html)の川島孝一郎院長の「障害期間・要介護が増加して、そして緩やかに最期を迎える。これが日本人の9割以上に達します。急死率はわずか5%くらいでございますので、ピンピンコロリと亡くなるのではない。」という発言が記述されております。
 私が市民向け講演会の最後にいつも話していることがあります。それは、信濃毎日新聞取材班が77回にわたって連載したルポルタージュをまとめた一冊「認知症と長寿社会─笑顔のままで」のエピローグ(認知症と長寿社会─笑顔のままで 講談社現代新書, 東京, 2010, pp256-259)において提言されております以下の記述です。
 「『老い方』を考えてみたい。敗戦からはい上がり、高度経済成長を実現してきた日本人の多くは、高い生産性を求められてきた。それを支えてきた価値観が『社会の役に立つ』という生き方だった。
 他人を頼らない。死ぬ時は迷惑をかけず、苦しまず─。長寿社会の底流をなす『ピンピンコロリ』の希求も、その延長線上にある。
 だが、老いてもなお自立なのか。急増する認知症が問いかけるのは、長寿社会をつくり上げてきた価値観の転換ではないのか。『誰かの世話になって生きていく』。この当たり前の覚悟を受け入れたとき、長き老いを支え合う仕組みや社会的資源がもっと必要だ、ということにも気づく。

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活―本文冒頭 [レビー小体型認知症]

私の脳で起こったこと.jpg
『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』・本文の出だし

……2012年9月23日 発症
 9月19日、動く虫の幻視を見た。その瞬間、悪夢が現実になったと直感した。幻視は、去年の春にも見た(歩く虫。人)。その後はなかったので、目の錯覚と思おうとしていた。でも錯覚にしては、リアル過ぎた。幻視について調べ、レビー小体型認知症を強く疑うきっかけになった。
 調べれば調べるほど、症状が当てはまる。8年前のうつ病の診断、抗うつ剤でひどい副作用が出たこと、悪夢を見て叫ぶこと、様々な自律神経症状(橋本病のせいだと思っていた)。パーキンソン症状はないが、あちこちにこわばりを感じる。
 若年性レビー小体型認知症の情報は、ネット上にもない。『第二の認知症』にあったのが、唯一の症例。急激に進行して、衰弱して、10年で亡くなっている。初診から6年後、47才で。
 恐い? 恐くはない。やり残したこともない。私は、十分に家庭の幸せを味わった。
 失うものはほとんどない。責任のある仕事もない。子供達も成人した。
 生きることは苦しいことだ。死ぬことは恐くない。ただ淋しい。
 子供達を見守っていくことができなくなることが淋しい。夫の描いていたのどかな老後の夢を壊すことが苦しい。オムツをするようになることが辛い。夫にも子供にもさせたくないし、できないとも思う。
 50代で入れる施設もないだろう。ボランティアを募集しようか。
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp10-11】

私の感想
 「悪夢を見て叫ぶこと」は、レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)と呼ばれる症状です。
 実はこの症状、私にもあります。「RBDが、DLB発症の数年前から予兆として認められるケースもある」ことを専門医である私は知っていますので少しだけ心配してしまいますが、本当に少しだけしか心配しないのです。
 だって私、毎晩浴びるように飲んでいるから、どう考えても確率的には、レビー小体型認知症を心配するよりも、肝硬変を心配する方が正しい心配方法ですよね。
 しかも「医者の不養生」を自慢していてガン検診も受けていない。もう数年、胃・大腸などのガン検診を受けていません。

 まあそんな余談はさておき、以前アピタルに寄稿した「レム睡眠行動障害」に関する記述を以下にご紹介しましょう。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第30回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 歯切れの悪い回答をした理由』(2013年1月13日公開)
 そうなのか! 薬を投与して無理して幻視を消さなくても良いのか!
 じゃあ、幻視以外にはどんな症状が特徴なの?

 電気のコードがヘビに見えたり(錯視)、天井や壁がゆがんで見えたり(変形視)します。花瓶を子どもと勘違いして、花瓶に話しかけたりします。

 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)では、「幻視以外の幻覚として幻聴や体感幻覚が出現することもあるが、頻度は高くない」ことが報告されています(Iseki E et al:Psychiatric symptoms typical of patients with dementia with Lewy bodies─similarity to those of levodopa-induced psychosis. Acta Neuropsychiatr Vol.14 237-241 2002)。
 「幻聴」は、統合失調症において有名な症状ですね。統合失調症では、幻聴が多くみられますが幻視は稀です。いずれにしても、幻聴を認めるから統合失調症であると短絡的に判断をしてはいけないわけです。
 では「体感幻覚」ってどんな症状でしょうか。具体例を挙げて説明しましょう。「頭・胸・肩に虫がたまっている」とか「頭から虫が流れる」などと訴え、「むずむず足症候群」の様相を呈したりします。むずむず足症候群だと思ってそのまま経過観察していたら、実はレビー小体型認知症だったということもありますから診断面において注意を要しますね。

 レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)においては、夢内容(悪夢が多い)に興奮して、激しい寝言(奇声・大声)、手を振り上げる・脚で蹴る(壁などを叩いて手を怪我してしまったり、無意識の中で隣で寝ている配偶者を殴ってしまう)、周囲の状況が分からないまま立ち上がったり歩き出すといった行動障害が認められます。RBDが、DLB発症の数年前から予兆として認められるケースもあります
 私は学生時代にサッカー部に所属しておりました。今でも時折サッカーの夢を見ます。何と言っても最悪なのがシュートするシーンの夢ですね。シュートした途端に、寝室の壁を蹴ってしまいます。添い寝している愛犬を蹴ってしまったこともありました。それ以来わが家の愛犬リッキー君は、冬になると掛け布団と掛け毛布の間に入って、私の脚を避けて眠るようになりました。私は夜中の寝言も激しいようですし、RBDではないかと心配しています。
 津市で2012年6月14日に開催されました医師会後援の住民健康講座の質疑応答時間において、ある女性の方から、「私の主人もRBDがあるようで、笠間先生の講演をお聴きし、主人を受診させるべきかどうか迷いだしました。どうすればよいのでしょうか?」と質問を受けたことがあります。この質問には、ちょっと返事に困ってしまいました。私は、「自分自身もRBDではないかと懸念していることをお伝えし、どうしてもご心配でしたら受診され、確認することになりますが…」とお返事しました。しかし、何とも歯切れの悪い回答になってしまいました。それは私自身が葛藤する部分でもあるからです。RBDであることが確認されたとしても、レビー小体型認知症(DLB)などの疾患に移行するのかどうかなんて予測困難であるし、仮に予測できたとしてもDLBへの移行を予防する手段があるわけじゃないんだから…。
 この女性の方からの質問に対する回答として、現状ではベストであろうと思われる返事について金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学(神経内科)の山田正仁教授が言及されておりますので、一部改変して以下にご紹介しましょう。
 「最近では一般の方でも『RBDみたいな症状があるから自分はDLBではないか』と訴えて神経内科に来院される方がいます。おそらくDLBを含むレビー小体病の初発病変の局在や、その後の進行形式・速度には大きなバリエーションがあり、それに対応して睡眠障害、うつ、パーキンソン症状、嗅覚異常、認知症などの様々な症状で発症し、さらに症状が出現した後、進行していく場合ばかりでなく、進行していかない場合もあります。現在われわれの知っているDLBは氷山の一角であり、自然経過のバリエーションがわかってくるのはもう少し先ではないかと思っています。」(山田正仁 他:座談会─認知症の早期発見・薬物治療・生活上の障害への対策. Geriatric Medicine Vol.50 977-985 2012)
 現状では、自然経過が詳しく解析されていないようですので、あまり過度に心配するのは控えておいた方が良さそうですね。

 なお、RBDに対して、転落防止の目的で4点柵を施すと、ベッド柵に脚をぶつけ骨折するケースもありますので、ベッド柵にタオルを巻くなどの工夫も必要となります。
 RBDは、睡眠からの覚醒とともに消失します。起こされるとすぐに覚醒し、夢の内容を再生できることが多いです。RBDが睡眠中のてんかん発作と誤診される場合があります。しかし、てんかんと違い、行動を内省できるのがRBDの特徴です。

認知障害の進行が止まっているレビー小体型認知症(probable DLB) [レビー小体型認知症]

症例 食事摂取困難と足底の不快感を主訴に来院した 78歳, 男性(probable DLB)

レビー症例.jpg
【画像検査に関するコメント】
 DLBでは脳MRIに特異的な変化がないことが特徴であるが,本例のように全般性脳萎縮・側脳室下角・体部拡大,第三脳室拡大などを示し,一見PSPにおける脳形態的特徴に類似する場合があることに注意を要する.一方,本例のSPECT所見は,前の症例と同様に前頭葉眼窩面・外側面・帯状回と両側側頭葉極における取り込み低下が主体であり,視覚野(後頭葉)や視覚連合野(頭頂後頭葉)の取り込みがないことが特徴である.一般的に,DLBにおける幻視は一次視覚野と視覚連合野(後部側頭葉・頭頂葉・後頭葉外側)における代謝不均衡が原因であるとする考え方がある[Imamuraら 1999].一方,体系的な幻視は扁桃核と海馬傍回のレビー小体密度の高さと,病早期から出現する幻視は海馬傍回と下側頭回のレビー小体密度と有意の関連があることなどから,側頭葉のレビー小体密度が幻視に最も関連するという考え方もある[Hardingら 2002].本例では繰り返し出現する明らかな幻視があるが,頭頂後頭葉には取り込み低下を認めなかったこと,一方で両側側頭葉には取り込み低下を認めたことから,側頭葉病変が幻視に関わっている可能性が考えられる.
【その後の経過】
 初診後約2年にわたり経過観察中であるが,ドネペジル塩酸塩の開始により,幻視は速やかに消失して再発は見ていない.また,認知障害の進行は止まっている.一方,ドネペジル投与とは関連なしに,しだいに右優位に振戦と筋強鋼が出現.診断がpossible DLBからprobable DLBとなった.
 【福井俊哉:症例から学ぶ戦略的認知症診断・改訂2版. 南山堂, 東京, 2011, pp214-216】

私の感想
 レビー小体型認知症は「進行性疾患」とわれわれ専門医は洗脳されてしまっており、進行が確認されないと、ともすれば「誤診」ではないかと指摘する声が上がります。しかし、あの理論派の福井俊哉先生(http://kkh.ne.jp/013_aisatsu.html)が認知障害の進行が止まっている事例を専門書で報告しているとなるとその言葉の持つ意味は重いですよね。

愛という名の支配 [終末期医療]

高山義浩先生と医学生の会話

 高山義浩先生と医学生の会話(https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=997883340265173&id=100001305489071)、かなり興味深い話が出てきますよ。
 例えば以下の部分です。

高山先生:
 「そういや、君、マザーテレサの施設でボランティアしたことがあるって言ってたよね」

医学生:
 「ええ、昨年、カルカッタの『死を待つ人々の家』に行ってきました」

高山先生:
 「僕も活動したことがあるよ。20年も前のことだけどね。ところで、今でも入所者が水を飲む時間って決められてるの?」

医学生:
 「そうですね。食事の時間、シャワーの時間、トイレの時間、それに水を飲む時間も決められてました」

高山先生:
 「あんなのはケアじゃない。シスターによる支配だ。そう思わなかったか?」


 高山義浩先生の鋭い視点、いつも感動しています。
 以前私が執筆担当しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?」第108回において、「愛という名の支配」について言及したことがありますので以下にご紹介致します。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第108回『終末期への対応 「愛という名の支配」ではないのか』(2013年4月12日公開)
 最近発行された老年医学雑誌において、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン─人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(2012年6月27日)の起草・推敲を担当した東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター上廣講座の清水哲郎特任教授が書かれた印象深い文言を見つけました。
 「家族は本人と非常に近い間柄である。だからその関係には、互いに相手のために一所懸命になる、という麗しい面とともに、相手の意思を軽視して、家族が本人にとってよいと思ったことを押しつけるといったこと─『愛という名の支配』─もあるのだということに留意して、時には、本人の最善のために、家族に対して本人を擁護する役割が医療・介護従事者に期待されることもある。」(清水哲郎:意思決定プロセスの共同性と人生優位の視点─日本老年医学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」の立場─. Geriatric Medicine Vol.50 1387-1393 2012)
 父に対して、胃瘻造設も検討した私の姿は、まさしく、「愛という名の支配」であったのかも知れませんね。
 なお、「死に目に会う」ことを重んじる慣習について、東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 上廣死生学・応用倫理講座の清水哲郎特任教授と会田薫子特任准教授は、週刊医学界新聞の座談会「終末期の“物語り”を充実させる─『情報共有・合意モデル』に基づく意思決定とは」(2013年2月4日付週刊医学界新聞・第3013号 1-3)において興味深い話を紹介されております(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03013_01)。
会田:
 「以前、ある訪問看護師から聞いた『患者さんの“死に目に会う”ことより、亡くなるまでのプロセスにしっかりかかわれたことが大事』という言葉が印象的でした。日本では『死に目に会う』、つまり最期の瞬間に立ち会うことを重んじる慣習があるので、普段訪問している看護師であるからこそ、患者さんの亡くなる瞬間には立ち会いたいものかと思っていたのですが、そうではないというのです。」
清水:
 「本人に寄り添ってケアのプロセスをたどってきた方は、『死に目に会う』かどうかにあまりこだわらない傾向があるように思います。本人とのつながりが安定しているからではないかと思うのですが。」

サヴァン症候群 [脳科学]

朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第127回 認知症にリハビリの効果は期待できるか?(7) 驚異の才能』(2011年6月13日公開)
 前頭側頭葉変性症の発症後に芸術的能力を開花させたケースが報告されており、獲得性Savant症候群として注目されています。昭和大学医学部内科学講座神経内科学部門の河村満教授は、「獲得性Savant症候群の多くの例では、左大脳半球の障害が能力開花のきっかけとなっている。つまり、左大脳半球の活動抑制によって右頭頂葉の機能が亢進した現象とも考えられる」と述べています(診断と治療 Vol.99 467-474 2011)。
 では、右頭頂葉の機能が低下すると、それまで持っていた芸術的能力が衰えるのでしょうか? 実は私はそう考えていました。しかし、ダーリア・W・ザイデルの著書『芸術的才能と脳の不思議-神経心理学からの考察』(河内十郎監訳,河内薫訳,医学書院,2010,pp38-43)には、右頭頂葉損傷後も芸術的技能に変化を認めなかった複数の画家・芸術家・彫刻家のケースが紹介されております。2次元の絵における空間の奥行きの表現は右頭頂葉の働きによる(同書 ,p47)ことを考えるととっても興味深い事実ですよね。
 Savant(サヴァン)という言葉はあまり聞き慣れない用語だと思います。ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士は、著書(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp14-17)の中で、「サヴァン」という言葉の由来を紹介しています。
 「1887年、ダウン症候群の研究者として知られるJ・ラングドン・ダウンが興味深い報告を残している。自身が院長を務めていた精神病院の患者のなかに、驚異の才能をもった人々がいると。このときのダウン博士のレポートは、精神的な障害とサヴァン症候群との間に、何らかの関連性があることを示した最初の報告だった。またダウン教授が、こうした特異な症状を『サヴァン』という言葉を使って表現した最初の人物でもあった。当初は『イディオ・サヴァン(白痴の賢者)』といわれていたが、今では単に『サヴァン』と呼ぶようになっている。」
 
 茂木健一郎さんの著書の第2章「百年の友情」(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp57-97)においては、超未熟児で生まれ、脳の深刻なダメージによって重度の発達障害と学習障害があり、成長しても人とコミュニケーションをとることはまずできないだろうと医師から生後まもなく悲痛な宣告をされたデレクの奇跡の物語が紹介されています。
 デレクは、早産のため肺機能が十分に発達していなかったため、高濃度酸素治療が行われました。1979年当時は、未熟児に高濃度酸素を長時間投与すると網膜剥離を引き起こしてしまう危険性が熟知されておらず、治療により命は救われましたが、その代わりデレクは視力を失ってしまいます。
 重度の自閉症で、ピアノのレッスン以前に、人とコミュニケーションをとることがきわめて難しいデレクがその後、盲目の天才ピアニストと成長していきます。
 デレクの才能の注目される点は、創造性を有するサヴァン症候群であったという部分です。
 この点に関して茂木健一郎さんは次のように述べています。
 「サヴァン症候群の人々には、側頭連合野に膨大なデータを収納して、それをそのまま引き出してくることに長けている人は多い。一方、そのデータの配列を変えてアレンジするには、前頭葉の指令が必要となる。つまり脳に『意欲』のようなものがないかぎり、創造性というものは生まれないのだ。だから、創造的になるためには、まず、この『意欲』をいかに引き出すのかが、いちばん大切になってくる。ここで、ピアノをいつも一緒に弾いていたアダムの存在はとても大きかったのではないだろうか。…(中略)…言葉による会話が苦手なデレクは、アダムとのピアノの連弾ではじめて、自分の感情を表現し、それを誰かに受けとめてもらうという喜びを知ったのではないか。音楽こそが自分と人々を結びつけてくれる。…(中略)…音楽を自由に操って自分の感情をもっと表現して、もっともっと人とつながりたい。そんな欲求が創造性を育んできたのではないだろうか。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第150回 出そろった4種類の認知症治療薬(4) 珍しい副作用のケースに遭遇』
 私が最近経験した極めて稀な副作用の一例をご紹介しましょう(以下、個人情報の特定を防ぐために事実関係に若干の改変を加えています)。
 患者さんは、80代後半の女性です。
【既往歴】
 高血圧症にて月1回、近くの病院で投薬加療中。
【主訴】
 物忘れ
【認知機能検査】
 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):26/30
 リバーミード行動記憶検査(日本版/RBMT)
  標準プロフィール点(24点満点):6/24
  スクリーニング点(12点満点):1/12
 ※アルツハイマー病では、標準プロフィール点が5点以下、スクリーニング点が1点以下まで低下することが多いです。

 記憶障害以外に、息子がもう一人家の中にいるような誤認や昨年死んだ犬が今も生きているような言動も確認されましたので、軽度アルツハイマー型認知症と診断し、2010年11月よりドネペジル(商品名:アリセプト)を開始しました。
 2011年6月の診察の際にご家族から、「この2~3か月ほど、首の前屈が目立ってきました」という訴えがあり、「ひょっとして副作用?」と疑い、ドネペジルを中止してみることにしました。
 と言いますのは、非常にな副作用ですが、「首下がり」に関する文献をごく最近、医学書店で立ち読みした記憶がかすかにあり、頸部前屈(首下がり症候群)という珍しい副作用をふと思い出したのです。
 私は物忘れがかなり多い方です。特に楽しかった飲み会におけるある時点以降の記憶はほとんど飛んでしまう方です。もし私に「タイムマシンのような記憶力」(メモ参照)があったら記載されていた雑誌を思い起こしてすぐに調べられるのにと残念に思いました。2011年春先の「神経内科」雑誌だったようにおぼろげには記憶していましたので、榊原白鳳病院神経内科医師に相談しました。するとすぐに掲載雑誌を持ってきてくれました。

メモ:タイムマシンのような記憶力
 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士が書かれた著書には、「超記憶症候群」のリック・バロンさんの詳細が紹介されています(奇跡の脳の物語-キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp99-117)。
 リック・バロンさんは、世界でたった四人しかいないとされる超記憶症候群の一人だそうです。
 著書によれば、超記憶症候群とは、「通常、時間ととともに薄れてゆく幼い頃に体験した出来事などを、細部に至るまですべて正確に覚えている能力」と言われています。
 リックは、「十三歳から現在にいたるまで、およそ四十年以上にわたって、自分に起きた出来事を正確に記憶している」そうです。

 皆さん、リックの家にないものって分かりますか?

 「リックの家には、カレンダーも、電話帳も本もメモ用紙もない」そうです。一度見たものはすべて覚えてしまうため、そのような類のものは必要ないようです。
 メモ魔の私にとっては、羨ましい限りの才能です。毎晩意識が遠のくまで深酒をして、おそらく海馬が萎縮して記憶力が低下している私にとっては・・。


重複記憶錯誤
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/06 12:40
 このケースの診断は、「軽度アルツハイマー型認知症」と記載しておりますが、実は、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)も疑わしい状況です。
 DLBの概略は、シリーズ第20回『幻視が特徴の認知症とは』にて復習して下さいね。
 さて本例のどこが「DLBらしさ」かというと、「息子がもう一人家の中にいるような誤認」という部分です。この症状は、専門的には「重複記憶錯誤」と呼ばれます。

 DLBでは他にも、「幻の同居人」とか「カプグラ症候群(Capgras syndrome)」などの奇異な症状も時折認められます。これらの症状に関しては、後日また別の機会に詳しく説明致します。


超記憶症候群
投稿者:シャトー 投稿日時:11/08/06 18:17
 稗田阿礼もそうだったのでしょうか。

Re:超記憶症候群
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:13
シャトーさんへ
 かなり古い時代の方ですから、詳細な記録は残っていないのでは・・。
 まともな回答になっていなくて申し訳ないです。


認知症の治療に疎い私に教えて下さい
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 03:46
 この方の認知症治療の目標は何になるのですか? 治療薬によって、正しい記憶をよみがえらせる事? それともそれ以上の進行を阻止する事? 自分にあった治療薬を探すのも大変ですが、治療薬を用いると家族が決断する時も大変ですよね。

 私もメモ魔ですが、メモするの大好き。メモするのは、自分の記憶が頼りにならないからですが、メモする過程に新たな学習の喜びがあります。

認知症治療の目標
投稿者:笠間 睦 投稿日時:11/08/07 05:14
音とリズムさんへ
 コメント拝見しました。
 とっても重要な質問だと思います。「認知症治療の意義」に関しては、以前から議論されている話題です。
 シリーズ第83回『早期診断・早期治療が重要である理由』において、「認知症診療において早期診断・早期治療が重要であるのは、端的に言えば『認知症の進行を遅らせることができるから』です。」と私は述べております。
 さらにもっと早期の段階(=軽度認知障害;MCI)で受診することの意義に関しても、シリーズ第4回『認知症検診の誕生秘話』のコメント(=『今、受診することの意義』)において、「正確な診断のために」と説明しました。
 幻視に対して不安を感じておられる方でしたら、それに対するケアの指導なども認知症外来では求められます。
 軽度から重度に至るまで共通の治療目標は、「家族が穏やかに介護していけるように」という視点ではないかと私は考えています。

 また、「治療の意義」を論ずるうえでは、「費用対効果」の問題を考える必要が出てきます。
 認知症の進行を遅らせることは、「一時的でわずかな認知機能の改善に過ぎないのなら、認知症による問題行動に振り回されてきた介護者にとっては、その辛いプロセスを長く続けることになってしまう」という指摘もされております。そのような意見に対して、真摯に耳を傾けることも必要だと思います。
 「費用対効果」の問題は、また改めて詳しくお話させて頂きます。


ありがとうございます
投稿者:音とリズム 投稿日時:11/08/07 13:12
 Dr. 笠間、わかりやすく説明していただきありがとうございます。最近ブログを読み始めたので過去に書かれたリポートは拝見していませんでした。失礼しました。
 認知症の進行を遅らせることと、その引き換えに介護が長期化する事のジレンマは重要な問題ですね。また、費用の事も重要な問題です。「費用対効果」のお話し楽しみにしています。また、どんどん進む高齢化社会で、ますます多くなる認知症の患者さんの研究をなさり、我々の医療に貢献くださりありがとうございます。

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活 [レビー小体型認知症]

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『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』─「はじめに」
 「認知症」って、いったい何でしょう? もし「認知症」と診断されたら、その日から何が変わるでしょう? 「認知症」と診断された人の脳内では、何が起こり、本人は、それをどう感じているでしょう? 進行する一方と告げられた絶望は、どのように変化していくでしょう?
 この本は、これらを記録した私の日記です。病気に気づいてから講演に踏み出すまでの2年4ケ月の中から抜粋しています(編集者と話し合い、敢えて、他者のアドバイスも手も一切入れず、推敲のすべてと校正のほとんどを自分一人でしています)。
 病気になって初めてわかったことは、数多くあります。過去の「認知症の常識」は、私の中で次々と覆されていきました。例えば「若年性レビー小体型認知症は、進行が早く、余命は短い」。最初に自分の病気について知り得た唯一の情報です。鵜呑みにした私は、今、読み返すと不思議に思うほど深刻に死と向き合っていました。
 約2年間治療を続けている今、ほとんどの症状は消え、認知機能検査(MMSE)は、満点に回復しています。一時期は、単純な計算もできませんでしたが、その時にもこの病気について書かれた研究論文は、読めました。料理に苦労するようになっても、思考力の低下だけは、感じませんでした。
 今、「認知症」という言葉は、病気の種類も進行の度合いも無視して、十把一絡げに病名のように使われています。病気の種類によって、症状も治療もケアの注意点も違いますが、ほとんど無視されています。「認知症」は、深く誤解された言葉だと私は思います。それは、「認知症」と診断された誰をも絶望させ、悪化させ、混乱させます。
 認知症とは、本当は、どういう状態なのか。人間の脳とは、何なのか。脳の機能にはどんなものがあり、病気によって障害されるとどうなるのか…。まだまだ未知の部分が多い脳の世界を垣間見るために、この本が役立てばと思います

 急速に変わりつつあるとはいえ、レビー小体型認知症は、まだ知名度の低い病気です。私は、内科、眼科、整形外科で「レビー…? どういう字を書きますか?」と訊かれました。
 では、230ページの症状集を見て下さい。「これだ!父は、アルツハイマーじやない!」と気づく方が、少なからず現れます。正しく診断されていないだけで、実際には、認知症の約5人に1人がレビー小体型だと専門医は言います。生前にうつ病、パーキンソン病と誤診されていた人気俳優、ロビン・ウィリアムズもレビー小体型認知症でした。
 私も41才でうつ病と誤診され、約6年間、誤った薬物治療を受けました。自分でこの病気を疑い、文献を読み漁り始めたのが、49才。この病気について書かれたものは、活字でもウエブサイトでも片っ端から何でも読みました。この病気の家族会と連絡を取り、介護家族の方々から更に詳しい情報を得ました。
 50才の秋、専門医を受診しましたが、診断され、治療が始まったのは、翌年の夏。抗うつ剤で劇的に悪化した日から、丸9年という歳月がかかりました。
 しかしこれは、私にだけ偶然起きたことではありません。誤診や処方薬による悪化で苦しんでいる方が少なくないことを、この病気について調べ続けた4年間に知りました。
 過去の主治医達への恨みなどありません。ただ、こうした医療に対して、多くの疑問と憤りがあります。一刻も早い改善を痛切に願います
 …(中略)…
 もし誰もが、正しく病気や障害を理解し、誰にでも話すことができ、それを自然に受け入れられる社会なら、病気や障害は、障害でなくなります。私は、認知症を巡る今の問題の多くは、病気そのものが原因ではなく、人災のように感じています。
 今、診断された本人たちを含め、ありとあらゆる分野のたくさんの方々が、認知症になっても笑顔で歩き続けることのできる道をつくり続けていらっしやいます。そんなお一人おひとりの姿を見ると、深い感動と感謝で涙が出てきます。無数の方々が、長年にわたってひとつひとつ石を積み上げ、今、大きな道ができつつあります。私も先輩たちが切り開いて下さった道があったからこそ、ここまで歩いてくることができました。何のキャリアもない、頼りにならない私でも、今、その工事の末端に加わり、汗を流してひとつの石を置けることを心の底からうれしく、幸せに思います

 書籍化に当たっては、抜粋した日記を更に大量に削らなければならず、私に力を与えて下さった多くの方々についての記述を割愛しました。ここに、皆さんへの感謝を込めます。私を見つけて下さった優れた編集者、小宮亜里さんにも。
  2015年初夏 樋口直美
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp2-5】

私の感想
 「はじめに」には往々にして筆者の主張が込められておりますので、大胆に、ほぼ全文をご紹介させて頂きました。本文に関しましては、著作権の関係もありますので、最小限の「引用・抜粋」に留めて私の感想を書いていきたいなぁと思っております。

 藤野武彦先生(九州大学名誉教授、医学博士)は、巻末の解説「セレンディピティ─この日記が語る世界」において以下のように語っておられます。
 本書の特徴は、孤独と絶望の渦中にありながら、まさに題名の如く「私の脳で起こったこと」を実にクールな観察と卓越した文章力で表現されている事である。従って講演の中で著者が「私は認知症ではありません」と述べておられるのは当然と言えば当然である。医師を含めて多くの人が抱いている誤った認知症のイメージ、「知性も人格も失う」「理解不能の言動で周囲を困らせる」「自分が自分でなくなる」「脳細胞が死滅し続け、進行性で回復はない」等々をこれほど木端微塵に打ち破った文章は、これまでにあっただろうか。無論、ここに描かれているのは認知症の中のレビー小体型認知症に限るものであり、また、一個人の記録に過ぎないと思われるかもしれない。しかし医学の中では、秀でたケースレポートは多数例での実証の前提をなすものであり、その一例が臨床研究の大きな要となって来たのは疑いない。
 この超一級のケースレポートは、まず「診断」という面から我々医師への痛烈な頂門の一針となっている。文中にあるように、当初「うつ病」と診断され、約6年間続けられた抗うつ剤で体調不全が続き、それを止めたら改善したという経過である。当初の診断は、どの医師でも困難であったかもしれないが、薬を投与した後の症状の変化に医師が敏感であれば、結果から診断を正す事(治療的診断)は可能かもしれない。これはどの専門分野でも、専門医であるが故に陥りやすい構造的欠陥ではあるが、医師は常に襟を正して、「この人の病気の実態を自分はまだ理解していないかもしれない」という不安定な立場を辛くてもいつも持ち続ける事しか解決策はないのであろう。巨大なストレスの渦中にある医師にとって、たとえそれが過酷な要求であるとしても。
 【樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015, pp252-253】


 レビー小体型認知症が当初「うつ病」と誤診されてしまいやすいことについては、私も以前執筆担当しておりましたアピタルにおいて警鐘を鳴らしたことがありますので、その原稿を以下にご紹介したいと思います。
朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第360回『それって本当に認知症?─「普通のうつとは違う!」と感じたら』(2013年12月31日公開)
 さて、それでは、『誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別』の各論─第1章において、まず最初に症例提示されている精神疾患と認知症の鑑別に難渋した事例を一部改変してご紹介しましょう。
【症例】
 60歳代中頃・男性
【病歴】
 X年、抑うつ気分、意欲低下、食欲低下が出現。精神科にてうつ病と診断され抗うつ薬が処方された。抑うつは、当初は多少改善したものの次第に効果は乏しくなり、約4年後に入院となった。
【検査所見】
 MMSE(メモ5参照):30点満点であり、注意・記憶・見当識に障害を認めなかった。
 頭部MRI:軽度の多発性脳梗塞を認める以外には明らかな所見はなかった。
【治療経過】
 従来の処方内容と副作用をレビューしたところ、抗精神病薬に対する過敏性だけでなく、抗不安薬・抗うつ薬に対しても過敏性があったことがわかった。
 X+7年にはMMSEは23点、X+8年にはMMSEは20点と認知機能は進行性に低下して認知症といえる状態に至った。種々の精密検査の結果も踏まえ、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)と診断した。

メモ5:MMSE
 MMSE(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E6%A4%9C%E6%9F%BB)に関しては、シリーズ第13回『認知症の診断─認知機能の検査』、シリーズ第14回『認知症の診断─素人判断は難しい』をご参照下さい。

 DLBについては、シリーズ第29回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 何と言っても「幻視」が特徴的なレビー小体型』をご参照下さいね。
 なお、DLBにおいては、初診時に幻視、幻聴、妄想、誤認妄想、うつ病を有する頻度がアルツハイマー病に比べて高いことは、シリーズ第31回『認知症の代表的疾患─レビー小体型認知症 もの忘れを自覚することの多いレビー小体型』においてお話しましたね。
 筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学の朝田隆教授は、「『普通のうつとは違う!』と感じたら、DLBとしての精密検査を行ったり、DLBを想定した処方に変えたりする必要がある。老年者に大うつ病(メモ6参照)は多いが、老年期初発例はそう多くない。」(朝田 隆編集:誤診症例から学ぶ─認知症とその他の疾患の鑑別 医学書院, 東京, 2013, p29)と警鐘を鳴らしております。

メモ6:大うつ病(major depression)
 大うつ病(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85)に関しては、ウィキペディアなどをご参照下さいね。
 また、製薬会社のウェブサイト(http://www.astellas.com/jp/health/healthcare/depression/basicinformation01.html)などにおいても分かりやすく解説されております。


書評:『樋口直美:私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活. ブックマン社, 東京, 2015』
 http://akasama.blog.so-net.ne.jp/2016-08-25
 タイトル
 認知症専門医にこそお勧めの本だと感じました。

本文
 まず最初に、著書の「はじめに」を一部改変して以下にご紹介します。

 「急速に変わりつつあるとはいえ、レビー小体型認知症は、まだ知名度の低い病気です。私は、内科、眼科、整形外科で『レビー…? どういう字を書きますか?』と訊かれました。
 正しく診断されていないだけで、実際には、認知症の約5人に1人がレビー小体型だと専門医は言います。生前にうつ病、パーキンソン病と誤診されていた人気俳優、ロビン・ウィリアムズもレビー小体型認知症でした。
 私も41才でうつ病と誤診され、約6年間、誤った薬物治療を受けました。自分でこの病気を疑い、文献を読み漁り始めたのが、49才。
 50才の秋、専門医に診断され、治療が始まったのは、翌年の夏。抗うつ剤で劇的に悪化した日から、丸9年という歳月がかかりました。」

 私は、日本認知症学会の専門医(指導医)です。
 詳細な記述を読み、私自身も非常に勉強になりました

 多くの方が、「著者は、本当にレビー小体型認知症?」と疑問に感じることは当然のことだと思います。
 この辺りを説明するのは少し専門的な話をする必要があります。
 近年では呼称が、レビー小体型認知症(dementia with Lewy body:DLB)、認知症を伴うパーキンソン病(Parkinson's disease with dementia:PDD)さらにはパーキンソン病も含め,病理学的な観点からレビー小体病(LBD:Lewy body disease)、あるいはα-synucleinopathyといった包括的な呼称へと変化しつつあるのです。

 もう1点だけ専門的な話をさせて頂きます。
 49例の記憶以外の認知機能障害を主体とする非健忘型MCI(non-aMCI)のうち認知症(アルツハイマー病&DLB)に進展したのは73.4%であり、26.6%は認知症には至らないことが報告されています(Ferman TJ1, Smith GE, Kantarci K et al:Nonamnestic mild cognitive impairment progresses to dementia with Lewy bodies. Neurology. 2013 Dec 3;81(23):2032-8)。

 発症早期の何らかの対策が認知症への進展を食い止めたことが想定されます。これは、同じ病気を抱える方にとって大きな希望となります。
 私自身は、著書を読み進めながら専門誌を読み漁り、おそらく認知症への進展を食い止めた鍵は、腸内フローラないしはミトコンドリア機能の改善が鍵を握っていたのではないかと推察しております。
 まだ明確には証明されていない仮説ではありますが、「腸内フローラ悪化 → ミトコンドリア機能低下 → レビー小体病」という発症機序を想定している研究者もおられます。
 その仮説が正しければ、腸内フローラを改善する生活習慣、ないしはミトコンドリアの機能を向上させる試みなどに大きな期待が寄せられます。

 著者の樋口直美さんは、今でも、突然の認知機能の変動(「意識障害」とご本人はお話されております)と自律神経症状(血圧の変動など)、視空間認知機能障害、時間感覚の低下(https://note.mu/hiiguchinaomi/n/n8da1f271f912)などで苦慮され生活障害を抱えておられます。そのことは、2016年7月に講演会でご一緒する機会があり、ご本人から直接お伺いしました。
 レビー小体型認知症(DLB)に関する正しい情報が普及することを願ってやみません。
 著書を隅々まで読み、私自身“目から鱗”のような情報がありました。DLBを発症する15年も前に「薬剤に対する過敏」が既に起きているなんて到底信じがたい話でしたまずは認知症学会の専門医が率先して正しい知識を身につけることが必要であると深く反省させられました

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」─『右脳と左脳、そして脳梁』 [脳科学]

7秒間で顔をいくつ見つけられましたか?
キャプチャ2.JPG
 動画(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/videos/vb.100004790640447/590368287799521/?type=2&theater)をご覧になる前に、「あなたは男性脳? それとも女性脳? ─ 静止画」(https://www.facebook.com/atsushi.kasama.9/posts/590369877799362?pnref=story)をお読み頂き、自分自身が男性脳なのか女性脳なのか確認してみて下さいね。

P.S.
 私は、7秒間で8つの顔を見つけましたので女性脳のようです。
 右脳人間で女性脳なのか・・。

 男性脳と女性脳の違いに関しては、以前私が連載しておりました朝日新聞社アピタルの医療ブログ「ひょっとして認知症?-PartⅡ『右脳と左脳、そして脳梁』」において要点を解説しておりますので以下にご紹介致します。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第545回『右脳と左脳、そして脳梁-男女の差はどこに?』(2014年7月10日公開)
 「右脳」と「左脳」で持っている機能が少々違うことはいろいろ見聞きする機会が多いと思います。しかし、「脳梁(のうりょう)」という医学用語は、初めて耳にされる方が多いのではないでしょうか。
 簡単に説明しますと、脳梁とは左右の大脳を連結し、右脳と左脳の交信の役割をしているものです。まずはウィキペディアにおいて、脳梁のイメージ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%81)を頭の中に描いてくださいね。

 さて脳梁は、脳における男女の性差が特に顕著な部位です。女性の脳梁は男性よりも太いことが多いのです(メモ1参照)。そのため右脳と左脳の連絡が良く脳全体をバランスよく使えるため、女性は2つのことを同時に行いやすい(例えば料理を作りながらテレビドラマを観る)と考えられています。一方で、右脳と左脳の情報が入り乱れ処理しきれなくなって「ヒステリー」を起こしやすいという意見もあります。
 男性では、情報が入り乱れにくいので、1つのことに集中して仕事する場合には好都合ではないかと言われています。

メモ1:“脳梁”サイズの性差
 本文内では、「女性の脳梁は男性よりも太いことが多い」と記載しましたが、絶対的な断面積は有意に男性の方が大きいです。これに関しては詳しい解説がありますので以下にご紹介します。
順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授
 「男性は脳のサイズも大きいので、脳のサイズに比較して大きいか小さいかを比べる必要があり、脳梁の断面積を脳重量の2/3乗で割ると、女性の方が平均5%脳梁が大きく、対応して左右の半球の通信時間は女性の方が5%程度短いものと推定される。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第546回『右脳と左脳、そして脳梁-人間のマルチタスクはできるものなのか?』(2014年7月11日公開)
 一方では、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見もあります。その記述をご紹介する前に、「ひょっとして認知症? Part1」の第253回においてご紹介しましたビデオをもう一度ご覧頂きましょう。
 ビデオでは白いシャツと黒いシャツを着た二つのチームがバスケットの試合をします。皆さんは、白いシャツを着ている選手がパスをする回数を数えて、黒いシャツを着た選手のパス回数は無視して下さいね。空中で受けるパスもバウンドパスも両方数えて下さいね!
 それではビデオ(http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html)をご覧下さい。ウェブサイトの一番上の動画を選択して視聴して下さい。白いシャツの選手が何回パスをしたか分かりましたか?
 答えは「ひょっとして認知症? Part1─第253回」に記載してある通りです。
 それでは、「女性は2つのことを同時に行いやすい」という説に反論する意見を以下にご紹介しましょう。著書『錯覚の科学』の「ゴリラに気づく人、気づかない人」(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著:錯覚の科学. 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011, pp47-51)に記載されている意見です。
 「マルチタスクに関する実験では、女性の方がマルチタスクが得意で、男性よりゴリラを見落とす割合が低いという結果はえられなかった。実際の話、マルチタスクに関する実験では、性別に関係なく、誰もうまくできないというのが結論である。原則として、マルチタスクよりも一度に一つずつ仕事するほうが、はるかに効率がいいのだ。」


朝日新聞アスパラクラブ「ひょっとして認知症-PartⅠ」第253回『見えているのに見えない(その1) ゴリラはどこに行った?』(2011年12月1日公開)
 私は「脳科学」に関する本を読むのが好きです。2011年4月17日の朝日新聞・読書において、『錯覚の科学』(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著, 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011)を紹介する書評がありました。
 皆さんもテレビ番組で放送されたシーンを覚えておられる方が多いのではないでしょうか。白いシャツと黒いシャツを着た二つのチームがバスケットの試合をします。ビデオを見る人には、白いシャツの選手がパスをする回数を数えてもらい、黒いシャツの選手のパスは無視するように指示します。
 さて何回白いシャツの選手はパスをしましたか? 空中で受けるパスもバウンドパスも両方数えて下さいね! 初めてこのビデオを観られる方は、先ずは動画(http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html)を観てから続きをお読み下さいね。このサイトの一番上の動画を選択して視聴して下さいね。

 ビデオでは、解説付きで正解が述べられていますので、もう皆さん分かりましたね。
 私もこのビデオを初めてテレビ番組で観たときには、ゴリラの着ぐるみを着た女子学生が登場し、選手のあいだに入り込み、カメラの方に向かって胸を叩き、そのまま立ち去っていく姿には全く気づきませんでした。ネット上では短縮版が流れていますが、テレビ番組で放送された映像はもっと長いビデオでした。
 著書の中では、「実験Ⅰ えひめ丸はなぜ沈没したのか?」のなかの小コーナー「見えなかったゴリラ」(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著:錯覚の科学. 木村博江訳, 文藝春秋, 東京, 2011, pp16-20)にて詳しく紹介されています。

 「見えているのに気づかない」というフレーズを聞いたときに、脳神経系を専門とする医師が真っ先に思い起こす症状に、「左半側空間無視」というものがあります。
 左半側空間無視は、高次脳機能障害の一つであり、頭部の固定や視線の動きを抑制しないのに、左側の刺激に反応できないことが特徴です。
 具体的な症状としては、食事の際に左側にあるおかずに手をつけない、新聞記事の左側を読み落とす、左側の障害物に気づかずぶつかってしまうなどの非常に特異な症状を呈します。
 珍しい症状と感じられるかも知れませんね。しかし、右側の大脳半球が脳血管障害などで損傷された場合にはしばしば認められる症状であり、右側頭・頭頂・後頭葉接合部付近が責任病巣と考えられています。
 半側空間無視の有無を調べる試験としては、抹消試験、模写試験、線分二等分試験などがあります。
 …(中略)…

 もう一つ、「見えているのに気づかない」ことで有名なものとして、バリント症候群(メモ参照)というものがあります。

メモ:バリント症候群
 両側の頭頂後頭葉障害で起こります。
 精神性注視麻痺、視覚性運動失調、視覚性注意障害の3主徴はよく知られています。
 精神性注視麻痺とは、視線がある方向(またはある対象物)に固着し、他の方向を自発的に注視しない現象です。眼球の動きに障害はありません。
 視覚性運動失調:注視した対象物を手でとらえることができない現象です。
 視覚性注意障害:ある一つの対象物を注視すると、その周囲にある対象物が認知できなくなる症状です。

 『錯覚の科学』に出てくる「見えなかったゴリラ」は、健常者において人為的に誘発される「視覚性注意障害」としても興味深いです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第547回『右脳と左脳、そして脳梁-言語処理が男女で違うようだ』(2014年7月12日公開)
 よく、右脳は芸術・創造性・音楽に深く関与しているという話を聞くと思います。しかし、近年の考えでは、「右半球は創造的で芸術的半球であるとする考え方は、左半球と右半球の機能分化を研究するにあたっての仮説として提唱されただけの古い理論に過ぎず、その後の研究は、この初期の仮説を支持していない」(ダーリア・W・ザイデル:芸術的才能と脳の不思議-神経心理学からの考察 河内十郎監訳, 河内薫訳, 医学書院, 2010, 前書きxiより)ことに留意する必要があります。
 高田明和先生の著書には、「脳梁を切断された患者さんでの検討から、右脳は、簡単な言語、立体構造、およその構図の理解、言語を使わなくてもよい概念(喜びの顔の理解など)に優れており、左脳は言葉や計算、細かな構図の理解に優れていました。」(高田明和:脳トレ神話にだまされるな 角川書店, 東京, 2009, pp90-98)という記述があります。
 さて、左脳の損傷で失語症になる確率は、女性の方が男性よりも低いことが報告されています。
 いったいこれはどういうことでしょうか。
 東北大学大学院文学研究科の小泉政利准教授は、物語聴取時の脳活動の男女の違いに関する以下のようなデータを紹介しています(村上郁也:イラストレクチャー 認知神経科学 ─心理学と脳科学が解くこころの仕組み─ オーム社, 東京, 2011, p103)。
 「健聴者が物語を聴取しているときの脳活動を同じ物語を逆向きに再生したものを聞いているときの脳活動と比較した研究では、男性は左脳だけに有意な活動が見られたのに対して女性は左右両側に活動が見られた。このことから、男性は主に左脳に依存して言語処理を行っているのに対して、女性は両側を活用していることがわかる。」
 さて、「単語の意味判断課題」では、男性でも女性でも左脳だけが活動します。一方「朗読」においては、男性は左、女性は両側の側頭葉を使って聞くことが分かってきました。これに関して順天堂大学医学部生理学第一講座の北澤茂客員教授は、「右側の側頭葉は声の抑揚の解析や連想などの非統語的な言語関連機能に関与しているとは古くから指摘されているところである。相手が口にする字面だけでなく、話をするときの声の調子に気を配るのに役立つのが右の側頭葉である。実際、女性は男性に比べて、話の内容と声の調子の不一致に敏感であるという報告もある。」(北澤 茂:脳神経科学と性差. 遺伝 Vol.65 53-58 2011)と述べています。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第548回『右脳と左脳、そして脳梁-言語中枢はどちらにある?』(2014年7月13日公開)
 右脳と左脳の違いをもう少し勉強しましょう。
 言語野(言語中枢)は、左大脳半球にあることが多いのですが、右利きの人で数%、左利きの人で30~50%程度が右大脳半球に言語中枢があることが知られています。そのせいもあって、左手利きあるいは両手利きの方の失語症は多彩であり、また比較的予後が良好です。左半球に言語中枢がある場合は左半球を優位半球と言い、右半球を劣位半球と呼びます。
 ヒトの右脳と左脳の機能的な相違点に関しては、言語は左脳優位空間認知は右脳優位です。左半側空間無視(メモ2参照)という症状があり、これは右半球損傷によって出現します。
 また言語機能ほど明確ではないものの、右手利き者においては「失行」は左半球損傷によって出現することが多いことが知られています。
 側頭葉は「記憶の貯蔵庫」と考えられていますが、貯蔵している記憶は左右で違いがあります。右利きの人の場合、左側頭葉が障害(萎縮)されると、言葉の意味が失われていきます。

メモ2:左半側空間無視
 非常に特異な症状を呈します。食事の際に左側にあるおかずに手をつけない、新聞記事の左側を読み落とす、左側の障害物に気づかずぶつかってしまうなどの症状がみられます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第549回『右脳と左脳、そして脳梁-左利きだったということはありませんか?』(2014年7月14日公開)
 かつて私が担当しておりました入院患者さんで「全失語」の方がおられました。少々印象的な経緯がありましたのでご紹介しましょう。
 ウェブサイトにおいて、「全失語」をキーワードとして検索してみましょう。
 「全失語:左脳の広範囲な損傷によって起こります。すべての言語機能に障害があるため、話す・聞く・読む・書く・計算する等の能力はほとんどありません。」(http://しつごしょう.seesaa.net/article/62436733.html)と記載されておりますね。この記述そのものは決して間違いではありません。
 私が担当しておりました患者さんは、右利きで右大脳半球の広範囲脳梗塞により全くコミュニケーションが取れない状態であり、経鼻カテーテルによる経腸栄養を施行しておりました。私は、当初はこの患者さんの病態について、脳梗塞が広範囲であったために、脳幹網様体(http://kotobank.jp/word/%E8%84%B3%E5%B9%B9%E7%B6%B2%E6%A7%98%E4%BD%93)や視床などにも影響が及んでおり意識障害が遷延しているものと考えておりました。
 ある時、この患者さんのご家族より、「食べることにこだわりの強かった人なので、経口摂取訓練を試みて欲しい」との希望がありました。遷延性意識障害の状態での嚥下訓練は誤嚥のリスクが高く「危険だなぁ」と感じながらも、ご家族の熱意に押されて言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist;ST)による嚥下訓練を開始してみました。しばらくすると、STより「それなりに嚥下が可能です」と連絡が入りましたので、ご家族に嚥下造影検査(http://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/VF8-1-p71-86.pdf)について説明をするために集まって頂きました。嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing;VF)の結果次第では、嚥下訓練を積極的に進めるため、経鼻カテーテルから胃ろうへの変更も検討されることになります。それは、経鼻カテーテルが挿入されておりますと、嚥下に際して不利益となる(http://www.peg.or.jp/eiyou/doctor/yoshikawa.html)ことも指摘されているからです。
 さてそのVFに関しての説明をするため、そして家族の胃ろう造設に対する意向を再確認するため、多くのご家族に一堂に会して頂きました。その席上において私が「左利きだったということはありませんか?」という質問をしましたら、遠方に在住されているため平素は来られていなかったご家族の方より、「実は、幼少時に左利きを右利きに矯正したと聞いております。」という非常に貴重な情報を入手することができました。
 すなわち、この患者さんは「遷延性意識障害」ではなく、右大脳半球に言語中枢があるため、右大脳の広範囲脳梗塞によって「全失語」となっていたのでした。この例のように、「言語を用いたコミュニケーション能力によって意識レベルを評価することが多いため、意識は回復していても“無反応、意識なし”と評価されてしまいかねない」(http://shirayukihime-project.net/hiroji-yanamoto.html)危険性は常々念頭におく必要があります。
 VF検査の結果は、嚥下機能はかなり低下しているため経腸栄養を続ける必要はあるものの、ごくごく少量の「お楽しみ」程度の経口摂取なら可能かも知れないと期待を抱かせる結果でありました。
 なお余談にはなりますが、言語を用いたコミュニケーションが不可能であるために「遷延性意識障害」と評価されてしまいかねない病態としては、失語症の他にも「閉じ込め症候群(locked-in syndrome)」がありましたね。閉じ込め症候群については、「ひょっとして認知症? Part1─ひょっとして閉じ込め症候群?(第104~106回)」において詳しくお話しております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第550回『右脳と左脳、そして脳梁-方向音痴と男女差』(2014年7月15日公開)
 さて、方向音痴と男女差もよく取り上げられますね。千葉県立保健医療大学健康科学部リハビリテーション学科の高橋伸佳教授は、男性で空間認知能力が優れていることに関して、「男性は女性と違い、原始時代から狩猟を行ってきたため、広い空間内で動物を追いかけたりしているうちにこの能力が発達した」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp18-21)と指摘しております。
 また、清山会医療福祉グループ(http://www.izuminomori.jp/)代表の山崎英樹医師が著書の中で興味深い記述をしておりますのでご紹介しましょう(山崎英樹:認知症ケアの知好楽 雲母書房, 東京, 2011, p43-44)。
 「左脳の発達は胎生期に男性ホルモンであるアンドロゲンによって抑制されるため、男性は女性ほど左脳が発達せず、これをおぎなってむしろ右脳が発達するとされます。女性は左右をつなぐ脳梁が男性より太く、このため左右の脳の情報伝達は男性より女性の方がスムーズで、脳の仕組みからも女の勘はあなどれず、また女性はおしゃべりであり、左脳を損傷したときの失語の発生率も女性は男性の3分の1程度です。『男は右脳、女は左脳』というわけですが、左脳は言語機能、右脳は空間認知ですから、ベストセラーにもなったアラン・ピーズ&バーバラ・ピーズ『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社)は、実にうまい題名です。これに倣って『形にひかれる男、ことばにひかれる女』とか、『夢みる男、計算する女』とか、(無頓着な左脳と自己点検の右脳ということでいけば)『女の楽観、男の悲観』とか、『おしゃべり女、じくじく男』とか、身につまされるコピーがいくらも出てきます。なお日本人は虫の音や雨の音も左脳でとらえて、言葉のようにさまざまな意味(涼、清、哀、愁など)を連想しますが、西欧人は右脳でとらえるので環境音、雑音としてしか感じることができないといわれます。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第551回『右脳と左脳、そして脳梁-「地理的障害」と「地誌的記憶障害」』(2014年7月16日公開)
 方向音痴に関連して、この機会に地理的障害についてきちんと勉強しましょう。先ずはその前に、地理的障害に関連する用語の整理をしておきましょうね。高橋伸佳教授は、「地理的障害」と「地誌的記憶障害」の違いに関して次のように言及しております(一部改変)。
 「『熟知している場所で道に迷う症状』を地理的障害と呼ぶ。ただし、意識障害、認知症、健忘症候群、半側空間無視など、他の神経症状や神経心理症状によって説明可能な場合は除外する。地誌的障害、地誌的失見当、地誌的見当識障害、広義の地誌的失認なども地理的障害とほぼ同義である。従来の文献にしばしば登場する『地誌的記憶障害』は、自宅付近の地図や自宅の間取りを想起して口述・描写することの障害(地理的知識の視覚表象能力の障害)であり、地理的障害とは異なる。」(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)
 なお地理的障害(地誌的見当識障害)は、症候・病巣の違いから、街並失認と道順障害の2つに分類されています。
 街並失認とは、熟知した街並(建物・風景)の同定障害で、視覚性失認の一型です。したがって、周囲の風景が道をたどるうえでの目印にならないために道に迷ってしまいます。街並失認の病巣は側頭後頭葉内側部で右側病変の場合がほとんどです。原因としては後大脳動脈領域の脳梗塞が多いです。
 高橋伸佳教授は、「街並失認の病巣は、海馬傍回後部、舌状回前半部とこれらに隣接する紡錘状回にある。新規の場所のみ街並失認を認める症例の病巣は、海馬傍回後部とそれに隣接する紡錘状回に限局している」と報告しています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。
 病院、施設に入院・入所した認知症の方でなかなか自分の部屋を覚えられない方をちょくちょく見かけますね。部屋の入り口に大きな字で名前を書いた紙を貼って分かりやすく表示したりしても功を奏しないケースが多いです。また、入院中の認知症患者さんが病室の自分のベッド位置を覚えられず、間違って他人のベッドに寝てしまうというケースも多いと思います。さてこのような時にはどうすればよいのでしょうか。精神科医の小澤勲さん(故人)と認知症ケアアドバイザーの五島シズさんが対処方法についてアドバイスしておりますので以下にご紹介しましょう。
 「施設に入所してきて、自室がなかなか覚えられない人がいる。名前を大きく書いて貼り付けても、その情報を目に留めることができず、自室を示す指標であると把握することもできない。立体の方がまだしも標識になる。バラの造花を大量に自室の入口に飾り、『あなたの部屋はバラの部屋だよ』と繰り返し教えると、かなりうまくいく。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, p37)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第552回『右脳と左脳、そして脳梁-「馴染みのもの」の効用』(2014年7月17日公開)
 認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、本人にとって「馴染みのもの」をベッドに置いておくと間違いが起こらなくなる場合があると述べております。
 「Mさんは入院の際、大きなショルダーバッグを肩にかけて来ました。『母はこのバッグを持っていると、とても安心していられます』と付き添ってきた娘さんが言いました。バッグの中には、ドリルや手帳、ハンカチーフ等が入っていました。
 Mさんは重度の認知症でコミュニケーションが全くとれませんが、穏やかな方で、入院した日は何ごともなく過ぎました。ところが翌日の朝、Mさんの隣の部屋の、Mさんと同じ位置のベッドのLさんが『人のもの持って行かないでよ、何回言えばわかるのよ、やめて!』と叫んでいます。Lさんは心身症の方でしたが、腰痛がひどく寝たきりの状態でした。『この人は変な人なのよ、私が目を覚ましたら孫が持ってきたクッキーと折り紙と、時計まで盗んでバッグに入れちゃったのよ。泥棒よ、この人。すぐ退院させてください』。Lさんはベッドサイドに立っているMさんを恐ろしい人を見るような目で見ていました。
 そこで娘さんに、『バッグ以外でお母さんが大切にしていたものがあったら持ってきてほしい』と伝えました。今度は、Mさんが若いころつくったという、小犬のアップリケのあるクッションでした。Mさんは娘さんの手からクッションをもぎ取るようにして頬ずりし、『可愛い子』と言いました。入院以来初めての発語でした。
 Mさんは一日じゅう小犬のクッションを抱えていましたが、1週間程たって新しい環境に慣れてくると、クッションを持ち歩かなくなりました。介護者たちも、どこかでクッションを見かけたら、Mさんのベッドに戻しておくようにしました。その後、Mさんはベッドを間違うこともなく、他人とのトラブルも起きませんでした。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, pp110-111)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第553回『右脳と左脳、そして脳梁-「街並失認」と「道順障害」』(2014年7月18日公開)
 道順障害は、視空間失認の一型であり、熟知しているはずの地域内で自分のいる空間的位置や目的地への方角が分からなくなり道に迷うことになります。入院中であれば、「自分の病室と売店との位置関係が何度行っても分からない」という訴えになります。道順障害の病巣は、脳梁膨大後域から頭頂葉内側部(楔前部など)にかけての領域です。やはり右側病変例の頻度が高いです。
 高橋伸佳教授は、「病変側は右側が多いが、街並失認に比べると左側病変例の割合が高い。左側の同部位は、エピソード記憶の障害を中心とするいわゆる健忘症候群の病巣として知られている。これらの中に、記憶障害の程度に比し『道に迷う』症状が目立つ例があり、地理的障害の合併と考えられる。片側病変では症状の持続は短く、数カ月以内に改善する例が多い。病因の多くは同部の脳出血(皮質下出血)である。」と述べています(高橋伸佳:街並失認と道順障害. BRAIN and NERVE Vol.63 830-838 2011)。なお、道順障害で発症しそれが徐々に悪化していった「緩徐進行性道順障害」と考えられるケースにおいて、その後、記憶障害・認知機能障害が加わり最終的には「アルツハイマー病」と診断された事例も報告されております(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p94)。急性発症ではない道順障害の場合には、アルツハイマー病も念頭において経過観察することが肝要というわけですね。
 高橋伸佳教授は、「『道に迷う』のにはさまざまな原因がある。健忘症候群による記憶障害があれば、旧知の場所は思い出せず、新規の場所は記銘できないために道に迷う。左半側空間無視の患者は、街を歩いていて左側にある通路に気づかず直進してしまうため目的地にたどり着けなくなる。こうした他の神経症状で説明可能な場合は地理的障害には含まない。」と端的に述べております(「街並失認」と「道順障害」の違い. Modern Physician Vol.30 104-105 2010)。
 すなわち、ある程度進行したアルツハイマー病での徘徊など、認知症の一症状として「道に迷う」症状が発現する場合には、地理的障害からは除外する(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp21-22)ことになるのです。ただし、高橋伸佳教授は、アルツハイマー病患者が道に迷う病態として、「少なくとも初期には『道順障害』的な要素が大きいようだ」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, pp152-153)とも述べております。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第554回『右脳と左脳、そして脳梁-一時的な道順障害の経験』(2014年7月19日公開)
 実は私自身も、一度だけ「道順障害」の体験があります。
 10年程前にフットサルをプレーしていたときの出来事です。その日はゴールキーパーをしており、シュートを阻止するため相手の足下に果敢にセービングを試みました(川島選手のように激しく)。そしてものの見事に頭部を蹴られ脳震盪を起こしてしまいました。すぐに意識は戻りましたが、20歳前後の頃の動きをイメージして激しいプレーなどするものではないと痛感しました。
 その帰り道、車を運転していて、通り慣れた道なのに道に迷ってしまいました。10分程同じような場所でうろうろし、何とか自宅にたどり着きました。私は元々は脳神経外科医ですから、「頭部打撲後6時間は脳出血発症の要注意時間」と熟知しておりましたので、冷や冷やしながら6時間経過するまで酒を飲んで時間をやり過ごし、意識が保たれていることを確認してから床につきました。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第555回『右脳と左脳、そして脳梁-熟知している人の顔を認識できない』(2014年7月20日公開)
 「相貌失認」という不思議な症状があります。熟知している人の顔を視覚的には認識できないのですが、元々知っている人であれば、声を聞いたり、服装・仕草・髪型・ヒゲ・メガネなど顔以外の特徴から、誰であるのかを判断することができます。
 相貌失認の責任病巣は、右ないしは両側の側頭葉・後頭葉原因説が有力です。特に、街並失認の責任病巣の後方に接する右紡錘状回・舌状回が有力視されております。紡錘状回は、側頭葉の下面に位置しています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A1%E9%8C%98%E7%8A%B6%E5%9B%9E)。舌状回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%8C%E7%8A%B6%E5%9B%9E)は、後頭葉の一部です。
 責任病巣が近接していることより、相貌失認は街並失認と合併して生じることが多いです。
 「Mazzucchiらのレビューによると、相貌失認74例のうち約80%が男性であった」(高橋伸佳:街を歩く神経心理学 医学書院, 東京, 2009, p56)ことが報告されており、原因は明らかではありませんが明らかな性差があるようです。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第556回『右脳と左脳、そして脳梁-鏡に映った自分の姿に行動が出る』(2014年7月21日公開)
 「鏡現象」(鏡像認知障害)という珍しい症状もあります。鏡現象とは、鏡に映った自分の姿を自分とわからずに話しかけたり、食べ物をあげようとしたりします。自分の鏡像にだけ話しかけ、鏡に映った他の人に話しかけることはまずないといった奇妙な現象です。
 北海道医療大学看護福祉学部臨床福祉学科の中川賀嗣教授は、文献において(http://www.rouninken.jp/member/pdf/15_pdf/vol.15_08-18-01.pdf)、「自己の鏡像認知が障害された後に、他者の鏡像認知が障害される(熊倉,1982)」ことが多いことを紹介しています。また鏡現象の責任病巣として、頭頂葉ないし前頭葉の機能不全である可能性を指摘しています(中川賀嗣:認知症性疾患の失語・失行・失認症状. 老年期痴呆研究会誌 Vol.15 92-96 2010)。
 若年性認知症を患ったクリスティーンさんは、鏡現象について以下のように語っています。
 「鏡の前を通ると、部屋の中に自分と一緒に知らない人がいると思って、跳び上がってしまうこともあるほどだ!」(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p132)
 マルコ・イアコボーニは、自分の顔の認識(自己認識能力)には右半球の縁上回(えんじょうかい)が関与していることを裏づける実験結果を紹介しています(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp185-188)。
 縁上回(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%81%E4%B8%8A%E5%9B%9E)と角回は、頭頂葉の外側面にある脳回です。

メモ3:ミラーニューロン
 ミラーニューロンという用語が出てきましたね。ミラーニューロンについては、「ひょっとして認知症? Part1─物まねニューロンとアスペルガー症候群(その1)・脳がジェラートをほしがった(第442回)」において概略をお話しましたね。一部改変して以下に再掲しましょう。
 書店を歩いていて私が足を止めるのは、「認知症」、「脳科学」などの文字が目に飛び込んできた時です。
 2011年の秋、書店をぶらぶら歩いていて飛び込んできた文字は、『ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』という本のタイトルでした。著者はマルコ・イアコボーニ(塩原通緒 訳)、発行は早川書房です。本の帯には、「脳科学最大の発見」と書かれています。
 さて、このミラーニューロンとはいったいどのような細胞なのでしょうか。
 愛知医科大学精神科学講座の兼本浩祐教授が書かれた本のcolumnに簡潔にまとめられています(一部改変)。
 「ミラー・ニューロン(物まねニューロン)とは、たとえば自分が果物を手に取る時に駆動されるのと同じ脳部位が、対面している他者(ないしは他の動物)が果物を手に取っても駆動される現象を言う。原始的なものでは、一羽の水鳥が物音に驚いて飛び立つと、一斉に他の水鳥も飛び立つ現象などもこのニューロンの働きなのではないかと言われている。」(兼本浩祐:心はどこまで脳なんだろうか 医学書院, 東京, 2011, pp77-78)

Facebookコメント
 京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授が、「BRAIN and NERVE」の2014年6月号(特集:ミラーニューロン)において、「発達とミラーニューロン」について幅広く言及しておりますので抜粋して以下にご紹介しましょう。

 新生児模倣の神経基盤がミラーニューロンであるとする解釈に疑問を投げかける研究者も少なくない。例えば、Rayら(Ray ED, Heyes CM:Imitation in infancy: the wealth of the stimulus. Dev Sci Vol.14 92-105 2011)は次の5点を挙げながら、ヒトの新生児模倣がミラーニューロンシステムによるとする見方を否定する。
(1)模倣はある行為に限定される:37の先行研究をレビューすると、模倣が確認できたのは半分にも満たず、その中でも-貫して模倣が確認できた行為は舌の突き出しだけである。
(2)模倣が起こる文脈:舌出しは、その行為を観察せずとも起こる。乳児を覚醒させ、注意を喚起する刺激(光や音楽の抑揚など)を提示した場合でも、舌出しの頻度は高まる。
(3)発達的連続性:新生児模倣はいったん消える。生後2カ月を過ぎたあたりから減少し、生後6カ月頃、再び模倣が現れる。
(4)意図性:新生児期にみられる模倣が経験により調整、精緻化されることを示した研究はない。
(5)系統分布:ラットや鳥類などヒトと系統的に遠い動物種でも、ある程度の模倣能力が確認されている。これらすべてを相同の神経系メカニズムから解釈することは難しい。
 (3)についていえば、ヒト以外の霊長類の新生児模倣も、ヒトと同様、生後しばらくすると減少する。チンパンジーの新生児模倣は生後9週を過ぎる頃から、サルでは生後7日目あたりでみられなくなった。種の生活年齢を考慮すると、チンパンジーやサルの新生児模倣が消失した時期は、ヒトの新生児模倣が消えるとされる時期とほぼ一致する。また、新生児模倣が消えた後、サルやチンパンジーではヒトのように模倣能力を発達させることはない。
【明和政子:発達とミラーニューロン. BRAIN and NERVE Vol.66 673-680 2014】


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第557回『右脳と左脳、そして脳梁-ミラーニューロンの研究』(2014年7月22日公開)
 このミラーニューロンに関する最新の興味深い研究成果を自然科学研究機構生理学研究所(http://www.nips.ac.jp/)の定藤規弘教授が論文報告しておりますので以下にご紹介しましょう(一部改変)。
 「心の理論の神経基盤は、機能的MRIでよく研究されており、内側前頭前野、後部帯状回、ならびに頭頂側頭連合の関与が報告されている(Frith U, Frith CD:Development and neurophysiology of mentalizing. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci Vol.358 459-473 2003)。一方、共感の神経基盤として、mirror neuron system、および辺縁系の関与が示されてきた。Mirror neuronとは、他個体の目標志向的な動作の観察、ならびに自らの同様な動作の両方に反応する神経細胞のことで、サルの単一ニューロン計測により前頭葉F5領域に存在することが記載された(Rizzolatti G, Craighero L:The mirror-neuron system. Annu Rev Neurosci Vol.27 169-192 2004)。その後、人間の脳機能イメージング研究により、同様な振る舞いを示す領域が、頭頂葉と前頭前野に存在することが示された。他者の運動の知覚と、自己の運動を同一領域で符号化していると目され、mirror neuron systemと名づけられた。
 ヒトの向社会行動の発達においては、共感が必要であるが、必ずしも十分ではないとされている。社会交換理論によると、利他行動も、社会報酬を最大にするような行動として選択されるのであり、経済行動と同一の枠組みで説明できるとしている。実際、他者からのよい評判という社会報酬と金銭報酬は、ともに得られることによって報酬系として知られる線条体を賦活すること、さらに、他者からのよい評判は、寄付という利他行為の動機を増強し、その際線条体の活動が増加することが機能的MRI実験により明らかとなった。すなわち、19人の成人被験者に金銭報酬と社会報酬を与えた時の神経活動を機能的MRIで観察したところ、金銭報酬と自分へのよい評価は、報酬系として知られる線条体で、同じ活動パターンを示した。これは、他者からのよい評判は報酬としての価値を持ち、脳内において金銭報酬と同じように処理されているということを示している。一方、他人からの評判が、実際に行動決定に影響を及ぼすことを証明するために行った、寄付行為の決定を課題とする機能的MRI実験では、寄付行為の社会的報酬価を、他者の存在・不在によって変動させたところ、他人の目の存在によって寄付行為が増加し、行為選択判断の際に起こる線条体の活動と相関した。この結果は、さまざまな異なる種類の報酬を比較し、意思決定をする際に必要である『脳内の共通の通貨』の存在を強く示唆する。他方、社会的報酬に特有な活動として、内側前頭前野の活動がみられたことから、他者からみた自分の評価は、内側前頭前野により表象され、さらに線条体により社会報酬として『価値』づけられることが想定された。すなわち、社会的報酬には、線条体を含む報酬系と、心の理論の神経基盤の相互作用が関与していることが明らかとなった(Izuma K, Saito DN, Sadato N:Processing of social and monetary rewards in the human striatum. Neuron Vol.58 284-294 2008)。
 以上の知見から、共感にはmirror neuron systemの関与が、社会的報酬においては報酬系の関与が、そして両者に共通して心の理論の関与が想定される。いずれの系も、その神経基盤に関する脳科学的な知見が急速に蓄積しつつある。機能的MRIをはじめとする、人間の脳機能イメージング技術の急速な進展により、向社会行動の発達を、生物学的基盤に立ってモデル化し検証する機は熟してしる。」(定藤規弘:機能的MRIによる社会能力発達における神経基盤の解明. 脳外誌 Vol.23 318-324 2014)
 定藤規弘教授らの研究成果はウェブサイト(http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2008/04/post-36.html)においても閲覧できます。

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 「近年、ミラーニューロンは模倣、共感、他者の感情や意図を類推する能力『心の理論』などコミュニケーションの発達の基盤となる神経機構と考えられ、自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder:ASD)においてこのシステムの活動低下を示唆する研究が報告されつつある。DaprettoらはASD児を対象に表情を模倣させる課題を行い、その間の脳活動を機能的MRIを用い計測した。健常児ではミラーニューロンが位置する下前頭回の賦活が認められた一方、ASD児では同部位および扁桃体周辺の賦活は乏しかった。さらに、下前頭回の賦活低下はASD児の社会性の障害の重症度と関連していた。
 大脳辺縁系の中核をなす扁桃体は、あらゆる外的刺激の価値評価および意味認知に重要であり、それに基づく情動の発現に中心的な役割を果たしている。扁桃体障害により外的刺激の価値評価が障害され、接近─回避判断がうまくいかない場合、回避傾向が優位になると、人への関心の障害の領域としては『愛着の不全』といったことがおきてくると考えられる。ASDの方々は人よりも物に興味関心を示すことがよくみられるが、これは人よりも物のほうが分かりやすく安心しやすい存在であるためで、ASDにみられるこだわりは安心感を得るための適応的行動と考えることもできる。Daltonらは、ASDでは他者の目を見る時間が長くなるほど扁桃体がより強く活性化されることを報告した。すなわちASDは視線に対し恐怖を感じやすく視線を避けやすいと考えられるが、これにより他者の表情や意図が理解しにくくなり社会性の障害の増悪がもたらされるのであろう。」(森 健治、伊藤弘道、東田好広:自閉症スペクトラムにおける扁桃体. Clinical Neuroscience Vo.32 690-692 2014)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第558回『右脳と左脳、そして脳梁-音としての認知から言語への転換』(2014年7月23日公開)
 『英単語 難しいと右脳、簡単なら左脳』というたいへん興味深い研究結果があります(2011年2月24日付読売新聞)。
 難しい英単語を聞くと、右脳の活動が高まり、易しい単語の時には左脳が活発に働くことが、首都大学東京の萩原裕子教授らが小学生約500人の脳活動を計測した研究で分かったそうです。
 記事によれば、「右脳は音のリズムや強弱の分析にかかわっているとされ、研究結果は、英語を覚えるにつれ、右脳から左脳に活動の中心が移る可能性を示している。外国語の習い始めには音を聞かせる方法が良いのかなど、効果的な学習法の開発につながるかもしれない。萩原教授らは、国内の小学1~5年生が、難度の異なる英単語を復唱している時の脳活動を測定した。abash、nadirなど難しい英単語を復唱する時は、右脳の『縁上回』と呼ばれる場所の活動が活発になり、brother、pictureなど易しい英単語では左脳にある『角回(かくかい)』の活動が高まった。萩原教授によれば、新しい外国語を学ぶ時には、まず右脳で『音』の一種として聞くが、慣れるにつれ、日本語を聞く時のように意味を持つ『言語』として処理するようになるとみられるという。」
 外国語の習得能力の違いなどに関して、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授は対談(岩田 誠、酒井邦嘉 他:Leborgne報告から150年─人間の本質をみつめたBroca(後編). BRAIN and NERVE Vol.63 1361-1368 2011)の中で以下のように語っています(一部改変)。
 「第2言語としての英語の文法性をどのくらいうまく、自然に学べたかということを100人ほどの人たちを対象に調べてみると、脳の45野の左右差がはっきりしている人ほど文法が自然に習得できるという非常に強い相関が得られました。すなわち、解剖学的にアンバランスで、右脳が左脳に対してあまり干渉をしないほど、外国語の文法の習得が自然にいくらしいのです。」
 「女性は言語以外で非常に高い能力があり、黙っていても相手が何を言おうとしているのかが分かる、といった『共感化』の能力が長けているそうです。」
 「口数の少ない人のほうが、はるかに言葉の『あや』や、行間を読む能力に長けていて、実際にペンを持ったときにはるかに深いものが書けたりすることでしょう。雄弁に書いたり話したりするよりも、語らないことの中にこそ非常に深いものが表現され得るわけです。そういったところに作家の能力が現れて来るのではないかと思います。」


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第559回『右脳と左脳、そして脳梁-右脳と左脳がつながらないと』(2014年7月24日公開)
 最後に脳梁離断術という「てんかん治療」の話をします。専門的な内容ですがちょっとお付き合い下さいね。
 難治性てんかんの治療法の一つとして、脳梁を切断する脳梁離断術という手術があります。この手術の対象になるのは、主として小児です。
 部分てんかんの二次性全般化発作という種類のてんかん発作は、一側大脳半球のニューロンが過剰に活動して、その神経興奮が脳梁などを経由して対側の大脳に伝播します。Wilson(脳神経外科医)らは、脳梁離断術がこのようなタイプのてんかん発作の軽減に有効であることを発見しました。
 さて、脳梁を切断すると極めて特異な神経症状が起きることが知られています。一例をご紹介します(岩白訓周、笠井清登 他:脳梁の解剖と機能. Clinical Neuroscience Vol.28 1177-1180 2010)。
 「左の鼻孔から花の香りをかぐと、左脳が匂いの情報を受け取る。脳梁離断術後の患者が左の鼻孔だけで匂いをかぐと、患者は何の匂いであるか言葉で答えることができる。しかし、右の鼻孔で匂いをかぐと患者は何の匂いか呼称できない。実際には右脳は匂いを感じ、識別することができるが、言語中枢が存在する優位半球と情報連絡が行えないため言語化できないのである。」

 ソニー・コンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの茂木健一郎博士は、著書(奇跡の脳の物語─キング・オブ・サヴァンと驚異の復活脳. 廣済堂新書, 東京, 2011, pp13-55)の中で、一世紀に一人出るかどうかわからない「キング・オブ・サヴァン」としてキム・ピークを紹介しています。
 キムは、生まれながらの脳梁欠損により「半球離断症候群」となっており、右脳と左脳が独立して機能しています。例えば、本を読むときには、右目と左目がバラバラに動いており、右目で右ページ、左目で左ページを別々に読むことができると紹介されています。

 「脳科学研究は医療や情報、電機など多くの産業分野に波及し、国内の関連市場は2025年に3兆265億円に達するとの見通しをNTTデータ経営研究所がまとめ」(2014年4月1日付日本経済新聞・科学技術)ており、現在の半導体市場に匹敵する見込みです。
 少々難しい話をしましたが、脳の神秘性・奥深さに触れ、脳科学にさらなる関心を持って頂けましたら幸いです。

急速進行性認知症 [レビー小体型認知症]

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第672回『転倒防止─急速に進むプリオン病』(2014年11月14日公開)
 さて、急速に進行する「急速進行性認知症」(rapidly progressive dementia;RPD)の存在も知られております(Geschwind MD, Shu H, Haman A et al:Rapidly progressive dementia. Ann Neurol Vol.64 97-108 2008)。RPDの代表的疾患は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)です。この論文の要旨は、ウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18668637)においても閲覧可能です。
 かなり専門的な話にはなりますが概要をご紹介しておきます。
 2001年8月から2007年9月までにカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)に紹介されたプリオン病(代表は、CJD)または急速進行性認知症が疑われた症例は178例あったそうです。
 その原因は、「62%(111例)がプリオン病であった。プリオン病以外の疾患では神経変性疾患が26例(14.6%)と最も多く、自己免疫疾患が15例(8.4%)、感染性疾患が4例(2.2%)。…(中略)…神経変性疾患では、大脳皮質基底核変性症(CBD)8例、前頭側頭型認知症(FTD)7例、アルツハイマー病(AD)5例、レビー小体型認知症(DLB)4例、進行性核上性麻痺(PSP)2例」(浜口 毅、山田正仁:急速進行性認知症の鑑別診断. 最新医学 Vol.68 842-851 2013)という内訳であったそうです。
 なお、神経変性疾患以外の原因により「急速進行性認知症」を来す原因疾患としては以下のa~dのような原因疾患が挙げられます(シリーズ総編集/辻 省次 専門編集/河村 満 著/石原健司、中野今治:アクチュアル脳・神経疾患の臨床─認知症・神経心理学的アプローチ 中山書店, 東京, 2012, pp391-394)。
a)傍腫瘍性神経症候群あるいは自己免疫疾患としての脳炎または脳症:橋本脳症、電位依存性Kチャンネル抗体陽性辺縁系脳炎、Hu抗体陽性辺縁系脳炎など
b)感染症:AIDS白質脳症、進行性多巣性白質脳症など
c)腫瘍:中枢神経原発悪性リンパ腫、脳原発悪性腫瘍
d)てんかん:非痙攣性てんかん重積状態
 「傍腫瘍性神経症候群」についてはシリーズ第53回『その他の認知症 治療可能な認知症―甲状腺機能低下症』(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013013100010.html)のコメント欄をご参照下さい。
 なお、体重減少も急速な認知機能低下の危険因子であることが報告されております(荒木 厚:認知症と栄養障害. Geriatric Medicine Vol.51 826-832 2013)。
 「414名のprobable ADの地域住民の15カ月の追跡調査では、AD(アルツハイマー病)発症後最初の1年で4%以上の体重減少があると急速な認知機能低下(6カ月でMMSEが3点以上の低下)が起こることがわかっている(Soto ME, Secher M, Gillette-Guyonnet S et al:Weight loss and rapid cognitive decline in community-dwelling patients with Alzheimer's disease. J Alzheimers Dis Vol.28 647-654 2012)。体重減少があった患者は体重減少がない患者と比べて、認知機能低下のハザード比は1.5(95%CI=1.04~2.17)であり、体重減少はADになってからも急速な認知機能低下の危険因子であるといえる。」(一部改変)

リンク元
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