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食事を食べない患者さん [拒食]

食べない原因によっては薬剤が有効なこともある
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 「毒が盛られている」という発言から,食べない原因は妄想の可能性が考えられました.内服への拒否が強かったためハロペリドール(セレネース[レジスタードトレードマーク])5mg/回の筋注を連日開始したところ,奏効し食事摂取が可能となりました.クエチアピン(セロクエル[レジスタードトレードマーク])1回12.5mg,1日2回の内服に切り替えましたが妄想の再燃なく,食事はセッティングすれば自己摂取ができ,精神的にも穏やかな状態まで回復して自宅退院となりました.
 【洪 英在、竹村洋典:食事を食べない患者さん. Gノート Vol.3 No.6(増刊) 959-964 2016】

私の感想
 拒食への対応は本当に悩みますね。
 新聞で食欲が回復するケースなんてなかなか想像できないですよね。

 アピタルで紹介した「拒食」関連の記述を一気にご紹介しますね。
 

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第757回『摂食障害と模倣―正面に座って食べる』(2015年2月7日公開)
 重度認知症患者さんの介護者の方から時折聞かれることに、「認知症が進行してから食べることを忘れるようになってきたのですがどうすればよいでしょうか?」といった質問があります。
 食事を拒んでいるのではありません。食べようとしない状況です。
 こんな時にまず最初に行われる方法は、意外と基本的なことですが言われないと案外気づかないことです。それは、患者さんの正面に座り、患者さんに見えるように食べるということです。目の前の人が食べている姿を見ると、模倣するかのように食べることを思い出してくれるのです。

 「ミラーニューロンの発見『物まね細胞』が明かす驚きの脳科学」という本にとっても興味深い記述がありますのでご紹介しましょう。
 「大人が赤ん坊の真似をすれば、赤ん坊は喜ぶ。もし私が友人宅での集まりに出かけていって、その家に赤ん坊がいたなら、私は真っ先にその赤ん坊のすることを真似してみせる。するといきなり、私はその子の一番の注目株になる(もちろん両親を除いて)。赤ん坊は模倣ごっこをするのが大好きなのだ。また、親と赤ん坊がしょっちゅうお互いに真似をしあうのは誰もが知るところだろう。実際、このときの模倣(と親和力)は発達中の脳にあるミラーニューロンを強化する主要形成因子の一つなのかもしれない。…(中略)…まだ話し方を知らない幼児どうしがいっしょに遊ぶときは、たいてい模倣ごっこをする。そして模倣ごっこを熱心にやる幼児ほど、一年から二年後に、言葉を多く使うようになるのだ。」(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp68-70)
 ミラーニューロンの果たす興味深い役割については、また後日ご紹介する予定ですが、ミラーニューロンシステムを活用して認知症高齢者のコミュニケーション能力の向上を図ろうという試みもありますので若干その研究についてご紹介しておきましょう。
 「Nonverbal Communication Rehabiltation(NCR)療法は、ミラーニューロンシステムの機能をリハによりさらに活性化すれば、認知症高齢者のコミュニケーション能力の向上、特に感情や好意等の心の内面を含めた意思疎通の向上を図ることができ、『心の通った』看護・介護の実現に役立てるために開発された。また、これにより、社会性が向上すれば、他のリハプログラムに対する積極性も増し、認知機能やADL・QOLの向上につながっていくことも期待されるものである。このなかで、介護において訓練しやすいプログラムとして組み立てられたものが、『にこにこリハ』である。」(長屋政博:認知症に対するリハビリテーション. 診断と治療 Vol.102 349-354 2014)

 ただし、「模倣」は使い方を間違うと、精神の発達に悪影響を及ぼしうることも知られていますので注意して下さい。
 マルコ・イアコボーニは、幼少期のメディア暴力の視聴が及ぼすその後の攻撃性・反社会的行動・犯罪性との関係について以下のように言及しています(一部改変)。
 「1960年代にニューヨーク州にて、約1,000人の子どもを対象として実施された調査において、もともとの攻撃性や、教育や社会階級などの主要な変数を調整した上で、メディア暴力を幼少期に目にすることが約10年後にあたる高校卒業後の攻撃性や反社会的行動と相関関係にあることが実証された。この結果だけでも充分に注目に値するものだが、続きはまだある。同じ少年たちをさらに10年、つまり最初の調査から合計22年にわたって追跡調査したところ、結果はまたも明確だった。幼少期のメディア暴力の視聴と幼少期の攻撃行動は、30歳時の犯罪性と相関関係にあったのである!」(マルコ・イアコボーニ:ミラーニューロンの発見「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 塩原通緒訳, 早川書房発行, 東京, 2011, pp251-252)


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第758回『摂食障害と模倣―何を「食事」と認識するか』(2015年2月8日公開)
 さて、摂食障害への対応に話を戻しましょう。
 埼玉社会保険病院の福光由希子認知症看護認定看護師は、食事の最中に席を離れ、他人の食事に手を伸ばしてしまったCさん(70歳代、女性)の事例を紹介しています(福光由希子:状況別・やるべきこと、やってはいけないこと─食事. Nursing Today Vol.27 24-26 2012)。一部改変して以下にご紹介します。
 Cさんは、高度の認知機能低下があり、攻撃的になる等の症状が出現し治療目的で入院しました。時々むせ込みがあるためペースト食に変更されました。すると、主食に果物を混ぜたり、途中で席を立ったり、他人の食事に手を伸ばしトラブルに発展してしまいました。
 スタッフはCさんの様子を観察し、種々の工夫を検討していきます。
 Cさんは自分で食事を口に運ぶ能力は残っていて、食欲もあり、介助を受ければ毎食ほぼ全量摂取できていました。そこでスタッフは、「白い器に白いご飯」だと認識ができず途中で残してしまうのではないかと考え、見分けがつきやすいように器の色を赤色に変更しました。
 また、Cさんの様子を観察していると、おやつや家族が持ち込むものは普通の形態のものでもむせ込むことなく摂取できていました。スタッフは、ペースト食が「食事」と認識できず、いろいろな物を混ぜてしまったのではないかと考えました。そして、他人の食事に手を伸ばしてしまったのは、それがCさんにとって「食事」「自分が食べたいもの」と認識されたためだと考え、「食事形態の変更」を試みました。主治医や栄養士と相談し、少しずつ食事の形態をアップし数週間後には常食(副食は「刻み」)を摂取できるようになりました。
 また、食事の途中で席を立ってしまったときのCさんの表情は眉間にシワが寄った険しい表情であり、何らかのストレスを感じていることが伺えました。自分の思いを他者に伝えることができまないCさんにとって食堂のざわついた雰囲気や耳から入ってくる音がストレスになり、食事に集中できる環境ではなかったのではないかと考え、スタッフが数名配置されている介助席から、一人で落ち着いて食べられる席に変更してみました。
 これらの対応によりCさんは途中で席を立つことなく自力で全量摂取ができるようになりました。常食になってからは、お膳ごと提供しても食事を混ぜることもなくなり、発語が限られていたCさんから笑顔で「おいしい」という言葉も聞けるようになったそうです。
 なお余談ですが、私は大学卒業後1年目後半から2年目前半の研修医時代を埼玉社会保険病院で過ごしました。私が勤務していたのは1983年(昭和58年)12月から1984年7月までの8か月間です。当時の名称は、「社会保険埼玉中央病院」でした。脳神経外科病棟は6階北病棟でした。救急当番日以外の日は、ほとんど毎晩のように飲屋街に出掛けていたことが懐かしく思い出されます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第759回『摂食障害と模倣―食事に集中できる環境を』(2015年2月9日公開)
 精神科医の小澤勲さん(故人)は著書の中で、クリスティーンさん(メモ1参照)が語った言葉を紹介し、認知症の人においては自分にとって意味のある感覚だけを取捨選択する機能に障害が起こっていると指摘しています。
 「クリスティーンさんは『ショッピングセンター、診療所、デイケアのようなところに行くと、ラジオやテレビの音、電話の鳴る音、人の話し声などの雑音があり、人の往き来が激しい。それはまるで泡立て器のように、頭のなかをかき混ぜてしまう』と言う。そこで『耳栓をして行くことにした』とも書いておられる。
 これは単なる感覚過敏ではない。自分にとって意味ある刺激だけを選択し、あとは無視する機能の障害である。感覚のスクリーニング機能の障害とよんでおこう。彼女は『脳のフィルターがなくなってしまったような感じ』と表現している。
 これを注意の障害(メモ2参照)と考えることもあながち無理ではない。
 刺激が氾濫する時間帯が多く、感覚のスクリーニングがうまく機能しない人は『うるさい』と感じる。その結果、混乱し、いらいらして行動にまとまりがなくなってしまう人は確かにいる。
 この感覚のスクリーニング障害は、アルツハイマー型認知症より血管性認知症の人あるいは若年発症のアルツハイマー病者に多くみられるようである。」(小澤 勲:認知症とは何か 岩波新書出版, 東京, 2005, pp123-126)

メモ1:クリスティーン
 1995年に46歳の若さでアルツハイマー病と診断されたクリスティーン・ボーデンさんは、自らの心の旅路を書きつづり、診断を受けた3年後に一冊目の本を出版しました(邦訳:私は誰になっていくの?─アルツハイマー病者からみた世界 桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2003)。
 本を書き上げたクリスティーンさんは、結婚相談所に登録し元外交官のポール・ブライデンさんと知り合い、1999年に再婚しクリスティーン・ブライデンとなりました。
 ところで、クリスティーン・ブライデンさんの病名に関しては、実は1998年に前頭側頭型痴呆症と再診断されております。前頭側頭型痴呆症であることに関しては、クリスティーン・ブライデンさん自身が著書「私は誰になっていくの?─アルツハイマー病者からみた世界」の続編「私は私になっていく─痴呆とダンスを」において、「私が前頭側頭型痴呆症と診断されたのは46歳の時でした(診断当初はアルツハイマー病だと思われていました)」(一部改変)と述べております(クリスティーン・ブライデン:私は私になっていく─痴呆とダンスを 馬籠久美子・桧垣陽子訳, クリエイツかもがわ, 2004, p248)。

メモ2:主な注意機能は以下の3つです(藤田郁代/関啓子編集 大槻美佳著 標準言語聴覚障害学・高次脳機能障害学 医学書院, 東京, 2009, p134)。
1 持続性注意
 継時的に注意を持続させる能力。
 関与する部位としては、右前頭葉という報告が多いです。
2 選択的注意
 複数の刺激の中から、目標とする刺激を選択して注意を向ける機能。
 この機能も右前頭葉が関与するとされています。
3 注意の配分
 複数の作業を同時に行う場合に、うまく進めるのに最適な注意の配分を采配する能力。

 のぞみメモリークリニック(http://nozomi-mem.jp/)の木之下徹院長は、「階段を上がる、平らでないところを歩くには、そのことに集中する必要がある。話しながら階段を上がることは同時にできないし、チューイングガムをかみながら歩くこともできない」というクリスティーン・ボーデンさんの言葉を紹介し、「『認知症の人』の苦悩は記憶力の低下だけととられがちですが、実はそれだけではありません。特徴的なのは、とても疲れやすく、注意力の低下が見られることです。例えば、それまで同時にできていたことができなくなり、気が散る環境で話しかけられても集中できなくなると言うのです。」(木之下 徹:「支援を受ける人」の立場から退院支援を考える. Nursing Today Vol.27 66-69 2012)と指摘しています。
 ですから、食事に集中できる環境を整備するという視点はたいへん重要なことですね。

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第760回『摂食障害と模倣―薬を混ぜるときの工夫』(2015年2月10日公開)
 では摂食障害・拒食の原因にはどのようなものがあるのでしょうか。認知症ケアアドバイザーの五島シズさん(全国高齢者ケア協会監事、認知症介護研究・研修東京センター客員上級研究員)は、摂食障害・拒食の原因と対応について次のように述べております。
 「拒食の原因としては、体調を崩しているとき、便秘、義歯が合わない、口腔内のトラブル、嚥下障害(水分がむせやすい、食事中にひどく咳き込むなど)見た目の好くない食事、うつ状態や不安、落ち着かない気分など、精神的なストレス、他のことに心を奪われている、食べものであることが認識できない、食べ方を忘れている、既に食事を済ませたと思っている、急激な環境の変化、食事の勧め方が適切でない、配膳が適切でない、など多様です。客観的な観察で原因を知り、対策を立て実行することが大切です。
 拒食への援助は、拒食の原因が口腔内異常、身体疾患などが疑われる場合は、早期に医療につなげる必要があります。
 食事を勧めても食べようとしない人には、『お茶だけでもどうぞ』と勧めて、ようすを見ます。」(五島シズ:愛をこめて─認知症のケア 看護の科学社, 東京, 2008, p61)
 入院後拒食になった方に対して、息子さんに自宅で使用していたお盆と食器一式を届けてもらい、その食器にご飯を移し、「息子さんが届けましたよ」と声を掛けることで拒食が解消した事例もあったそうです(五島シズ:愛をこめて─認知症のケア 看護の科学社, 東京, 2008, pp110-111)。
 なお、「拒食」を未然に防ぐという観点から、念頭においておくべき注意点があります。それは、ご飯に混ぜて服薬してもらう行為です。これにより食事の味が落ちてしまい、拒食に繋がることがあるのです。服薬困難な場合においても、ご飯に混ぜるのではなく、食後のゼリーなどに混ぜる方が好ましいと思われます。
 五島シズさんは、「薬は、飲む時間が指定されています。薬を吐き出してしまうお年寄りには、食後30分に服用させるものであれば、食事の終わりころにお年寄りの好きなかぼちゃ、芋類、ヨーグルト、アイスクリームなどの少量を、小皿にわけて薬を混ぜ、『薬ですよ』と説明しないでお年寄りの口の中に入れます。間を置かず、口直しに、薬の入っていないかぼちゃやヨーグルトを与えます。薬を拒否するからといって、食事全体にまぶしたりすると、食事を拒否することにつながるので避けましょう。」(五島シズ:“なぜ”から始まる認知症ケア 中央法規, 東京, 2007, p187)と述べておられます。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第761回『摂食障害と模倣―できない部分見極めアシスト』(2015年2月11日公開)
 2011年11月12日、筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学/元教授の朝田隆先生(http://www.tsukuba-psychiatry.com/)は、第30回日本認知症学会学術集会のランチョンセミナーにおいて、摂食困難事例への対策には細かな観察・評価が欠かせないことを報告しました。その講演内容の要旨を2012年1月30日発行の「Dementia Support」が伝えておりますので以下にご紹介しましょう(Dementia Support 2012・Winter 26-27)。
 「『食事』という行為は、『食べる場所に行く(歩行・移動)』『食べるのに適した位置に座る』『食物を認識する(食物だとわかる)』『食物を操作する(箸やスプーンなどを適切に使う)』『食物を口まで運ぶ』『口を開けて食物を受ける(茶碗を持つ、茶碗を口に近づける)』『食物を噛む(咀嚼)』『飲み込む(嚥下)』といった一連の動作ができて初めて完結する。認知症の人は、これらすべてができないのではなく、例えば箸の使い方がわからないなど、この中のどこかで障害が起こると食事が困難になってしまう。
 どこができないのかを、『認識できるか』『認知できるか』『順番がわかるか』など行動を場面ごとに分析すると、本人がどこで困っているのかが見えてくる。見えてきたらできない部分をアシストすれば、本人は食事する一連の行為を完結できるようになる。そうなれば再び本人も食事を楽しむことができるようになる。だが、そのためには評価をしていく必要がある。『食品をまんべんなく摂取するか』『左右の手の協調技術はどうか(茶碗や皿からこぼさない、協調した効率的な動作、手前に引き寄せるなど)』『手づかみ、犬食いなどはないか』『熱いものを吹くなど食物の温度に対応が可能か』など、一点ずつ評価を行わなくてはわからない。朝田氏はこうした細かい分析が必要なことを、実際に何かの動作を行う場合に脳の電位部位がどのように変化するのかを示す波状の線が刻々と変化していく画像を紹介しながら解説した。」
 脳機能の評価には、機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging;fMRI)や脳磁図などが用いられました。
 なぜ手づかみでの食事摂取になるかと言いますと、食具の使い方が分からない(失行)ために手でつかんで食べてしまうわけですね。

 また朝田隆教授は、著書において「一点集中食い」という問題について言及しております(朝田 隆編集:認知症診療の実践テクニック─患者・家族にどう向き合うか 医学書院, 東京, 2011, pp164-165)。以下のその部分をご紹介します(一部改変)。
 「多くの介護者が気づかれるのが、満遍なく食べられない、箸をつけるものとつけないもの偏りが大きいということである。どうも全体が見渡せない、個々の認識ができないらしい。自分に近いところから一つひとつ平らげていく。指示された食物を探すがみつけられないこともあり、まさに灯台下暗し、のように直下がみえない。目の前にお皿が4つ並んでいても、例えばおつゆならおつゆ、ご飯ならご飯と、1つに目がいったら、大抵はそれを持ってそればかりを食べる。普通は、ご飯を食べ、おかずをとり、ときにおつゆを吸って、満遍なく進行するのだが、それが一点集中食いというパターンになってしまう。周囲はお皿が見えないのではないかと感じる。せっかく考えた料理も何の役にも立たないので残さず食べさせるためにはどうしたらよいのか?と悩む。
 介護者の方からいただいた回答にはこういうものがあった。
 『これは、1つの丼にご飯とおかずを入れて、混ぜてしまえば完食できます。食べられれば、大きな器で1つでも、いくつかの小さな食器でも同じことです。きれいに4つ並べても、それがわかってもらえないなら、大きな器で1つのほうがよいのです。要は見た目をきれいに盛り付けるか、中身を重視し、栄養バランスを考えるかの違いです。どうしても食べさせたい、完食をさせたい場合は、1つの井に入れて混ぜる方法をお勧めします』。実に現実的でよいアイデアだと思う。」
 お膳の上はなるべく単純にして、認知症の人の混乱を避けるということがポイントとなるわけですね。

P.S.
朝田 隆先生の現在の所属先
メモリークリニックお茶の水院長(東京医科歯科大学 特任教授)
 http://memory-cl.jp/


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第762回『摂食障害と模倣―温かいもの、冷たいものを交互に』(2015年2月12日公開)
 北海道医療大学看護福祉学部看護学科・地域保健看護学講座老年看護学の山田律子教授は、「認知症の人の摂食・嚥下障害については、大きく『摂食開始困難』『摂食中断』『食べ方の乱れ』の3つに分類するとケアの方向性が見出しやすい」と指摘しており、アルツハイマー病中期における「摂食開始困難」に関して以下のように述べております。
 「配膳されたすべての食器を認知できないことや、食器数が多いと混乱して食べ始めることができないこともある。このような時には、フレンチのコース料理のように1品ずつ配膳したり、丼や弁当箱などワンプレートにすることで食べられることも多い。失行や視空間認知障害により開始できない場合には、食具の持ち方や使い方を支援したり、日本人の文化的習性にならって茶碗と箸を持つ食の構えを支援すると、スイッチが入ったかのように食べ始める人もいる。」(山田律子:認知症の原因疾患別に見た摂食・嚥下障害の特徴とケア 日本医事新報No.4604・学術 75-79 2012)

 豊島区口腔保健センターあぜりあ歯科診療所(http://www.azeriashika.com/)の枝広あや子歯科医師は、「重度アルツハイマー病では『姿勢の維持ができなくなる』『食事中の注意力が継続しなくなり、食事中に眠ってしまう』ことや『食事と無関係な体動』が増え、『飲み込むのに時間がかかる』『いつまでも咀嚼し続ける』『口腔内に食べ物をためる』『口が開かない』といった口腔失行が出現するようになる。また、口腔の失行や筋力低下により一般の食物を咀嚼し食塊形成し移送することが困難になってくるので、食形態の調整が必要になる。」と話しています(枝広あや子:認知症の摂食・嚥下障害─原因疾患別の特徴とアプローチ アルツハイマー型認知症. 地域リハビリテーション Vol.7 447-452 2012)。
 枝広あや子歯科医師は嚥下の工夫についても言及し、ゼリーなどの喉ごしの良いものとおかずの交互嚥下にすることで喉の通りが良くなる場合もあると話しています。また、口腔内の食べ物が溜め込みによって体温と同じになってしまうと、食べ物が入っていることの認知ができにくくなるので、温かいものと冷たいものの交互嚥下も有効であると指摘しています。
 なお、枝広あや子歯科医師は食形態の調整については、注意散漫な状態の時に食べ物であると視覚認知しにくいペースト食が提供されてしまうと、「低下している注意力では食べ物であることがわからない可能性もあり、目の前の食事に興味がわかず、食べ始めることができないかもしれない。またスプーンの使い方や食べ方がわからず、ペースト食を粘土遊びのように手指でこねてしまうかもしれない。隣の人が食べている通常の食事のほうがおいしそうに見えて、隣の人の皿に手を伸ばしてしまうかもしれない。」と注意を喚起しております。
 口腔失行が起きるメカニズムについて、東京ふれあい医療生協梶原診療所在宅サポートセンター長の平原佐斗司医師が言及しておりますのでご紹介しましょう。
 「重度アルツハイマー型認知症の時期になると、口腔顔面失行(bucco facial disability)が出現することもあります。口腔顔面失行は、左・優位半球障害、特に左シルビウス溝周囲の上半部の損傷によって生じる症状であり、口頭で指示を受けたり模倣しようとしても、口腔と顔面の習慣的運動ができない状態で、しばしば認知症高齢者が食べられない原因となり、適切な観察とサポートが必要になります。」(平原佐斗司編著:認知症ステージアプローチ入門─早期診断、BPSDの対応から緩和ケアまで 中央法規, 東京, 2013, p27)
 では、口腔失行が生じている認知症の人に対しては、どのようなことに留意しサポートすれば良いのでしょうか。
 「認知症の人へ食事介助をしても口を開かない、顔を背ける、口に入れたものを吐き出すなどの行為がみられた際、単純に『食事を食べたがっていない』と判断してはいないでしょうか?
 脳卒中でよくみられる麻痺による『摂食・嚥下機能障害』がなくても、こういったケースでは、食物を処理できなくなる『口腔失行』状態の場合も少なくありません。口腔失行では、処理できていない食物が口腔内にある場合に口を開けない、口から吐き出す、という行為が起こり得ます。この場合は顎下・頸部のマッサージなどで嚥下を促し、口に入っているものを嚥下し終わったことを確認してから次の一口を運ぶなどの介助が必要です。」(平野浩彦、枝広あや子:拒食・異食・嚥下障害をどうする?─認知症に伴う“食べる障害”を支えるケア. Expert Nurse Vol.29 22-27 2013)

朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第763回『摂食障害と模倣―「三角食べ」しなくても』(2015年2月13日公開)
 豊島区口腔保健センターあぜりあ歯科診療所の枝広あや子歯科医師がアルツハイマー型認知症(AD)における障害部位別の摂食障害の特徴とその支援の方法について言及しておりますので以下にご紹介しましょう。
 「たとえば、食事を前にしてどうしたらよいか分からなくなって、困ったようにキョロキョロまわりを見渡していたり、食具をさかさに使う等、使用方法が分からないようすがうかがえたりしたならば、見当識障害や失行・失認等の困難が推察される。また、食事中にほかのなにかに気をとられてしまう、中断中に食事で遊んでしまう等の困難があれば、注意の維持が困難であると推察される。一方、食事を配膳されたときに、食事の時間であることを認識できていない場合や、食卓周囲の別のなにかに気をとられていたり、食事に対して注意を向ける(移す)ことが困難であったりする場合、注意の分割・転導の困難を疑う。ADでは、初期からとくに注意の分割と転導が障害されるといわれている(Perry RJ, Hodges JR:Attention and executive deficits in Alzheimer's diseae. A critical review. Brain Vol.122 383-404 1999)。
 また、ADでは社会性があるために『取り繕い』をしてしまうため、困っていることを表現するのではなく、何とか周囲の人の模倣をして問題なくみえるように振る舞うことも見受けられる。もちろん、まわりを見渡し、うまく模倣して食事が始まればそのままでかまわないが、始められない場合は、介助者が声かけによって誘導したり、食具を正しく持つように支援したりして適切な動きのきっかけを支援する必要がある。また、ジェスチャーで食べる動作を示すことで、模倣により食事が始められるケースも少なくない。」(枝広あや子:変性性認知症高齢者への食支援. 日本認知症ケア学会誌 Vol.12 671-681 2014)

 先に述べた「一点集中食い」に関しては、以前の生活習慣に根づいた行動パターンなのではないかと捉える方もおられます。
 民俗研究者である六車由実さん(元・東北芸術工科大学芸術学部准教授 現在は有限会社ユニット・デイサービス「すまいるほーむ」管理者兼生活相談員)は、「認知症の進んだ利用者ほど、ご飯とおかずを一緒に食べないことが多い。まずご飯を全部食べた後に、次におかずの皿に箸を伸ばして平らげていくといった順番だ。けれど、ご飯とおかずと汁物を交互に食べていき全部を一緒に食べ終わるいわゆる『三角食べ』を小学校時代に徹底的に教育されてきた私などからすると、ご飯だけ食べる、おかずだけ食べるという食べ方がとても不自然な光景に見えてしまう。それで思わず、おかずの皿をご飯の近くに置きなおして、『ほら、お魚もおいしそうだから一緒に食べてくださいね』と声を掛けてしまったりするのだ。
 しかしよく考えてみたら、『三角食べ』のほうが、ある時期の学校教育のなかで強制された特殊な食べ方なのである。ましてやご飯が何よりものおかずだった時代を生きた利用者たちにとっては、ご飯からまず平らげるというのは自然なのであり、身体の深くにある記憶なのだと言えるだろう。」と述べています(六車由実:驚きの介護民俗学 医学書院, 東京, 2012, pp67-68)。


朝日新聞アピタル「ひょっとして認知症-PartⅡ」第764回『摂食障害と模倣―ヘルパー復帰で食欲も戻った』(2015年2月14日公開)
 松本診療所ものわすれクリニックの松本一生院長(元大阪人間科学大学教授)は著書の中で、担当ヘルパーの調整によって食欲不振が改善した事例を報告しています(松本一生:喜怒哀楽でわかる認知症の人のこころ 中央法規, 東京, 2010, pp135-140)。息子さんの観察力が問題解決への糸口となったケースでもあり全文ご紹介したいような素晴らしい事例ですが、著作権の関係がありますので、抜粋して以下にご紹介し(一部改変)、本シリーズを終えたいと思います。
 「吉村健吾さん(仮名 74歳・男性)は一昨年の冬に脳梗塞の発作を起こして入院しました。それまでにも血管性認知症は少しずつ進行しており、ベースには糖尿病がありました。50代後半に発病した糖尿病は一進一退を繰り返し、網膜症とともに認知症を引き起こしました。
 同居する息子とその妻が日中仕事に出るため、吉村さんは『昼間独居』の生活を送っていましたが、なかなか社会資源の活用には至りませんでした。脳血管障害のある人に起こりがちな性格変化によって、何度か利用しようとしたデイサービスの利用者の人たちと馴染むことは簡単にはできませんでした。
 試しにデイサービスを利用した日にもムッツリして表情を変えず、1日中何も話さないので、吉村さんの周囲には誰も近づきませんでした。その日の終わりに職員が声をかけたとたん、彼は金切り声を上げてしまいました。
 結局、『デイサービスは無理だろう』という見解になり、在宅で家族がケアをしながら、必要に応じてショートステイの利用を組みこんでいくという方針になりました。
 3か月ほど経過して、女性ホームヘルパーから疑問が投げかけられました。『私たちは本当に吉村さんの役に立っているのだろうか。彼は何の反応も示さない。むしろ嫌がっているのではないか』と。また数日前に息子が何気なく『介護保険はお金がかかるから大変…』と漏らしていたことも気にかかっていました。
 それを聞いたケアマネジャーはサービス担当者会議の時間を設けました。しかし出席した主治医、訪問看護師、ホームヘルパー、家族は皆、会議の途中で言葉に詰まってしまいました。誰1人として、なぜ今の吉村さんにこれだけのサービス提供が必要なのかをはっきりと理解していなかったからです。ケアマネジャーは金銭的にゆとりのない家族のことを考えて、訪問看護を続けるかわりに訪問介護を減らして様子を見ることにしました。これによって男性ホームヘルパーがケアプランから外れることになりました。
 それから2週間後のことです。ケアマネジャーのもとに息子から電話がかかってきて、『父がほとんど食事をしないんです』と悲壮な声で状況を伝えてきました。ここ数日、看護師やホームヘルパーからも吉村さんの食事量が減っているという報告がケアマネジャーのもとにありました。主治医も往診しましたが、脳梗塞や糖尿病の悪化は認められません。電話口で息子はこう言いました。
 『思えば私たちがあの(男性の)ホームヘルパーさんがもう来ないと話した時から、食事の量が減ってきたように思います』
 いったい男性ホームヘルパーはどのようなかかわりを吉村さんにしていたのでしょうか。ケアマネジャーは呼び出して聞いてみました。すると男性ホームヘルパーは申し訳なさそうに話し始めました。
 『私は定年を過ぎてから第二の人生を考えてホームヘルパーになりました。けれど研修中も働き始めてからも、自分が当事者に向き合ったときに何をしてあげればよいのかわかりませんでした。そこで毎日、吉村さんのお宅に行くたびに新聞を読むことにしたのです。はじめは適当な時間つぶしのつもりでしたが、そのうち不思議なことに気づきました。私が新聞を読み始めると、それまで知らん顔をしていた吉村さんが少しずつこちらに向いてきたのです』
 その話を聞いた息子は驚いてケアマネジャーに言いました。『そういえば父は元気なころ、毎日の出来事でこころに残った記事を新聞から切り抜いてスクラップ帳に貼っていました。家には“今年の記録”として何冊も残っています。それが父の趣味だったのかもしれません
 男性ホームヘルパーはかかわり方にさぞ苦労したことでしょう。しかし何をすればよいかわからず苦し紛れにとった行動は、しっかりと吉村さんに受け入れられていました。新聞を読んでもらうことが吉村さんにとって何よりの『楽しさ』になり、つらい状況を補う力になっていました。
 男性ホームヘルパーが吉村さんの担当に復帰したことで、食欲は急速に改善しました。彼にとって日々のニュースはどんな料理よりも大切な『生きる糧』だったのです。」
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